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放課後デンジャラス
しおりを挟む絶対無理と思いながらもほんの僅かな希望を抱いてオトメと河合に放課後の件を話すと、見事に二人とも「無理」とだけ言って俺と自分との間にあるドアを閉めた。
何て非情な奴らなんだろう。俺は委員会の為にこんなに頑張って、身体を張っているというのに。あいつらはのほほんとした学園生活を送りやがって――!
東宮に今度忠告しておこう。本当の悪魔はもっと別のところに潜んでるぞ……ってな。
そして迎えた放課後。
一緒に帰ろうと声をかけてくれた佐伯と二階堂の誘いを泣く泣く断り、俺は本日二度目のD組の教室へと向かう。
俺の様子が変なことを察したのか、佐伯と二階堂に「何かあった?」と聞かれたが二人を巻き込むワケにはいかないので何もないとしか言えなかった。
佐伯をあんな変人の群れにつ連れて行くなんて危険すぎるし、二階堂は連れて行ったらただただめんどくさそうだ。
「……迎えに来たぞー」
ガラッとD組のドアを開けると、そこには問題児三人組しかいなかった。D組の生徒帰るの早すぎない!? まさかこいつらがめんどくさいからみんなさっさと帰っちゃうとか?
「おー! よく来たな! 後ちょっとで終わるからしばし待て!」
「せっちゃん、この隙間にハートマーク描いてもいいですかっ?」
「描け描け! めちゃくちゃ濃く描けよ!」
「……うん、やっぱり刹那の絵はすごいなぁ」
――こいつらは何をしてるんだろう。
黒板いっぱいによくわからない絵が描かれている。まぁほとんど中野刹那がやったんだろうけど。
「つーか、何してんだ? 絵描けって言われたのか?」
「バァーカ! んなワケねェだろ! 描けって言われて描くように見えるか? このオレ様が!」
めっちゃ偉そうに言ってるけど、描けって言われてもないのに勝手に描いてるってことね。
「これはイタズラに決まってんだろ! なァ? 心、愛!」
「そうですっ! せっちゃんの芸術的な絵を見て朝からみんながいい気分になるイタズラですよ」
「……刹那の隠れた才能に、みんなびっくりしちゃう、かも」
「ちげェーーだろ! 黒板前面にわざとめちゃくちゃ濃く絵描いて朝から黒板消す作業に追われるイインチョ見るの楽しむイタズラっつったろ!」
イタズラする気あるのかないのか意見を統一しろ。ていうかやっぱ本気の迷惑イタズラっ子は中野刹那だけみたいだ。
「てかさ、オマエ名前なんていうの?」
中野刹那がチョークの粉まみれの手で俺を指差して言う。
「俺はA組の麻丘伸也、ですけど」
「ふーんヨロシクなアサシン! オレ様のことは特別に刹那って呼んでいいぞ」
何の特別かわからないけどフルネームで呼ぶのも疲れてきたしお言葉に甘えさせてもらおう。名前聞いた割にはたいして興味なさそうなのが癇に障るしナチュラルにアサシンって呼ばれてるけど。
「よろしくです。しんちゃんっ」
「し、しんちゃん!?」
四ツ谷愛――もう四ツ谷でいいか。四ツ谷が何とも恥ずかしいあだ名で俺を呼ぶから全身を跳びあがらせて反応してしまった。でもやめろとも言いにくい――いや、別にやめてほしいとかでもないんだが。刹那のことも“せっちゃん”って呼んでたし、ちゃん付けが癖なんだろうか……
「……よ、よろしく」
「……あ、ああ。三鷹だよな? よろしく」
挨拶するだけなのに恥ずかしそうにもじもじしている三鷹を見て、守ってあげたい妹が出来たお兄ちゃんみたいな気分になった。俺バリバリの抜群に一人っ子だけど。
「うしっ! かーんせーい! んじゃ行くぞ! アサシン!」
「うわっ! ちゃんと手拭けよ! チョークの粉が俺の制服につくだろ!」
「細けーこと気にすんなよ小姑か? レッツゴー!」
「れっつごーです!」
「……ごー」
粉まみれの手で刹那に首根っこを掴まれながら、俺は今から何をするのか、何が起こるかも全く未知のまま、この問題児三人組とデンジャラスな放課後を過ごすこととなった。
****
「お、いけいけ! オラッ! もうすぐ!」
「いいですよ、そのままそのまま……」
「オラオラッ! いけ! いけ――あーーーーッ! クソが! どうなってんだよ! もう一回!」
「……刹那、そんなに台殴ったら怒られちゃうよ」
――そして俺は今、問題児三人組とゲーセンに来ている。
まずは刹那が格ゲーで対戦相手を次々とフルボッコ。俺も結構やり込んだゲームだったので、刹那と対戦してみたものの結果は惨敗。雑魚と爆笑され俺はもう二度とこのゲームをしないと誓った。
その後はグーチョキでチームを決め、俺と刹那、四ツ谷と三鷹コンビでエアホッケーをしたが俺と刹那の圧勝――と思いきや謎に四ツ谷と三鷹が激強だったのと、刹那が力任せなだけでまるでセンスがなくまたもや惨敗した。二度と刹那とこのゲームでコンビは組まないと誓った。
で、今は三鷹が可愛いと言った大きなクマのぬいぐるみをゲットするべく、刹那が何度もUFOキャッチャーに挑戦している真っ最中である。
――デンジャンラスでも何でもない。ド健全な放課後だ。
正直予想外だったっていうか、肩透かしを食らったようなそんな気分になった。いや、全然寧ろグッジョブなんだけど。
急にその辺で餅まきだしたりとか、餅つきだしたりとか、水鉄砲を街の人にぶっかけだしたりとか、とにかく普通ではないことをしでかすんじゃないか、って思ったものの……高校生らしく遊んでるだけじゃないかよ。俺もゲーセン久しぶりで地味に楽しんじゃってるし。
「っしゃァア! 取れたぞ! 心!」
「すごいです! 良かったですね、ここちゃん」
「……ありがとう、刹那――あ」
「ん? どーした心」
「……あれ、あの子」
何度目かでやっと取れたぬいぐるみを刹那から受け取った三鷹が何かに気付いたようで、そちらに視線を向けると同じぬいぐるみが欲しいのに取れなくて泣いている小さな女の子がいた。
ゲーセンではよくある光景だ。少なからずUFOキャッチャーにもセンスがある人とない人がいる。あの女の子の親はセンスがない方の人なんだろう。何度チャレンジしても、ぬいぐるみは少ししか動いていない。
その様子を見た刹那が、スッとその親子の方へ歩き、迷うことなく今やっと取れたばかりのぬいぐるみを泣いている女の子へ差し出した。
「ホラ、これやるから、もう泣くなよ」
「――いいの?」
「おう。持ってけドロボー。ハハッ!」
「ありがとう、おねえちゃん!」
みるみると笑顔になる女の子の頭をわしゃわしゃと撫でる刹那の顔は、いつもよりちょっと大人びた笑顔で――何だか、意外な表情を見たな。
「――ワリ、心。せっかく取ったんだけど、まァ、近くでガキが泣いてたら仕方ねェっつーか」
「……ううん。寧ろ、そうしてくれて嬉しい」
「せっちゃんはやっぱり優しいですね。見直しちゃいます! ――よぉーし、じゃあ次はわたしがここちゃんの為に頑張ってみます!」
「……愛まで、大丈夫。それなら私が自分で挑戦してみるから」
「何言ってんだよ愛も心も! アサシンがやってくれるから大丈夫だって!」
「え!? 急に俺!?」
「今まで見てただけだったろ! 男ならオマエがやれ! こんな美女三人ばっかりに銭使わせてんな!」
「しんちゃん、わたしも手伝いますから!」
「……私も、応援する」
「――あー! わかったよ! やればいいんだろやれば!」
「おっ! 話早いじゃねェか! そこはウチのイインチョとは違うな!」
こうして雰囲気に流され挑戦したUFOキャッチャーだったけど、終わった後にとんでもなく寂しくなった自分の財布の中身を見て、俺もセンスがない方の人間だったということを学んだ――
****
ゲーセンで遊んで解散かと思いきや、今はゲーセンと同じビルに入っているフードコートに来ている。
全員でジェラートを食べるその光景は、やっぱりド健全な高校生の放課後以外の何者でもなく。
初めて来たフードコートで初めて食べたジェラートはめちゃくちゃ美味しくて、今度佐伯やオトメ、二階堂とも来たいなーという考えが俺の頭に浮かんでいた。
今一緒にいる問題児三人組もそれぞれ楽しそうにしてるし――うーん、今日出会ったばっかりだし、一緒に過ごした時間もちょっとだけなんだけど、何て言うか――
「お前らってさ、根っこは全員いい奴だよな」
そう、つまりそういうことだ。
俺の言葉を聞いて、三人共きょとんとした顔をしている。
いや、いい奴なんだよこいつら。ていうか元々四ツ谷と三鷹に至っては刹那と行動を共にしてるってこと以外の難点は特に見当たらなかったし。
さっきこっそり四ツ谷に「どうして三人が仲良くなったんだ?」って聞いたら「何だか自己紹介をした時にビビッとくるものがあったんです」と言われ、正直よくわからなかったけど。
一番難ありまくりだった刹那に関しても、さっきぬいぐるみを女の子に渡してた姿とか見ると、悪い奴には思えない。
どこかブッ飛んでるのは間違いないし、いきなり水かけられた恨みはまだ残ってるしとんだクレイジー野郎だとは今でも思ってる。
――とまぁ、トータルでまとめるといい奴なんだけど、それでも俺はこいつらに言わなきゃいけないことがあることを、実は今の今まですっかり忘れていた。
俺はゲーセンで遊び、ジェラートを食う為にこいつらと放課後を過ごしたんじゃない。
「――いい奴なのはわかったから、東宮にこれ以上迷惑かけるのだけはやめてくれると嬉しいんだけどなー……って、同じ委員会仲間からのお願いなんだけど」
本題の東宮の件をオブラートに包んで言うと、三人はきょとん顔を更にきょとんとさせる。人間ってそんなにきょとんとした顔するの!? きょとん顔の限界を見た気がした。
「あ? オレ様達がいつイインチョに迷惑かけたっつーんだよ」
「青葉さんとは、いつも楽しく遊んでいるんですけど……」
「……?」
全員の頭の上にハテナマークが浮かんでいるのがよくわかる。刹那だけは「!?」だな。
東宮は見たこともないくらい自我崩壊して、教室から飛び降りようとしてたのに、原因の張本人達は全く自覚ナシって、いくらなんでも東宮がかわいそすぎるだろ……
「いや、三人がいつもイタズラを仕掛けたりしてるせいで、その後処理が全部東宮にいってるの知らないのか!?」
「え、知らねェ」
「知らないです」
「……?」
「東宮が何度も三人のイタズラのことで先生に頭下げてることは……」
「知らねェな。つーか何で謝るんだ? あんなの遊びの一環だぞ」
「青葉さんが頭を下げてたなんて――あ、でも見たことはあります! えっ!? わたし達が原因だったんですか!?」
「……?」
「――体育祭の玉入れで餅まきしちゃダメだってのは」
「ダメなのか!?」
「楽しかったです! 餅まき!」
「……美味しかった。お餅」
ダ メ だ こ い つ ら 。
一から説明するのなんてめんどくさくてしたくないけど、東宮が自分達のせいで苦しんでるって自覚が全くなければ体育祭で餅まきをしちゃいけないってことも知らない奴らに説明しないで現状を理解してもらおうなんて難題すぎる。
俺は東宮が委員会で暴れたこと、その原因が三人にあるということまで全て説明した。
俺の話を全て聞き終わると、三人はさっきまでのきょとん顔から一気に神妙な顔つきへと変わる。やっと事態の大きさを理解してくれたのだろうかアホ三人組さんよ。
「そうか……イインチョそこまで追い詰められてたのかよ」
「全然、知りませんでした……」
「……どうしよう」
「そもそもさ、何でそんなに東宮に絡んでたんだ? 迷惑かかってるとか、思わなかったのか?」
普通気付くだろ。毎日水鉄砲の的にされて喜ぶ人間がいるか? どんだけ水好きでも無理だろ。
「いや、オレ様達的には、イインチョと仲良くなる為にやってたっつーか」
「仲良く?」
どんな特殊なコミュニケーションの取り方なんだ。仲悪くなる為にやってたんじゃないのか。
「青葉さん、教室にいるときはいつも机に座って難しそうな本とにらめっこしていて……誰かと話したり、笑っている顔を見たことがなかったんです」
「え、東宮が――?」
「……だから、クラスにもっと馴染んでもらいたくて、刹那の提案で、毎日青葉委員長にイタズラして笑ってもらおうと思ってた」
いやそれならもっと可愛いイタズラにしろよ笑えないレベルのイタズラをするな。それと多分お前ら三人も絶対クラスで浮いてると思うんだけど。
「まさかそれが、イインチョのストレスになってたなんて――クソッ!」
「残念です。わたし達の想いもきっと全く青葉さんに届いてないんですね」
「……悪いこと、しちゃった」
さっきまでキャッキャとジェラートを食べていたとは思えない程一気に空気が重くなる。フルーティーで明るいジェラートの色が、完全にこの空気とミスマッチで、あんなに美味しかったものが一気に不味そうに見えてきた。
このままこうしてると俺まで気分が落ちそうだ。さっさと話をまとめて切り上げるのが正解な気がする……
「えーっと、三人の話を要約すると、三人に悪気はなくて、寧ろ東宮と仲良くなる為の方法だったってことだよな?」
コクン、と三人同時に頷く。
「じゃあさ、その気持ちをちゃんと東宮に伝えたらいんじゃね? もちろん、迷惑かけたことは謝ってさ。多分東宮はその理由を知らないし、勘違いしちゃってるから――その誤解を解けば、東宮も納得してくれるだろ」
東宮は学園トップの成績だけど、その天才的な脳みそフル活用させたって三人が自分と仲良くする為にあんなことをしていたなんて答えは言わなきゃ一生気付かないだろう。頭の良し悪し関係なしに気付ける奴がいたら会いたいもんだ。あ、二階堂とかならそうやって思うかもしれないあいつはポイティブシンキング代表みたいな感じだし。
東宮は責任感が人一倍強い。俺はそのことをよく知っている。だから三人の暴走の責任も、自分のせいではないと思いながら、心のどこかでクラスの委員長である自分が責任をとるべきだとも思ってしまってるんだ。
クラスにそこまで馴染めてない東宮が、そのたまりにたまった感情を爆発させるのは、学級委員会の場しかなかったのかもしれないな……
「東宮のちゃんとした笑った顔、見たいんだろ?」
「まァ、そりゃーな。いつも眉間にシワ寄ってっし」
「疲れた顔していますしね……」
「……見れたら、嬉しい」
眉間にシワ寄ってんのも疲れた顔してんのも全部お前らのせいであって、学級委員会の時は笑いまくってるという事実はここでは言わない方がいいだろう。
「じゃあ明日の放課後、東宮にちゃんと謝に行くぞ!」
「っしゃ! その話ノッた! オレ様達の好意が伝わってねェのもムカツクしなァ!」
「そうですね! こういうのは気付いた時に動くべきですっ」
「……頑張る」
よぉし! 話がうまくまとまった。これで今日の俺の仕事は終わりだ。さ、帰ってネトゲでも――
「じゃ、イインチョの件は明日ってことで、もう一戦やるぞ!」
「も、もう一戦って何だよ!? ていうか切り替え早くね!? さっきまであんなしょぼーんどよーんしてましたよね?」
「明日解決すんのに何でまだショボドヨしてなきゃなんねェんだよ。愛と心にエアホッケーリベンジすんぞアサシン!」
「ふふっ、そういうことなら受けて立ちますよ」
「……次も、負けないもん」
もう二度とエアホッケーで刹那とコンビは組まないと誓ったばかりなのに。
刹那にジェラートがついたベタベタした手で首根っこを掴まれながらゲーセンに戻り――そして予想通り、惨敗したのだった。
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