転生した貴族令嬢は、辺境の森で魔女となる

椎名さえら

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3 Let me think about it

「そんな貴方が」

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長年彼とは幼馴染ではあるがここまで呆然とした顔というのはなかなか拝むことが出来ない。

畑仕事は勿論、貴族令嬢が嗜むような趣味ではないが、バレてしまった以上慌てても仕方ない。私は落ち着いて、スカートの裾についた土をはたきながら立ち上がった。テオはまだ呆然としたままだ。

「今日も来てくれたんだね」

彼は最近は『ミセス・ロビン』のことがあって週に2、3回は訪れてくれるが、昨日来たばかりだったのでまさか今日も来るとは思ってもいなかった。

「…侯爵令嬢のお前が畑を?」

「そうなのよね」

私は肩をすくめて答えた。

「自分で始めたのか?」

「そう、あまりに暇すぎて。淑女らしくない趣味だって分かってるんだけど、なかなか楽しいよ。楽しいだけじゃなくて、食べられるし」

テオはそれでもまだ唖然としていたが、やがて彼の口元が緩み、大声で笑い出した。

(ここでこうやって笑ってくれるテオが好きだなぁ、私)

彼の大らかなところに昔から救われることがある。しばらくしてからやっと笑いの発作が落ち着いた彼に、私の畑を紹介してあげた。

________________________________

それから今日収穫できそうな野菜を籠いっぱいになるまで一緒にもぎとってから、屋敷に戻った。
玄関ホールで出迎えてくれたメイドに籠を渡し、テオのためのお茶の準備を頼み、私たちはいつも一緒に過ごす1階の応接間へと足を向けた。テオが2日続けてきた理由は、彼も今朝の大衆紙の一面記事を見たかららしい。小説を連載し出してから、私があのタブロイド紙に目を通す日課を彼は知っている。

彼は、部屋の隅に設えている長椅子に行儀悪くどさっと座った。

「オイレンブルグ家について載ってただろ、お前が…傷ついてないかと思って」

どうやらテオはまだ私がアウグストに心を残していると思っているからか、心配してくれて飛んできてくれたらしい。人と触れ合うことに飢えている私にはその優しい気持ちが何より染みた。

「でも畑にいるお前を見たら…なんか気が抜けたよ」

「ふふふ、あんなに吃驚しているテオ見たの、久しぶり」

まだ9歳の私が自分の家の庭園に隠れていて、私を探しにきたテオの前に突然飛び出して驚かした以来かな。まだ自分がアウグストの婚約者で他の異性とは親しくしてはいけないとか、貴族令嬢は淑やかでいなくてはならないことに気づいていない頃の話だ。とても懐かしい。

私は部屋の中央にあるテーブルセットのソファに腰かけ、メイドがローテーブルに置いていってくれたティーポットから2人分の紅茶を淹れた。紅茶の良い香りが辺りに漂うこの瞬間が私は好きだ。隠遁生活を通じて、日常の些細なことをじっくり噛みしめることが出来るようになったと思う。

「テオはアウグスト様について知っているんでしょ?」

アウグストは今は婚約どころではない、というようなことを零していた気がする。彼はきっと真実に近いことを知っているのだ。

「ーーーうん、直接は聞いてないけどな」

テオは長椅子から立ち上がり、ローテーブルを挟み、目の前の一人がけソファに座った。私は淹れた紅茶のカップを彼の目の前まで滑らせる。

「知りたいか?」

この6年、いつかはちゃんと知らなければならないと思いながら、一度もテオに尋ねたことのない話題であった。私自身がアウグストへの想いが整理しきれておらず聞ける心持ちではなかったのもあるが、一番は自分が貴族社会から切り離された存在だと再確認するのが怖かった、という方が大きい。私はどれだけ望んでももう二度とそこには戻れないのだ、ともう一度傷つくのが自分で分かっていたからである。

でも、今は知りたい、と思う。知って、

私はテオに向かって、しっかりと頷いた。

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