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第三章:天空の箱庭と、失われた太陽の民
第一節:雲を突く世界樹と、未知なる高度へ
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帝国アステリアを「大森林」という名の檻に閉じ込め、荒れ果てた海を海龍と共に浄化したアルトたちの名は、いまや地上のすべての生ける者の間で「神」に等しい響きを持って語られていた。
だが、当のアルトは、そんな喧騒をどこ吹く風で、新調した「空飛ぶ研究室」――改良型『浮遊蓮・改(エリアル・ロータス・グランデ)』の甲板で、新しい種の選別に勤しんでいた。
「アルト様。……準備は整いました。ゼノス様からは『地上の守りは鉄壁、安心していってらっしゃい』との伝言です。ルナ様たち人魚族も、世界樹の根元を守る海流の防壁を完成させたとのこと」
シエラが、旅の支度を整えて報告する。彼女の背には、アルトが世界樹の繊維を編み込んで作った、軽くて丈夫な「植物の羽(リーフ・ウィング)」が備わっている。
「ありがとう、シエラ。……地上と海が安定したなら、次は『上』だ。世界樹がこれだけ伸びているのに、その梢の先がどうなっているか誰も知らないなんて、庭師としては失格だからね」
アルトが空を見上げる。
世界樹の幹は、遥か雲の海を突き抜け、宇宙の境界さえも窺わんばかりにそびえ立っている。
かつて帝国の学者たちは「高度数千メートルには酸素がなく、極寒の世界であり、生命は存在できない」と定義した。だが、世界樹はそこへ向かって伸び続けている。それは、その先に「何か」があるという証左に他ならない。
「さあ、出発だ。……シエラ、高度が上がると空気が薄くなる。この『酸素補給のコケ(オキシ・モス)』を首に巻いておいて。僕の魔力と同期して、常に新鮮な空気を作ってくれるから」
アルトが操縦蔦に魔力を込めると、浮遊蓮は音もなく浮上を開始した。
世界樹の巨大な幹を螺旋状になぞるように、蓮は一気に加速する。
高度三千メートル。
下界を覆っていた雲が、足元に広がる絨毯のように見え始めた。
地上の巨大な山々でさえ、今や小さな小石のようだ。
「……っ、アルト様。空気が、急に冷たくなってきました。それに……魔力の流れが、地上とは全く違います」
シエラが、アルトから渡された「発熱する蔦(サーマル・バイン)」を身に纏いながら、窓の外を見つめる。
そこは、青というよりも「紺」に近い、宇宙を予感させる空の色。
そして、世界樹の幹には、地上では見られない異様な光景が広がっていた。
幹の表面に、巨大な「氷の結晶」がいくつも張り付いている。
いや、それは氷ではなかった。
「……あれは、『魔力の氷河』だね。空気が薄すぎて、溢れ出した魔力が冷気と混ざって結晶化しているんだ。普通の植物なら、この冷気に触れた瞬間に細胞が破壊されて死んでしまう」
「でも……あそこに、何かがいます!」
シエラが指差した先。
魔力の氷河が広がる幹の影に、透き通った羽を持つ「鳥」のような生き物が数羽、凍りついたように静止していた。
よく見ると、その鳥たちの体は半分ほど「石」に変わっている。
「……!? アルト様、あれは!?」
「『石化病』の変異種だね。……地上でレオンが放った呪いの残滓が、軽い魔力粒子になってこの高度まで登ってきているんだ。地上では浄化できたけど、ここでは空気の循環がないから、呪いが濃縮されて溜まっている」
アルトの瞳に、鋭い光が宿った。
彼が世界樹を登ろうとした動機は好奇心だけではない。地上の不浄が、この世界の「屋根」を腐らせ始めていることを察知していたのだ。
「かわいそうに。……シエラ、浮遊蓮をあそこの氷河の近くに寄せて」
アルトは蓮の縁に立ち、石化しかけている鳥たちに向かって、一粒の小さな「赤い実」を投げた。
それは、帝国の呪いを肥料にして作り上げた新種、『劫火のホオズキ(フレア・ランタン)』。
実が空中で弾けた瞬間、そこから放出されたのは熱ではなく、「呪いを食らう魔力」だった。
ホオズキから伸びた光の糸が鳥たちを包み込むと、石化していた部分がポロポロと崩れ落ち、その下から鮮やかな翡翠色の羽が復活した。
「ピィィィッ!」
自由を取り戻した鳥たちが、アルトの周りを感謝するように旋回する。
そしてその鳥の一羽が、アルトに向かって何かを訴えかけるように、さらに上方――雲の切れ間へと飛び去っていった。
「……案内してくれるみたいだね。この先に、彼らの『故郷』があるんだろう」
「アルト様。あの鳥、翼の形が……人間の手に似ていませんでしたか?」
「ああ。……どうやら、空には空の『住人』が、僕たちの助けを待っているみたいだ」
アルトは操縦蔦を強く握り、浮遊蓮の出力を最大に上げた。
高度一万メートル。
ついに雲海を完全に突き抜けた二人の視界に、それは現れた。
青空の中に浮かぶ、巨大な「逆さ富士」のような大地。
それは重力魔法の結晶体によって支えられ、いくつもの小さな島々を伴って漂う、伝説の天空大陸。
だが、その美しいはずの島は、今や巨大な「黒い霧」に覆われ、太陽の光を完全に遮断されていた。
「……太陽がない。……あそこが、僕たちの新しい『庭』だ」
アルトの言葉を合図に、浮遊蓮は未知なる天空の領土へと、静かに、しかし力強く滑り込んでいった。
最強の庭師による、天空の開拓記。
その幕開けは、凍てついた空に「太陽の種」を植えることから始まる。
だが、当のアルトは、そんな喧騒をどこ吹く風で、新調した「空飛ぶ研究室」――改良型『浮遊蓮・改(エリアル・ロータス・グランデ)』の甲板で、新しい種の選別に勤しんでいた。
「アルト様。……準備は整いました。ゼノス様からは『地上の守りは鉄壁、安心していってらっしゃい』との伝言です。ルナ様たち人魚族も、世界樹の根元を守る海流の防壁を完成させたとのこと」
シエラが、旅の支度を整えて報告する。彼女の背には、アルトが世界樹の繊維を編み込んで作った、軽くて丈夫な「植物の羽(リーフ・ウィング)」が備わっている。
「ありがとう、シエラ。……地上と海が安定したなら、次は『上』だ。世界樹がこれだけ伸びているのに、その梢の先がどうなっているか誰も知らないなんて、庭師としては失格だからね」
アルトが空を見上げる。
世界樹の幹は、遥か雲の海を突き抜け、宇宙の境界さえも窺わんばかりにそびえ立っている。
かつて帝国の学者たちは「高度数千メートルには酸素がなく、極寒の世界であり、生命は存在できない」と定義した。だが、世界樹はそこへ向かって伸び続けている。それは、その先に「何か」があるという証左に他ならない。
「さあ、出発だ。……シエラ、高度が上がると空気が薄くなる。この『酸素補給のコケ(オキシ・モス)』を首に巻いておいて。僕の魔力と同期して、常に新鮮な空気を作ってくれるから」
アルトが操縦蔦に魔力を込めると、浮遊蓮は音もなく浮上を開始した。
世界樹の巨大な幹を螺旋状になぞるように、蓮は一気に加速する。
高度三千メートル。
下界を覆っていた雲が、足元に広がる絨毯のように見え始めた。
地上の巨大な山々でさえ、今や小さな小石のようだ。
「……っ、アルト様。空気が、急に冷たくなってきました。それに……魔力の流れが、地上とは全く違います」
シエラが、アルトから渡された「発熱する蔦(サーマル・バイン)」を身に纏いながら、窓の外を見つめる。
そこは、青というよりも「紺」に近い、宇宙を予感させる空の色。
そして、世界樹の幹には、地上では見られない異様な光景が広がっていた。
幹の表面に、巨大な「氷の結晶」がいくつも張り付いている。
いや、それは氷ではなかった。
「……あれは、『魔力の氷河』だね。空気が薄すぎて、溢れ出した魔力が冷気と混ざって結晶化しているんだ。普通の植物なら、この冷気に触れた瞬間に細胞が破壊されて死んでしまう」
「でも……あそこに、何かがいます!」
シエラが指差した先。
魔力の氷河が広がる幹の影に、透き通った羽を持つ「鳥」のような生き物が数羽、凍りついたように静止していた。
よく見ると、その鳥たちの体は半分ほど「石」に変わっている。
「……!? アルト様、あれは!?」
「『石化病』の変異種だね。……地上でレオンが放った呪いの残滓が、軽い魔力粒子になってこの高度まで登ってきているんだ。地上では浄化できたけど、ここでは空気の循環がないから、呪いが濃縮されて溜まっている」
アルトの瞳に、鋭い光が宿った。
彼が世界樹を登ろうとした動機は好奇心だけではない。地上の不浄が、この世界の「屋根」を腐らせ始めていることを察知していたのだ。
「かわいそうに。……シエラ、浮遊蓮をあそこの氷河の近くに寄せて」
アルトは蓮の縁に立ち、石化しかけている鳥たちに向かって、一粒の小さな「赤い実」を投げた。
それは、帝国の呪いを肥料にして作り上げた新種、『劫火のホオズキ(フレア・ランタン)』。
実が空中で弾けた瞬間、そこから放出されたのは熱ではなく、「呪いを食らう魔力」だった。
ホオズキから伸びた光の糸が鳥たちを包み込むと、石化していた部分がポロポロと崩れ落ち、その下から鮮やかな翡翠色の羽が復活した。
「ピィィィッ!」
自由を取り戻した鳥たちが、アルトの周りを感謝するように旋回する。
そしてその鳥の一羽が、アルトに向かって何かを訴えかけるように、さらに上方――雲の切れ間へと飛び去っていった。
「……案内してくれるみたいだね。この先に、彼らの『故郷』があるんだろう」
「アルト様。あの鳥、翼の形が……人間の手に似ていませんでしたか?」
「ああ。……どうやら、空には空の『住人』が、僕たちの助けを待っているみたいだ」
アルトは操縦蔦を強く握り、浮遊蓮の出力を最大に上げた。
高度一万メートル。
ついに雲海を完全に突き抜けた二人の視界に、それは現れた。
青空の中に浮かぶ、巨大な「逆さ富士」のような大地。
それは重力魔法の結晶体によって支えられ、いくつもの小さな島々を伴って漂う、伝説の天空大陸。
だが、その美しいはずの島は、今や巨大な「黒い霧」に覆われ、太陽の光を完全に遮断されていた。
「……太陽がない。……あそこが、僕たちの新しい『庭』だ」
アルトの言葉を合図に、浮遊蓮は未知なる天空の領土へと、静かに、しかし力強く滑り込んでいった。
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その幕開けは、凍てついた空に「太陽の種」を植えることから始まる。
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