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9 昼食
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玄関ホールを抜けて先程お風呂に連れて行かれた方へと向かう。
お風呂より手前の扉が開けられ、その部屋に足を踏み入れようとしたが、あまりの贅沢な内装に思わず立ち止まってしまった。
「こちらがジェシカ様のお部屋になります」
モーガンがサラリと言ってくれるが、とてもじゃないが素直には喜べない。
天蓋付きのベッド、ゆったりと寛げそうなソファー、大きな鏡の付いたドレッサー、テーブルセット等。
ジェシカと二人で「こんな部屋に住めたらいいね」と話していたようなものが全て揃っている。
だが、いざ目の前にしてしまうと、どうしていいのかわからなくなる。
「さあ、どうぞ」
モーガンに促されるまま足を踏み入れてソファーへと腰を下ろしたが、背筋はピンと伸ばしたままだ。
「しばらくこちらでお休みください。それと、誠に申し訳ありませんが昼食はこちらでお取りください。まだ正式にパトリシア様へご挨拶も済んでおりませんので」
モーガンは申し訳なさそうな表情を見せるけれど、私は一人で食事が出来る事にホッとした。
まだ顔を合わせただけのパトリシアと敵意むき出しのハミルトンと一緒に食事をするなんて、とても出来そうにない。
食事のマナーも不安だし、あの二人の視線に晒されたら食べ物も喉を通らないだろう。
「大丈夫です。気を使っていただいてありがとうございます」
「何かご用がありましたら、こちらのベルを鳴らしてください。では、お食事の用意が出来ましたらこちらにお持ちします」
モーガンはソファーの前のテーブルの上に置かれたベルを私の前に移動させると、侍女を伴って部屋から出ていった。
一人きりになってようやく張り詰めていた意識を緩めると、私はソファーの背もたれにぐったりと身体を預けた。
「…疲れた…」
…まさか、ジェシカのお父さんが公爵家の跡取りだったなんて…。
そうだと知っていたらジェシカのフリなんてしなかったのに…。
今更悔やんでみても仕方がない。
いざとなれば、この屋敷から逃げ出せばいいんだわ。
それにせっかくポロック商会を呼んでくれるのだから、今まで作りたくても作れなかった物を作らせて貰おう。
それで多少の功績を残せれば、偽物だとバレてもチャラにして貰えるかもしれないしね。
改めて部屋の中を見回して、出入り口とは別に扉がある事に気が付いた。
…あの扉は何かしら?
気になった私が近付いて開けてみると、そこはトイレだった。
…良かった。
トイレが部屋の外だったら屋敷の中をウロウロして、あの二人と顔を合わせてたかもしれないわ。
それから本棚に並べられている本を眺めていると、ノックの音がした。
「…はい」
一呼吸おいて返事をすると「失礼いたします」と声がして扉が開いた。
先程から私に付いていてくれた侍女が、ワゴンを押して入って来た。
ソファーとは別の場所に設えてあるテーブルに食事が並べられる。
そちらに移動して椅子に腰を下ろした。
…こんな豪華な食事はこの世界に転生して初めてだわ。
孤児院にいた頃は、固いパンにスープなど、最低限の食事しか出なかった。
孤児院を出てからも、あまり食生活が充実していたとは言い難いものだった。
前世の記憶があるから余計に惨めな思いを抱えていた。
けれど、今目の前にある食事は、前世で食べていたのと同じような料理が並んでいる。
…せめて一度だけでもジェシカに食べさせてあげたかったわ…
私は手を合わせるとスープを一口すくって飲んだ。
温かいスープが喉を通り過ぎるのを感じながら、目頭を熱くした。
残さずに食べたかったが、長年の食事量の少なさのせいか、胃が小さいようだ。
だが、侍女は私が食事を残しても文句は言わなかった。
むしろ、どうして私が少食なのかをわかっているようで気遣ってくれた。
「少しずつ食べられる量が増えればよろしいですね。食後のお茶をどうぞ」
「…ありがとう」
侍女が淹れてくれたお茶を飲みながら、私はポロック商会との対面の時を待った。
お風呂より手前の扉が開けられ、その部屋に足を踏み入れようとしたが、あまりの贅沢な内装に思わず立ち止まってしまった。
「こちらがジェシカ様のお部屋になります」
モーガンがサラリと言ってくれるが、とてもじゃないが素直には喜べない。
天蓋付きのベッド、ゆったりと寛げそうなソファー、大きな鏡の付いたドレッサー、テーブルセット等。
ジェシカと二人で「こんな部屋に住めたらいいね」と話していたようなものが全て揃っている。
だが、いざ目の前にしてしまうと、どうしていいのかわからなくなる。
「さあ、どうぞ」
モーガンに促されるまま足を踏み入れてソファーへと腰を下ろしたが、背筋はピンと伸ばしたままだ。
「しばらくこちらでお休みください。それと、誠に申し訳ありませんが昼食はこちらでお取りください。まだ正式にパトリシア様へご挨拶も済んでおりませんので」
モーガンは申し訳なさそうな表情を見せるけれど、私は一人で食事が出来る事にホッとした。
まだ顔を合わせただけのパトリシアと敵意むき出しのハミルトンと一緒に食事をするなんて、とても出来そうにない。
食事のマナーも不安だし、あの二人の視線に晒されたら食べ物も喉を通らないだろう。
「大丈夫です。気を使っていただいてありがとうございます」
「何かご用がありましたら、こちらのベルを鳴らしてください。では、お食事の用意が出来ましたらこちらにお持ちします」
モーガンはソファーの前のテーブルの上に置かれたベルを私の前に移動させると、侍女を伴って部屋から出ていった。
一人きりになってようやく張り詰めていた意識を緩めると、私はソファーの背もたれにぐったりと身体を預けた。
「…疲れた…」
…まさか、ジェシカのお父さんが公爵家の跡取りだったなんて…。
そうだと知っていたらジェシカのフリなんてしなかったのに…。
今更悔やんでみても仕方がない。
いざとなれば、この屋敷から逃げ出せばいいんだわ。
それにせっかくポロック商会を呼んでくれるのだから、今まで作りたくても作れなかった物を作らせて貰おう。
それで多少の功績を残せれば、偽物だとバレてもチャラにして貰えるかもしれないしね。
改めて部屋の中を見回して、出入り口とは別に扉がある事に気が付いた。
…あの扉は何かしら?
気になった私が近付いて開けてみると、そこはトイレだった。
…良かった。
トイレが部屋の外だったら屋敷の中をウロウロして、あの二人と顔を合わせてたかもしれないわ。
それから本棚に並べられている本を眺めていると、ノックの音がした。
「…はい」
一呼吸おいて返事をすると「失礼いたします」と声がして扉が開いた。
先程から私に付いていてくれた侍女が、ワゴンを押して入って来た。
ソファーとは別の場所に設えてあるテーブルに食事が並べられる。
そちらに移動して椅子に腰を下ろした。
…こんな豪華な食事はこの世界に転生して初めてだわ。
孤児院にいた頃は、固いパンにスープなど、最低限の食事しか出なかった。
孤児院を出てからも、あまり食生活が充実していたとは言い難いものだった。
前世の記憶があるから余計に惨めな思いを抱えていた。
けれど、今目の前にある食事は、前世で食べていたのと同じような料理が並んでいる。
…せめて一度だけでもジェシカに食べさせてあげたかったわ…
私は手を合わせるとスープを一口すくって飲んだ。
温かいスープが喉を通り過ぎるのを感じながら、目頭を熱くした。
残さずに食べたかったが、長年の食事量の少なさのせいか、胃が小さいようだ。
だが、侍女は私が食事を残しても文句は言わなかった。
むしろ、どうして私が少食なのかをわかっているようで気遣ってくれた。
「少しずつ食べられる量が増えればよろしいですね。食後のお茶をどうぞ」
「…ありがとう」
侍女が淹れてくれたお茶を飲みながら、私はポロック商会との対面の時を待った。
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