8 / 98
8 車椅子
しおりを挟む
私の質問にお祖父様は目をパチクリとさせた。
「車椅子? 何だ、それは?」
貴族で使っている人がいるのかもしれないと思ったが、やはりこの世界には車椅子は存在しないようだ。
『本で読んだ』と言っても貧しい暮らしをしていた私が読める本なんて限られているから、ここは自分で思いついた事にしてしまおう。
「あの、お祖父様は今は歩けないんでしょう? だから座ったまま移動出来ないかと思って…。馬車みたいに椅子に車輪を付けて誰かに押してもらったら何処にでも移動出来るんじゃないかと…」
お祖父様だけでなく、モーガンや周りの侍女達の視線が痛い。
終わりの方が口籠るようになったのは仕方がない事だと思う。
お祖父様は顎に手を当ててしばらく考え込んでいたけれど、私の横に立っているモーガンに指示を出した。
「モーガン。ポロック商会を呼べ。ジェシカと話をさせてその車椅子とやらを作るように言うんだ」
「かしこまりました」
モーガンはお祖父様に一礼すると部屋を出ていった。
ポロック商会って、この国で一番大きな商会よね。
平民の私達でも知っているような大きな商会を呼べるなんて、流石は公爵家と言ったところかしら。
モーガンが出ていくのを目で追っているとお祖父様が話しかけてきた。
「ジェシカ、お前が公爵家に来るに当たって対外的に病弱で静養していた事になっているが、実際はどうだったかは大概の貴族は知っている。それでも表立ってそれを口にするような貴族はいないが、ジェシカに対する風当たりは強いかもしれん。だからこそ、この『車椅子』とやらを完成させてジェシカの存在を印象付ける必要があるのだ」
お祖父様の言う通り、次期公爵家当主が妻子を捨てて駆け落ちをしたなんて、醜聞でしか無いし、隠し通せるものでもなかったでしょうね。
だからこそ私に価値があるように周りに周知させるためにも、ポロック商会を呼んでくれるのね。
「わかりました、お祖父様。お祖父様の期待に応えられるように頑張りますね」
しばらく経って戻って来たモーガンがお祖父様に報告をしてきた。
「ポロック商会には午後から来るように通達を出しました。ジェシカ様にはそれまでお部屋でお待ちいただきましょうか?」
「それが良かろう。まだパトリシアには会わせない方が良いだろう」
…パトリシアって誰かしら?
そう思ったところで、すぐにジェシカのお父さんの奥さんだと思い至った。
息子のハミルトンがいたのだから、当然母親もいるに決まっている。
あの二人にとって私は夫であり、父親であるダグラスを奪った女の娘だ。
ハミルトンがあんな態度を取ってきたのだから、母親であるパトリシアも私に対していい感情なんて持っていないだろう。
…こんな事ならジェシカのフリなんてしなければ良かったかしら…。
お祖父様に対面するだけだと思ってここに来たけれど、どうやらこのままここで生活をしなければいけないようだ。
私はモーガンに促され椅子から立ち上がった。
「それではお祖父様、これで失礼いたします」
コクリと頷いたお祖父様は、明るい日差しの中、先程よりも血行が良く見える。
私はモーガンと侍女と一緒にお祖父様の部屋を出て玄関ホール握ったら向かって廊下を歩き出した。
ところが歩いている途中で突然モーガンが立ち止まったため、思わずぶつかりそうになった。
「モーガンさん、一体…」
そこまで言いかけたところで、私は前方からこちらへ向かって歩いてくる人物に気が付いた。
中年女性で顔立ちがハミルトンに良く似ている。
…もしかしてこの人がパトリシア?
モーガンが立ち止まったまま頭を下げていると、その女性は私に気が付いて足を止めた。
まさか、こんな所で出くわすなんて思ってもみなかった。
ペコリと頭を下げたが、パトリシアは私を一瞥しただけで何も言わずに歩き出した。
モーガンがホッとしたように息を吐いたが、私も同じように力が抜けた。
どうやら思った以上に緊張していたようだ。
「ジェシカ様。いずれ改めてご紹介させていただきますが、先程の方があなたのお父様の奥様であるパトリシア様です」
淡々と説明してくれるモーガンに頷くと、私はまた彼の後について歩き出した。
「車椅子? 何だ、それは?」
貴族で使っている人がいるのかもしれないと思ったが、やはりこの世界には車椅子は存在しないようだ。
『本で読んだ』と言っても貧しい暮らしをしていた私が読める本なんて限られているから、ここは自分で思いついた事にしてしまおう。
「あの、お祖父様は今は歩けないんでしょう? だから座ったまま移動出来ないかと思って…。馬車みたいに椅子に車輪を付けて誰かに押してもらったら何処にでも移動出来るんじゃないかと…」
お祖父様だけでなく、モーガンや周りの侍女達の視線が痛い。
終わりの方が口籠るようになったのは仕方がない事だと思う。
お祖父様は顎に手を当ててしばらく考え込んでいたけれど、私の横に立っているモーガンに指示を出した。
「モーガン。ポロック商会を呼べ。ジェシカと話をさせてその車椅子とやらを作るように言うんだ」
「かしこまりました」
モーガンはお祖父様に一礼すると部屋を出ていった。
ポロック商会って、この国で一番大きな商会よね。
平民の私達でも知っているような大きな商会を呼べるなんて、流石は公爵家と言ったところかしら。
モーガンが出ていくのを目で追っているとお祖父様が話しかけてきた。
「ジェシカ、お前が公爵家に来るに当たって対外的に病弱で静養していた事になっているが、実際はどうだったかは大概の貴族は知っている。それでも表立ってそれを口にするような貴族はいないが、ジェシカに対する風当たりは強いかもしれん。だからこそ、この『車椅子』とやらを完成させてジェシカの存在を印象付ける必要があるのだ」
お祖父様の言う通り、次期公爵家当主が妻子を捨てて駆け落ちをしたなんて、醜聞でしか無いし、隠し通せるものでもなかったでしょうね。
だからこそ私に価値があるように周りに周知させるためにも、ポロック商会を呼んでくれるのね。
「わかりました、お祖父様。お祖父様の期待に応えられるように頑張りますね」
しばらく経って戻って来たモーガンがお祖父様に報告をしてきた。
「ポロック商会には午後から来るように通達を出しました。ジェシカ様にはそれまでお部屋でお待ちいただきましょうか?」
「それが良かろう。まだパトリシアには会わせない方が良いだろう」
…パトリシアって誰かしら?
そう思ったところで、すぐにジェシカのお父さんの奥さんだと思い至った。
息子のハミルトンがいたのだから、当然母親もいるに決まっている。
あの二人にとって私は夫であり、父親であるダグラスを奪った女の娘だ。
ハミルトンがあんな態度を取ってきたのだから、母親であるパトリシアも私に対していい感情なんて持っていないだろう。
…こんな事ならジェシカのフリなんてしなければ良かったかしら…。
お祖父様に対面するだけだと思ってここに来たけれど、どうやらこのままここで生活をしなければいけないようだ。
私はモーガンに促され椅子から立ち上がった。
「それではお祖父様、これで失礼いたします」
コクリと頷いたお祖父様は、明るい日差しの中、先程よりも血行が良く見える。
私はモーガンと侍女と一緒にお祖父様の部屋を出て玄関ホール握ったら向かって廊下を歩き出した。
ところが歩いている途中で突然モーガンが立ち止まったため、思わずぶつかりそうになった。
「モーガンさん、一体…」
そこまで言いかけたところで、私は前方からこちらへ向かって歩いてくる人物に気が付いた。
中年女性で顔立ちがハミルトンに良く似ている。
…もしかしてこの人がパトリシア?
モーガンが立ち止まったまま頭を下げていると、その女性は私に気が付いて足を止めた。
まさか、こんな所で出くわすなんて思ってもみなかった。
ペコリと頭を下げたが、パトリシアは私を一瞥しただけで何も言わずに歩き出した。
モーガンがホッとしたように息を吐いたが、私も同じように力が抜けた。
どうやら思った以上に緊張していたようだ。
「ジェシカ様。いずれ改めてご紹介させていただきますが、先程の方があなたのお父様の奥様であるパトリシア様です」
淡々と説明してくれるモーガンに頷くと、私はまた彼の後について歩き出した。
38
あなたにおすすめの小説
拾った指輪で公爵様の妻になりました
奏多
恋愛
結婚の宣誓を行う直前、落ちていた指輪を拾ったエミリア。
とっさに取り替えたのは、家族ごと自分をも売り飛ばそうと計画している高利貸しとの結婚を回避できるからだ。
この指輪の本当の持ち主との結婚相手は怒るのではと思ったが、最悪殺されてもいいと思ったのに、予想外に受け入れてくれたけれど……?
「この試験を通過できれば、君との結婚を継続する。そうでなければ、死んだものとして他国へ行ってもらおうか」
公爵閣下の19回目の結婚相手になったエミリアのお話です。
「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。
海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。
アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。
しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。
「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」
聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。
※本編は全7話で完結します。
※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。
取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる
夏菜しの
恋愛
十七歳の時、生涯初めての恋をした。
燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。
しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。
あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。
気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。
コンコン。
今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。
さてと、どうしようかしら?
※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。
噂の悪女が妻になりました
はくまいキャベツ
恋愛
ミラ・イヴァンチスカ。
国王の右腕と言われている宰相を父に持つ彼女は見目麗しく気品溢れる容姿とは裏腹に、父の権力を良い事に贅沢を好み、自分と同等かそれ以上の人間としか付き合わないプライドの塊の様な女だという。
その名前は国中に知れ渡っており、田舎の貧乏貴族ローガン・ウィリアムズの耳にも届いていた。そんな彼に一通の手紙が届く。その手紙にはあの噂の悪女、ミラ・イヴァンチスカとの婚姻を勧める内容が書かれていた。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。
ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。
こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。
(本編、番外編、完結しました)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる