メサイアの灯火

ハイパーキャノン

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運命の舵輪編

セイレーン編23

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 しかし現実的にはクロード達の思惑通りに事は運ばなかった、と言うのは予てより彼の行動や正体に怪しさを感じていたメリアリアやオリヴィア達“女王位”各位は既に秘密裏に二人に対する調査を進めており、その結果彼等の予想よりも大分早くにその背任行為の数々が明るみに出る結果となってしまったのである、そしてー。

 あの一斉摘発の日に、追い詰められたクロードは服毒して自殺を図り、ルキナは捕縛されて本部の牢の中へと拘束、監禁された。

 彼等に同調した面々の内で主だった者も全て軒並み逮捕され、その多くは内々に始末が付けられる事となったわけであるが、しかし。

「いやあああぁぁぁぁぁっ!!?うそでしょっ、蒼太がっ。蒼太がああぁぁぁっ!!!」

「お、落ち着けメリアリア!!」

「あなたまで、死んでしまうわっ!?」

 その途上で彼等の、もっと言ってしまえばメリアリアの予期せぬ出来事が起こった、事態の経緯を見るつもりで一旦、渦中の現場から離れた蒼太が逃走の途中で崩落に巻き込まれ、消息を絶ってしまったのだ。

「いやあああぁぁぁぁぁっ!!!離してっ、離してよおぉぉっ!!蒼太落ちてっちゃったのっ、助けてあげなきゃ、死んじゃうよぉっ!!!」

「ち、ちょっと!!」

「落ち着けってば!!」

 その光景を目撃していたメリアリアは一瞬、呆然となりながらも次の瞬間には半狂乱となり自身もその、崩落箇所に出来た穴へと向けて飛び込もうとしていたモノの、それを直後に到着した仲間達によって取り押さえられ、彼等によって鎮静剤数本と精神の奥の奥にまで作用する“根源睡眠魔法”を数人掛かりで掛けられる事によりようやくにして事無きを得たのだ。

 もともと、霊力の高い血筋に生まれ落ちていたメリアリアには生まれつき、あらゆる呪いや毒物に対する強力な浄化耐性が備わっておりそれが故に、仲間達も彼女を押し留める際には並々ならぬ苦労を経験しなければならなかったのであるが、それでも何とかこの金髪碧眼の乳白色の肌をした少女が自死してしまうかも知れない状況を辛うじて食い止める事には成功したのであり、彼女が目覚めるのを待って、ありとあらゆる説得の術が試みられた。

「なあ、メリアリア・・・」

「・・・・・」

「蒼太は、その・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・きてるわ」

「えっ!?」

「蒼太は、生きているわ。私には解るの。彼が生きている事が・・・」

「・・・・・」

 その言葉に、誰もが皆、口を噤んでしまった、誰だって“それならどんなに良いか”と思っていたのだがしかし、さりとてそれを否定することが出来た者もその場にいなかったのも事実であった。

 彼女達“女王位”の誰もが、蒼太の最後を目撃した訳では確かに無く、それ故にメリアリアの言葉にどう反応して良いのかが解らなかったのである。

 ただ唯一。

 オリヴィアの言葉が、メリアリアには突き刺さった、“彼は何と言っていたのか”と、オリヴィアはメリアリアに問い質して来たのである。

「蒼太は常に、君の身を案じていた。彼からこう言う場合の為に、掛けられていた言葉は無いのか?」

「・・・・・」

 メリアリアは、何も応えなかった、しかし確かに身に覚えはあった、“生き抜け”と、蒼太は何度も告げていた、“どんなになってしまってもいい。何があっても決して諦めずに、どこまでもどこまでも生き抜くんだ”と蒼太はメリアリアに何度も何度も諭していたのだ。

「・・・・・」

「もし何事か、彼から言われていたのであるのならば、君は今こそそれを、実行しなければならないはずだ。それになにより、もし本当に彼が生きているとしたのならば。いつの日にかきっと、君に再び、会いに来ることだろう。その時に君が死んでしまっていたり、いなくなったりしてしまっていたならば、彼はきっとガッカリするのでは無いかな?」

「・・・・・」

(蒼太・・・!!)

 その言葉を聞いた時に、メリアリアは思わず嗚咽が込み上げて来るのを、感じていたのだが。

 彼女はそれでも、人前では絶対に泣かなかった、ただただ拳を強く握り締め、俯いて肩を震わせていたのであるが、しかし。

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

 堪りかねて“大丈夫か?”と声を掛けてきたオリヴィアに対して、メリアリアは下を向いたまま、それでも何とか頷いて見せたが、そんな戦友で妹分の姿にオリヴィアはその日は、彼女を引き止めずに寮に帰らせることにした、本来であれば事件の事後処理等もあり、忙しかったのであるがしかし、今はとてものこと、メリアリアにこれ以上の精神的負荷を負わせるべきではない、と判断をしたためである。

 そんなオリヴィアに、そして自分を見守ってくれていた仲間達に一礼をすると、メリアリアはそそくさと女子寮にある、自分の部屋へと帰って行った、そうして部屋の中に入って施錠をし、ベッドに俯せになった所でー。

 メリアリアは初めて、その青空色の双眸から大粒の涙を零し始めた、もはや心の奥底から湧き上がってくる悲しみを、慟哭の衝動を堪え続けることは出来なかった、メリアリアは突っ伏したままで、声を挙げて泣き続けた、ただただただただ泣いて泣いて泣いて泣いて、いつまでもいつまでも泣き濡れ続けた。

 涙は後から後から溢れ出して来て、途絶えると言うことを知らなかった、この時彼女の頭の中にあったのは、蒼太への思いとその思い出だけだ、二人で遊びに行った時の、他愛のないお喋りをした場面、抱き合った肌の温もりと、何度となく交わしたキスの記憶ー。

 それらが際限なく押し寄せて来てはメリアリアの嗚咽を誘い、そしてその度に少女は悲しみに打ち拉がれ続けた、昨日までは確かに側に居てくれた最愛の人、愛しくて愛しくて堪らない、掛け替えのない大切な伴侶。

 それはもはや、自分の半身と言っても良かったのだがメリアリアはそれを喪失してしまったのである。

 否、後から見て正確に言い直したならば“一時的に引き離されてしまった”と言った方が正しかったのであるが、その時のメリアリアにそんな事が解ろう筈もなく、どこまでもどこまでも押し寄せてくる絶望と孤独感、そしてそれらがもたらす精神的な、体感的な“寒さ”の中で凍えながら泣いていたのだ。

「うえ、グスッ。蒼太、蒼太あぁぁ・・・。寒いよ、蒼太ぁ。寂しいよおぉぉぉ・・・」

 “愛して”、“抱いて?”とまるで恋人がそこにいるかのように何度となく語り掛けるモノの当然、虚空は何も応えてくれる訳も無く、室内にはただただ、自身のすすり泣く声としゃくり上げの息遣いとがこだまするだけだった、そしてー。

 それはメリアリアをして更なる悲しみと嗚咽とをもたらしては余計に彼女を涙させる一因となっていたのだった。

「うううう、うええーんっ。蒼太が、蒼太がいなくなっちゃったようぅぅぅっ。蒼太、助けて、辛いよぅ。苦しいよおおおぉぉぉぉぉっっ!!!うえええーん、うわあああああああーーーんっっっ!!!」

 蒼太、苦しい、助けてと、メリアリアはいつ果てるともなく繰り返し繰り返し、恋人に向かって訴えるがその度に返ってくるのはただただ静寂と寒さ、冷たさだけだった、あの黒髪の少年が与えてくれた温もりも、ハチミツ色の髪の毛を優しく撫でてくれた掌の感触さえも、今の少女には余りに遠くて手の届かないモノのように思われてしまい、それが彼女をして一層の、孤独と虚無と悲哀の只中へと叩き込んでいったのだ。

 それから1週間の間、メリアリアはずっとずっと泣いて過ごした、意識が覚醒している時は涙を流し、泣き疲れては眠りに就く、と言う事を繰り返していた、ベッドは涙でグショグショになり、体重も五キロ以上も落ちてしまった、美しかった金髪はザンバラとなり、顔も酷くやつれている。

(このままじゃ、いけない)

 メリアリアは思った、そうは思ったのであるがどうしても蒼太の事が思い出されてしまい、生きる気力が湧かなかった、何度も何度も“いっその事このまま死んでしまえばいい”と思い、そしてその度に“そんな事を思ってはいけない”、“頑張るんだ、生きるんだ”と自分に強く言い聞かせ続けた、現に蒼太はあれほど繰り返し、“生きろ”と言ってくれていたではないか、あの逞しくて暖かな身体で包み込むように抱き締めながら、“生き抜け”と諭し続けてくれたではないか。

(しっかりしなさい、私!!このまま死んじゃったら、蒼太にきっと怒られてしまうわ!!)

 “蒼太に嫌われてしまっても良いの!?”と、そう思うとようやく“何とかしなければ”と言う意志が、心の中から本格的に芽生え始めて来て、そしてそれと同時にお腹がグウグウと空いてきた、喉も酷く渇いていた、それはそうだろう、なにしろこの1週間の間、殆ど何も飲まず食わずだったのだから。

 ひもじくて仕方が無くなってしまった彼女は、取り敢えず先ずはキッチンまでやって来ると冷蔵庫の扉を開いて買ってあったミネラルウォーターをゴクゴクと流し込んでいった、久方振りの水分に喉が、身体が潤いを取り戻して行くのがハッキリと感じられたが、そんなメリアリアが次にやった事というのは食料を見て回る事だったのだ。

 キッチンの戸棚や冷蔵庫にはパスタにバター、ミートソースの缶にパルミジャーノ・レジャーノ(パルメザンチーズ)が収められていた。

 それで彼女は手早く、ミートソース・パスタを作ることにした、これは蒼太の好きな料理の一つであり、現に彼女も良く御馳走してあげていたのだ。

 出来上がった熱々のパスタに、パルメザンチーズを山のように掛けて食べるのが蒼太のお気に入りの食べ方であり、そしてそんな恋人の影響だろう、メリアリアも自然とそれに倣うようになっていった。

 お腹が恐ろしい程に空いていた少女は普段ならば絶対に食べないであろう、二人前のパスタを茹でて、それを一気に平らげていった、パスタもそうだったのだが特に喉が渇いてやりきれずに、途中でミネラルウォーターを何度も飲んだ、ようやく一心地付いた彼女を、しかし再びの悲しさと寂しさとが襲い掛かって来るモノの、彼女はもう、打ち拉がれはしなかった。

(蒼太は、生きている)

 どうしてもその思いが、感覚が自分の中から消えなかった、それは何の証拠も無いのにとてもとてもしっかりとしている暖かな確かさであり、そしてそれが本来であれば、頭ではどんなにか頑張ろうと思っていたとしてもやはりその実、悲嘆に暮れてしまっていたであろう彼女の心を奮い立たせてその足取りを何とか明日への道程へと、そして更にはその先にある日々の生への実践へと向けて駆り立てて行ったのだ。

 正直に言ってそれでも何度かは、“もしかして自分は、彼が死んでしまった事を認められないでいるだけなのではないか?”とも思った事もあるにはあったがしかし、その度にメリアリアは頭を振ってその思いを否定していった、それを差っ引いても尚、彼女は蒼太の生存を信じ続け、また感じ続けていられたし、更に言ってしまえば彼に意識を向ける度に心の奥底においては不思議な安心感というか、温もりを覚えていた為である。

(・・・きっと。きっとまた会えるよね?蒼太)

 それだけが彼女の心の支えとなり、それから六年間、蒼太に再び巡り会うその日まで少女を生かし続ける原動力となっていったのだ。
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