公爵さまの家宝

カイリ

文字の大きさ
7 / 9

見えないものは見えません

しおりを挟む
 あたしは今、お城の地下通路を歩いてる。
 リフさんの持つランプがないと、真っ暗だ。
 古い歴史を持つお城って感じだし、幽霊とかでそうで怖い。
 こんな場所に来るなんて聞いてないよ。
 びくびくしながら辺りを見て歩いてたら、前を行くリフさんが立ち止まって、危うく背中にぶつかりそうになった。
 ん?
 行き止まり?
 ランプの光に照らし出された突き当りの壁。そこにリフさんの右手が置かれた瞬間、ふっと壁が消えた。

 は……?

 何事もなかったようにリフさんは進んでいく。
 い、今、壁が消えたように見えたんですが?

「ぼやぼやしないで早く進め」

 つんけんした声が背後から追い立ててくる。
 わ、わかりましたよ!
 進めばいいんでしょ?
 思い切って足を踏み入れると、石の壁に囲まれた空間だけが広がってる。
 拍子抜けしてると、リフさんが壁の出っ張りにランプを置いて振り返った。

「部屋の真ん中に立ってみて」

 真ん中って……ここ?

「そう。そこで少しじっとしてて」

 立ってるだけで確かめられるんだ?
 大人しく従うと、リフさんは目を閉じた。

「火の月に問う。この者、その力に耐えうるか否か」

 かっと足元に光が走った。
 それは円を描いて、あたしを中心に見た事もない記号や文字を刻んでいく。

「可なら、証を。不可なら沈黙を持って……」

 光はどんどん強くなって下から風が吹き上がってくる。
 リフさんの声は、風の音でかき消され、風圧で目も開けてられない。
 息苦しくなってきた頃、その風が勢いを失くすのを感じた。
 鼓膜に煩かった風の音が遠ざかって、普通に息がつける。
 お、終わったのかな?
 そろっと目を開けてみる。
 新緑を透かす日差しがきらきらしてる―――――って、はいぃ!?
 苔むした大地に青々と茂る木々のど真ん中。
 あたしは一人ぽつんと立っていた。
 石の壁に囲まれた部屋も、そこにいた他の二人の姿も見当たらない。
 目をごしごし擦ってみたけど、目の前の景色は変わらなかった。
 何であたし外にいるの?
 ここ、何処?

「リフさん」

 返事なし。
 呼びづらいけど、もう一人も呼んでみる。

「ジェ、ジェラールさん?」

 呼び声は木々の間に吸い込まれて消えた。
 しーんと静まり返る森の中。
 ……あたし、白昼夢でも見てるのかな?
 試しに頬っぺた抓ってみる。
 ――――あ痛っ。
 じんじんする頬を押さえて辺りを見回すけど、やっぱり同じ景色。

「い、いったいどうなって……っんぶ」

 生ぬるい風が顔面に吹き付けて言葉が詰まった。
 うっ。
 不安感の所為か風の音が人の泣き声みたいに聞こえてきたよ。
 ざわざわと木々が擦れ合う音に紛れて、あれ……これ、本当に女の人の泣き声みたいじゃ、ない?
 鳥肌立ってきた。
 や、やだな。
 気のせいに決まってるよ。
 まさかそんな。
 はははは……。

≪ァ……アァ…≫

 怖いの笑い飛ばそうとして、びしりと固まる。
 森全体がざわめき、周囲が急に薄暗くなった。
 ひぃぃっ。
 嘘でしょ!?
 確かにお城の地下で出るかもとか思ったけど、本当に幽霊が出るの!?
 馴染みのない魔法や魔女より、そっちのがより怖いっ。

≪チカラ……感ジル…≫

 ああ、気を失えたらいいのにっ。
 空中を飛ぶ何かが見えちゃったよっ。
 わかりたくないけど、女の人だ。
 長い髪をしてて身体の輪郭線が柔らかい。
 
≪チョウダイ、ソノ力、ワタシニ≫

 ひっ、ひぃいいっ!
 凄い勢いでこっちに来る――――――!
 あたしに憑りついたっていい事なんて何もないってばっ!!
 ぎゅっと目を瞑って固まったあたしの傍で、ビシャンッて音が響いた。

≪ギャアア≫

 高い悲鳴は、勿論あたしのじゃない。
 な、何?

「ごめん、遅くなって」

 すぐ近くで、聞き覚えのある穏やかな声がした。
 この声っ!

「リフさん!」

 
 光に縁どられた片手を下げて、こっちに来る。
 リフさんが何かしてくれたんだ。
 た、助かった~。
 心細かったから、心底ほっとしたよっ。

「……君、もしかして魔法を使えたりする?」
「は?」

 この状況で何でその質問なの?
 魔法何て言葉、あたしの国にはないも同然ですよ。

「資質確認もしないうちに、単身こちら側へ跳ぶなど、どういうつもりだ」

 背後から現れたジェラールさんの低く咎める物言いで、二人が何を言いたいのかぴんときた。
 あたしが自分の意思で、勝手にここへ移動してきたと思ってる?

「ま、魔法なんて使えませんよっ。気づいたらここにいたんです!あなた達が送り込んだんじゃないんですか!?」
「僕らは資質の確認途中で君が消えて、慌てて後を追ってきた。足元に転移方陣が残ってたから、てっきり君が発動させたのかと」
「違います!転移なんたらなんて、さっぱりわかりません!だいたい、何であたしがここへ移動してくる必要があるんですか!」
 
 いきなりこんな所に一人だし、説明して貰いたいのはこっちなのに。
 むっとして強く言い返すと、リフさんは腑に落ちない顔の後、息をついた。
  
「……そう、だよね。それじゃあ、その話はまた後にして、ひとまず確認するよ。あれ、見えてる?」

 つられて見れば、宙で苦し気に身悶えるアレがまだそこにっ。

「ゆ……幽霊?」
「いいや。けど、放って置くと魔物化する」

 魔物って言いましたか、今。
 大昔にいなくなったとかいうアレのこと?
  
「今すぐ故郷へ帰っていいですか!?明らかにあたしの許容量範囲を超えてるんですけどっ」
「それは無理。とりあえず――――あれに暗く光る塊は見える?」

 光る塊?
 改めて半透明なアレを見る。
 目を凝らすけど、そんなの見えない。

「……見えないです、けど」

 リフさんの目がこっちを向く。
 真剣な眼差しにちょっと気圧されそう。

「本当に?ぼんやりとでも?」
「……はい」

 心なしか、リフさんの表情が硬くなった気がする。
 けどそれも一瞬のことで、あたしの手首を放すと彼は前に進み出た。

「わかった。君は危険だから下がっていて」
「えっ、逃げないんですか!?」
「逃げても無駄だから」
「無駄って、ど」
「しかし、生命石の位置がわからないと討てないのでは?」

 ジェラールさんの眉間の皺が更に深い。

「脱出するまでの時間稼ぎができればいい」
「……了解しました」

 リフさんに倣うジェラールさんが横目にあたしをひと睨みする。
 あ、あたしの所為じゃないですよ、この状況は。
 見えないものは見えませんってば!
 
≪ジャマヲスルナッ≫

 怒らせるだけですってば!
 逃げた方が絶対いい――――。

 ズバッ

 鋭い音をたてて振るわれたジェラールさんの剣が、アレを横真っ二つに引き裂いた。
 な、なんだ。
 以外にあっさり決着?

「や、やりましたね!」

 二人に向かって駆けよろうとしたら、鋭い声が飛んできた。

「来ちゃ駄目だっ」

 びくっ。
 戦闘後で気が立ってるわけじゃないのはすぐにわかった。
 真っ二つになったはずのアレがまた元に戻ってるっ。
 斬られたのに、身体くっくとか有りなの!?
 高速で後ずさると同時、シャキンって音がした。
 ひっ。例の女の人の爪が長く伸びてる。
 その爪が鋭く宙を裂いた。
 二人は飛び退けたけど、二人がさっきまで立ってた地面が深く抉れてるっ。
 斬ってもキリがなし、唯一効いてるらしいのは、リフさんの手から出る光る刃だけど、致命傷にはなってなさそう。
 しかも、さっきまでは完璧に避けてた爪が二人に掠り始めてるのは疲れ始めてるんだよね!?
 
「も、もう止めて逃げましょうよ!やっつけられないなら、相手にするだけ無駄ですよっ」

 振り下ろされる爪を避けて距離を取るリフさんが態勢を整えながら答える。

「コレを倒すか時間が経たないと、元には戻れないから」
「何それ?」
「わ、……リファリス殿。何か妙です。そろそろ城へ戻っても良い頃では?」

あたしの声を遮るようにジェラールさんがリフさんに話しかける。

「そうだね。何か妙だ。……一か八か試してみようか」

 いまいちよく分からないやり取りの後、呟くように言いリフさんは宙に指を滑らせる。光の軌跡が、文字を刻む。

「ティコ・クルル・シー・ラ・ラズ、その内に眠りし月よ、今ひと時、解放する」

 ばくんっ
 
 瞬間、あたしの中で自分の耳に聞こえるくらい大きい鼓動がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私たちの離婚幸福論

桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。 婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。 これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。 愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。 毎日20時30分に投稿

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました

山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。 ※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。 コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。 ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。 トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。 クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。 シモン・グレンツェ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。 ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。 シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。 〈あらすじ〉  コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。  ジレジレ、すれ違いラブストーリー

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

前世は厳しい家族とお茶を極めたから、今世は優しい家族とお茶魔法極めます

初昔 茶ノ介
ファンタジー
 代々続くお茶の名家、香坂家。そこに生まれ、小さな時から名家にふさわしくなるように厳しく指導を受けてきた香坂千景。  常にお茶のことを優先し、名家に恥じぬ実力を身につけた彼女は齢六十で人間国宝とまで言われる茶人となった。  しかし、身体は病魔に侵され、家族もおらず、また家の定める人にしか茶を入れてはならない生活に嫌気がさしていた。  そして、ある要人を持て成す席で、病状が悪化し命を落としてしまう。  そのまま消えるのかと思った千景は、目が覚めた時、自分の小さくなった手や見たことのない部屋、見たことのない人たちに囲まれて驚きを隠せなかった。  そこで周りの人達から公爵家の次女リーリフィアと呼ばれて……。  これは、前世で名家として厳しく指導を受けお茶を極めた千景が、異世界で公爵家次女リーリフィアとしてお茶魔法を極め優しい家族と幸せになるお話……。   ーーーーーーーー  のんびりと書いていきます。  よかったら楽しんでいただけると嬉しいです。

処理中です...