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第一章:エルフの聖女と、生きてる家
第七節:闇に潜む茨と、踊る食虫植物
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帝国の隠密部隊『影の茨』の隊長、カインは自らの実力に絶対の自信を持っていた。
彼は影から影へと転移する「影渡り」の異能を持ち、過去に数多の敵対国の要人を、その寝首をかくことで葬ってきた。植物がどれほど強固な壁を作ろうとも、影がある限り彼の侵入を防ぐことはできない――。
カインは今、アルトの拠点である「生きてる家」の真下、世界樹の巨大な根が複雑に絡み合う地下空洞に潜伏していた。
「(ククク……。おめでたい男だ。地上の防衛をどれほど固めたところで、足元がお留守では話にならん。この『枯死の猛毒』を世界樹の主根に流し込めば、明日にはこの楽園も灰色の枯野に変わる)」
カインは懐から、禍々しい紫色の液体が揺れる小瓶を取り出した。
これは帝国が数十年かけて開発した、大地の魔力を強制的に「腐敗」に変える呪毒だ。一度発動すれば、その土地では百年は草一本生えないと言われている。
カインは影から手を伸ばし、目の前にある純白の太い根に、毒の針を突き立てようとした。
――その時だった。
「……おや、そこで何をしているんだい?」
頭上から降ってきたのは、あまりにも場違いな、のんびりとした声。
カインは心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受け、反射的に影の中へ逃げ込もうとした。だが。
「……!? な、なんだ……影に、潜れない……!?」
異能が発動しない。
見れば、地下空洞の壁一面に、淡く発光する小さなキノコたちがびっしりと生えていた。
アルトが配置した新種、『沈黙の胞子茸(サイレンス・マッシュ)』。
このキノコが放つ胞子は、空間内の魔力変異を一定に固定し、転移や隠密といった「空間・影属性」の魔法を完全に無効化する特性を持っていた。
「残念だったね。ここは世界樹の根が直接魔力を循環させている場所なんだ。不純な魔力……特に『殺意』を持った魔力は、すぐにセンサーに引っかかるんだよ」
根の隙間から、するりとアルトが姿を現した。
その隣には、弓を構えたシエラが、鋭い視線をカインに向けている。
「アルト・リーヴァス……っ! 貴様、いつから気づいていた!」
「最初からだよ。境界線のヒマワリが、君の影にこびりついた『腐ったヘドロのような悪意』を教えてくれた。わざわざここまで案内したのは、地上で暴れられると、せっかく植えた花たちが可哀想だからね」
カインは毒瓶を握り締め、形相を変えた。
正体が露見した以上、やることは一つ。
「死ねぇ! せめてこの毒だけでも、貴様の宝物ごと叩き込んでやる!」
カインが毒瓶を世界樹の根に叩きつけようとした瞬間、彼の足元の大地が「開いた」。
ズチュ……。
湿った、不気味な咀嚼音。
カインの右腕が、地中から突き出した巨大な「花」に、肘から先をごっそりと飲み込まれていた。
「ぎゃああああああああっ!? あ、腕が、俺の腕がぁぁぁ!」
それは、真っ赤なビロードのような質感を持つ、巨大な袋状の植物。
アルトが品種改良した食虫植物、『鮮血のウツボカズラ(ブラッド・ジャグ)』だった。
その内部には、金属さえも瞬時にドロドロに溶かす超高濃度の「魔力消化液」が満たされている。
「あ、危ないじゃないか。そんな劇薬を振り回しちゃ。……ああ、その瓶は僕がもらっておくよ。毒の成分を分析すれば、新しい除草剤の参考になるかもしれないからね」
アルトが指を鳴らすと、カインの腕を飲み込んだままのウツボカズラが、器用に小瓶だけを吐き出し、アルトの手元へと届けた。
「お、のれ……おのれぇ……! 帝国を……レオン殿下を敵に回して、ただで済むと思うなよ! 我が『影の茨』の精鋭が、すぐに貴様を――」
「『影の茨』? ああ、君の部下たちのことなら、もうあそこで『踊って』いるよ」
アルトが壁の向こうを指差す。
そこには、カインと共に潜入していたはずの五人の隠密たちがいた。
だが、彼らの姿は無残だった。
彼らの体からは色とりどりの「キノコ」や「蔦」が生え、自らの意志とは無関係に、奇妙なステップを踏みながら壁をぐるぐると回り続けている。
「『操り人形の蔓(パペット・バイン)』だよ。神経系に微弱な電気信号を送って、強制的に筋肉を動かすんだ。彼らにはこれから一週間、不眠不休で僕の農園の『耕作ダンス』を踊ってもらう。いい肥料になるよ、土が柔らかくなって」
「ひっ……ひいいいいっ!」
カインの誇りと理性が、音を立てて崩壊した。
殺し、奪い、影に潜む。そんな自分たちの技術が、この青年には「農作業の道具」程度にしか思われていない。その絶対的な格差が、死よりも深い恐怖となって彼を支配した。
「さて、カインさん。君には特別な役目がある。……これを、君の愛する皇太子殿下に届けてほしいんだ」
アルトは、カインの目の前に小さな「スイカ」のような実を置いた。
ただし、その表面には、帝国の紋章が「逆さま」に刻まれている。
「これは『記憶投影の実』だ。今、この場所で起きたこと。そして君が感じた恐怖。そのすべてを、レオン殿下の脳内に直接再生する。……彼がこれを食べた瞬間、僕からの返答が届く仕組みになっているんだ」
「……な、何を……何を企んでいる……」
「企んでなんていないよ。ただ、忠告しただけだ。……『僕の庭を荒らす害虫には、相応の殺虫剤を用意してある』ってね」
アルトが手をかざすと、カインの体を蔦が巻き込み、地上へと放り出した。
数時間後。
デス・バレーの境界線の外に、片腕を失い、発狂した状態で転がっているカインが発見された。
彼の懐には、奇妙な紋章が刻まれた果実が一つ。
それが帝国に持ち帰られた時、アステリア帝国の崩壊は、もはや誰にも止められない最終段階へと突入することになる。
地下空洞から地上へ戻ったアルトに、シエラが少し不安げな表情で尋ねた。
「アルト様。……あんな挑発をして、本当に大丈夫なのですか? 帝国は、間違いなく軍を動かします」
アルトは世界樹の葉が風に揺れる音を聞きながら、穏やかに笑った。
「いいんだよ、シエラ。……ちょうど、世界樹をさらに大きくするための『大量の魔力』が必要だったんだ。帝国が精鋭の魔導師たちを連れてきてくれるなら、それは最高の『液体肥料』になるからね」
その微笑みは、聖者のようでもあり、あるいは世界で最も恐ろしい魔王のようでもあった。
彼は影から影へと転移する「影渡り」の異能を持ち、過去に数多の敵対国の要人を、その寝首をかくことで葬ってきた。植物がどれほど強固な壁を作ろうとも、影がある限り彼の侵入を防ぐことはできない――。
カインは今、アルトの拠点である「生きてる家」の真下、世界樹の巨大な根が複雑に絡み合う地下空洞に潜伏していた。
「(ククク……。おめでたい男だ。地上の防衛をどれほど固めたところで、足元がお留守では話にならん。この『枯死の猛毒』を世界樹の主根に流し込めば、明日にはこの楽園も灰色の枯野に変わる)」
カインは懐から、禍々しい紫色の液体が揺れる小瓶を取り出した。
これは帝国が数十年かけて開発した、大地の魔力を強制的に「腐敗」に変える呪毒だ。一度発動すれば、その土地では百年は草一本生えないと言われている。
カインは影から手を伸ばし、目の前にある純白の太い根に、毒の針を突き立てようとした。
――その時だった。
「……おや、そこで何をしているんだい?」
頭上から降ってきたのは、あまりにも場違いな、のんびりとした声。
カインは心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受け、反射的に影の中へ逃げ込もうとした。だが。
「……!? な、なんだ……影に、潜れない……!?」
異能が発動しない。
見れば、地下空洞の壁一面に、淡く発光する小さなキノコたちがびっしりと生えていた。
アルトが配置した新種、『沈黙の胞子茸(サイレンス・マッシュ)』。
このキノコが放つ胞子は、空間内の魔力変異を一定に固定し、転移や隠密といった「空間・影属性」の魔法を完全に無効化する特性を持っていた。
「残念だったね。ここは世界樹の根が直接魔力を循環させている場所なんだ。不純な魔力……特に『殺意』を持った魔力は、すぐにセンサーに引っかかるんだよ」
根の隙間から、するりとアルトが姿を現した。
その隣には、弓を構えたシエラが、鋭い視線をカインに向けている。
「アルト・リーヴァス……っ! 貴様、いつから気づいていた!」
「最初からだよ。境界線のヒマワリが、君の影にこびりついた『腐ったヘドロのような悪意』を教えてくれた。わざわざここまで案内したのは、地上で暴れられると、せっかく植えた花たちが可哀想だからね」
カインは毒瓶を握り締め、形相を変えた。
正体が露見した以上、やることは一つ。
「死ねぇ! せめてこの毒だけでも、貴様の宝物ごと叩き込んでやる!」
カインが毒瓶を世界樹の根に叩きつけようとした瞬間、彼の足元の大地が「開いた」。
ズチュ……。
湿った、不気味な咀嚼音。
カインの右腕が、地中から突き出した巨大な「花」に、肘から先をごっそりと飲み込まれていた。
「ぎゃああああああああっ!? あ、腕が、俺の腕がぁぁぁ!」
それは、真っ赤なビロードのような質感を持つ、巨大な袋状の植物。
アルトが品種改良した食虫植物、『鮮血のウツボカズラ(ブラッド・ジャグ)』だった。
その内部には、金属さえも瞬時にドロドロに溶かす超高濃度の「魔力消化液」が満たされている。
「あ、危ないじゃないか。そんな劇薬を振り回しちゃ。……ああ、その瓶は僕がもらっておくよ。毒の成分を分析すれば、新しい除草剤の参考になるかもしれないからね」
アルトが指を鳴らすと、カインの腕を飲み込んだままのウツボカズラが、器用に小瓶だけを吐き出し、アルトの手元へと届けた。
「お、のれ……おのれぇ……! 帝国を……レオン殿下を敵に回して、ただで済むと思うなよ! 我が『影の茨』の精鋭が、すぐに貴様を――」
「『影の茨』? ああ、君の部下たちのことなら、もうあそこで『踊って』いるよ」
アルトが壁の向こうを指差す。
そこには、カインと共に潜入していたはずの五人の隠密たちがいた。
だが、彼らの姿は無残だった。
彼らの体からは色とりどりの「キノコ」や「蔦」が生え、自らの意志とは無関係に、奇妙なステップを踏みながら壁をぐるぐると回り続けている。
「『操り人形の蔓(パペット・バイン)』だよ。神経系に微弱な電気信号を送って、強制的に筋肉を動かすんだ。彼らにはこれから一週間、不眠不休で僕の農園の『耕作ダンス』を踊ってもらう。いい肥料になるよ、土が柔らかくなって」
「ひっ……ひいいいいっ!」
カインの誇りと理性が、音を立てて崩壊した。
殺し、奪い、影に潜む。そんな自分たちの技術が、この青年には「農作業の道具」程度にしか思われていない。その絶対的な格差が、死よりも深い恐怖となって彼を支配した。
「さて、カインさん。君には特別な役目がある。……これを、君の愛する皇太子殿下に届けてほしいんだ」
アルトは、カインの目の前に小さな「スイカ」のような実を置いた。
ただし、その表面には、帝国の紋章が「逆さま」に刻まれている。
「これは『記憶投影の実』だ。今、この場所で起きたこと。そして君が感じた恐怖。そのすべてを、レオン殿下の脳内に直接再生する。……彼がこれを食べた瞬間、僕からの返答が届く仕組みになっているんだ」
「……な、何を……何を企んでいる……」
「企んでなんていないよ。ただ、忠告しただけだ。……『僕の庭を荒らす害虫には、相応の殺虫剤を用意してある』ってね」
アルトが手をかざすと、カインの体を蔦が巻き込み、地上へと放り出した。
数時間後。
デス・バレーの境界線の外に、片腕を失い、発狂した状態で転がっているカインが発見された。
彼の懐には、奇妙な紋章が刻まれた果実が一つ。
それが帝国に持ち帰られた時、アステリア帝国の崩壊は、もはや誰にも止められない最終段階へと突入することになる。
地下空洞から地上へ戻ったアルトに、シエラが少し不安げな表情で尋ねた。
「アルト様。……あんな挑発をして、本当に大丈夫なのですか? 帝国は、間違いなく軍を動かします」
アルトは世界樹の葉が風に揺れる音を聞きながら、穏やかに笑った。
「いいんだよ、シエラ。……ちょうど、世界樹をさらに大きくするための『大量の魔力』が必要だったんだ。帝国が精鋭の魔導師たちを連れてきてくれるなら、それは最高の『液体肥料』になるからね」
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