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第二章:蒼海を往く緑の箱舟
第五節:帝国の最後、そして世界樹の真の覚醒
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深海の底から見上げる水面が、不気味な紅蓮に染まっていた。
それは夕焼けではない。帝国アステリアが、自国の民、土地、蓄積された魔力の全てを「薪」として焚べたことで生じた、怨念と呪いの炎が空を焼いているのだ。
「……狂っている。自分たちが勝てないからといって、世界ごと心中しようなんて」
アルトの声は、深海特有の静寂を切り裂くほどに冷たかった。
彼の背後では、屈服した古の海龍リヴァイアサンが、その巨大な巨体を震わせながらアルトの命令を待っている。人魚の姫ルナも、その手に黄金樹から授かった新たな三叉槍を握り、決然とした表情でアルトを見つめていた。
「アルト様。……あのような汚れた火に、私たちの美しい世界を渡してはなりません。人魚族も、海龍様と共に戦います!」
「ありがとう、ルナ。……シエラ、準備はいいかい?」
「はい、アルト様。デス・バレーの世界樹とは既に魔力パスを同期させました。……いつでも、この海全体を『砲身』に変えられます」
シエラの言葉は、常人には理解不能なものだった。だが、アルトが今からやろうとしているのは、まさに「地球規模の外科手術」だった。
「よし。……リヴァイアサン、君の背を借りるよ。海中から、一気に帝都の真下まで突き抜ける」
「御意ニ……大地ノ王ヨ」
アルトとシエラを乗せた浮遊蓮が、海龍の頭上へと固定される。
次の瞬間、リヴァイアサンは深海を爆速で駆け抜けた。その周囲を、数万の人魚の戦士たちが「魔導サンゴ」の槍を携えて並走する。それは、かつて神話の時代にさえ存在しなかった、青き神域の軍勢の進軍であった。
一方、帝都ルミナス。
かつての栄華はどこへやら、街は黒い煙と、空間を削り取るような「終末の術式」のノイズに支配されていた。
皇太子レオンは、もはや人間の形を保っていなかった。彼の体は巨大な魔力炉の一部として祭壇に埋め込まれ、その瞳からは、ただアルトへの憎悪だけが黒い液体となって溢れ出している。
「ハハハ……アルト……! 貴様が作ったあの忌々しい『緑の檻』ごと、全てを消し去ってやる! 何も残さぬ! 俺が支配できぬ世界など、塵になればいい!」
レオンの叫びと共に、帝都の中央から、天空を貫く漆黒の光柱が放たれた。
それは大陸の地脈を逆流させ、全ての生命力を「死」へと変換する絶望の光。光はデス・バレーの世界樹を目指し、凄まじい速度で大気を引き裂いていく。
だが。
その光がデス・バレーに届く直前、帝都の真下の大地が、音を立てて爆発した。
――ドォォォォォォォォォォォンッ!!
噴き出したのは、溶岩ではない。
それは、地底から突き上げてきた「蒼き海の奔流」と、瑠璃色に輝く「海龍の咆哮」だった。
「……何だと!? 海!? なぜここに、海龍がいるのだ!?」
レオンの驚愕を嘲笑うように、地底から噴出した大量の海水が、一瞬にして帝都を飲み込んでいく。
だが、それはただの海水ではなかった。
アルトが「魔導心臓サンゴ」を通じて、大陸中の魔力を「清浄な水属性」へと書き換えた、特製の浄化液だ。
漆黒の光柱は、足元から溢れ出した蒼い奔流に触れた瞬間、急速にその勢いを失い、シュウシュウと音を立てて蒸発していく。
「お待たせ、レオン殿下。……君が用意した『終末の火』は、少し熱すぎたみたいだからね。僕が特注の『消火器』を持ってきてあげたよ」
海水の柱を足場にして、空中に伸びた蔦の玉座に座るアルトが姿を現した。
彼の隣には、海龍リヴァイアサンが威圧感たっぷりに帝都を見下ろし、空には数万の浮遊植物が、帝国の呪いを吸い取るための「フィルター」として展開されている。
「アルトォォォォォッ!!」
「無駄だよ。君が捧げた命も、呪いも、全てはこの『魔導サンゴ』が糧にする。……見てごらん、君が汚した土地が、今どうなっているか」
アルトが指差すと、帝都の瓦礫の中から、見たこともないほど美しい「碧色の花」が次々と芽吹いていた。
それは、死の魔力を吸って、周囲に「再生の魔力」を振りまく新種、『鎮魂の睡蓮(レクイエム・ロータス)』。
レオンが放った破壊のエネルギーは、アルトの植物たちによって、そのまま「帝国の再緑化」のための肥料へと強制変換されていたのだ。
「馬鹿な……俺の……俺の絶望が……ただの花の餌だというのか……!?」
「そうだよ。君のプライドも、野心も、僕にとっては上質な窒素成分に過ぎない。……さあ、仕上げだ。世界樹の『真の姿』を見せてあげるよ」
アルトが両手を広げ、遥か彼方のデス・バレーへと意識を飛ばす。
すると、数千キロ離れた世界樹が、空を揺らすほどの鳴動を上げた。
世界樹の枝が宇宙(そら)へと伸び、そこから放たれた黄金の粒子が、大陸全土に降り注ぐ。
粒子は帝国の檻を溶かし、呪われた大地を浄化し、傷ついた全ての人々に「明日を生きる活力」を分け与えた。
その光の中心で、レオンの肉体は静かに植物の蔦に包み込まれ、一つの「彫像」へと変わっていった。
彼は死ぬことさえ許されず、これから何百年も、自らが汚した大地を癒やすための「魔力供給源」として、永遠に緑を育み続ける運命を背負わされたのだ。
戦いは終わった。
帝国アステリアは消滅し、そこには新しく「大森林」が誕生した。
アルトは、再び澄み切った海へと戻り、リヴァイアサンの背で風に吹かれていた。
「……終わったのですね、アルト様」
シエラが、疲れを見せるアルトの肩に寄り添った。
「ああ。……でも、これでようやく、本当の意味で『世界の庭』が繋がった気がするよ。海と陸、そして空。……次は、もっと面白い植物を作れそうだ」
アルトの手元には、レオンの呪いを吸い取って新しく生まれた「真紅の種」が握られていた。
それは次への鍵となる、未知なる大陸への導き。
「アルト様。……これからも、貴方の隣で、この世界が色付いていくのを見守らせてくださいね」
「もちろん。……さて、次はどこへ行こうか。シエラ」
二人の乗った海龍は、黄金に輝く水平線の向こうへと、ゆっくりと泳ぎ出した。
最強の庭師の物語は、いまや一国のざまぁを越え、星そのものを癒やす「神話」へと昇華していった。
第二章:蒼海を往く緑の箱舟 【完】
それは夕焼けではない。帝国アステリアが、自国の民、土地、蓄積された魔力の全てを「薪」として焚べたことで生じた、怨念と呪いの炎が空を焼いているのだ。
「……狂っている。自分たちが勝てないからといって、世界ごと心中しようなんて」
アルトの声は、深海特有の静寂を切り裂くほどに冷たかった。
彼の背後では、屈服した古の海龍リヴァイアサンが、その巨大な巨体を震わせながらアルトの命令を待っている。人魚の姫ルナも、その手に黄金樹から授かった新たな三叉槍を握り、決然とした表情でアルトを見つめていた。
「アルト様。……あのような汚れた火に、私たちの美しい世界を渡してはなりません。人魚族も、海龍様と共に戦います!」
「ありがとう、ルナ。……シエラ、準備はいいかい?」
「はい、アルト様。デス・バレーの世界樹とは既に魔力パスを同期させました。……いつでも、この海全体を『砲身』に変えられます」
シエラの言葉は、常人には理解不能なものだった。だが、アルトが今からやろうとしているのは、まさに「地球規模の外科手術」だった。
「よし。……リヴァイアサン、君の背を借りるよ。海中から、一気に帝都の真下まで突き抜ける」
「御意ニ……大地ノ王ヨ」
アルトとシエラを乗せた浮遊蓮が、海龍の頭上へと固定される。
次の瞬間、リヴァイアサンは深海を爆速で駆け抜けた。その周囲を、数万の人魚の戦士たちが「魔導サンゴ」の槍を携えて並走する。それは、かつて神話の時代にさえ存在しなかった、青き神域の軍勢の進軍であった。
一方、帝都ルミナス。
かつての栄華はどこへやら、街は黒い煙と、空間を削り取るような「終末の術式」のノイズに支配されていた。
皇太子レオンは、もはや人間の形を保っていなかった。彼の体は巨大な魔力炉の一部として祭壇に埋め込まれ、その瞳からは、ただアルトへの憎悪だけが黒い液体となって溢れ出している。
「ハハハ……アルト……! 貴様が作ったあの忌々しい『緑の檻』ごと、全てを消し去ってやる! 何も残さぬ! 俺が支配できぬ世界など、塵になればいい!」
レオンの叫びと共に、帝都の中央から、天空を貫く漆黒の光柱が放たれた。
それは大陸の地脈を逆流させ、全ての生命力を「死」へと変換する絶望の光。光はデス・バレーの世界樹を目指し、凄まじい速度で大気を引き裂いていく。
だが。
その光がデス・バレーに届く直前、帝都の真下の大地が、音を立てて爆発した。
――ドォォォォォォォォォォォンッ!!
噴き出したのは、溶岩ではない。
それは、地底から突き上げてきた「蒼き海の奔流」と、瑠璃色に輝く「海龍の咆哮」だった。
「……何だと!? 海!? なぜここに、海龍がいるのだ!?」
レオンの驚愕を嘲笑うように、地底から噴出した大量の海水が、一瞬にして帝都を飲み込んでいく。
だが、それはただの海水ではなかった。
アルトが「魔導心臓サンゴ」を通じて、大陸中の魔力を「清浄な水属性」へと書き換えた、特製の浄化液だ。
漆黒の光柱は、足元から溢れ出した蒼い奔流に触れた瞬間、急速にその勢いを失い、シュウシュウと音を立てて蒸発していく。
「お待たせ、レオン殿下。……君が用意した『終末の火』は、少し熱すぎたみたいだからね。僕が特注の『消火器』を持ってきてあげたよ」
海水の柱を足場にして、空中に伸びた蔦の玉座に座るアルトが姿を現した。
彼の隣には、海龍リヴァイアサンが威圧感たっぷりに帝都を見下ろし、空には数万の浮遊植物が、帝国の呪いを吸い取るための「フィルター」として展開されている。
「アルトォォォォォッ!!」
「無駄だよ。君が捧げた命も、呪いも、全てはこの『魔導サンゴ』が糧にする。……見てごらん、君が汚した土地が、今どうなっているか」
アルトが指差すと、帝都の瓦礫の中から、見たこともないほど美しい「碧色の花」が次々と芽吹いていた。
それは、死の魔力を吸って、周囲に「再生の魔力」を振りまく新種、『鎮魂の睡蓮(レクイエム・ロータス)』。
レオンが放った破壊のエネルギーは、アルトの植物たちによって、そのまま「帝国の再緑化」のための肥料へと強制変換されていたのだ。
「馬鹿な……俺の……俺の絶望が……ただの花の餌だというのか……!?」
「そうだよ。君のプライドも、野心も、僕にとっては上質な窒素成分に過ぎない。……さあ、仕上げだ。世界樹の『真の姿』を見せてあげるよ」
アルトが両手を広げ、遥か彼方のデス・バレーへと意識を飛ばす。
すると、数千キロ離れた世界樹が、空を揺らすほどの鳴動を上げた。
世界樹の枝が宇宙(そら)へと伸び、そこから放たれた黄金の粒子が、大陸全土に降り注ぐ。
粒子は帝国の檻を溶かし、呪われた大地を浄化し、傷ついた全ての人々に「明日を生きる活力」を分け与えた。
その光の中心で、レオンの肉体は静かに植物の蔦に包み込まれ、一つの「彫像」へと変わっていった。
彼は死ぬことさえ許されず、これから何百年も、自らが汚した大地を癒やすための「魔力供給源」として、永遠に緑を育み続ける運命を背負わされたのだ。
戦いは終わった。
帝国アステリアは消滅し、そこには新しく「大森林」が誕生した。
アルトは、再び澄み切った海へと戻り、リヴァイアサンの背で風に吹かれていた。
「……終わったのですね、アルト様」
シエラが、疲れを見せるアルトの肩に寄り添った。
「ああ。……でも、これでようやく、本当の意味で『世界の庭』が繋がった気がするよ。海と陸、そして空。……次は、もっと面白い植物を作れそうだ」
アルトの手元には、レオンの呪いを吸い取って新しく生まれた「真紅の種」が握られていた。
それは次への鍵となる、未知なる大陸への導き。
「アルト様。……これからも、貴方の隣で、この世界が色付いていくのを見守らせてくださいね」
「もちろん。……さて、次はどこへ行こうか。シエラ」
二人の乗った海龍は、黄金に輝く水平線の向こうへと、ゆっくりと泳ぎ出した。
最強の庭師の物語は、いまや一国のざまぁを越え、星そのものを癒やす「神話」へと昇華していった。
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