アッシェドの秘姫~調香師は逃亡中~

カイリ

文字の大きさ
7 / 53

迷いの森

しおりを挟む
 学院の寮室へ戻ると、サーシャは調香依頼の内容を改めて確認した。

 指定材料を使うこと。
 男性用の香だが、女性に好まれるものを作ること。
 コルアレ―ド固有の香料を加えること。

 ラァスとの話で取ったメモを見つめ、下部に付け加える。

 相手の女性の心証を良くする材料のひとつとなるようにすること、と。

(18歳の女性・・・・香りの好みは不明だから、おまかせ、か・・・・)

 こうして見てみると、確かに難しい。

(あたし好みの香りで、相手の女性に受けが悪かったらって思うと、責任重大ね、これは)

 個人的主観から言わせてもらえば、何をしたかは不明だが、誠心誠意を込めて謝り、心を尽くして話をするべきだ。
 だが、気位の高い上流階級の令息だというのなら、それは何にも勝る難題かもしれないが。
 サーシャは息をつき、意識を切り替える。

(けど、あたしのところに来る依頼で、これだけの材料と難題が揃うなんてそうそうない。これをこなせば、調香師としての技量も上がる。頑張るしかないじゃない)

 決意も新たに、擦り切れた帳面を捲る。
 これまでの彼女の努力を物語るそれには、調香のあらゆる情報が書き込まれているのだ。

 夜が深まり、皆が寝静まる頃になってもその一室には小さな明かりが灯っていた。


 ::::

「最近、随分遅くまで起きてるって聞いたけど大丈夫?」

 普段使いの香りが少なくなったから、と調香の依頼をしてきた学友の一人が心配そうな顔をした。
 本日学院は休校日。
 サーシャは外出届けを記入し終え、寮母へ提出しに行く途中だった。
 お得意様である彼女に大丈夫と答え、サーシャは鞄の中から帳面を取り出した。
 香の名称、注文者の名を記す。

「いつもありがとうね。渡すの明日になるけどいい?」
「うん。だけど、無理はしないでね?顔に寝不足って書いてあるし」
「はは、ありがと。ちょっと、難か・・・・やりがいのある依頼が入ってて。あ、けど、香はちゃんと作るから。日中は【ロキの森】に行くけど、帰寮次第、取り掛かるから明日にはできてるよ」
「・・・・あんな森に行くの?」

 鬱蒼と茂る森は、学院から少し離れた場所にある。
 春にはその近くまでピクニックに行く生徒たちも多いが、森の中に足を踏み入れる者は少ない。

「欲しい材料があるの。ちょっと特殊なものだから、市場には出回らなくて」

 以前人づてに、あの森には夜光蔓が生えていると聞いたことがあるのだ。

(あれが生える場所なら、ムルサバの木があってもおかしくない)

 可能性があるならば、行ってみるしかない。
 エンナがよく言っていたように、探求心を忘れてはならない――――。
 例えばそれが、別名:迷いの森と呼ばれる場所であったとしても

 :::

 不可思議な鳴き声が響き渡り、サーシャは上空を仰いだ。
 鳥なのか、獣なのか判別しがたいそれは、森のどこからしているものなのか不明だ。
 折り重なるようにして林立する木々の間から、僅かに覗く空の色を見つめ、額に浮かんだ汗を拭った。
 進めど進めど同じような景色が続く――――確かに、迷いそうだ。
 出口まで戻れるよう木に目印をつけて進んでいるが、目的の木どころか、生えていると聞いた夜光蔓すらも見かけない。
 森に入ってすでに数時間は経過している。
 焦燥感が込み上げてくる中、懸命に歩いているとどこからか川のせせらぎが聞こえてきた。
 森に入って歩き通しだ。
 空腹を覚え、サーシャは川辺で休憩することにした。
 音のする方へと歩いていくと、木々の向こうに陽の光を反射する川面が見える。 そちらへ近づいた瞬間、サーシャは足を踏み外した。

「っ!?」

 平坦だとばかり思っていた地面は傾斜になっていたらしい。
 むき出しの石や木の根の上を転げ落ち、雑草の中に倒れこんだ。

「いっ、たた・・・・」

 呻きながら半身を起こすといたるところが痛む。
 擦り傷は勿論だが、転がる途中で石にぶつかった肩と捻っているのか足がじんじんする。
 斜め掛けの鞄は幸い近くに転がっていた。
 中身のいくつかが飛び出して散らばっているのを見て立ち上がろうとしたサーシャは、右足首に走った激痛にうずくまる。

(・・・・まずい。思ったより酷いかも)

 ただでさえ人が寄り付かない場所だというのに、こんな傾斜の下では発見される可能性は低い。
 痛みを堪えながら足を引きずって動くと鞄を拾い、落ちた中身を拾い集めると、傾斜の上を見た。
 普段なら上がれなくもないが、今の状態では少し厳しい。
 次に逆方向である川の向こうを見やる。
 川幅は狭くもないが、広くもない。
 上流から流されてきたであろう大小さまざまな自然石が、川の中に転がっている。

(流れは速くなさそう・・・・色を見る限り、深い場所もないみたい)

 川を渡って向こう側へ行き、傾斜のない場所を見つけて戻ろう――――そう考えると、ひとまずサーシャは近くの石の上に腰を下ろした。膝の上に昼食用に持ってきた調理パンの包みを置き、開く。

(せっかくここまで来たのに、肝心の木が見つからない・・・・)

 目印になる夜光蔓は、日中より夕闇に包まれる頃からの方が見つけやすい。が、そんな時刻には、恐らく夜行性の獣も横行し始めるだろう。それまでに見つけられたらと思っていたが、これではそれも難しそうだ。
 パンを食み、進むか引き返すかを決めかねていると、どこか遠くで人の声が聞こえた気がした。
 辺りを見回すが、人影は見当たらない。
 もしかするとあの傾斜の上を通るかもしれないと思い、最後の一口を頬張ると立ち上がる。
 ひょこひょこと動いていき、ちょうど自分が落下した辺りまでくる。
 茂みをかき分ける音とやはり人の話し声がした。

「あの!すみません!!誰かいらっしゃいますか?」

 声を張ると、話し声が止み、がさがさという音が大きくなる。
 落差があるのに気づかず同じ轍を踏んでしまわないようにと忠告しなければ。
 更に言葉を重ねようとした瞬間、がさっと丈の高い笹をかき分け姿を現したのは、フードを目深に被った人物だ。

「あ!そこ、落ちると危ないので――――」
「何をしているのだ、そんな所でっ」

 いきなり初対面―――に違いない―――の人間に激昂され、サーシャは面食らった。

「えっ・・・・っと、足を踏み外しまして、落ちました」
「落ちただと!?」
「え?ルティカさんがですか!?」

(?この声・・・・)
 
 聞き覚えのあるそれに首を捻ったサーシャは、あっと口の中で声を漏らす。
 何やら怒気の滲むフードの人物―――声の低さから若い男と知れる―――の背後から、つい先日出会ったばかりの青年、ラァスが顔を見せた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敏腕SEの優しすぎる独占愛

春咲さゆ
恋愛
仕事も恋愛も、兎に角どん底の毎日だった。 あの日、あの雨の夜、貴方に出逢うまでは。 「終わらせてくれたら良かったのに」 人生のどん底にいた、26歳OL。 木崎 茉莉 ~kisaki matsuri~ × 「泣いたらいいよ。傍にいるから」 雨の日に現れた、30歳システムエンジニア。 藤堂 柊真 ~Todo Syuma~ 雨の夜の出会いがもたらした 最高の溺愛ストーリー。

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

処理中です...