辺境追放された「植物魔導師」の領地開拓 ~枯れ果てた死の大地は、俺の魔力で聖域(楽園)へと変貌する~

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第三章:天空の箱庭と、失われた太陽の民

​第二節:翼を持つ民と、石化の呪い

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​ 雲海を突き抜け、浮遊蓮が辿り着いたのは、重力の理を無視して虚空に漂う巨大な浮遊島だった。
 だが、その光景は「天国」という言葉からは程遠いものだった。
 島を覆っているのは、陽光を一切通さないほどに濃密な「黒い積乱雲」。その雲からは雨ではなく、生命の熱を奪い去るような、凍てつく「石化の煤(すす)」が絶え間なく降り注いでいた。
​「……空気が重いですね。アルト様、あの街を見てください」
​ シエラが指差した先、島の斜面に沿って築かれた石造りの美しい街並みがあった。
 しかし、その街は静まり返っている。家々の壁には、病的な灰色の蔦が這い回り、広場の噴水は凍りついたまま停止していた。
​ アルトは浮遊蓮を街の中央広場へと着陸させた。
 蓮の葉が地面に触れた瞬間、アルトは眉をひそめた。
​「……土が、死んでいる」
​ 彼はしゃがみ込み、灰色の砂のような土を手に取った。
 本来、土には数え切れないほどの微生物と、大地を巡る魔力の脈動があるはずだ。だが、この天空の土は、まるで「焼かれた骨」のように乾き、呪いという名の重金属に汚染されていた。
​「誰だ……。死の雲を越えて、この地に来た者は……」
​ 広場を囲む石柱の影から、数人の人影がふらりと現れた。
 彼らは背中に大きな翼を持っていた。だが、その翼の半分以上は灰色の石に変わっており、飛ぶことさえままならない様子だった。
 中心に立つ一人の女性――頭に金色の宝冠を戴いた有翼人の王女イカロスが、震える手で槍を構えた。その肌も、端からゆっくりと石化が進行している。
​「……陸の民か。それとも、魔王の差し金か。ここにはもう、奪えるものなど何もないぞ。太陽は消え、私たちはただ、完全に石になるのを待つだけだ」
​「石になるのを待つなんて、庭師の前で言うことじゃないな」
​ アルトは立ち上がり、静かにイカロスの方へ歩み寄った。
 戦士たちが槍を突き出そうとするが、シエラが素早く前に出て、聖女の輝きを放つ魔力を展開する。その清浄な波動に、天空の民たちは毒気を抜かれたように動きを止めた。
​「私たちは敵ではありません。……アルト様は、枯れた大地を救うためにここへ来ました。その石化の呪いも、アルト様の植物なら――」
​「無駄だ。これは地上から立ち昇った『呪いの霧』が、空の魔力と混ざり合って生まれた不可逆の病だ。我が父王も、民の半分も、すでに動かぬ彫像へと変わってしまった。……希望など、この高度には存在しない」
​ イカロスが絶望に瞳を伏せる。
 彼女の足元には、完全に石化した幼い子供の像が転がっていた。それは彫刻ではなく、つい数日前まで笑い合っていたはずの同胞の変わり果てた姿だった。
​ アルトは黙って、その石化した子供の像の前に膝をついた。
​「……シエラ。この呪い、根が深いね。ただの浄化じゃ、石の芯まで魔力が届かない」
​「どうするのですか、アルト様? これほど大規模な石化……今の魔力供給では間に合いません」
​「簡単なことだよ。石を『種』に変えてしまえばいい」
​ アルトの口から飛び出した言葉に、イカロスたちは耳を疑った。
 
「石を、種に……? 何を言っているのだ、貴様!」
​「黙って見てなよ。……これが僕の、天空専用の『剪定(せんてい)』だ」
​ アルトが石の像に手を当てる。
 彼の魔力回路が、世界樹と、そして遠く離れた海龍の力とも同期した。
 
「――特異種発芽。『石喰いの宿り木(ストーン・イーター)』。君たちの体の中に溜まった呪いを、すべて新しい生命の『殻』にする」
​ アルトの手から、透明な糸のような根が伸び、石の像の内部へと侵入していった。
 
 パキパキパキッ!
 
 静かな広場に、硬質な音が響く。
 石の表面から、エメラルド色の小さな芽が噴き出した。その芽は、石の成分を「栄養」として吸収しながら、猛烈な勢いで成長していく。
 みるみるうちに、石の像は美しい緑の蔦に包まれ、内部から黄金色の熱が発生した。
​「あ……ああ……っ!」
​ イカロスが悲鳴に近い声を上げた。
 蔦が弾け飛んだ瞬間、そこには灰色の石の像ではなく、温かい肌の色を取り戻し、健やかに眠る子供の姿があった。
 子供の背中には、石化が解け、真珠のように輝く翼が復活している。
​「そんな……。数万年、我が一族が抗えなかった『終末の呪い』が、一瞬で……?」
​「次、君の番だ。王女様」
​ アルトは呆然とするイカロスに歩み寄り、彼女の石化しつつある手に触れた。
 
 ジュウウゥゥ……という音と共に、彼女の腕から灰色の煤が蒸発し、透き通るような白肌が戻っていく。全身を巡っていた重苦しい呪いが、アルトの掌を通じて吸い取られ、彼の足元に咲いた「紫色の花」へと蓄積されていった。
​「あ、力が……戻ってくる。太陽を失ってから、ずっと凍えていた魂が……熱い……!」
​ イカロスは膝をつき、自分の腕を抱きしめて涙を流した。
 広場にいた他の有翼人たちも、次々とアルトの元へ駆け寄り、救いを求めて平伏した。
​「感謝する……。おお、地上の救世主よ……!」
​「お礼はいいよ。……それより、王女様。一つ聞きたい」
​ アルトは、空を覆う黒い積乱雲を見上げた。
 その雲の奥深くから、時折、黄金色の「不気味な光」が明滅している。
​「あの雲の向こうにあるもの、あれが君たちの太陽を隠している原因だね? ……あそこには、何が住んでいるんだ?」
​ イカロスの顔が、再び恐怖で強張った。
​「……あれは、私たちの祖先が作り出してしまった、天空の守護機獣『フェニックス・アルター』。……太陽の熱を無限に吸収し、代わりに死の灰を撒き散らす、偽りの神です。あいつを止めない限り、空に朝が来ることはありません」
​「なるほど。太陽を独り占めしている『害鳥』がいるわけだ」
​ アルトは、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。
 
「シエラ。次の植物の構成が決まったよ。……空が暗いなら、僕たちが『新しい太陽』を植えればいい」
​ アルトは鞄から、一際大きく、燃えるように赤い「龍の眼」に似た種を取り出した。
 
 それは、天空大陸の生態系そのものを上書きし、失われた太陽を植物の力で代行させる、前代未聞の「恒星計画」の始まりだった。
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