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ガリア帝国編

神との修業 その2

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 神界の環境は神々にとっては最適で過ごしやすいが人の身にとっては過酷そのものであり、蒼太は1年掛けてその世界に合うようにと体を慣らした。

 しかし。

「か、神様。修業ってまだ続くんですか?」

「当たり前じゃろ!!!」

 自分では比べ物にならない位に強くなった、と思ってはいても、所詮それは“人の目”から見た感想でしか無くて、神から見ればまだまだ五十歩百歩の領域である、気を抜く事は出来なかった。

「確かに今のお主は肉体と精神が良く鍛えられた状態になってはおるが、それはあくまでこれから行う修業の為の準備が整った、と言う事に過ぎん。本当の試練はこれからなのじゃ!!!」

「ううーん。でも僕、充分に強くなった気がしてますけど?」

「確かに1年前に比べれば正直に言って別人と言って良くなっとるよ?体は鋼の様になっとるし、心も“無”の状態を良く体現出来ておる。しかしそれは一過性のモノに過ぎない・・・」

 神は言う、“それらを普遍のモノとして初めて修業は完成するんじゃ”と。

「今のお主は神界にいる間は研ぎ澄まされた剣であろうが元の世界に戻って今まで通りの生活を送れば忽ちの内に、元の鈍刀(なまくらがたな)に逆戻りじゃ。それじゃ何の為に鍛えたのか、意味が無くなってしまうわい!!!」

「そうかな?僕、元の世界に戻ってもこのまま行けると思うけど・・・」

「それが“想念の罠”なんじゃ、想念は元々“自我”からやって来るのが大半なんじゃが、この“自我”と言うのは“変化”を嫌う性質を持っていて、いっつも適当な事を言っては己を元に戻そうとするんじゃよ。・・・まあそれが“正しい道”、“選択”である事も時にはあるんじゃがな?」

「・・・どうして自我は変化を嫌うんですか?」

「自我と言うのはお主達が今までの“輪廻転生”を繰り返す中で培って来た経験に裏打ちされた、物事に対する“防御反応”がその大半を占めているんじゃ。そしてそれは大抵の場合、“失敗の蓄積”と言い換えても良いのじゃが、なのでどうしても否定的見解が大きく強く出る傾向があるんじゃな。“こんなことをして何になる、今まで通りで良いじゃないか”、“家に帰って酒でも飲みながら面白いテレビでも見ていた方がよっぽど楽で良いと思わないか?”とかな、とにかくそうやって変化をさせまいさせまいとするんじゃよ、今まで通りでいさせよういさせようとするんじゃ」

「・・・・・」

「その想念に飲み込まれてしまうといつしか人は修業を忘れて楽な方へ楽な方へと流されて行ってしまうんじゃ。今のお主も同じ事じゃよ、最初は気を張っているから何とか耐え抜く事も可能じゃろうが、まず“時間の問題”だと言って良い」

「・・・それに飲み込まれない為にはどうすれば良いのですか?」

「“やって来る想念を観察する能力”を身に付ける事じゃ、これの達人になると怠惰な想念が来てもそれを受け流せる様になるために、その影響を受けずに済ませる様になるんじゃよ。お主はそれを身に付けなければならん」

「・・・・・」

「これを修得すれば変な霊的存在やそのエネルギー、否それどころか、もっと習熟度が上がれば“呪いの力”さえ受け流せる様になるから、お主にはもってこいな能力じゃな。余り予言と言うのは好きじゃないんじゃがお主はこれからそうした存在達ともしのぎを削って行かねばならない場面が出て来るのじゃ、そうした時に慌てず揺らがずに済むための訓練なのじゃよ」

 “それに・・・”と鹿島の神は続けて言った、“神をより確かに、ハッキリとした形で感じる様になってもらわねばならない”とそう告げて。

「己の中に眠っている“神”を感じるんじゃ、蒼太よ。どんな時でも、何があってもな?そしてそれを見失わない様に生きて行く事が大切なんじゃ。そこで・・・」

「・・・・・?」

「お主には特別に“神の衣”を着せてやろう。まあ訓練用のモノじゃがな、明日からはこれを来て修業に勤しむのじゃ!!!」

 そう言うと鹿島の神は蒼太の目の前で人差し指を立ててそれを上下にさっと移動させた、すると。

 なんと蒼太の身体を不思議な光が包み込み始めて、それが落ち着いたと思ったら眼前に居る“健御雷神”が着ている様な衣服が、彼の肉体を覆っていた。

「さて、改めて・・・。今度からこれらを装着したまま鍛錬に臨んでもらう事となるが・・・。前にも言ったが強靱な肉体と何があっても揺るぎない自分をとにもかくにも目指すのじゃよ?蒼太。それが“自分の本質”を見極めさせて“自分らしく”、“己を愛(いと)いながら生きる”事にも繋がるのじゃからの・・・!!!」

「・・・・・」

(自分を、愛する・・・!!!)

「・・・何やら少し思う所があるようじゃの。ちょこっとだけ蘊蓄(うんちく)を垂れてやるが、自分自身を理解して受け入れる事が出来る様になるとな?その分“認識能力”と“意識力”が増大して“感性”も鋭くなり、そして何より“思いの力”が凄みを増すんじゃ。その結果として他人の事もより深くまで理解して受け入れる事が出来る様になるんじゃが、それと同時にな?相手の事を今まで以上に大事にする事が出来るようになるんじゃよ」

 “特に”と神は続けた、“それが意中の女子の事になるともう大変じゃぞ?”とそう言って。

「何しろ理解力が増して思いの力が強くなっている分、愛しさが恐ろしい程に強化されて行くんじゃな。相手の事が好きで好きで堪らなくなるんじゃ、相手の輝きや魅力、美しさ等が一辺に、手に取るように解るようになるからお主達人間の言葉で言うのならば、ドキドキが止まらなくなってしまう、と言う状態に陥ってしまうんじゃよ」

「・・・・・」

「無論、それと同時に相手の弱点だったり“影の部分”なんかも見えて来るようになるんじゃが、そうなると終いにはな?そう言った善悪や強弱を心に抱えたままで、人間や生き物というのはそれでも誰も彼もがその人物なりに一生懸命に生きているのだ、と言う事も理解出来るようになる訳なんじゃよ。勿論、本人の歩幅でじゃがな、毎日毎日を精一杯に歩みを進めているのだ、と言う事も感じ取れるようになる。するとな?“人は皆、光である”と言う事にも気付けるようになるんじゃよ。一生懸命に生きている者、と言うのは誰もが皆、尊くて眩いばかりの光り煌めきを放つモノなんじゃ。その事もいずれ解るようになるじゃろう・・・」

「・・・その為には」

 “どうしたら良いですか?”と言う少年の言葉に対して神は応えた、“自己観察や想念観察を進めて行くんじゃ”とそう言って。

「自分の心理を紐解けば、自ずと真実の姿が見えて来るモノなんじゃ、すると物事に対する理解力も深まって行く。これが認識能力が強化される所以じゃな、そしてそれに連れて感覚も鋭いモノになって行く・・・」

「・・・・・」

 “まあ要するに”と神は告げた、“今の修業を頑張れ、と言う事じゃよ!!!”とそう結んで。

「お主はまだ、心身共に未熟者じゃ。無論、此処に来た時よりは大分マシにはなっておるよ?しかしやはり、まだまだなのじゃ、今より前に進むためにはより精神と肉体を鍛え上げ、真なる己を感じつつ一層、自分自身と向き合い続ける事じゃな・・・」

「・・・・・」

 それを聞いた蒼太はそれでも、何事かを言おうとしてやめた、これ以上聞いても今の自分にはまだまだ理解が及ぶ話では無いし、それどころか知識が害になってしまう可能性すらあった為である。

(“自分自身を愛する”か。今まで以上に意識して自己観察を実践して行くしかないな、頑張ってさえいれば例え道程は遠くても必ずいつか成し得る日が来る筈だから・・・!!!)

「まあ、まずは精進せいよ?蒼太。とにかく早う動いてみんか!!!」

「・・・・・っ!!!!?お、重いぃっ。それに滅茶苦茶動き辛いんですけど!!!!!」

 “鹿島の神”に促されるままに自分の身体に意志を伝えて動作を起こそうとした少年が、しかし一瞬の沈黙の後に堪らず苦しそうに絶叫するモノの、この神の衣は非常に重くてしかも全身に良く纏わり付いて来る為に腕を動かすのも一苦労な有様だった、それは丁度、厚着をしたまま水の中に飛び込んで溺れかけている状況に似ている、と言っても良かったが神はそれを見て大爆笑していた。

「はっはっはっ。蒼太よ、さっきも言った通りそれは訓練用の“神の衣”じゃ、それにはな?この星の波動がふんだんに練り込められておるのじゃ、その為お主は丁度、重しを付けて水の中に居るのと同じ状況になっておる訳じゃよ!!!」

「・・・・・っ。水の中にっ!!!!?」

「当然じゃろう?この星は水の星じゃ、故にその波動が練り込まれたその衣は圧縮された海そのものと言って良い。どうかな?海の重さは・・・!!!」

「・・・・・っ!!!!!」

「言っておくが、それでも今のお主の能力に合わせて軽くしてあるんじゃよ。本来のそれの重さは今、着ているモノの100倍以上はある!!!」

「・・・・・っ!!!!?ぐ、ぐぐ・・・っ!!!」

(じ、冗談じゃ無い、こんな重たいモノ着られないよ!!!)

「ほれ、お主もう脱ごうとしておるじゃろ?何事も挑戦して前に進むしか無い、と言うのにいきなり後ろ向きの考えに取って代わられておるでは無いか。それが自我、要するに“エゴ”の想念なんじゃよ、お主はそれにすっぽりと嵌まってしまっておる訳じゃな・・・!!!」

「・・・・・っ!!!!!」

「良いか?蒼太よ、今後はその服を着たまま修練に臨むのじゃ。今まで通り、己の中に神を感じながら呼吸法を維持する様にしてな?ではもう一度一からやり直してもらうとしようかの!!!」

 “走れ!!!”と神は言った、“へばってでも走り続けるんじゃ!!!”と。

 正直に言って蒼太は泣きたかったが渋々それに従った、しかも想念を観察しながらである、最初は流石に手間取ったがそこはキチンと真面目に1年掛けて鍛錬を積んできた彼の事だ、己の中に眠る神の領域に意識を合わせて呼吸に集中して行くと、頭の中に浮かんで来る“サボりたい想念”や“こんな事をしても無駄だ”と言う思いに振り回されなくなっていった。

 結果として三ヶ月もする頃には。

 意識と想念とをほぼほぼ分離させて、どんなに激しく動き回っている最中でも、はたまた苦しい只中にあってでも己の心を静寂に保つ事が出来る様になっていったのである。

 それだけでは無い、フィジカル面に於いても“根源神気”とでも言うべき“宇宙エネルギー”が蒼太の肉体の隅々にまで行き渡ると同時に無理無く吸収されて行き、それが奏功したのだろう、全身の内側も外側も、果ては自身を取り巻くオーラまでもが著しく強化発展して体幹も鍛えられ、何があっても揺るがない彼がそこに出現していたのであった。

「・・・・・っ!!!」

(ほう・・・っ!!?)

 その様子を鹿島の神は感心して眺めていた、大したモノだと正直に胸の内で賞賛した、彼は過去に数名程、“大和民族”の男子らをここに招いて修業を受けさせたが蒼太の様に着実に、またこんなにも早くに顕在意識を保ったままで“無我の境地”に辿り着けた者等居なかったのである。

「次はまた、山に挑め。蒼太よ!!!」

 彼の様子を見ていた神はまたしても蒼太を神界にある山々へと挑戦させたが、これも半年間掛けて蒼太は全て踏破して見せた、もはや心身も魂も十二分に整ったと見て取った神は“それでは”と言って蒼太を次々と色々な場所に連れ出して行ったのである。

 その中の一つに“迷いの森”と呼ばれている、神界の中でも樹齢の古い大木が数多く生い茂っている場所があった、ここは知らずに足を踏み入れると霊的センサーが第六感まで狂わされて方向感覚を見失い、無事に脱出出来なくなる、と言う難所中の難所であった。

 それだけではない、基本的に神界と言うのは気圧が低くて空気が薄いのであるモノの、逆にそこは高気圧で酸素濃度の凄まじく、その為に今までとは逆の意味で呼吸が困難になってしまったが神はそれでも蒼太に指示した、“そこで一週間過ごしてみよ”と。

「良いか?蒼太よ、くれぐれも呼吸法を忘れるな。どんな時でも一呼吸すれば波動が練れる、それを肺に行き渡らせてそこを強化するんじゃ。そうすれば高気圧かつ高濃度の酸素下でも、肺が破裂する事無く稼動させる事が出来る様になる!!!」

 “胃袋を使うんじゃ”と神は助言した、肺だけでは空気を取り込みすぎて酸素の中で溺れてしまうが、それ故に。

「腹を使え、蒼太。焦らず騒がずにな、学んだことを充分に活かすのじゃ。達人レベルになると、肺の中で収縮させた空気の中から酸素分子と水素分子とをプラズマ電離させ、それで空気の濃度を下げて呼吸する、等と言う方法を採る強者もいたぞ?お主にも出来る筈じゃ!!!」

 蒼太は、それもやった、すると神は今度は神界にある大海原へと蒼太を連れ出し、そこで今度も一週間、途中で休みを入れながらも実際に海中を泳がせたりした。

 そうやってありとあらゆる局面に於いても絶対に揺るぎない自分自身を体得させた後で遂に最終的な奥義である“神人化”の極意を彼に授ける事にしたのであった。

「良いか?蒼太よ、この“神人化”は体得出来れば成し得ぬ事は無し、とまで言われている秘伝中の秘伝じゃ。それをお主にも伝授するとしよう・・・」

「・・・・・」

「神人化の修業は驚く程単純じゃ、要は己は神なのだと自覚すれば良い。それだけでお主は神人になれる、だが果たして上手く出来るかな?今まで“人間”として生きて来たお主が、心に何の衒(てら)いも疑いも無く“自分は神だ”と自然の内に自覚する事が・・・!!!」

 鹿島の神の述べた通りでこの修業は蒼太にとっては驚く程に厳しくて、非常に難しいモノだったのである、無理も無いだろう彼はこれでも中々に信心も慎みも深い類いの人間なのだ、そんな彼がいきなり自分を心の底から、しかも何の疑いも無しに“神である”と認識するのは決して容易い事では無かったのであった。

 蒼太はそれから、毎日の様に“自分は神だ”と思い込もうとした、そして出来なかった、そんな大それた自覚を得るには彼は余りにも真人間であり過ぎたのである。

 それから一ヶ月が経ち、二ヶ月が経ち、とうとう三ヶ月が経ってしまったがしかし、それでも蒼太は“神人化”の極意を会得する事が出来なかった。

 その間も蒼太はただジッとしていた訳では無い、山に登ったり駆けずり回る修業は同時並行して相変わらず続いていた、丁度“成長期”を迎えていた彼を休ませる事を、神は“よし”とはしなかったのだ。

 体はますます鍛え抜かれて精神も己に対する信頼も確たるモノへとなっていったがしかし、それでも神人化だけは出来なかった、そんなある日。

「どうじゃ?蒼太よ、“神人化”は出来そうか?」

「神様・・・」

 普段と変わらぬ様子でそう尋ねて来る鹿島の神に、蒼太は流石に申し訳なさを覚えて項垂れてしまった、まだ彼は奥義を自分のモノにする事が、出来ては居なかったのである。

「申し訳御座いません、僕には・・・!!!」

「前にも言ったじゃろ?お主はクソ真面目に過ぎるんじゃ、だから彼是(あれこれ)考えすぎて却って失敗してしまう。もっと気楽に行かんかい、気楽に!!!」

「・・・・・っ。神様、僕は」

 そう言い掛けて。

 蒼太は思わずハッとなった、鹿島の神の後ろ側に、何者かの気配を感じ取った為である。

 それは彼の良く知っていた人物達の気配であり、しかしもはや、記憶の中でしか会うことが叶わなくなった、懐かしくも親しい存在のモノだったのだ。

(この感覚、そんなバカな・・・っ。い、いやでも確かに・・・っ!!!)

「ほう?気が付いたか。お主にはもう少しだけ、隠しておこうと思っておったのじゃがな・・・」

 そう言うと。

 鹿島の神は後ろ側を振り向いてそこにいた二人組に声を掛けた。

「今日はな?お主の為に特別な人間を連れて来たぞ?ほれお主ら、会いたかったんじゃろ?」

「蒼太!!!」

「蒼太、元気でしたか!!?」

「・・・・・っ。あ、ああっ!!!」

 蒼太が信じられないモノを見る眼差しで神の後ろを凝視するモノの、なんとそこには死んでしまった筈の彼の両親である、綾壁清十郎とその妻楓が、生前と寸分違わぬ姿で立っていたのだ。

「と、父さんっ。母さんっ!!?」

「本当はあまりやってはいけないんじゃがの・・・。それでもお主に神人化を会得させる為の特別な計らいと言うわけじゃな・・・!!!」

「逞しくなったな、蒼太よ。見違えたぞ・・・!!!」

「本当に、こんなにも大きくなって・・・!!!」

「・・・・・っ!!!!?」

 “と、父さんっ。母さん・・・っ!!?”と呟きながらも、蒼太は最初はゆっくり、ゆっくりと、そして。

 次第に駆け足となって堪らず両親に近付いて行った、二人は間違いなく蒼太の思い出の中にいる父母そのものであり、それは蒼太の直感も告げていたモノの、しかし蒼太にはまだ、二人が蘇って来た事が信じられずにいたのだ。

「父さん、母さんっ!!!」

 だがしかし、漸くにして二人の前まで辿り着いた時にはもう、蒼太は涙でビショビショになり、前がろくすっぽ見えない状況になっていた、無理も無いだろう、蒼太が敬愛して止まない両親と死に別れたのは彼がまだ10歳と少しの砌(みぎり)だったのだから。

 これから思春期に突入する、と言う多感な時期に蒼太はその最大の庇護者かつ指導者を失ってしまい、全部自分でやって行かざるを得なくなってしまっていたのだから。

 だから。

「うっ、ううっ。う・・・っ!!!」

 蒼太は思わず二人に飛び付いた、そして抱き着き構わずに泣いた、泣いて泣いて、泣き濡れた。

 両親達はそんな蒼太に“すまない”と、“いなくなってしまってごめんね?”と言って、やはり涙ながらに彼を受け止め、あやしてくれたが一頻り、それが済んだ所で。

「コホン、良いかな・・・?」

 ”鹿島の神“が後ろから咳払いして近付いて来た、両親達はすかさず涙を拭いてその場にしゃがみ、畏まるが蒼太はまだ泣き腫らしたままで振り向き様、神に感謝した。

「うう、グス・・・ッ。か、神様っ。有り難う御座います。まさか父さんと母さんに会えるだなんて・・・っ!!!」

「・・・・・」

 顔や瞳を拭いながらそう言って謝意を表す蒼太を尻目に、鹿島の神はやや厳しい顔付きとなり清十郎達に目配せをした、すると。

「・・・・・」

「・・・・・」

 蒼太の後方で二人が立ち上がる気配がして、蒼太がもう一度、両親の元へと赴こうとするモノの、その直前で彼は妙な事に気付いた、それまで優しそうな表情を浮かべていた清十郎と楓だったが、彼が父母に向かって歩み出そうとした次の瞬間、顔付きが険しくも悲しいモノとなり、また衣類がそれまでの普段着から戦闘装束へと変わって行ったのである。

 そしてその全身からは闘志とある種の覚悟が漲っているのだが、これは。

「・・・・・っ!?!?!?!?!?」

(ど、どう言う事だ?これは。なんで父さんと母さんが戦闘モードで僕に向かって仁王立ちして居るんだろうか、それも・・・っ!!!)

 “必殺の間合いを確保した状態で!!?”と蒼太は考えるモノの、果たして少年の見立て道理で清十郎も楓も彼に対して裂帛の気合いを放っており、もし迂闊に近付けばそれだけで立ち所に切り捨てられてしまうであろう事が明白に見て取れた。

「・・・・・っ。か、神様。これはっ!!?」

「・・・蒼太よ、“神人化”を為してみせよ。その為にお主の両親達をこの世に顕現させたのじゃ!!!」

「・・・そ、そんな。それって!!!」

「この二人と戦え、蒼太。断っておくが、此奴ら二人掛かりでは今のお主であっても勝ち目は無いぞ?“神人化”しない限りかはな!!!」

 嬉しかった胸の内は一転、余りの青天の霹靂な事態に蒼太は愕然としてしまった、彼は何処かで“嘘だろう?”と他人事のように思っていたのであるモノのしかし、鹿島の神と両親達は本気であるらしく、厳しい面持ちのままで此方を見ている。

「・・・きません」

 “出来ません!!!”と蒼太は涙ながらに叫んだ、当然であろう、どうして敬愛する両親達と、それも折角の再会を果たしたばかりだと言うのに殺し合わなければならないのであろうか。

(そんな事は出来ない、自分には・・・っ!!!)

 この時蒼太は一瞬、変な方向に腹を括ろうとしたのだ、このままここで自分は殺されるのが運命なのでは無いか、所詮自分には“神人化”等不可能だったのでは無いのか、と。

 第一。

(父母に対して刃を向ける等、決してして許される事では無いぞ?二人とも僕を産んで育ててくれた両親なのに。そもそも僕が父さんに勝てるのか!!?)

「やるんじゃ、蒼太!!!」

 するとそんな少年の心を見透かしたかの様にまた、再び鹿島の神が言葉を発した。

「前に進むのじゃ、蒼太!!お主が一番、乗り越えなければならないのは父であり母なのじゃ。その影から脱却して見せよ!!」

「そんな・・・、だけど!!」

 “言っておくが”と神は更に続けて言われた、“戦わなければ死ぬだけじゃぞ?”と。

「か、神様っ。僕は!!!」

「生きて、意中の女子(おなご)ともう一度会いとうは無いのか?添い遂げたくは無いのか?蒼太よ。それならば父と母の屍を踏み越えて行けいっ!!!」

「・・・・・っ!!?」

(メリー・・・ッ!!!)

 神のその言葉に些かの戸惑いを覚えながらも、それでも蒼太は思わず離れ離れになってしまっていた恋仲の幼馴染の事を否が応にも強く強く思い浮かべていた、可憐で美しく、厳しくて優しく、そして何よりいつも一緒に居てくれたメリアリア。

 蒼太の最大のライバルにして最愛の女性(ひと)、大切な運命の伴侶となるべき定めの人、それが今の彼にならばハッキリと解った、感じ取る事が出来ていたのである。

(会いたい、彼女に。猛烈に!!!)

 “その為には”と蒼太は思った、“こんな所で立ち止まってしまう訳には行かないんだ!!!”と。

 それにどっちみち、修業は完成させなければならなかった、その為の試練として呼ばれたとするのならば、父も母も我が子相手に、とは言えども手心を加える事は決してすまい。

「ナレク・・・。来いっ!!!」

 涙を拭きつつ蒼太がそう叫んで虚空に手を伸ばすと、神界に飛ばされた時に行方不明になってしまった彼の愛剣“ナレク・アレスフィア”が一気にその場で顕現しては手中に柄が収まって行った。

 己とメリアリアの運命の絆と同様に、愛刀ナレクの存在を、蒼太はしかしずっと感じ続けていたのであり、この神界の何処かで眠りに付いている様な気がしていたのであった、だからこそ今、この局面においてその名を呼んだのである。

「・・・死にたくない。俺はまだ、死ぬわけにはいかないんだ!!!」

「・・・・・。よし、良いぞ?それで良い!!!」

「手加減など、しませんからね!!?」

 そんな我が子の姿に一瞬だけ満足気にニヤリと笑うと清十郎は両手持ちの大剣を、そして楓は陰陽術の印を結びつつ、蒼太に向かって吶喊して行った。
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