辺境追放された「植物魔導師」の領地開拓 ~枯れ果てた死の大地は、俺の魔力で聖域(楽園)へと変貌する~

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第二章:蒼海を往く緑の箱舟

​第二節:魔導サンゴと、腐った海域

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​ 轟音と共に海面から突き出した「魔導心臓サンゴ」は、まるで海の中に咲いた巨大な宝石の塔だった。
 紫色の濁った海水を割って現れたその結晶体は、太陽の光を浴びて七色に乱反射し、周囲数キロメートルに渡って、波紋状の「浄化の波動」を放ち続けている。
​「……信じられない。海の色が、端から透き通っていく……」
​ 上空の『浮遊蓮(エリアル・ロータス)』からその光景を見下ろしていたシエラが、感嘆の声を漏らした。
 つい数分前まで、ドロリとした不快な粘性を持っていた海面が、サンゴから放たれる蒼い光に触れた瞬間に泡立ち、毒素を霧散させて、本来の、いや、本来よりも遥かに澄み切った「紺碧」へと塗り替えられていく。
​「驚くのはまだ早いよ。サンゴはただの浄化装置じゃない。海における『世界樹』の代わりなんだ」
​ アルトは操縦蔦を操り、浮遊蓮を海面スレスレまで降下させた。
 間近で見る魔導心臓サンゴは、生き物のようにドクンドクンと脈打っていた。その表面からは無数の細い「触手状の根」が伸び、海中の魔力廃棄物を吸い込んでは、純粋な魔力と酸素へと変換して海中へ吐き出している。
​「シエラ、見て。あそこだ」
​ アルトが指差した先。新しく浄化されたばかりの海域の底から、いくつもの「影」が急浮上してきた。
 それは魚ではない。
 美しくもしなやかな鱗に覆われた下半身と、透き通るような肌を持つ上半身。伝説に名高い「人魚族(マーマン)」たちだった。
​ だが、彼らの姿は無残だった。
 かつては宝石のように輝いていたはずの鱗は、帝国の毒によって剥がれ落ち、病的な灰色に変色している。その手には錆びついた三叉槍が握られ、彼らは自分たちの住処に突如現れた「巨大な異物」と「空飛ぶ蓮」を、恐怖と警戒の入り混じった眼差しで見上げていた。
​「……何者だ、貴様ら! これ以上、我らの海を汚すつもりか!」
​ 中心にいた、真珠の髪飾りをつけた美しい人魚の少女が、掠れた声で叫んだ。
 彼女が掲げた槍からは、微かな水の魔法が放たれようとしている。だが、その魔力はあまりにも弱々しく、今にも消え入ってしまいそうだった。
​「汚しに来たんじゃないよ。……掃除に来たんだ。君たち、かなり苦しそうだね」
​ アルトは浮遊蓮の縁から、ひらりとサンゴの頂上へと飛び降りた。
 七色に輝くサンゴの上に立つアルトの姿は、まるで海を統べる神の使いのようにも見えた。
​「掃除だと……? 笑わせるな、陸の民が! 帝国の連中が数十年かけて腐らせたこの海が、今更どうなると――」
​「今更、どうにかなるよ。僕が来たんだから」
​ アルトは少女の言葉を遮り、サンゴの表面にそっと掌を当てた。
 
「――共振起動。新緑の歌(フローラ・ソナタ)」
​ アルトが魔力を流し込むと、巨大なサンゴ全体が、ハープのような清らかな音色を奏で始めた。
 その音色は水中を瞬時に伝わり、人魚たちの体を優しく包み込む。
​ ――瞬間。
 人魚たちの体に、劇的な変化が起きた。
​「っ!? あ、体が……熱い……!?」
​ 少女が思わず自分の腕を抱きしめる。
 毒に侵され、腐りかけていた彼女の鱗が、音を立てて剥がれ落ちた。その下から現れたのは、かつて祖母から聞いた伝承よりも遥かに美しい、サファイア色に輝く新しい鱗だった。
 肺に溜まっていた濁った海水は吐き出され、サンゴが生成する濃厚な酸素が、彼女たちの魔力回路を瞬時に修復していく。
​「嘘だ……傷が、消えていく。魔力が……生まれてから一度も感じたことがないほど、力が漲ってくるわ!」
​「姫様! 見てください、海の底を!」
​ 従者の人魚が叫び、海中を指差した。
 死の沈泥に覆われていた海底から、サンゴの根を媒介にして、青白く光る「海草(シー・グラス)」が一斉に芽吹いていた。
 それらは海水の毒を食らい、代わりに小魚たちの餌となる豊かなプランクトンを放出し始めている。
​ わずか数分。
 絶望に沈んでいた人魚たちの聖域は、アルトの手によって、伝説の「蒼き楽園」へと作り変えられた。
​「……貴方は、一体、何者なのですか?」
​ 人魚の姫は、三叉槍を海に捨て、祈るように両手を胸の前で組んだ。
 彼女の瞳には、もはや警戒の色はない。ただ、圧倒的な奇跡を目の当たりにした者の、震えるような崇拝の念だけが宿っていた。
​「僕はアルト。ただの植物魔導師だ。……帝国に捨てられた男、と言えば分かりやすいかな?」
​「帝国が……。あんな愚かな国が、貴方のようなお方を捨てたというのですか……?」
​ 姫はアルトの足元まで泳ぎ寄り、サンゴの縁に手をかけた。
​「私は人魚族の王女、ルナ。……アルト様。私たち一族は、この海と共に滅びるのを待つだけでした。……貴方は、私たちの神です。どうか、この穢れた海を、再び生命で満たす力を、私たちにお貸しください」
​「ああ、そのつもりだよ。このサンゴはまだ『心臓』に過ぎない。これから、海の中に巨大な森を作るつもりなんだ。……ルナ、君たちにも手伝ってもらいたいことがある」
​「何なりとお命じください! アルト様のためなら、私たちは深海の果てまでもお供いたします!」
​ ルナが力強く宣言したその時。
 浄化された海域の境界線――まだ紫色に濁ったままの海面が、激しく盛り上がった。
​ ズズズ……と響く、鋼鉄が軋むような不快な音。
 そこから姿を現したのは、帝国の紋章を刻んだ、巨大な「潜水艦」だった。
​「――見つけたぞ、反逆者アルト! そして、人魚の生き残りども!」
​ 潜水艦のハッチが開き、拡声魔法を通した男の声が響く。
 それは、隔離された帝国から極秘裏に派遣された、海洋魔導部隊の残党だった。彼らは帝国の再興のため、この海に眠る「古代の遺物」を探し出すために、人魚たちを捕らえて奴隷にしようと企んでいたのだ。
​「殿下からの伝言だ!『俺の全てを奪った男よ、海の藻屑となれ』とな! 魔導魚雷、装填! あのサンゴごと粉砕しろ!」
​ 潜水艦の側面から、禍々しい黒い筒が次々と突き出される。
 ルナたちが顔を強張らせ、アルトの前に出ようとした。
​「アルト様、危ない! あれは帝国の『魔力汚染兵器』です! 一度触れれば、サンゴも――」
​「いいよ、ルナ。動かなくて」
​ アルトは、慌てる様子もなく、サンゴの上に胡坐をかいて座り込んだ。
 彼は足元に生えていた、一房の「海ぶどう」のような植物を摘み取り、指先で弄んだ。
​「火薬と鉄なんて、僕の庭には必要ないんだよ。……『大食漢の昆布(グラトニー・ケルプ)』、発芽」
​ アルトが海ぶどうを海へ放り込んだ、その瞬間。
 潜水艦の真下から、幅数十メートル、長さ数百メートルに及ぶ、漆黒の巨大な「昆布」が爆発的に急成長した。
​ バキバキバキィィィィンッ!
​ 鋼鉄の船体が、植物の圧倒的な締め付けによって、まるで紙屑のようにひしゃげていく。
 発射されようとしていた魚雷は、昆布の粘液に包まれて不発に終わり、潜水艦そのものが、海中へと引きずり込まれていく。
​「な、なんだ!? 海草が……船を食っている!? バカな、出力最大だ! 振りほどけ!」
​「無駄だよ。その昆布は、魔力を吸えば吸うほど硬く、重くなるように改良してある。……君たちの船の魔力炉は、彼にとって最高のご馳走なんだ」
​ アルトの冷徹な宣告と共に、帝国の潜水艦は、巨大な昆布の森の中に飲み込まれ、沈黙した。
 爆発音さえもしない。ただ、植物が「食事」を終えたあとの、静かな泡が浮かぶだけだった。
​「……。アルト様。……もはや、貴方に敵う者など、この世には存在しないのではないでしょうか」
​ シエラが、浮遊蓮から降りてきて、アルトの隣に立った。
 
「そんなことないよ。僕はただ、庭の手入れをしているだけだ。……さて、ルナ。害虫駆除も終わったことだし、君たちの都へ案内してくれるかな? あそこには、僕が探している『原種』の一つが眠っているはずなんだ」
​「はい……! 喜んで、我が王都『アクア・ルミナス』へご案内いたします!」
​ ルナが先導し、アルトとシエラを乗せた浮遊蓮は、浄化された海の中へと潜っていく。
 アルトが新しく作った「酸素供給の泡」に包まれた一行は、腐った海の下に隠されていた、幻想的な深海の世界へと足を踏み入れることになる。
​ そこでアルトを待っていたのは、人魚たちの王と、そして「海そのものの意志」との対峙だった。
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