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「記憶に関して言うと、少し曖昧な部分は確かにありますが大体は覚えているかと」
「まぁ、本当に戦場での経験ってそこまでのものなのね」

エラが朝食の席に降りていくと、ジェームズは両親と話し込んでいた。アンドレイが彼女に気づいて、挨拶をしてくれる。会話の邪魔にならないようにそれに応えると、内心は嫌だったが、仕方なくジェームズの隣の席についた。

「今日から執務に励みたいと思います。今まで自分の義務を何もかも疎かにして、申し訳なかった」
「まぁ…ジェームズ…!」

義母は今やすっかり涙を目にためて息子を見ているし、義父も感動したかのように食事の手が止まった。ちらりとエラに視線を送ったジェームズは、両親に向かって口を開く。

「エラのことも…これからは大切にします」

(~~ッ)

義両親は、うん、うんと頷いている。

「そうしなさい。エラみたいな素敵な女性はなかなか探してもいないのよ」
「お前がやっと価値が分かる人間になったようで、安心したよ」

エラは内心煮えくり返る思いで朝食を食べ始めた。こうやって義両親の前で宣言することで、エラとの関係を修復するということをアピールするつもりだろうか。少なくても、義両親の反応を見ている限りでは、ジェームズの作戦は今のところ成功のようだ。








その日、ジェームズは自分の執務室からほとんど出てこなかった。途中彼に呼ばれて顔を出したらしいアンドレイによると、部屋中のものを引っ張り出して片付けをしながら暖炉で色々燃やしたりしていたという。今はまだ暖炉をいれる季節には少し早いので、過去の恋人や愛人との手紙でも始末しているのだろうか、としかエラには考えられない。

『エラ、きっと兄さんは、心機一転やり直したいんじゃないかな』

…。
義弟に悪気はないのだろうが、その言葉が鋭く胸に突き刺さる。

エラはその日もジェームズの母に、どうかあの子にやり直す機会をあげてくれ、と懇願されて内心閉口していた。

私の言った通りだったでしょう、あの子は変わろうとしているの。この大きな機会に変われなかったら、きっとあの子はまた元に戻ってしまう…

義母の気持ちは理解したいと思うが、正直今まで踏みにじられ続けられたエラにかける言葉ではなかった。それでもエラはぐっと我慢をした。ブラウン家にシールズ家が経済的援助さえしてもらっていなかったら。

ブラウン家とシールズ家は結婚するにあたり、金銭的援助の背景があったため、婚前契約書を結んでいた。ブラウン家からの婚約破棄・離婚はいついかなる時も何のリスクもなく認められるが、シールズ家からの訴えの場合、どんな理由があったとしても、その時点ですぐさまブラウン家に融資してもらった金額を全額即時返金しなければならない、というものだった。

エラの父は、彼女に黙って弁護士と共に、その婚前契約書に署名をしたのち、彼女を呼び寄せてこう言った。

何があっても、例えお前が夫に暴力をふるわれて大怪我をしたとしても、絶対にこちらから離婚を申し立てることはない、と。

エラは、父によって、自身が永遠にブラウン家に身売りされたことを知ったのだった。
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