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第三章:天空の箱庭と、失われた太陽の民
第五節:空飛ぶクジラと、大気の草原
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雲海の上に浮かぶ王都『アイテール』の静寂は、ギルド連合の魔導艦隊が放つ、不快なエンジン音によって塗り潰された。
純白の船体に金色の装飾を施した旗艦『ジャスティス号』。その舳先に立つルシウスは、眼下に広がる黄金の向日葵と、機械の神フェニックスを苗床にしたエネルギー供給システムを、卑俗な欲望を隠そうともせずに見つめていた。
「素晴らしい……。これほど高純度の魔力供給源、我ら魔導師ギルドが管理してこそ、世界の安定に寄与するというもの。アルト・リーヴァス殿、抵抗は無意味だ。我々には、国際魔導法に基づく『緊急徴収権』があるのだからな」
ルシウスの背後で、数百の空中騎兵が魔導銃の狙いをアルトに定める。
王女イカロスや天空の民たちは、ようやく手にした希望が再び奪われようとしていることに、絶望と怒りに震えていた。
「アルト様……。あいつら、自分たちの都合のいいルールで、私たちの街を奪おうとしています……!」
「ルール、か。……自分たちが作った紙切れのルールが、この大空の理(ことわり)に勝てると思っているのかな」
アルトは冷徹な眼差しで、空を埋め尽くす艦隊を見上げた。
彼は懐から、これまでに一度も使ったことのない、深い蒼色に輝く「ひょうたん型」の種を取り出した。
「シエラ。……あそこの雲の層、もっとも深い場所に眠っている『彼』を呼ぼう。……空の広さを、彼らに教えてあげるんだ」
「承知いたしました。……天空の地脈、いえ、天脈(てんみゃく)を活性化させます!」
シエラが杖を空に掲げ、高純度の魔力を雲海へと叩き込む。
――グォォォォォォォォォォォォォォンッ!
大気そのものが震えるような、深く、重厚な鳴き声が、天空の彼方から響いてきた。
ルシウスの顔から余裕が消える。
「……何の音だ!? この高度に、これほどの魔力反応を持つ生命体など存在しないはずだ!」
「君たちの知っている空は、あまりに狭すぎるんだよ。……おいで、『大気鯨(ストラト・ホエール)』。君の背中を、少し耕させてもらうね」
雲海が大きく波打ち、そこから姿を現したのは、全長一キロメートルを超える、文字通りの「空飛ぶクジラ」だった。
その半透明の皮膚には星々の輝きが宿り、ゆったりとヒレを動かすたびに、猛烈な乱気流が発生する。だが、そのクジラの背中は、長年の乾燥と石化の煤によって、ひび割れた不毛の地のようになっていた。
「――播種(はしゅ)。『浮遊大草原(エア・サバンナ)』。……君の背中を、最高の牧場にしてあげるよ」
アルトが蒼い種をクジラの巨体に向けて放った。
種がクジラの背に触れた瞬間、そこから猛烈な勢いで「緑の草原」が広がり始めた。
ただの草ではない。それは大気中の水分を即座に吸収し、浮力を持つガスを発生させる『浮草の王』だ。
わずか数分で、一キロメートルの巨躯を誇る大気鯨の背中には、豊かな水が流れる小川と、腰の高さまである青々とした草原が完成した。
「さあ、お食事の時間だよ。……あそこの白い船、少し邪魔だと思わないかい?」
アルトが指差すと、大気鯨はその巨体をうねらせ、ギルド連合の艦隊へと進路を取った。
「ば、馬鹿な! あんな伝説の幻獣を、植物一粒で手懐けたというのか!? 全艦隊、攻撃開始! あの怪物を撃ち落とせ!」
ルシウスの絶叫と共に、旗艦から極大の魔導砲が放たれた。
――だが。
大気鯨の背中に生い茂る『浮遊大草原』が、黄金色の障壁を展開した。
草原を構成する草の一本一本が、受けた衝撃を分散し、そのままクジラの生命力へと変換していく。攻撃すればするほど、大気鯨は元気に、そして巨大に成長していくのだ。
「ギ……ギルド連合の最高兵器が、ただの草に防がれるだと……!?」
「攻撃だけが植物の力じゃない。……守り、育み、そして『飲み込む』。……それが自然のやり方だ。――『絡みつく積乱雲(クラウド・バインド)』、発芽!」
アルトが草原に手を当てると、クジラの吐息が巨大な蔦状の「雲」へと変貌し、ギルド連合の艦隊を一網打尽に絡め取った。
魔導エンジンの吸気口に綿毛のような種子が詰まり、全ての浮遊船が次々と出力を失い、空中に固定される。
「くっ……離せ! この野蛮な植物め! 我々はギルド連合だぞ! 世界中の魔導師を敵に回すつもりか!」
「敵に回す? ……心外だな。僕はただ、君たちの船を『動くプランター』に再利用してあげているだけだよ。……イカロス。あとは任せていいかな?」
アルトが振り返ると、背中に石化の癒えた翼を持つ、数千の有翼人の戦士たちが空を埋め尽くしていた。
彼らの手には、アルトが作った『痺れ薬の果実』を充填した魔導弓が握られている。
「はい、アルト様。……私たちの空を汚し、命を弄んだ報い、しっかりと受けてもらいます!」
イカロスの号令と共に、有翼人たちの猛攻が始まった。
動けなくなった連合の艦隊は、もはや巨大な標的に過ぎない。ルシウスたちは、自分たちが下等だと見下していた「植物」と「辺境の民」によって、徹底的に無力化されていった。
やがて。
空を埋め尽くしていた純白の艦隊は、すべて緑の蔦に包まれ、大気鯨の背中に作られた『浮遊牧場』の家畜小屋や倉庫として再編成された。
ルシウスはといえば、誇り高き管理官の服を剥ぎ取られ、アルトの指導のもと、クジラの背中に植えられた新種の野菜を育てる「強制農作業」を命じられていた。
「ひ、ひぃぃ……。なぜ私が、こんな土いじりを……!」
「いい運動だろう? 管理ばかりしてないで、たまには自分で命を育ててみなよ。……さあ、サボるとその足元の『こちょこちょ草』が暴れるよ」
アルトはそう言って笑い、大気鯨の背中から王都を見下ろした。
空、陸、そして海。
三つの領域が、アルトの植物を通じて一つに繋がり始めていた。
だが、この平和な光景の裏で、アルトは気づいていた。
天空大陸の地下深くに眠る、この世界の「本当の歪み」に。
「……シエラ。この大陸の心臓部、何か変だ。……ただ浮いているだけじゃない。何かを『隠して』いる」
「……はい。私も感じます。……懐かしいような、それでいて、とても悲しい魔力を」
アルトは、クジラの草原に深く手を突き立て、大陸の深部へと意識を沈めた。
そこにあったのは、かつてこの世界を創った者たちが残した、あまりにも切ない「約束」の跡だった。
純白の船体に金色の装飾を施した旗艦『ジャスティス号』。その舳先に立つルシウスは、眼下に広がる黄金の向日葵と、機械の神フェニックスを苗床にしたエネルギー供給システムを、卑俗な欲望を隠そうともせずに見つめていた。
「素晴らしい……。これほど高純度の魔力供給源、我ら魔導師ギルドが管理してこそ、世界の安定に寄与するというもの。アルト・リーヴァス殿、抵抗は無意味だ。我々には、国際魔導法に基づく『緊急徴収権』があるのだからな」
ルシウスの背後で、数百の空中騎兵が魔導銃の狙いをアルトに定める。
王女イカロスや天空の民たちは、ようやく手にした希望が再び奪われようとしていることに、絶望と怒りに震えていた。
「アルト様……。あいつら、自分たちの都合のいいルールで、私たちの街を奪おうとしています……!」
「ルール、か。……自分たちが作った紙切れのルールが、この大空の理(ことわり)に勝てると思っているのかな」
アルトは冷徹な眼差しで、空を埋め尽くす艦隊を見上げた。
彼は懐から、これまでに一度も使ったことのない、深い蒼色に輝く「ひょうたん型」の種を取り出した。
「シエラ。……あそこの雲の層、もっとも深い場所に眠っている『彼』を呼ぼう。……空の広さを、彼らに教えてあげるんだ」
「承知いたしました。……天空の地脈、いえ、天脈(てんみゃく)を活性化させます!」
シエラが杖を空に掲げ、高純度の魔力を雲海へと叩き込む。
――グォォォォォォォォォォォォォォンッ!
大気そのものが震えるような、深く、重厚な鳴き声が、天空の彼方から響いてきた。
ルシウスの顔から余裕が消える。
「……何の音だ!? この高度に、これほどの魔力反応を持つ生命体など存在しないはずだ!」
「君たちの知っている空は、あまりに狭すぎるんだよ。……おいで、『大気鯨(ストラト・ホエール)』。君の背中を、少し耕させてもらうね」
雲海が大きく波打ち、そこから姿を現したのは、全長一キロメートルを超える、文字通りの「空飛ぶクジラ」だった。
その半透明の皮膚には星々の輝きが宿り、ゆったりとヒレを動かすたびに、猛烈な乱気流が発生する。だが、そのクジラの背中は、長年の乾燥と石化の煤によって、ひび割れた不毛の地のようになっていた。
「――播種(はしゅ)。『浮遊大草原(エア・サバンナ)』。……君の背中を、最高の牧場にしてあげるよ」
アルトが蒼い種をクジラの巨体に向けて放った。
種がクジラの背に触れた瞬間、そこから猛烈な勢いで「緑の草原」が広がり始めた。
ただの草ではない。それは大気中の水分を即座に吸収し、浮力を持つガスを発生させる『浮草の王』だ。
わずか数分で、一キロメートルの巨躯を誇る大気鯨の背中には、豊かな水が流れる小川と、腰の高さまである青々とした草原が完成した。
「さあ、お食事の時間だよ。……あそこの白い船、少し邪魔だと思わないかい?」
アルトが指差すと、大気鯨はその巨体をうねらせ、ギルド連合の艦隊へと進路を取った。
「ば、馬鹿な! あんな伝説の幻獣を、植物一粒で手懐けたというのか!? 全艦隊、攻撃開始! あの怪物を撃ち落とせ!」
ルシウスの絶叫と共に、旗艦から極大の魔導砲が放たれた。
――だが。
大気鯨の背中に生い茂る『浮遊大草原』が、黄金色の障壁を展開した。
草原を構成する草の一本一本が、受けた衝撃を分散し、そのままクジラの生命力へと変換していく。攻撃すればするほど、大気鯨は元気に、そして巨大に成長していくのだ。
「ギ……ギルド連合の最高兵器が、ただの草に防がれるだと……!?」
「攻撃だけが植物の力じゃない。……守り、育み、そして『飲み込む』。……それが自然のやり方だ。――『絡みつく積乱雲(クラウド・バインド)』、発芽!」
アルトが草原に手を当てると、クジラの吐息が巨大な蔦状の「雲」へと変貌し、ギルド連合の艦隊を一網打尽に絡め取った。
魔導エンジンの吸気口に綿毛のような種子が詰まり、全ての浮遊船が次々と出力を失い、空中に固定される。
「くっ……離せ! この野蛮な植物め! 我々はギルド連合だぞ! 世界中の魔導師を敵に回すつもりか!」
「敵に回す? ……心外だな。僕はただ、君たちの船を『動くプランター』に再利用してあげているだけだよ。……イカロス。あとは任せていいかな?」
アルトが振り返ると、背中に石化の癒えた翼を持つ、数千の有翼人の戦士たちが空を埋め尽くしていた。
彼らの手には、アルトが作った『痺れ薬の果実』を充填した魔導弓が握られている。
「はい、アルト様。……私たちの空を汚し、命を弄んだ報い、しっかりと受けてもらいます!」
イカロスの号令と共に、有翼人たちの猛攻が始まった。
動けなくなった連合の艦隊は、もはや巨大な標的に過ぎない。ルシウスたちは、自分たちが下等だと見下していた「植物」と「辺境の民」によって、徹底的に無力化されていった。
やがて。
空を埋め尽くしていた純白の艦隊は、すべて緑の蔦に包まれ、大気鯨の背中に作られた『浮遊牧場』の家畜小屋や倉庫として再編成された。
ルシウスはといえば、誇り高き管理官の服を剥ぎ取られ、アルトの指導のもと、クジラの背中に植えられた新種の野菜を育てる「強制農作業」を命じられていた。
「ひ、ひぃぃ……。なぜ私が、こんな土いじりを……!」
「いい運動だろう? 管理ばかりしてないで、たまには自分で命を育ててみなよ。……さあ、サボるとその足元の『こちょこちょ草』が暴れるよ」
アルトはそう言って笑い、大気鯨の背中から王都を見下ろした。
空、陸、そして海。
三つの領域が、アルトの植物を通じて一つに繋がり始めていた。
だが、この平和な光景の裏で、アルトは気づいていた。
天空大陸の地下深くに眠る、この世界の「本当の歪み」に。
「……シエラ。この大陸の心臓部、何か変だ。……ただ浮いているだけじゃない。何かを『隠して』いる」
「……はい。私も感じます。……懐かしいような、それでいて、とても悲しい魔力を」
アルトは、クジラの草原に深く手を突き立て、大陸の深部へと意識を沈めた。
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