シンデレラ、ではありません。

椎名さえら

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7 初めてのお出かけ

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優実は自分の聞き間違いだと思うことにした。

25歳。
誰もが認める会社一番のモテ男。
学生時代も絶対モテまくっていたのは間違いない。

その雄大がデートをしたことがないわけない、じゃないか。きっと車でデートしたことがないという意味に違いない。それか彼女はいたけど、あえてのデートしたことないってだけじゃないの?そんなことがあるかどうかはわからないけど。

しかし、黙って運転している彼の横顔を見ると耳朶が少し赤くなっているような気がした。

――まさか、まさか。

とりあえず優実の許容範囲を簡単に越えてしまいそうなので、今の爆弾発言はひとまず置いておくことにした。

「ま、それはともかく。今日はどんな店に行きたいんだ?」

雄大が話題をするりと変えてくれたので、ありがたくその質問に答えた。

「とりあえず、洋服を見ようかな。あとはお化粧品かなぁ。井上くん、私、間違いなくあてもなく、ウロウロしちゃうだろうから着いたら別行動でいいよ」

「なんでだよ」

間髪いれずに、不満そうに問われると返事に窮する。

「えーと…普段モールでほとんど買い物しないから、たぶん不審者になるよ」

「ふふ…いいよ。不審者の田中を見守るのを今日の目的にする」

どうやら本当に、優実の《はじめてのおつかい》ならぬ《はじめてのかいもの》に、彼はついてくる気満々らしい。きっと雄大が思っている以上に右往左往するだろうから、万が一彼が呆れて、つまらなそうな顔になったらその時には再度別行動をすすめてみよう。





「つ、つ、疲れた」

4時間後、休日お昼間すぎの、人々でごった返すフードコート。やっと見つけたテーブル席に座り込み、痛む足をさすりつつ、優美は半分魂が抜けているように感じた。

世の中の人はこれが楽しい…の?

目の前でアイスコーヒーを飲んでいる涼しい顔の雄大は、結局優美の買い物全てに付き合っただけではなく、洋服を試着したら待ち構えていて、感想を言うわ――そのせいで彼の好みがほんのりと反映されたラインナップになった――、コスメのお店で、アイシャドーの色に悩んでいたらこっちがいいんじゃないかとアドバイスをくれたし、優美以上に彼女の買い物を楽しんでる素振りを見せていた。どんどん重量を増す荷物をさりげなく持ってくれたりとエスコートも自然すぎるほど自然だった。

(デートしたことないのとか絶対嘘)

一緒にいると、何度となくちらちら女性からの視線を感じた。熱を帯びた眼差しで雄大を見て、それから必ず横にいる優実をさっと見る。ただ歩いているだけでこれなのだ、デートをしたことないというのは言葉の綾としか思えない。

「飯、どうする?」
「ごめんけど…なんかそんなにお腹空いてない…」

すっかりお昼の時間をすっとばしてしまったが、肉体的疲労からかまったく食欲がない。

今日は”新しい自分”に似合うと思われるトップスとボトムスをそれぞれ何枚か、それから化粧品を買い求めた。こんなに一気に身の回りのものを買ったのは生まれて初めての経験だ。パンプスやバッグ、アクセサリーはまた今度亜紀にアドバイスを貰いながら、買いに行きたいと思った。今日もお店で見るには見たが、小物の方がセンスを問われる気がするから、お洒落初心者の自分が手を出すのはちょっとまだ怖い。

他にも、会社に着ていけそうなセミフォーマルな服やスーツに関しては、この前亜紀が教えてくれたあのショップに良さそうなのが並んでいたから、また近い内にゆっくりと覗きに行こうと思っている。


「でもなんでこんな急に見た目を変えることにしたんだ?鈴木に言われたから?」

コーヒーを飲みながら、さりげない口調で雄大に尋ねられ、ぐっと言葉につまる。亜紀に焚きつけられたのは確かだ。確かだけれども…。

「亜紀に背中を教えてもらったのは理由の一つだけど…多分、ずっと変わるきっかけを探してたんだと思う」

そうやって明確な言葉にすると、自分でもすごく納得できた。きっかけは些細でも、きっと自分が本当に変わりたいと思っていなければ実際に動くことはなかった。ふーん、と言ったきり、雄大が黙り込んだので沈黙が訪れた。優実はふと思いついて彼に尋ねた。

「井上くんはお腹すいているよね?私を気にしないで、買ってきて食べてもらっていいよ。それか待てるんだったらうちでなんか作ろうか?簡単なのしか作れないけど」

「え?」

雄大は驚いたように優実の顔を覗き込んだ。

彼にそうされて初めて、まったく意識していなかったが、異性を家にあげるということを自分から口にしていることに気づいて、めちゃくちゃ恥ずかしくなり、優実はみるみる真っ赤になってしまった。この人は亜紀ではないのだ。経験値が少ないとこれだから…と内心大慌てで手を振った。

「ご、ごめん、気楽に誘いすぎたね、忘れて」

しかし雄大から返ってきたのは、意外すぎる一言だった。

「忘れなきゃいけないのか?」

「え?」

「その誘い、俺はすごく嬉しいのにな」

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