【完結】占い館のチョコレート

四季苺

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深夜のドーナツ

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「…ただいま…」 

 夜の十時半、げっそりした様子ようすでお母さんが帰ってきた。 

「おかえりなさい!大丈夫?すっごくつかれてるみたいだけど…」 

 玄関げんかんまで走っていくと、お母さんは大きく息を吐いてすわんだ。こんなに疲れているお母さんを見るのははじめてかも。 

「あ♪ドーナツ!おみやげ?」 

 後ろからお姉ちゃんの声がした。お姉ちゃんも出迎でむかえにきたようだ。 

「お土産みやげって言うか、お母さんが食べたいから買ってきたの。…もちろん、みんなの分もあるけど」 

 お母さんの手にはドーナツ屋さんの長い箱がある。 

「食べよう、食べよう」 

 お姉ちゃんは予期よきせぬお夜食やしょくにウキウキしているが、お母さんは目がうつろだ。 

  

 リビングで箱を開けると、いろんな種類しゅるいのドーナツが入っていた。 

氷月ひづきは?」 

 お母さんは室内しつないを見回し、小さな声でたずねた。 

「もうた。今日、マラソン大会だったから疲れたって」 

「じゃあ、よけとこう」 

 わたしはひぃ兄が好きそうなドーナツはどれかなと箱の中をながめる。あ、でもその前に… 

「お母さん、どれ食べる?」 

「え?私?」 

「うん、だってお母さんが食べたくて買ってきたんでしょ?まずお母さんがえらばないと」 

「その後、鈴奈と私でジャンケンね」 

 お姉ちゃんはグーにした手をかるる。 

「わたし、どれでもいいよ。あまったやつで」 

「……」 

 ぽろりとお母さんがなみだをこぼした。 

あまりに静かに泣き始めたので、わたしもお姉ちゃんも最初さいしょは気づかなかった。お姉ちゃんが小皿こざらを取ってもどってきて、わたしが紅茶をれて配り終えた時にやっと、お姉ちゃんが「えっ!お母さん泣いてる!?」と声にした。 

「えっ、今日…そんなに大変だったの?嫌な思いたくさんした?ごめんね、本当に…」 

 実は今日は、わたしのクラスで緊急きんきゅう保護者会ほごしゃかいがあったのだ。「カリンが仲間外なかまはずれにされている、いじめだ。みなさんどういう教育きょういくされてるんですか」とカリンのお母さんがさわぎ出し、クラス全体の問題として話し合うことになったらしい。それで、ウチのお母さんも行かなければならなかった。いそがしいし疲れてるのに、もうわけない。 

「違うの。お母さんは自分がなさけなくなったの」 

「え、なんで?あっ、でもとりあえずお母さんドーナツえらんで。私たちが選べないんで」 

 お姉ちゃんは泣いてるお母さんよりドーナツを早く食べることの方が大切みたい…。 

「…鈴奈が最初さいしょ」 

 そう言われると、こまってしまう。だって、わたしは本当にどれでもいいし…。みんなが食べたいものを食べられなかったら、かなしいし。 

「そうだ!」 

 わたしはキッチンに行って、果物くだものナイフと木製もくせいの小さなまな板を取ってくる。そして、全部のドーナツを四等分よんとうぶんにしてお皿に配った。ひぃ兄の分はラップもしておく。あ、お父さんは甘いものがきらいなんです。仲間はずれじゃないです。 

「鈴奈ナイス~これで全種類ぜんしゅるい食べられるじゃーん」 

 お姉ちゃんはにこにこして椅子いすすわり、一つぱくりと食べた。ココナッツ。やっぱり、お姉ちゃんはそれが好きだよね。 

「…美味おいしい」 

 お母さんは、わたしが淹れた紅茶を一口飲むと、ポツリと言った。 

「良かった、占い師のお姉さんに淹れ方教えてもらったの」 

「それで、何かあったの?保護者会ずいぶん長びいたみたいだけど」 

 そう、今日の保護者会は六時開始かいしだったはずだ。帰りがおそいからお母さん同士どうしでごはんでも食べに行ったのかと思っていた。 

「…大人同士おとなどうし大喧嘩おおげんかで大変なさわぎだったわ…」 

 お母さんはカップを持つ手にぎゅっと力を入れてそう言った。 

「ええ…」 

「まずカリンちゃんのお母さんが娘が学校来られなくなったのはクラス全員のせいだって鼻息荒はないきあらく話すことからはじまり、なずなちゃんのお母さんがにこやかに『あら…ご自分のお子さんが六年間何をしてきたかご存知ぞんじないんですね』とんで…」 

 ごくり、とのどがる。 

「『どういうことよ!』ってカリンちゃんのお母さんがおこったもんだから、『じゃあ一人ずつ順番じゅんばんに話していきましょうか』ってあらたくんのお母さんがながれを作っちゃって…」 

「ひぃ」 

「みんな事細ことこまかにカリンちゃんによる被害ひがい報告ほうこくしてたわ。男の子のお母さんたちは『こんな話聞きました』って感じで」 

「それで、いちいちカリンちゃんのお母さんはおこったの?もうわけなさそうになるわけでもなく?」 

 お姉ちゃんは二つ目のドーナツを口に
ほうむ。わたしも、せっかくだから食べよう。 

「そうなの。あきれる通りして感心かんしんしたわ。…さらに」 

「さらに!?」 

「カリンちゃんのお母さんが『ちゃんとみてない先生がわるい』って言い出して、先生が『いやぼく去年きょねんからの担任たんにんなんで一年生から作られた習慣しゅうかんはどうしようもない』とかひらなおっちゃったから、保護者みんなの怒りが先生にも向いてカオスだったわ…」 

 お母さんは組んだ手におでこをあずけてうなだれた。何と言ったらいいか分からず、わたしはドーナツを口にはこぶ。お母さんは自分が食べたくて買ってきたのに、まだ一つも手を付けていなかった。 

「ふぅん。疲れたのは分かったけどさ、それでなんでお母さんは『自分が情けなくなった』の?」 

 お姉ちゃんはぺろりとドーナツを食べ切って、紅茶を飲みながらたずねた。わたしも気になっていたことだ。 

「…お母さん、鈴奈が今までこんなにもつらい思いしてたって、ちゃんと分かってなかった」 

「え…」 

「学校でどんなことがあったか、鈴奈はちゃんと話してくれてたから、クラスがいびつな関係性かんけいせいであることは知ってた。一年生の最初はもちろん心配してたけど、鈴奈がうまくやれてるみたいだから『そういうものかな』ってだんだん麻痺まひしていっちゃったの…」 

 お母さんは苦しそうな、泣きそうな表情ひょうじょうをしていた。いつも冷静れいせい無表情むひょうじょうなお母さんも、こんな顔をするんだ。 

「…それは、わたしもそうだから…」 

 お母さんは首をった。 

「ううん、お母さんはもっと鈴奈の気持ちを考えるべきだった。鈴奈はまわりの人のために我慢がまんばっかり。今のクラスの状況じょうきょう劣悪れつあくで、親が介入かいにゅうして助けるべきだったんだって、なずなちゃんのお母さんと話すまで気付けなかった」 

 私立中学校に行っていいって急に言い出したのは、そういう理由だったんだ。 

 …我慢ばっかりしてたわけではないんだけどな。それを、どう説明していいのか分からない。 

「鈴奈は、我慢ばっかりしてたわけじゃないでしょ」 

 お姉ちゃんは冷静に、でもハッキリとそう言った。 

「…でも、さっきだって『ドーナツどれでもいい』って。自分より人のことを考えて、人にゆずってばかりじゃない」 

「それは本当にどれでも良かったんでしょうよ。あのねぇ、鈴奈は強くてしんのある子だよ?人の顔色かおいろうかがったり人の考えに振り回されたりしないのよ。自分で、そうしたいからしてるの」 

「…そうなの?」 

 お母さんはじっとわたしを見つめる。 

「うん」 

「アイスなら種類選しゅるいえらぶの譲らないよね」 

「そうだね。アイスの時に選ぶ順番じゅんばん先にしてもらえたら嬉しいから、今日は譲っておこうと思ってた」 

「…そうだったの」 

「ほら、したたかじゃん。クラスで全員に無視されても自分はしないなんて、たんなる我慢でできないよ。鈴奈には鈴奈の信念しんねんがあるんでしょ」 

 お姉ちゃんはわたしに顔を向ける。お父さんお母さんが忙しい中、いちばん話を聞いてくれたのはお姉ちゃんだ。 

「そうなの。きたない人間になりたくなかったから意地悪はされてもしなかった。自分で、したいからしたことだよ」 

「…そうなのね。でも、やっぱりお母さんはもっと早く転校手続てんこうてつづきなり学校に相談そうだんなりすべきだったと思ったの。いつもいつも、仕事にかまけてばかりでごめんなさ…」 

「ストップ」 

 お母さんは顔を上げて、制止せいししたお姉ちゃんの顔を見る。 

「鈴奈の顔を見てよ、こまってるじゃん」 

「あ……」 

 お姉ちゃんはわたしの頭を引きよせて自分の肩かたせてくれる。泣きそうだったけれど、気持ちが少しずついていった。 

「お母さん」 

 わたしはお姉ちゃんの肩からはなれ、姿勢しせいを正した。 

あやまらないでほしい。わたしは、病気の人を助けるために一生懸命いっしょうけんめいはたらいてるお父さんとお母さんが大好き。おうちにめるのもごはんを食べられるのも、お仕事しごとしてくれるからだって分かってる」 

 わたしはテーブルの下で手をもじもじと動かす。まよい、そして話すことにした。 

あやまってくれるよりも、めてくれる方がうれしい。つらくても、まわりにながされて意地悪いじわるしなかったこと、頑張がんばったって言ってほしい」 

 ガタッと音がして、お母さんは立ち上がった。向かいのわたしの席まで来て、ぎゅっとしてくれた。 

「…本当に、頑張ったわね。だれにでもできることじゃない。お母さんは、鈴奈をほこりに思うわ」 

「お姉ちゃんも!」 

 お姉ちゃんもガバッときついてくる。二人にぎゅっと抱きしめられたら、我慢していた涙がこぼれてしまったけど、嬉し涙だからいいやと心の中で言い訳をした。 
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