辺境追放された「植物魔導師」の領地開拓 ~枯れ果てた死の大地は、俺の魔力で聖域(楽園)へと変貌する~

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第二章:蒼海を往く緑の箱舟

​第一節:空飛ぶ植物と、未知なる海へ

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​ 帝国アステリアの軍勢を「肥料」に変え、デス・バレーを神域へと変貌させたあの日から、一ヶ月の月日が流れた。
 かつて死神の息吹が吹き荒れると恐れられたその谷は、いまや大陸でもっとも生命力に溢れる「植物魔導国(フローラ・ドミニオン)」の王都となっていた。
​ 世界樹の根元には、アルトが設計した「呼吸する街」が広がっている。
 家の壁は夏でも涼しげな冷気を放つ「氷結晶草」に覆われ、石畳の代わりには、歩くたびに足裏の疲れを癒やす「弾力苔」が敷き詰められている。蛇口をひねれば、地下の巨大な根が濾過した、いかなる名水よりも清らかな聖水が溢れ出す。
​ そんな奇跡の日常が当たり前になった街の喧騒を、アルトは世界樹の遥か上層、雲を分かつ展望テラスから眺めていた。
​「……アルト様、またです。これでクレイン王国、サージェス共和国、さらに自由都市同盟から。全部で二十四通の親書が届きました」
​ 背後から響いたのは、少し呆れたような、それでいて深い信頼を感じさせるシエラの声だった。
 彼女が抱えているのは、各国の王族が自らの印章を刻んだ豪華な羊皮紙の束だ。
​「内容は全部同じだね? 『我が国の荒廃した土地を救ってほしい』か、あるいは『貴公を我が国の最高魔導顧問として迎えたい』か」
​「ええ。中には『王女との婚儀を』というものまであります。アルト様、貴方はご自分がどれほど世界を狂わせているか、もう少し自覚を持つべきです」
​ シエラは皮肉を言いながらも、アルトの隣に立ち、彼と同じ景色を見つめた。
 彼女の銀髪は世界樹の燐光を浴びて神々しく輝き、その美しさは今や「世界の救済を告げる聖女」として大陸中に知れ渡っている。だが、彼女の瞳に映っているのは、常に目の前の青年だけだった。
​「自覚はあるよ。だからこそ、僕はここを離れるべきなんだ。……シエラ。この国はもう、僕がいなくても回る。ゼノスさんを始め、帝国から逃げてきた優秀な庭師(魔導師)たちが、僕の教えた『共生魔法』を完璧にマスターしつつあるからね」
​ アルトはそう言って、テラスの端に置かれた一つの「プランター」に視線を向けた。
 そこには、これまでアルトが作ったどの植物とも違う、異様な姿の苗が植わっていた。
​ それは、蓮の葉を巨大化させたような形状をしていながら、表面は虹色の真珠光沢を放ち、葉の裏側には無数の銀色の羽毛が生えている。
​「アルト様……まさか、この一週間ずっと工房に引き籠もっていたのは、これを作っていたのですか?」
​「そう。名付けて『浮遊蓮(エリアル・ロータス)』。……シエラ、僕の旅の目的は、単なる慈善事業じゃない。世界樹をさらに完全な存在にするために、太古の記録にある『七原種の種』を探さなきゃならない」
​ アルトは懐から一冊の古い日誌を取り出した。それは彼が帝国を追われる際、唯一持ち出した、伝説の植物魔導師の遺稿だ。
​「次の原種が眠っているのは、南の『嘆きの外海』。……帝国の魔導実験の失敗によって海水が腐り、魚一匹、微生物一つさえも住めなくなった、毒の海だ」
​「毒の海……。そこへ、この植物で行こうというのですか?」
​「ただ行くのは芸がないだろう? どうせなら、旅をしながら『海を耕す』んだ。……さあ、出発の準備を。この浮遊蓮は、ただの乗り物じゃない。僕たちの『空飛ぶ研究室』であり、同時に『第ニの家』でもあるんだから」
​ アルトが苗に手をかざし、膨大な魔力を注ぎ込む。
 すると、プランターを突き破るほどの勢いで、浮遊蓮が急成長を開始した。
 
 シュシュシュ……という風を切り裂くような音と共に、葉の直径は瞬く間に十メートルを超え、二十メートル、三十メートルと広がっていく。葉の中央部には、柔らかな苔でできたキャビンが自然と形成され、そこには寝台も、作業机も、さらにはアルト特製の「自動抽出ハーブティー・ポット」までが備わっていた。
​「すごい……。これ自体が一つの生命体なのですね」
​「ああ。光合成で空中の魔力を取り込み、重力魔法を反射する特殊な繊維を持っている。燃料も魔石もいらない。僕と君の魔力が、少しだけあればね」
​ アルトとシエラが、その巨大な葉の中央に乗り込む。
 アルトが操縦用の蔦に触れると、浮遊蓮は音もなくテラスを離れ、世界樹の枝葉の間をすり抜けて、果てしない青空へと舞い上がった。
​「見て、アルト様! 街の人たちが!」
​ 眼下を見れば、神域の民たちが一斉に空を見上げ、手を振っていた。
 かつて絶望の淵にいた彼らに、この青年は希望と、自らの手で大地を育む喜びを与えた。その英雄の旅立ちを、彼らは涙と歓声で送り出していた。
​「……愛されているのですね、貴方は」
​「僕はただ、みんなで美味しい野菜を食べたいだけだよ。……さて、シエラ。ここからは速度を上げるよ。目的地までは、約半日の飛行だ」
​ 浮遊蓮が南へと進むにつれ、地上の景色は一変していった。
 豊かな緑が消え、大地はひび割れ、空気が次第に重く、腐敗した匂いを帯び始める。
​ そして。
 彼らの視界に、この世のものとは思えない光景が飛び込んできた。
​「……っ、これは……」
​ シエラが絶句し、思わず鼻を覆った。
 水平線の先まで続く海は、青ではなく、ドロリとした「赤黒い紫色」に染まっていた。
 海面からは絶えず不気味な泡が弾け、そこから立ち上る腐食性の霧が、空を灰色に濁らせている。かつて美しいサンゴ礁が広がっていたはずの沿岸部は、今や白濁した「海の墓場」と化していた。
​「帝国の連中め……。魔導実験で出た『魔力廃棄物』を、海流が停滞するこの外海に数十年も捨て続けていた報いだ。……自然の自浄作用を、完全に超えてしまっている」
​ アルトの瞳に、かつてないほどの怒りが宿った。
 植物を愛し、大地の循環を尊ぶ彼にとって、この「死んだ海」は許しがたい冒涜だった。
​「アルト様……。いくら貴方の魔法でも、これほど広大な海をどうにかできるのですか? これは大地とは違い、水そのものが毒に変わってしまっています」
​「海も大地も同じだよ。要は、循環が止まっているだけだ。……毒を『分解』し、生命を『生成』する新しい循環の心臓を作ればいい。シエラ、これを」
​ アルトが鞄から取り出したのは、虹色に光る、歪な形をした「珊瑚(サンゴ)の欠片」だった。
 だが、その欠片からは、アルトの心臓の鼓動と共鳴するように、ドクン、ドクンと強い魔力の波動が放たれている。
​「これは『魔導心臓サンゴ(コア・コーラル)』の種。……これを海に落とし、僕が上空から魔力のパスを繋ぐ。そうすれば、この死の海は、僕の領地へと姿を変える」
​ アルトは浮遊蓮の縁に立ち、眼下の紫色の海を見下ろした。
 
「シエラ、しっかり掴まっていて。……これから、海の王様たちに『新しいルール』を教えに行くんだから」
​ アルトの手から放たれた虹色の種。
 それが、死の海へと吸い込まれていく。
​ 一秒、二秒。
 静寂が海を支配した直後――。
 
 ドォォォォォォォォォンッ!
 
 海面が、内側からの爆発的な膨張によって大きく盛り上がった。
 紫色の水しぶきを切り裂いて出現したのは、一瞬にして数キロ四方に根を広げ、海面まで突き出してきた「超巨大な虹色のサンゴ」だった。
​「第ニ章の始まりだ。……まずは、この毒の海に住んでいる『人魚』たちの悩みを聞いてあげようか」
​ アルトが不敵に笑うと同時に、サンゴの周囲の海が、見る見るうちに「純透明」へと透き通り始めた。
 それは、世界を再び塗り替える、最強の植物魔導師による「海洋開拓」の、あまりにも衝撃的な第一歩だった。
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