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刺牙の儀
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彼女が10歳の頃、アッシェド唯一の王子のため「刺牙(しが)の儀」が執り行われることとなった。
民たちはそれが何か知る術もなく――――7歳から10代後半までの少女が国中から集められた。
目隠しをされ石床に跪かされた少女の前を歩く12歳の少年は時折足を止めては少女の首筋に顔を寄せ、何かを確認するように再び歩き始める。
何が何だか理解できないまま事の成り行きに身を任せるしかない一人の少女の前で足を止め、王子は彼女の首筋にも顔を寄せた。すうっ、と息を吸い込む音。次いで、細い肩を掴む手。
「―――――――こいつだ」
まだ声変わりをしていない少年の高い声で、その少女は複数の女性に引き立たされた。
::::
意識が奪われるほどの濃厚な甘さ。
尋常でないそれに、彼は視界が赤く染まっていくのを感じた。
いわゆる魔人化が起こったのだと、後に知るのだが。
その時はもう、秘姫として存在する年少の少女しか見えなくなっていた。
―――なんなんだ、この甘さ。
ごくっ、と込み上げてくる唾を嚥下する音が耳に付く。
顔が強張り、涙ぐんでいる彼女が怯えているのは分かっていたが、湧きあがってくる欲求に彼は抗い切れなかった。
首を庇う小さな手を払いのけ再び牙を突き立てる。
悲鳴を上げる少女の首から流れ出る緋色の甘美な血は染みわたるように彼の中に吸い込まれていく。
飲み干してしまいたい。
それは紛れもない本能だった。
::::
遠く自分を呼ぶ声がして、マハは睫毛を震わせ、ゆっくりと双眸を開いた。
薄い紗幕の下がる天蓋が映り、寝台の上、ぼんやりと瞬きする。
自然と自身の傍らを見やり夢の名残を探すが、泣きじゃくる少女の姿はない。
嘆息するが、当たり前のことだ。
あれは八年も昔、マハが12の頃の出来事―――少女は既に18になるはず。幼い頃の姿しか知らないマハの夢で彼女は幼いままだ。
逃げた鳥は、いまだ消息が知れない。
海に飛び込んだのは知っているが、死んでなどいないのはわかっている。
―――あれはどこかで生きている。
長い腕を伸ばし手のひらを握りしめる。
―――この手が届かない場所などない。必ず、捕まえる。
「殿下、お目覚めでいらっしゃいますか?」
「ああ。起きてる」
側近の青年の声に、半身を起こしながら答えた。
痩身だがしなやかな筋肉に覆われた裸の胸から薄いシーツが滑り落ち、それを拾い上げながら青年はマハに本日の予定を告げる。
いつも通りの公務の羅列に耳を傾けながら、呼び鈴を鳴らし呼びつけた侍女に朝の身支度をさせる。洗顔の後に身に着ける衣装、装身具などを纏う頃、青年はいつもと違う事項を告げた。
「ジェマの室へ?」
「はい。夕刻にジェマ殿が殿下にお知らせしたいことがあるとか」
ジェマは、優れた占者であり、先代王の世からアッシェドの宮殿に仕えている。
実は昔からこのジェマを苦手としているマハは、僅かに眉を顰める。
「……用があるなら出向いて来るがいいのに」
いつでも宮殿にいるのだし、王太子たる自分を呼びつけるとはと、本来なら叱咤ものだが相手が相手だけに覇気のない呟きとなる。
「いえ、それが、ジェマ殿の占水鏡でお見せしたいものだからだと仰っていました」
「占水―――」
遠く海を隔てた場所も、過ぎ去った過去も、また未来すらも見通すと伝わる占具はジェマの住まう室から持ち出すことは叶わない。
「何を見せるつもりかわからないが」
よほどのことがない限り、彼女があれに近づかせない事を知っている。
うっすらとマハは薄い唇に笑みを浮かべる。
「いいだろう。夕刻に出向くと伝えておけ」
「承知いたしました、殿下」
深く礼を取る青年の傍らを身支度の終わったマハは通り過ぎる。豪奢な衣が翻り、どこから見ても泰然とした風格の王太子の姿がそこにある。
アッシェド国唯一の王子であり、現在病床の父王に変わり公務を代行することの多い彼は、マファルド=タージャという。
民たちはそれが何か知る術もなく――――7歳から10代後半までの少女が国中から集められた。
目隠しをされ石床に跪かされた少女の前を歩く12歳の少年は時折足を止めては少女の首筋に顔を寄せ、何かを確認するように再び歩き始める。
何が何だか理解できないまま事の成り行きに身を任せるしかない一人の少女の前で足を止め、王子は彼女の首筋にも顔を寄せた。すうっ、と息を吸い込む音。次いで、細い肩を掴む手。
「―――――――こいつだ」
まだ声変わりをしていない少年の高い声で、その少女は複数の女性に引き立たされた。
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意識が奪われるほどの濃厚な甘さ。
尋常でないそれに、彼は視界が赤く染まっていくのを感じた。
いわゆる魔人化が起こったのだと、後に知るのだが。
その時はもう、秘姫として存在する年少の少女しか見えなくなっていた。
―――なんなんだ、この甘さ。
ごくっ、と込み上げてくる唾を嚥下する音が耳に付く。
顔が強張り、涙ぐんでいる彼女が怯えているのは分かっていたが、湧きあがってくる欲求に彼は抗い切れなかった。
首を庇う小さな手を払いのけ再び牙を突き立てる。
悲鳴を上げる少女の首から流れ出る緋色の甘美な血は染みわたるように彼の中に吸い込まれていく。
飲み干してしまいたい。
それは紛れもない本能だった。
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遠く自分を呼ぶ声がして、マハは睫毛を震わせ、ゆっくりと双眸を開いた。
薄い紗幕の下がる天蓋が映り、寝台の上、ぼんやりと瞬きする。
自然と自身の傍らを見やり夢の名残を探すが、泣きじゃくる少女の姿はない。
嘆息するが、当たり前のことだ。
あれは八年も昔、マハが12の頃の出来事―――少女は既に18になるはず。幼い頃の姿しか知らないマハの夢で彼女は幼いままだ。
逃げた鳥は、いまだ消息が知れない。
海に飛び込んだのは知っているが、死んでなどいないのはわかっている。
―――あれはどこかで生きている。
長い腕を伸ばし手のひらを握りしめる。
―――この手が届かない場所などない。必ず、捕まえる。
「殿下、お目覚めでいらっしゃいますか?」
「ああ。起きてる」
側近の青年の声に、半身を起こしながら答えた。
痩身だがしなやかな筋肉に覆われた裸の胸から薄いシーツが滑り落ち、それを拾い上げながら青年はマハに本日の予定を告げる。
いつも通りの公務の羅列に耳を傾けながら、呼び鈴を鳴らし呼びつけた侍女に朝の身支度をさせる。洗顔の後に身に着ける衣装、装身具などを纏う頃、青年はいつもと違う事項を告げた。
「ジェマの室へ?」
「はい。夕刻にジェマ殿が殿下にお知らせしたいことがあるとか」
ジェマは、優れた占者であり、先代王の世からアッシェドの宮殿に仕えている。
実は昔からこのジェマを苦手としているマハは、僅かに眉を顰める。
「……用があるなら出向いて来るがいいのに」
いつでも宮殿にいるのだし、王太子たる自分を呼びつけるとはと、本来なら叱咤ものだが相手が相手だけに覇気のない呟きとなる。
「いえ、それが、ジェマ殿の占水鏡でお見せしたいものだからだと仰っていました」
「占水―――」
遠く海を隔てた場所も、過ぎ去った過去も、また未来すらも見通すと伝わる占具はジェマの住まう室から持ち出すことは叶わない。
「何を見せるつもりかわからないが」
よほどのことがない限り、彼女があれに近づかせない事を知っている。
うっすらとマハは薄い唇に笑みを浮かべる。
「いいだろう。夕刻に出向くと伝えておけ」
「承知いたしました、殿下」
深く礼を取る青年の傍らを身支度の終わったマハは通り過ぎる。豪奢な衣が翻り、どこから見ても泰然とした風格の王太子の姿がそこにある。
アッシェド国唯一の王子であり、現在病床の父王に変わり公務を代行することの多い彼は、マファルド=タージャという。
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