辺境追放された「植物魔導師」の領地開拓 ~枯れ果てた死の大地は、俺の魔力で聖域(楽園)へと変貌する~

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第二章:蒼海を往く緑の箱舟

第四節:古の海龍と、魔導巨神の種

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​ 黄金の大樹が照らし出す、美しくも静かな深海都市。その平和を切り裂くように、海の底から「重力」そのものが歪むような圧力が押し寄せてきた。
​ 光の届かない海溝の闇から、二つの巨大な、琥珀色の眼が浮かび上がる。
 それはかつて、大陸が分かたれる以前からこの海を支配していたとされる、古の海龍リヴァイアサンだった。その全長は数百メートルに及び、全身を覆う瑠璃色の鱗は、いかなる伝説の魔導武器さえも通さない絶大な硬度を誇る。
​「グオォォォォォォォォォンッ……!」
​ 海を震わせる咆哮。
 人魚の戦士たちは、その余波だけで吹き飛ばされ、王都の建物にひびが入る。深海王オケアノスでさえも、その威圧感に歯をガチガチと鳴らし、その場に跪くしかなかった。
​「ば、馬鹿な……。なぜ、数万年の眠りについていた守護神様が目覚められたのだ……!」
​「決まっているわ、父上。アルト様が黄金樹を『進化』させたことで、この海の魔力バランスが激変したから……。守護神様は、アルト様を『海を乱す侵入者』だと判断されたのです!」
​ ルナ姫が叫ぶ。
 海龍にとって、環境の変化はたとえ「浄化」であっても、自らのテリトリーへの侵食に他ならない。海龍は巨大な尾を一振りし、王都の防壁を粉砕しながら、アルトが立つ黄金樹へと突進してきた。
​「逃げてください、アルト様! あのお方は神そのもの! 植物の魔法では、あの鱗を貫くことは不可能です!」
​ だが、アルトは逃げなかった。
 彼は黄金の大樹の枝に立ち、迫りくる山のような巨体を見つめて、不敵に笑った。
​「貫く必要なんてないよ。……この海の主なら、もっと『大きな視点』で物事を見てほしいんだけどな。……シエラ、準備はいいかい?」
​「はい。アルト様。……いつでも行けます」
​ シエラがアルトの背中に手を添え、自らの魔力を全量、パスを通じてアルトへと送り込む。
 アルトは鞄の奥底から、これまで一度も使ったことのない、真っ黒でゴツゴツとした「岩石のような種」を取り出した。
​「発芽せよ――『魔導機殻樹(アーク・シェル・ツリー)』」
​ アルトがその種を、海龍の進路上へと放り投げた。
 
 ――瞬間。
 海中の魔力が、ブラックホールのようにその一点へと吸い込まれていった。
 
 種から噴き出したのは、緑の蔦ではない。
 それは、鋼鉄よりも硬く、神話の巨神の四肢を思わせる「外骨格」のような、漆黒の木材だった。木材は複雑に噛み合い、蒸気を吹き出しながら、わずか数秒で高さ数百メートルの「人型の巨像」へと形を成していく。
​ バシィィィィィィィンッ!
​ 海龍の突進を、正面から受け止めたのは、植物によって形成された「巨神の腕」だった。
​「グ、グガァァッ!?」
​ 海龍が驚愕に目を見開く。
 自らの突進を力でねじ伏せたのは、この世界に存在しないはずの「生きた重機」だった。
 アルトが操るこの『魔導機殻樹』は、古代の魔導工学と植物の増殖能力を掛け合わせた、アルト独自の最終兵器だ。内部には無数の魔力管(パイプ)が走り、世界樹から供給される無限のエネルギーを、純粋な「暴力的なまでの物理力」へと変換している。
​「驚いたかい? これはね、植物の繊維を数億倍に圧縮して、オリハルコン以上の剛性を持たせたものなんだ。……さあ、少し落ち着いてもらおうか、海の主さん」
​ アルトが空中で指を動かすと、巨神もまた同じ動きを見せる。
 巨神の掌から、無数の「拘束用の蔦(バインド・ワイヤー)」が射出され、海龍の巨体をがんじがらめに縛り上げた。
​「無駄だよ。その蔦は、君が暴れれば暴れるほど、君の魔力を吸ってさらに硬くなる。……君の怒りを、このサンゴ礁を育てるエネルギーに変えさせてもらうね」
​「キ、キサマ……キサマハ……何者ダ……」
​ 海龍の意志が、直接アルトの脳内に響いてきた。
 神の如き力を持つ海龍でさえ、この青年の前では、ただの「手入れが必要な大きな生き物」に過ぎないという事実に、海龍のプライドは崩れ去った。
​「僕はアルト。この海の新しい『庭師』だ。……リヴァイアサン。君はこの海をずっと守ってきたんだろう? でも、毒にまみれた海を守り続けるのは、もう疲れたはずだ」
​ アルトは巨神の肩から飛び降り、海龍の巨大な鼻先に、そっと手を触れた。
 その瞬間、海龍の脳内に、アルトが夢見る「理想の海」のヴィジョンが流れ込んだ。
 
 あらゆる毒が消え、深海にまで太陽の光が届き、全ての生命が循環する、緑豊かな海洋帝国。
 それは、海龍が数万年前に見た、失われた太古の海の姿そのものだった。
​「……アア……。コノ……輝キハ……」
​ 海龍の瞳から、琥珀色の涙がこぼれ落ちた。
 リヴァイアサンの全身から殺気が消え、代わりにアルトへの深い「敬服」と「信頼」が湧き上がる。
 巨大な守護神は、アルトの前で静かに頭を垂れ、主(あるじ)としての誓いを立てた。
​「……我が魂……貴公に捧げん。大地の主よ……。この海を……再び、光で満たしてくれ」
​ 人魚たちが、その奇跡の光景に震えながら歓喜の声を上げる。
 神として畏怖されてきた海龍が、一人の人間に臣服したのだ。
​ だが、その祝祭の空気を、遠く地上から届いた「緊急の魔力通信」が引き裂いた。
​「――アルト様! アルト様、聞こえますか!? ゼノスです!」
​ アルトの耳に、デス・バレーに残した元魔導院長ゼノスの、焦燥しきった声が届く。
​「どうしたんです、ゼノスさん。そんなに慌てて」
​「帝国です! 隔離されていたはずの帝国アステリアが……『自爆』を開始しました! 奴らは己の国土を全て生贄に捧げ、大陸全土を消滅させるほどの『禁忌呪法』を発動させようとしています! ……このままでは、世界が、世界樹が燃え尽きてしまいます!」
​ アルトの表情から、一瞬にして温もりが消えた。
 
「……。追い詰められたネズミが、最後に家ごと焼くつもりか。いい加減にしてほしいな。せっかく、新しい肥料を用意したところなのに」
​ アルトはリヴァイアサンの頭の上に立ち、空を見上げた。
 深海からでもわかるほど、地上の空が真っ赤に染まり始めている。
​「シエラ。……海の開拓は、リヴァイアサンとルナたちに任せよう。僕たちは一度、空(うえ)に戻る。……帝国の連中に、『本当の終わりの見せ方』を教えてあげなきゃいけないからね」
​ アルトの手元で、魔導機殻樹の巨神が、再び力強く鼓動を始めた。
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