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2学年 後期

第142話

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「…………」

「セブ……」

 立ち上がった文康は、口から血を垂らしながらも武器を構える。
 それにより、審判もダウンによるカウントをやめた。
 接近戦勝負による決着を意識させておいての遠距離攻撃。
 文康からしたら、見事に騙されたと思ったことだろう。
 敵の思惑通りに、自分が動かされていたということだからだ。
 しかし、中身はともかく、やはり天才と言われるだけのことはある。
 了の放った魔力弾が直撃する瞬間、魔力で腹を守ることで衝撃を和らげたのだから。

「できるか?」

「…………」

「……ファイト!!」

 審判は文康に近付き、状態の確認をする。
 それに対し、文康は無言で頷いた。
 無言で了のことを見つめる文康の眼光を見て、戦う意識があると認識した審判は、試合再開の合図を出した。

「ハァ、ハァ……」

「…………」

 試合会は再開されたが、了も文康も動かない。
 了は先程の攻撃で魔力をほとんど使用してしまったため、動きたくても疲労で動けないと言った方が良い。
 それに対し、動けないほどのダメージを受けたようには思えないため、文康が動かないのは不可解だ。

“スッ!!”

「っ!! まずい!」

 動かないでいた文康が構えを変える。
 木刀を自分の腰にやり、前傾姿勢。
 まるで居合術をするような構えだ。
 それをモニターで見ていた伸は、慌てたように声を上げる。

「止めろ! 吉!」

“バッ!!”

 文康がやろうとしていることを理解した伸は、思わず了のセコンドに付いている吉井の名前を叫ぶ。
 綾愛のセコンドとして別会場の控室にいる伸の言葉が、当然吉井に届くわけもなく、モニターの文康は舞台を蹴った。

「ハーーッ!!」

「っっっ!!」

 舞台を蹴った文康は、一瞬にして了との距離を詰める。
 この試合において最速の移動速度だろう。
 今では了の十八番としている、大量の魔力を使用しての高速移動術。
 自分が使うよりもスムーズに、そして魔力を無駄なく使用しての文康の接近に、了は目を見開く。
 そして、文康は接近と共に木刀を抜き、了へ向けて薙ぎ払った。

「ゴハッ!!」

 速度を力に変えた強力な一撃により、了は吹き飛ぶ。
 そして、そのまま舞台に体を強く打ち付けた。

「了っ!!」

「「「「「…………」」」」」

 倒れて動かなくなった了を見て、伸は思わず声を上げる。
 何が起きたのか分かっている観客が少ないためか、会場も静かになっている。

「…………ダ、ダウン!!」

 あまりの高速攻撃に、審判も驚きで反応が遅れる。
 ワンテンポ遅れ、了のダウン宣告をした。

「……フンッ!」

 審判がカウントを数えだすのを確認し、文康は鼻を鳴らして木刀を下ろし、踵を返して歩き出す。
 増えるカウントを背に、そのまま舞台を下りるかのような足取りを見る所、勝利を確信しているかのようだ。

「…………」

「「「「「おぉっ!!」」」」」

「っ!?」

 無言でそのまま舞台から降りようとした文康だったが、観客のどよめきで足を止める。
 そして、何が起きたのかを確認するように、了の方へ振り返った。

「エイト!!」

「………ぐっ……ぅ…」

 カウントが進む中、了は少しずつ、それでいてフラフラとしながらだが立ち上がる。
 片腕がブラブラしている所を見る限り、骨が折れていることはたしかだろう。

「バカな……」

 審判の「ナイン!!」の言葉でとうとう立ち上がったのを見て、文康は信じられないと言った表情で了のことを見つめる。
 自分にとって最強の一撃を放った。
 それなのに、気を失うどころか立ち上がり、腕一本でまだ戦うつもりなのだろうか。

「……そうか。木刀で……」

 了の手に持つ木刀を見て、文康は彼が気を失っていない理由が分かった。
 あの高速移動攻撃を受ける際、了は咄嗟に木刀と片腕を使って受け止めるという選択肢を取った。
 だが、纏った魔力が少なかったために、木刀と腕が圧し折られた。
 それでも、衝撃を抑えたことで、気を失うまでのダメージに至らなかったようだ。

「…………フフッ!! 良いだろう!」

 衝撃を抑えたとはいえ、大ダメージには変わりない。
 それでも立ち上がるというのは、敵でありながら天晴と言って良い。
 名前も知らない雑魚だと思っていたが、文康は了の実力を認めることにした。
 天才文康に認められるなんて普通は喜ぶべきことなのだろうが、今の了にとっては最悪だった。
 何故なら、

『殺してやる!!』

 文康の心の中では、強力な殺意が沸き上がっていたからだ。
 格闘技のように、試合で相手を殺してしまっても殺人罪に問われることはない。
 それを文康は都合よく受け取り、木刀が折れ、立っているだけでもやっとの了に止めを刺すことに決め、またも先程の高速移動居合術を放つ構えをとった。

「っ!? ……タオル?」

 審判が試合開始を告げた瞬間、文康は了へと斬り込むつもりでいた。
 しかし、試合が再会されようとしたところで、舞台上にタオルが投げ込まれた。
 突然のことで文康が呆気にとられていると、審判が「勝者、鷹藤!」と文康に手を向けて勝者宣言をした。

「……すまん! 了!」

「…………そう…か……」

 タオルを投げたのは、舞台の袖で見守っていたセコンドの吉井だ。
 了が戦う気でいるのに自分が止めてしまったため、とても申し訳なさそうな表情をしている。
 タオル投入による負けを理解した了は、耐えきれなくなった、糸が切れたかのようにゆっくり倒れて気を失った。

「救護班!! 担架!! 担架!!」

 了が倒れたのを見て審判はすぐに駆け寄り、容態を確認することもなく救護班を呼び寄せた。
 救護班の者たちも用意していたのか、審判が叫んだ時には担架を持って駆け寄ってきていた。

「…………チッ!! 『殺し損ねたか……』」

 勝利をした文康は、担架に乗せられている了を見つめて思わず舌打をする。
 内心では、凶悪犯を殺す時のシミレーションのつもりでいたのに、その機会を奪われた気分だ。
 観客の誰も気付いていないだろうが、本気で了を殺すつもりだったようだ。
 そんな内心を悟られないように客に手を振った文康は、今度こそ退場しようと踵を返して舞台から降りようとした。

“ゾワッ!!”

「っっっ!!」

 舞台から降りる瞬間、突如文康に寒気が走る。
 それは、一瞬とは言え死を覚悟するような殺気だった。
 文康は冷や汗と共に観客席をキョロキョロと見渡すが、誰から発せられたのか分からない。
 去年死にかけた時のような感覚が甦った文康は、そそくさと舞台から退場していった。

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