【完結】フェリシアの誤算

伽羅

文字の大きさ
9 / 98

9 昼食

しおりを挟む
 玄関ホールを抜けて先程お風呂に連れて行かれた方へと向かう。

 お風呂より手前の扉が開けられ、その部屋に足を踏み入れようとしたが、あまりの贅沢な内装に思わず立ち止まってしまった。

「こちらがジェシカ様のお部屋になります」

 モーガンがサラリと言ってくれるが、とてもじゃないが素直には喜べない。

 天蓋付きのベッド、ゆったりと寛げそうなソファー、大きな鏡の付いたドレッサー、テーブルセット等。

 ジェシカと二人で「こんな部屋に住めたらいいね」と話していたようなものが全て揃っている。

 だが、いざ目の前にしてしまうと、どうしていいのかわからなくなる。

「さあ、どうぞ」

 モーガンに促されるまま足を踏み入れてソファーへと腰を下ろしたが、背筋はピンと伸ばしたままだ。

「しばらくこちらでお休みください。それと、誠に申し訳ありませんが昼食はこちらでお取りください。まだ正式にパトリシア様へご挨拶も済んでおりませんので」

 モーガンは申し訳なさそうな表情を見せるけれど、私は一人で食事が出来る事にホッとした。

 まだ顔を合わせただけのパトリシアと敵意むき出しのハミルトンと一緒に食事をするなんて、とても出来そうにない。

 食事のマナーも不安だし、あの二人の視線に晒されたら食べ物も喉を通らないだろう。

「大丈夫です。気を使っていただいてありがとうございます」

「何かご用がありましたら、こちらのベルを鳴らしてください。では、お食事の用意が出来ましたらこちらにお持ちします」

 モーガンはソファーの前のテーブルの上に置かれたベルを私の前に移動させると、侍女を伴って部屋から出ていった。

 一人きりになってようやく張り詰めていた意識を緩めると、私はソファーの背もたれにぐったりと身体を預けた。

「…疲れた…」 

 …まさか、ジェシカのお父さんが公爵家の跡取りだったなんて…。

 そうだと知っていたらジェシカのフリなんてしなかったのに…。

 今更悔やんでみても仕方がない。

 いざとなれば、この屋敷から逃げ出せばいいんだわ。

 それにせっかくポロック商会を呼んでくれるのだから、今まで作りたくても作れなかった物を作らせて貰おう。

 それで多少の功績を残せれば、偽物だとバレてもチャラにして貰えるかもしれないしね。

 改めて部屋の中を見回して、出入り口とは別に扉がある事に気が付いた。

 …あの扉は何かしら?

 気になった私が近付いて開けてみると、そこはトイレだった。

 …良かった。

 トイレが部屋の外だったら屋敷の中をウロウロして、あの二人と顔を合わせてたかもしれないわ。

 それから本棚に並べられている本を眺めていると、ノックの音がした。

「…はい」

 一呼吸おいて返事をすると「失礼いたします」と声がして扉が開いた。

 先程から私に付いていてくれた侍女が、ワゴンを押して入って来た。

 ソファーとは別の場所に設えてあるテーブルに食事が並べられる。

 そちらに移動して椅子に腰を下ろした。

 …こんな豪華な食事はこの世界に転生して初めてだわ。

 孤児院にいた頃は、固いパンにスープなど、最低限の食事しか出なかった。

 孤児院を出てからも、あまり食生活が充実していたとは言い難いものだった。

 前世の記憶があるから余計に惨めな思いを抱えていた。

 けれど、今目の前にある食事は、前世で食べていたのと同じような料理が並んでいる。

 …せめて一度だけでもジェシカに食べさせてあげたかったわ…

 私は手を合わせるとスープを一口すくって飲んだ。

 温かいスープが喉を通り過ぎるのを感じながら、目頭を熱くした。

 残さずに食べたかったが、長年の食事量の少なさのせいか、胃が小さいようだ。

 だが、侍女は私が食事を残しても文句は言わなかった。

 むしろ、どうして私が少食なのかをわかっているようで気遣ってくれた。

「少しずつ食べられる量が増えればよろしいですね。食後のお茶をどうぞ」

「…ありがとう」 

 侍女が淹れてくれたお茶を飲みながら、私はポロック商会との対面の時を待った。

 

 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拾った指輪で公爵様の妻になりました

奏多
恋愛
結婚の宣誓を行う直前、落ちていた指輪を拾ったエミリア。 とっさに取り替えたのは、家族ごと自分をも売り飛ばそうと計画している高利貸しとの結婚を回避できるからだ。 この指輪の本当の持ち主との結婚相手は怒るのではと思ったが、最悪殺されてもいいと思ったのに、予想外に受け入れてくれたけれど……? 「この試験を通過できれば、君との結婚を継続する。そうでなければ、死んだものとして他国へ行ってもらおうか」 公爵閣下の19回目の結婚相手になったエミリアのお話です。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

ひとりぼっちだった魔女の薬師は、壊れた騎士の腕の中で眠る

gacchi(がっち)
恋愛
両親亡き後、薬師として店を続けていたルーラ。お忍びの貴族が店にやってきたと思ったら、突然担ぎ上げられ馬車で連れ出されてしまう。行き先は王城!?陛下のお妃さまって、なんの冗談ですか!助けてくれた王宮薬師のユキ様に弟子入りしたけど、修行が終わらないと店に帰れないなんて…噓でしょう?12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】ありのままのわたしを愛して

彩華(あやはな)
恋愛
私、ノエルは左目に傷があった。 そのため学園では悪意に晒されている。婚約者であるマルス様は庇ってくれないので、図書館に逃げていた。そんな時、外交官である兄が国外視察から帰ってきたことで、王立大図書館に行けることに。そこで、一人の青年に会うー。  私は好きなことをしてはいけないの?傷があってはいけないの?  自分が自分らしくあるために私は動き出すー。ありのままでいいよね?

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

優しすぎる王太子に妃は現れない

七宮叶歌
恋愛
『優しすぎる王太子』リュシアンは国民から慕われる一方、貴族からは優柔不断と見られていた。 没落しかけた伯爵家の令嬢エレナは、家を救うため王太子妃選定会に挑み、彼の心を射止めようと決意する。 だが、選定会の裏には思わぬ陰謀が渦巻いていた。翻弄されながらも、エレナは自分の想いを貫けるのか。 国が繁栄する時、青い鳥が現れる――そんな伝承のあるフェラデル国で、優しすぎる王太子と没落令嬢の行く末を、青い鳥は見守っている。

処理中です...