メサイアの灯火

ハイパーキャノン

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ガリア帝国編

アウロラ・フォンティーヌ編1

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 これは物語を読んで下さっておられる読者の皆様方には周知の事とは存じますが、メリアリアちゃんの時もそうだったのですが、蒼太君がアウロラちゃんを助けたのもまた、彼女達への純粋なる興味、親切心からです。

 ですから最初から“何かしてやろう”と等と言う下心や見返りを期待してのモノでは、間違っても有りません(仲良くなれたら良いな、位の気持ちはありましたが)、ちなみに彼がメリアリアちゃんと仲良くなった切っ掛けと言うのは最初に、“うわぁ、可愛い子だなぁっ!!”と思ったのと同時にもう一つ、彼女の話に含まれている内容や含蓄が自分が聞いていて“確かにその通りだな”、ですとか“なるほど、だからこうなのか”と言ったように、彼自身が納得出来るモノだったからです(つまりは勿論、彼女自身に対してもそうだったのですが、それよりもなによりも、その話の内容自体に興味があったのです。それで一緒にいて楽しかったから、自然とお付き合いするようになって行ったのでした)。

 アウロラちゃんの場合は素直に彼女が途方にくれていて、泣くほど困っていたからです(だから“このまま放っておけない”と思って助けたのですね)、そう言う事で御座います。

 ちなみに最終的に蒼太君はメリアリアちゃんと結ばれ、そしてアウロラとも結ばれます(オリヴィアともですが)、そしてそれは=で、蒼太君がメリアリアちゃんのみならず、アウロラの事も、オリヴィアの事も(その愛情を含めて)認めて受け入れる事を意味するのですが。

 既にしてそのフラグは立っています(これはオリヴィアはまだこれから行う事になるのですが)、以前に“カインの子供達”と戦っている終盤で、暴走するエネルギーを宇宙(そら)へと逃がす為に(本人が相当なまでに、消耗し尽くしていた事もあって)、蒼太君が半死半生になる程の、大ダメージを負ってしまった事がありました。

 この時、メリアリアちゃんとアウロラちゃんはなり振り構わずに、共にその持てる魂の輝きを、彼へと向けて秘め抱きたる、果つる事の無い“真愛(まな)と真心の迸り”を顕現させてはその“奇跡の光”でもって蒼太君を蘇らせ、助け起こした訳なのですけれども(なんで彼女達にそう言う“不思議な力”があるのか、と言う事に関しましては追々説明が為されて行く事になろうかと思われます←ただし既にそのヒントは第137話と第138話において出ています)、これは先述の通りで“彼への極めて確かなる愛の照射”、“その純正なる煌めきの発露”、それそのものに他なりません、そしてそれに彼女達はやがて気が付く事になる訳なのですが(つまりは自分達がどれだけ比類無き熱い思いを蒼太へと抱いているのか、自分達の蒼太君に対する心と言うモノが、どれだけ純粋で一途で激しいモノであるのか、と言う事に改めて気付かされる訳ですけれども)、その時に相手もまた同様である、と言う事にも、同時に気付いて行くのです。

 蒼太君に対する紛う事無き本物の、混じりっ気の無い凄絶なる愛情を互いに宿しているのだ、と言う事に気が付くのです、そして彼女達はそれを否定出来ません、何故ならばその愛情の強さ、深さが本物のそれだからです、絶対に替えの効かない、唯一無二のモノだからです(何故それが解るのか、と言えばそれは、他の誰よりも何よりも一番、蒼太君へと向けてそれらを確かに抱いているのが本人達自身だからです←そしてそれを他ならぬ本人達自身が一番、認識しているからです)。

 そこで初めて彼女達はお互いにお互いの事を、その愛情を認めるのです(ただしだからと言ってどちらも負けるつもりはありませんし、引き下がるつもりも毛頭ありませんが)、そして蒼太君も初めてメリアリアちゃんのみならず、アウロラちゃんの事も(オリヴィアの事もですが)認めて受け入れるのです。

 要するにメリアリアちゃんを始めとしてアウロラやオリヴィアの蒼太君に対する思い、努力、気配りは決して無駄にはなりません(そんな可哀想で非情な真似は致しません!!)、ただしそこまではまだ、幾許かの時間が掛かります、ですが最後は素晴らしい程のハッピーエンドとなりますので、もう暫くお待ちください(皆様方の御期待を、決して裏切ったりはしません、なので安心してお読み下さい)。

                 敬具。

           ハイパーキャノン。
ーーーーーーーーーーーーーーー
 11月も終盤に差し掛かって来ていた、街も人々もこの時期はもはや去りゆく年に思いを馳せつつ、それでもやがて来るであろう新年に向けて、心も身体も、着ている物も景観すらも、その装いを新たに変えるが、そんな中でー。

 彼女、アウロラ・フォンティーヌだけはそれどころでは無いほどに浮かれていた、その日は月末の土曜日であり彼女の待ち焦がれていた日だったからである。

 何故ならばー。

「・・・・・っ!!!!!」

(く、来るっ。もう少しであの人が、蒼太さんが遊びに来てくれる・・・っ!!!)

 そう思うといても立っても居られずにおり、三日も前から落ち着き無くあたふたと慌てふためいては“ああでもないこうでもない”と準備をし続けて来たのであった。

「アウロラ、少し落ち着きなさい・・・」

「慌て無くても彼はちゃんと来てくれるわよ・・・」

「う、うん。解ってはいるのだけれど・・・っ!!」

 と、思わず両親達すらもが苦笑交じりに静止を促す程に、この時のアウロラは齷齪(あくせく)と動き回っていたのであり、自分の部屋の片付けや調度品の配置変え、身嗜みの整理整頓等まで完璧に熟(こな)して彼を出迎えようとしていたのである。

「♪♪♪っ、♪♪♪~っ!!!」

 もう本当に、楽しくて楽しくて仕方が無い、と言った風にアウロラは鼻歌交じりで屋敷の中を駆けずり回っていたのであるが、しかしそれも最初の内だけだった、時が近付くにつれて段々と口数は少なくなり、緊張感が顔を覗かせて来るモノの、しかしー。

「・・・・・っっっ!!!!!」

(はわわっ!?ど、どうしましょうっ。緊張して来ましたっ!!!)

 髪型を整えてリボンを結び(と言ってもこの時のアウロラの髪型はショートボブであったのだが)、その白磁器のように滑らかな肌にシャワーを浴びて磨きを掛け、以前とは違うキッズドレスに身を包んで準備万端で蒼太を待つが、やがてー。

 コツコツ。

 と応接室の扉を叩く音がして、“旦那様”との少し嗄れてはいるモノの穏やかな感じのする、初老の男の声が聞こえる。

「何か用かい?」

 この屋敷に仕える家令、モハメドが、何か用がある様子である、どうしたのかな?等と思ってエリオットが声を掛けると“お客様をお連れ致しました”との返事が返って来た、これには流石のエリオット達も面食らった、時計を見ると今は丁度10時5分前だ、どうやら彼は時間に正確なタイプらしい、その観点からも好感が持てた(フランスやイタリアの人々は“10時に”と言って約束をした場合、大体その30分~1時間くらい遅れて来るのがザラである←電車とかバスもそうらしいです)。

「入ってもらいなさい」

 エリオットがそう告げるとー。

 ガチャリ、ギギイィィと重厚なる音がしてそこからはあの時、舞踏会の会場で見掛けたのと同じ、子供用燕尾服に身を包んでいる蒼太が立っていた、手には見たことも無い、異国の花束を持っており、その色はフォンティーヌ家の透き通るように青い頭髪とよく似たそれをしている。

「本日はお招きに預かりまして、大変に光栄で御座います、エリオット伯爵!!」

「うん。凛々しい王子様だね」

 その少年の、些か緊張しているであろう声色に、エリオットは思わずクスリとなってしまった、可愛らしいではないか、あの後念の為にと人手を使って調べたのだが彼はまだ8歳の少年である、にも関わらずに精一杯に格好を付けて礼儀を熟(こな)している、その姿、姿勢もまた受け入れやすいモノがあった、やはり悪い人物ではなさそうだ。

「今日は良く来てくれたね?一日ゆっくりと、この屋敷の中で過ごしてくれたまえ」

「必要な事は、なんでも言ってちょうだいね?」

 傍らに座っていたシャルロットもまた、優しい笑みを浮かべて声を掛けるが、そんな夫妻の姿を見た蒼太は、“本質的に優しい人達なんだ”と理解してホッとなった。

 そこへー。

 アウロラが立ち上がってはゆっくりと近付いて来るモノの、その立ち居振る舞いは蒼太以上に硬くてぎこちなく、普段の彼女を見慣れている両親からしてみればとてものこと、見られたモノでは無かったのである。

「・・・・・っ!?」

「・・・・・っ!!」

(ああ・・・!!)

(何という事だ!!)

 心の中で、エリオット夫妻は咽び泣いた、この時のアウロラの動作はギクシャクとしており、それどころか手と足とが一緒になって出ているのである、庶民的な言葉で言うなら“あちゃ~・・・”と言った具合であろうか。

「ほ、本日は。ようこそお越し下さいました・・・」

「う、うん。アウロラ、君も元気そうで何よりだね・・・」

 だが対する蒼太も負けてはいないほどガッチガチになっていたために、これはこれで良いペアなのかも知れないと、エリオット夫妻は思い始めた、存外気が合うかも知れない、となるとここは“二人っきりにさせてあげた方が良いのかな?”等とも思う余裕が出て来ていたのだ。

「そうだ、蒼太君。君草花は好きか?この家の庭には珍しい植物がいっぱい埋まっていてね、どうやら祖父が植物プランナーのパトロンをしていたらしくて、その名残らしいのだ。もし良かったら君の持ってきてくれた、その美しいブルーサファイアのような花も、是非とも植えさせて欲しいんだがね?」

「それは根元は切ってあるの?」

「いいえ、花瓶に挿せるようにとまだ、根元は切っておりません!!植えていただく事も可能です!!」

「それは何という花なんだい?ここガリアでは見た事が無い程の、美しいブルーだ、本当に我々の髪と同じ色をしている。まるでエキスを抽出させて、花に分け与えたような色合いをしているのだが・・・!!」

「“ルリカラクサ”と“ルリヒナギク”です、花言葉は清らかな心、可憐、そして幸運、協力です!!」

「ほぅ・・・?」

「悪く無いわね・・・」

 と思わず珍しくエリオットが呻くと同時にシャルロットまでが褒め称えて見せるが花の事では煩(うるさ)い彼女は基本、滅多な事では他人様の持ってきたそれを認める事はしないのであるが、今回はだからかなり良い次第点をもらったと言える。

「そう言うことならば、我が家にピッタリでは無いか、いただこう!!」

 そう言っては一瞬、モハメドを呼び寄せつつも彼に命じて花を庭に植えるようにと言いつけようとしたエリオットだったがー。

「・・・アウロラ」

「は、はいっ!!」

「蒼太君に庭を見せてあげなさい、それでついでにお前自身の手で彼から花を受け取って植えておあげ?その方が蒼太君も、花も喜ぶだろう・・・!!」

「は、はいっ。解りました・・・!!」

「あ・・・!?」

 “こ、こっち・・・”と消え去りそうな声で話つつも、アウロラは蒼太の袖を掴んで応接室を出ようとする、それを。

「大丈夫?一緒に行こっか!?」

 と言って蒼太は改めて彼女の手を握ると自ら先頭に立って彼女を引っ張って歩き始めた、その姿を。

 エリオットとシャルロットは、微笑ましそうな眼差しを浮かべて見送ると、二人でニンマリと笑い合ったのだが、彼等は初めて見たのである、引っ込み思案で人見知りな自分達の娘が曲がり形にも自分から他人様に接触して声を掛け、剰(あまつさ)え引っ張って行こうとする場面と行動力を。

 最終的には結局は、彼にエスコートされていったようだがどうやらあの“蒼太”と呼ばれる少年との出会いが少しずつ、娘を変えて行っているようであり、それも望ましい方向へと進んでいるようだ、そう言う意味では両親としては悪い気等は全くせずに、寧ろ彼には感謝すらしている位である。

 それにここ数日の、鼻歌交じりにあれやこれや準備に精を出していた積極的能動状態は、間違ってもそれまでのアウロラに見られなかったモノであり確実に彼女の中で何かが目覚め始めて行っている、その証左と言えたが、しかし。

「ふうぅぅ・・・」

 “き、緊張してしまった”と扉を開けて廊下に出ると、蒼太は胸に手を当てては思わず安堵の溜息を漏らすが彼としてみれば今の瞬間、まさに真剣勝負をしていたのであり、その戦いに勝った、と言える訳だが、さて。

「す、凄いオーラだったよね?おじさんもおばさんも。僕、ちょっとドキドキしてしまったよ・・・!!」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

 “ああ~、ビックリした・・・”と何度も胸を撫で下ろす蒼太の姿にアウロラは思わず“ぷ・・・っ!!”と笑いが込み上げて来てしまっていた、自分の王子様ともあろう人がその実、こんなにも屈託の無い人だったなんて、なんだかおかしくなってしまったのだ。

 だから。

「あはっ、あはははっ。あはははははははははははっ!!!!!」

「え、え・・・?」

 気が付いたらアウロラは思わず吹き出してしまっていた、その声は廊下中に響き渡っており、ドアを軽々と突き抜けて応接室の中にまで届いてしまう程だったのだ。

「あははははっ。あははははははははははははっっっ!!!!!!!!」

「な、何かしら・・・?」

「どうしたんだい?一体・・・!!」

 その様子が気になってエリオットとシャルロットが不思議そうな顔でドアを開けて覗いてみると、なんと愛娘が腹を抱えてゲラゲラと破顔し続けているでは無いか。

「まあ・・・っ!!」

「どうした事だ、これは・・・!!」

 その様子に興味を持った両親達が見守る中、やや戸惑い気味の蒼太の横で一頻り、かしましく笑い続けたその後で、ようやく落ち着きを取り戻したアウロラは今度は自分から蒼太の手を握り、“こっち!!”と言っては彼を庭へと誘って行った。

「ここ・・・」

「ああ、ここは良いね!!」

 “日当たりも良さそうだし・・・!!”とアウロラに導かれるままに、連れて来られた花壇の一角に、蒼太が花を植えようとするが、するとアウロラが“てててて・・・っ”と走って行って、庭の隅に置いてあった小さな手掘り用スコップを持って来る。

「あの、これ・・・っ!!!」

「あ、ああっ。有り難う!!」

 アウロラの心配りにそう応えると蒼太は早速それを受け取り土をザクザクッと掘り始めた。

「これ位でいいかな・・・?」

 “よっと・・・!!”と言って蒼太は持参したルリカラクサとルリヒナギクの根株を適度な深さの穴に埋め込んでから、上から優しく土を掛けるが、それが済むとー。

「えーと、ジョーロが欲しいんだけど・・・」

「はい・・・」

 するとアウロラが再び応えてお水をいっぱい入れたジョーロを両手で持ってやって来た、それを途中から受け取ると、蒼太は周囲に満遍なく水を掛けては空になったジョーロを“何処に置けばいい?”と聞き返すとアウロラが“私が片付けて気ますから!!”と言ってはジョーロを受け取り元あった場所へと置いてきた。

「ふうぅ・・・!!」

「君も、花の世話をするのかい?」

「う・・・っ。と、時々・・・」

「そっか、じゃあ僕と一緒だね!!」

 と、蒼太は明るく笑って言った。

「僕もお家で桔梗とかヒヤシンスなんかを育てているんだ、あくまで見るためのヤツだよ、食べる為じゃ無いよ!?」

「し、知ってますっ。それくらい・・・!!」

「でもさぁ。やっぱり時々忘れちゃうんだよね、お水あげるの、うっかりしちゃって、だからお母さんによく怒られるんだ!!」

「お母さん・・・?」

「君のお母さんは良いね、優しそうで、家とは大違いだよ!!」

「そ、そんな事は・・・」

「君はお母さん、恐くないの?」

「うう・・・っ。ち、ちょっと恐いかも・・・っ!!」

「へえぇぇ、やっぱり恐いんだ、あんなに優しそうな人なのに・・・」

 二人の話は弾んで行った、家の事、家族の事、自分の事等を、蒼太は言える範囲で話して聞かせ、対するアウロラはそれを興味深そうに聞いていた、彼の事なら何でも聞きたかった、どうしても今、会っている最中に聞いておきたかったのである。

「でも良いよね、アウロラのお家は。だって兄弟姉妹が沢山いて!!」

「ううっ。そ、そんな事、無いです・・・!!」

「どうして?話とかしないの?」

「弟とか、お兄さんとか・・・。イジワルです・・・!!おやつなんかも、みんなで分けなきゃいけないし・・・」

「あっはははっ。アウロラもやっぱりそう言うの、気にするんだね!!」

「も、もうっ。あの、蒼太、さんてば・・・。イジワルです・・・!!」

「蒼太で、いいよ。アウロラ」

 蒼太はにべもなくそう言った。

「僕だってフォンティーヌのお嬢様を呼び捨てにしてるんだから、君も僕の事、蒼太って呼びなよ!!」

「ううっ。そ、蒼太、さん・・・!!」

「あっはははっ。アウロラらしいね!!」

 その様子がおかしくてつい、蒼太はその場で笑い転げてしまうモノの、それを見たアウロラも最初の内はキョトンとしていただけだったのが、その内釣られて笑い始め、気が付けば二人で爆笑してしまっていた。

 笑いながら、アウロラは思った、“楽しい”と。

 蒼太と過ごす時間の一秒一秒が、交わす言葉の一言一言が掛け替えの無い位に尊くて輝いていて、彼を見ていて聞いていて、思わず胸が苦しい程にまで鼓動が早く脈を打つ。

 その一瞬一瞬を、切り取ってアルバムか何かにしまっておきたくなる程だったが対する蒼太も蒼太でまた、驚愕してしまっていた、それは先程のモノもそうだったのであるモノの、このアウロラと言う少女の見せた、純真無垢なるその笑顔だった、この子はこんなにも明るい笑みを浮かべて笑う事が出来る子だったのか、と一緒にいてビックリしてしまうモノの、そんな彼女の眩しさに、どうしても蒼太は自らの思い人を思い浮かべない訳には行かなかった。

(メリー・・・)

 蒼太は思うが彼女の微笑み、彼女の仕草、彼女の言葉、彼女の存在、そしてその全身を使って現される、一挙手一投足の全てをも。

 メリアリアとは月30日の内でも大体、6割程度は一緒にいて過ごしていた、勿論その一日中を一緒に過ごしている訳では無いがそれでも、とどまる所つまり17、8日間は何らかの理由を付けては彼女と一緒にいる時間がある、と言う事だったのでありその分、二人の思い出や思い入れ、何より絆は深かったのだ。

「・・・さん、蒼太さん?」

「・・・・・っ。え、えっ!?」

「どうしたんですか?ボーッとしちゃって・・・!!」

「ええっ!?ああ、うん。ごめんよ?えっと、あの・・・。何だったっけか?」

「食べ物の話ですっ!!」

 すると今度は思わずプゥーッとアウロラが膨れて見せるが、この喜怒哀楽を素直に現す、と言う事も、それまでのアウロラには見られなかった特徴であった、それまでの彼女は自分というモノを持っていない、否、あったとしてもそれを素直に現さない、大人しい人だったからだ、花の蕾であったからだ。

 それがここに来て、少しずつ開花し始めて来たのであり、その秘めたる美しさ、凄絶さが顕現し始めて来たのである、・・・それも恐らくは、たった一人の少年との接触による衝撃の激震で。

 そうだ、蒼太の存在というものはそれだけ、アウロラを根幹から揺さ振り起こしては、変質させてしまう程のモノだったのであり、現に彼の出現を切っ掛けとして彼女は“自分”に目覚め始めて行ったのであった、ようやくにしてその心の内を、宿し抱きたる強さと熱情とをこの世の中へと向けて解き放ち始めたのであるモノの、しかし。

「ごめんごめん。アウロラの好きな食べ物って何だったっけ・・・?」

「もうっ、蒼太さんったら・・・!!私の好きな食べ物はチェリーパイとチョコレート、ザッハトルテにバターワッフル、それに・・・」

 と少しだけモジモジしつつもアウロラは付け加えた、“ビスケットです”とそう言って。

「・・・アウロラ、ビスケットなんか食べるの?」

「うう・・・っ。た、食べますっ。私だってビスケットくらい・・・っ!!」

 と蒼太からの言葉に、些かムキになってそう応えるモノの実はこの時、アウロラは一つだけ、嘘を付いた。

 否、もっと正確に言うのならば、今現在の彼女の話をするのならば、嘘でも何でも無かったのたが元々、彼女はビスケットはあんまり好きじゃ無かったのであり、もっと言ってしまえば全くと言って良いほどに、自分から食べたりはしなかったのだ。

 無論、食べられない訳では無いし、薦められれば口にはするが、普段からおやつか何かで食べるような事などは、全く無かったのであるモノの、しかしそれを変えてしまう出来事が彼女の身に起こったのである。

 例のルテティアの森での蒼太によって助けられた一件がそれだったのだがあの時、彼に差し出されて口に入れたビスケットの味わいが、彼女には堪らない程にまで美味しくて、感動するくらいに甘かったのだ。

 勿論、お腹が空いていたから、と言うのもあるにはあるが、蒼太がくれた食べ物だったから、と言うのが何よりかにより大きかった、あの時、あの暖かい手でさり気なく差し出してくれた、小麦本来の甘み、味わいが生きている素朴な焼き菓子。

 その舌触りと感触とが忘れられなくて、今ではついつい、おやつの度に絞りたての直送ミルクと一緒にパリパリと頬張り、流し込むようになっていたのである。

「蒼太さんは、何が好きなんですか?」

「僕?僕はね、チョコビスケットとか、チェルシーとかかな?あ、でも・・・」

 蒼太は言った“焼きリンゴのタルトタタンとかは好きかな?”と、すると。

「私大好きなんですっ、リンゴのタルトタタンッ!!!」

「へ、へえぇぇ。そうなんだ・・・っ!!?」

 と蒼太はアウロラの余りの気迫に思わずビックリしてしまった、それは間違いなく今までの彼女の見せていた態度、雰囲気とは一線を画していたモノだったのであり、蒼太もまさか目の前の、あの大人し目な女の子がまさかこんなにもグイグイと迫って来るなんて、こんなにも激しい熱情を抱いているなんて、夢にも思ってはいなかったのである。

「タルトタタン、美味しいですよね?あの焼きリンゴの果汁とクリームの甘さがジュワッと口の中いっぱいに広がって、それと一緒にクリスピー部分のサクサクとした舌触りと味わいが、また何ともかんとも言えないんですよ!!」

「あ、ああ。うん、そうだよね・・・!!!」

 と、蒼太が彼女の話に耳を傾けつつもコクコクと頷いていた時だった。

「あっ、アウロラッ!!」

「ええっ?ど、どうしました?蒼太さん・・・?」

「しっ。動かないで・・・っ!!!」

 蒼太がアウロラを静止させつつも自らは花壇の一角に立てられていた緑色の細い支柱を一本、引き抜いて構える、すると。

「・・・ひっ、ひっ!!?」

「・・・・・」

 アウロラの耳にブオーンと言う風圧と共に、まるで爆撃機の発動機ような羽音が響き渡って来て、そのすぐ顔の横には大きな大きなスズメバチが飛翔して来るモノの、蒼太はそれを感じ取って素早く彼女に“音を立てないように”と言うと、自らは支柱を槍のようにして構え、先端部分に“波動真空呪文”を生成させて行く。

 そしてー。

 スズメバチが彼女の耳に止まろうとする、まさにその一瞬の隙を突いてはビュッと言う風を切る音と同時に“支柱の槍”で一突きでそれを殺して見せて、その死骸を更にもう一突きして粉々に粉砕した。

「あううう・・・っ!!!」

「大丈夫だった?」

「は、はいっ。有り難う御座いました・・・」

「用心しないとね。コイツらは一匹見付けたら10キロ以内に確か、巣を持っているはずだ。それに亡骸も処理しないと、“攻撃的フェロモン”を出して仲間を誘導して来るらしいからね・・・!!!」

「ええっ!?そ、そうなんですか?」

「うん。アウロラ悪いんだけど、さっきのスコップ、また貸してくれる?ここに埋めてしまいたいんだけど・・・」

「は、はいっ。大丈夫です・・・」

 そう言うとアウロラはすぐにスコップを持って駆け付けて来るモノの、すると蒼太は少し深めに穴を掘っては残骸をその中へと、全て根刮ぎ追い落とした、その後で。

 再びスコップを使ってそれを埋めると、“出来れば石鹸かボディーソープを貸してくれる?”と尋ねるモノの、それを聞いたアウロラが庭の片隅に建っていた、“園芸小屋”に案内した、ここは庭師の為の仕事小屋だが勿論、フォンティーヌ家の人間ならば使って良いことになっていた。

「そこの水道場に、石鹸が置いてあります、水は飲むことも出来る位に清潔です!!」

「良かった、助かるよ!!」

 アウロラに促されるままに蒼太はそこで徹底的に自分の手とスコップと、先程使った緑の支柱を石鹸を付けては泡を立てて、水で濯(ゆす)いでスズメバチのフェロモンや体液を、全て根刮ぎ洗い流していったのである。

「でも本当に有り難う御座います、蒼太さん!!まさかベスパスズメバチが来るなんて・・・!!」

「周囲の駆除は、してあるんでしょ?」

「うう・・・っ。ち、ちょっと解らないです・・・」

 と、アウロラはまた少しどもってしまうようになっていた、どうやら今の事件が余程ショックだったらしく、顔も未だに恐怖で青ざめているモノの、しかし。

(無理も無いよ、あの大きさだもんな、しかも人を死に追いやる事の出来るだけの毒を持っている、となれば誰だって警戒するのは当たり前だ!!!)

 蒼太は思うがとにかく、アウロラはまた少し自身を無くしてしまったようだ、今までみたいにまた、また自分の殻に閉じ篭もらなければ良いけどな、等と蒼太がちょっと心配していると・・・。

「なら蒼太さん、今度は家の中で遊びましょう!!そこならベスパも来ませんし、お父様にこの事を報告しなきゃだし・・・っ!!」

「・・・・・っ。う、うん、そうだね。それに僕も、屋敷の中を案内してもらいたいし・・・!!」

「ほ、本当ですか!?」

 どうやらそれは杞憂だったようであり、ホッと胸をなで下ろした蒼太は改めて少女に要請するモノの、するとそんな彼からもたらされたその言葉に、直ぐさまアウロラが飛び付いた。

「家の中、どうなっているのか、私が案内しますっ!!」

「・・・・・っ。うん、そっか。じゃあお願い!!」

 蒼太はそう言うとそのままアウロラについて行く形となって屋敷の応接室へと通された、中にはエリオットとシャルロット夫妻がいて二人は今まさに入れてもらった紅茶を飲もうとしている所だったのだ。

「ベスパが来たって!?」

「はい、凄く大きかったです!!」

 アウロラが今し方見た事を、身振り手振りを交えて両親達に説明して見せるが、その最後に為された説明にエリオット達は改めて驚愕したのだ。

「本当に、恐かったです。でも蒼太さんが助けてくれて・・・っ!!」

「ほうぅ・・・?」

「私の耳に止まろうとしていたベスパを、ガーデニングに使う支柱で一突きにしてくれたの!!」

「えええっ!!?」

「あ、あれで・・・っ!!?」

「ええ、あの・・・」

 と蒼太は少し照れながら応えた、“魔法を纏わせて、やったんですけど”とそう言って。

 しかし。

「・・・・・っ!!!」

「・・・・・っ!!?」

(し、信じられんっ。ベスパの最高時速は80キロを超えるのだ、しかも空中での動きは自由自在と来ている、それを止まる寸前にとは言えども一撃で突き殺した、と言うのかこの子はっ!!!)

 何という冷静さと度胸と技量か、とエリオット達は内心で舌を巻くが事実として蒼太がやった事は離れ技であり、一歩間違えればアウロラの身は助かっても、攻撃を仕掛けた本人である蒼太はどうなっていたのか解らない、と言うのにこの子は!!!

(そんな極限状態にも関わらずに狙いをあまたず一瞬で・・・っ。何という子だ!!!)

(確かに“エルヴスヘイム事件”を解決しただけの事はあるわね、まだ小さいのに物凄い子・・・っ!!!)

 エリオット達は改めて蒼太の全貌を見渡すモノの、このパッと見、もっさりとしていて冴えない少年はその実、同年代の誰よりも抜きん出た実力を備えているのかも知れない等と、本気でそんな事を考えるがしかし。

(いくら何でもそれは言い過ぎか・・・!?いいや、しかしな・・・!!)

(でも現にこの子の実績と、やって来た事とは・・・っ!!!)

「・・・様、お父様!!」

「・・・・・っ。ん、んん?ああ、なんだい?アウロラ」

「蒼太さんに、お屋敷の中を案内して差し上げたいのですけれど・・・。よろしいでしょうか?」

「あ、ああっ。勿論、構わないよ?ただし私達の部屋や立ち入り禁止になっている箇所はダメだからね?それ以外ならば好きにすると良い!!!」

「本当ですか!?」

 それを聞いてアウロラが、飛び上がらんばかりに喜んだ、その様子を見ていて、エリオット達はまたビックリしてしまっていた、今まで娘のこんな姿は見たことが無かったからである。

(・・・・・っっっ!!!!!?)

(!?!?!?!?!?)

 “一体、何が起こったのか?”と言った呈で呆然と娘の様子を見守る両親の目の前で、アウロラはいよいよ、目覚めたばかりの活発なる自分自身を披露し始めた。

「蒼太さん、行きましょうっ。私が案内しますっ!!!」

「う、うん。じゃあよろしく頼むよ、アウロラ!!」

 “まずは1階からです!!”と言って彼を連れて部屋を出て行く愛娘の後ろ姿を見送りながらも、エリオットもシャルロットもそれまでとは打って変わって活動的になって行った娘に対して多少の動揺を禁じ得なかったまでも、それでもやはり“良かった”と言う感想を持つに至っていた。

 それまでのアウロラには、“自分”と言う色が無かった、まさに風にそよぐ花のように吹かれるがままに揺らされるような、そんな印象しか抱けなかったのであるモノのしかし。

 今の彼女には、芯のある凛々しさと言うか活気と言うか、そう言うモノが漲って来ていた、“確たる自分”と言うモノがハッキリと顕現し始めて来ており多少の風に吹かれようとも容易にはビクともしない、そんなしなやかさを身に付けたような感覚を覚える。

(一体、何が・・・。いや、あの“蒼太”と言う少年が、そこまで娘を変えてしまった、と言うのか・・・?)

(あの“蒼太”と言う子には、本当に不思議な力が備わっている気がする。人を暖めて成長させる、導いて行ける力が・・・!!!)

 そう思い立った両親は暫くの間、娘を彼に預けて見よう、と言う結論に達していた、少なくとも彼は悪い人間では無さそうだし、素性は秘されている、とは言えども身分はハッキリとしている、何なら今後とも定期的に家に遊びに来てもらっても構わない、その方がアウロラも喜ぶのでは無いだろうか。

(今度、改めて食事にでも誘ってみるか。あの子ならば礼儀作法を知っているかも知れないし、そうで無くとも少なくとも不快な真似はしないだろう、安心して会食を共に出来ると言うものだ!!)

 そう考えるとエリオット達は、今度は現実的な脅威へと目を向ける事にした、例のベスパスズメバチの巣の発見と駆除を業者に頼むしか方法は無さそうだがしかし。

(妙だな?この近隣にあったベスパの巣は既に、住民達からの通報に基づいた徹底的なまでの調査で全て発見、駆除が済んでいた筈なのだがな?)

 そう考えて首を傾げつつも、エリオットは家令のモハメドを呼び寄せる事にした、彼から業者に電話を掛けさせて今度こそ、この辺りから巣を一掃させる。

 何しろこの周辺地区は、今では国の物、人民の物となってはいるが、元々はエリオット達、フォンティーヌ家の物だったのである、その土地の平穏を乱すモノは、何物であろうと許されない。

(まあ、我々が動けばこの周辺住民達の安心、安全を守る事にも繋がるからな。これも立派な“ノブレス高貴オブリージュなる義務”だよ!!!)

 そう思い立つとエリオットは家令呼び出し用のベルを鳴らしてモハメドを呼び付けた。
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