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六章 大戦編
百三十四 新生活だよね
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天野王国の更に北、小国グルン王国の、人が寄り付かないグルン山の山奥の密林に俺は家族を連れて引っ越した。
ロニエとセレナ、そして、アレスとシズクを連れて天野王国から逃亡してから、既に二年。
山奥での生活にも大分馴染んできた。
腕の中で眠る、セレナとロニエ。更にシズクとアレスを見ながら平和な時を満喫していた。
眠る、アレスの髪を撫でてホッコリしているとアレスが目覚め眠そうに目を擦りながら、
「お父さん。もう朝?」
「うん。朝だよ。アレス」
「もうちょっと.......寝てていい?」
「良いよ。好きなだけ寝てな。でも今日はパパと魚でも釣りに行こうよ。ロニエ達を置いて」
自分の息子と二人だけで川釣り、そんな楽しい事を想像していると、アレスが嫌そうに首を振った。
「えー? 嫌だよお父さんと二人なんて、それに今日はセレナお母さんと魔物狩りに行くんだ!」
「え? セレナと? 俺と魚釣りしようよ! 魚釣り!」
このグルン山に人が寄り付かないのは、魔物の群生地になっているからだ、だが、セレナが結界を張り、自前で経てた木造のホーム付近には近付けないようにしてある。
更に魔物を狩ってその日の食料にしているので、逃亡生活にはうってつけだった。
セレナを倒せる魔物なんてそうそう存在しないので、俺達にとっては安全な場所だった。
毎日楽しく過ごしている。世界の情報は入ってこないがそれもそれで良いだろう。また世界に顔を出すつもりは無いのだから。
「なら、ヒカル様はシズクを連れて行くのはどうですか?」
「おはよう。ロニエ。.......そうするか、シズクが起きたらお魚釣って来るね」
俺とアレスの会話に目を覚ました、ロニエの提案を受け入れる。
アレスと行きたかったのだが、狩りに行きたいのなら仕方が無い。
「ロニエもお供しますよ」
「いや.......良いよ。ロニエは待ってて」
「そうですか.......わかりました。では朝食を作りますね」
「うん。ロニエのご飯は美味しいから大好きだよ」
「ロニエのご飯だけですか?」
「もちろん.......ロニエもだよ」
別に釣り場は遠くない、セレナの結界の中だ。一人でも行ける距離だ、わざわざロニエに付いてきて貰う必要も無い.......
そうこう考えていると急激に罪悪感が込み上げて来る。
「ロニエ。ごめんね.......セレナ、ごめんね。もっと俺が頼りになったら.......もっとロニエ達を幸せに.......ロニエ達の事を元に戻せたのに.......」
この二年間一度たりとも罪悪感が抜けた事が無かった。ロニエとセレナを元に戻すことを諦めた.......その罪悪感が、胸の奥底にべっとりと張り付いて剥がれない。
ここに居ないヒムート達すら捨ててしまった罪悪感。共に生きると誓のに俺は全てを捨てたのだ。
セレナ達と幸せな新生活になると思っていたけど割りきれない物だ。
それでもヒムートは俺との繋がりを全て断たれてヒムート自身が決断しアルランの元に下った。今のヒムートの幸せはアルランと共に居ることだ。
顔を見ることの無かった。ヒムートの子を俺は見たかった。
俺の為に頑張ったヒムート.......その努力を俺は無駄にした。
「ヒムートはアルランの子を産めたかな? 好きな人の子を産むのがヒムートの願だったから、早く埋まれると.......ヒムート」
「ヒカル様.......」
一見、俺の記憶で補強した様に見えるロニエだけど、それは俺の記憶であってロニエでは無い。
経験の伴って無い記憶は別人の物だ、だから天野ロニエと今のロニエは明らかに違う存在だ。
似て非なる存在.......
そこでは、俺の中に居るノロニエの事を思い出した。
縋る思いで心の中の奥底で眠るノロニエに話しかける。
ーーーノロニエ! ノロニエ! お願いだよ! 返事して
だが、ノロニエの存在を感じることは無かった。
天野ロニエが無かったことになった以上、俺と一つになった呪いのロニエも俺の中には居ないことになっているのか.......
存在を全く感じないという事は、多分正しいのだろう。
そうこう、している間に時は流れ、ロニエの美味しい朝食を食した後、セレナとアレスが魔物狩りに出掛けたのをみて、食器の片付けを手伝っているシズクに声をかける。
「シズク。パパと.......」
「遠慮致します」
「うん。そう。分かったよ」
言い切る前に断れるという哀しい娘の返事に少し萎えながら、壁にかけてある、釣竿を持ってヨロヨロ外に出る。
振り返ると、朝日が昇ったばかりで青白い空が広がって居る。
その下に、木製の一階建てOneLDKのログハウスが俺の愛の巣.......改め、天野家でも無いか.......俺達の同棲場所だ。
近くに流れる小川に、釣り針を垂らして静かに待つ。この二年間毎日同じ事を繰り返してきた。
小川のせせらぎを聞きながら朝から番までただ糸を垂らす。そうすることで、心を無に出来る。
ただひたすら一つのことに集中するのだ。
余計なことを考えない。煩悩すら川の流れに流れて貰う。
ここに居ない。俺が捨てた少女達を思い出す事もしない。
そんな天野光の背を見ている、ロニエにシズクは声をかける。
「ロニエお母様! あの人は駄目です! 毎日毎日何もしていません。ロニエお母様や、セレナお母様に全てを押し付けて! 今ではアレスでさえセレナお母様と共に狩りに行くというのに.......」
不満感を隠しもせず腹に据えた事をシズクは、ロニエに伝える。
そんなシズクの頭をロニエは優しく撫でた。
「シズク。私はヒカル様と共に過ごしたいのです。押し付けられている訳では有りませんよ。私が望んでこうして居るのです」
「でも! ロニエお母様! ロニエお母様は.......」
シズクは唇を噛んで親の敵の様に、光を睨んでいた。
一方、アレスは、豚の魔物、『トーントン』という、鼻から超音波を出して攻撃する魔物を鉄製の剣で倒していた。
そこに、トーントンの群れのボス、『ギングトーントン』を仕留めて戻って来たセレナにボソリと言葉を零した。
「セレナお母さん。お父さんとこのままここにずっと居るつもりじゃないよね?」
アレスの言葉にセレナは軽く応える。
「そうね。私はこのままここに居る気は無いわよ」
「そうだよね! セレナお母さん。なら僕がもう少し大きくなったら.......」
セレナはアレスに皆まで言わせずに言った。
「ふふん。良いわよ。私は貴方達が五歳の時から覚悟はしていたもの好きにしなさい。ダーリン.......パパとロニエママの説得は私がするわ」
「ほんと!? やった。絶対だよ?」
「任せなさい。だからその時は言うのよ?」
こうして、セレナとアレスは秘密の約束をしてその日の狩りを終えた。そのまま、ログハウスに戻ると、日が随分沈んで暗くなっている中、一人で川に釣り糸を垂らしている光を見つけて、セレナは鼻を鳴らした。
「ふふん。今日はきっと大量ね。アレス、私はパパと一緒に戻るわ。貴方は?」
「俺は良いよ。それにどうせ.......何でもない。先に戻るね。セレナお母さん」
「そうしなさい。手は洗うのよ」
「分かってるよ!」
しっかりと、家に入る前に、川の静水を利用した手荒い用の水溜まりでアレスが手を洗うのを確認してから、独り座る、光の元にふあふあ浮きながら近づいていく。
セレナが近づいても光は気付く事無くただ流れる小川を見つめている。
そんな光に声をかける。
「ダーリン、沢山釣れたかしら?」
「ん? セレナ.......もう帰ってきたの?」
光は本当に驚いて、セレナを振り返る。
セレナはそんな光に何も言わずに、光の隣に置いてある、バケツを確認する。
その中には魚一匹入っては居なかった。
それをみてまた鼻を鳴らす。
「ふふん。もう夜よ。ダーリン。全くおっちょこちょいね。隣良いかしら?」
「.......夜なら帰ろうか、また明日釣れば良いよ」
光はセレナの提案を軽く受け流して、川から糸を引き上げて立ち上がる。
きっと時間の感覚すら忘れていたのだろうとセレナは結論する。
「そうね。ダーリン、明日は私と.......」
「セレナは明日も狩りに行くんだよね? 明日こそ沢山釣るよ」
「.......そうね。そうするわ。ダーリンなら明日は大量ね。楽しみだわ」
セレナは光の隣に並びロニエの待つログハウスへと足を進めた。
光と共に手を洗い、魔法で乾かして部屋の中に入り、最近寒くなってきたので暖炉に火を燈す。
セレナは光に気付かれないようにロニエに顔を振る。
今日も光の獲物は無いという合図だ。それにロニエは顔を縦に振ってから夕食の献立を考える。
豚肉のシチューにすることを決めて、バケツを取り出して、水を汲みに外に出ようとする。
そこで光がロニエの手を握り引き止める。
軽く談笑していた、シズクとアレスが面倒臭そうに立ち上がり部屋の奥に向かう。
「ロニエ。どこ行くの?」
「水を汲みに行くだけですよ?」
「ロニエ! ごめん。行かないで! ロニエ! 行かないで!」
涙を流し必死にロニエの手を引く光の手をロニエは哀しそうに重ねて包む。
「ロニエは何処にも行きませんよ」
その言葉にアレスとシズクが僅かに反応したがそれだけで、ロニエの言葉は最後まで続いた。
「ヒカル様、心配ならロニエと一緒に行きませんか?」
「..............いや.......ごめん引き止めて。ロニエ。そうだ! 俺が行くよ」
「そうですね。わかりました。なら、お願いしますね」
ヒカルはロニエに手渡されたバケツを持って外に向かう。その背が消えきってからシズクが言う。
「ロニエお母さん。お父さん一人で良いのですか?」
「そうですね。ならシズク様子を見てきてください」
「ふふん。私が行くわ。シズクはアレスと準備を進めていなさい」
「......セレナお母様ありがとうございます」
ロニエの言葉にセレナがすぐさま反応して、シズクが言いにくそうにお礼を言う。
そんなシズクにセレナは鼻を鳴らして言う。
「ふふん。私が行きたいのよ。あの人の隣は私の特等席だわ。シズクにお礼を言われる事でもないわ」
「ごめんなさい」
「謝る事でもないわよ、まあ良いわ、行ってくるわね」
鼻歌を歌いながら出ていくセレナの背中を見届けた、ロニエはアレスを軽く見つめる。
アレスはビクリと震え、シズクの背に隠れる。
「お母様......アレスをイジメないでください」
「シズク。アレス。ヒカル様......お父様を避けて居ませんか?」
「気のせいですよ。それよりお母様達こそ、お父様に避けれて居ませんか?」
「それこそ気のせいですよ。さあご飯を作りますよ。片付けをしておいてくださいね」
返事する、アレスとシズクは広げていた、おもちゃを片していく。
一方、外に出たセレナは水汲み場で星を眺めている、光を発見する。
手にバケツは無く、ただ無心に空を見つめている。
「何か見えたりするのかしら?」
「ん? 俺なんでこんなとこに居るんだ?」
「ふふん。水を汲みに来たのよ」
セレナは落ちていた、バケツを洗って水を容れる。
それを浮かして光に渡す。
「ほらダーリン、自分でやるのよね? それとも私が運んで行っても良いわよ」
「ん......俺が運ぶよ、でもセレナ、こんな夜中に外に出て何処かに行くの? 狩り? それとも......それとも!! セレナもアルランの」
「ダーリン!! 戻るわよ、私達の家に私とダーリンの二人で戻るわよ」
「うん......そうだよね。戻ろうか」
光はバケツを持って再びログハウスへ向かった。
そのまま、調理をしている、ロニエに手渡して部屋のテーブルに腰を落とす。
そのまま、ただぼーっとアレスとシズクを眺めていた。
料理が出来てテーブルに食器を並べても光は一口たりとも、口にはしなかった。
賑やかな食卓に光の声が響くことは無かった。
そうして、食器を片して、布団を敷いてそこでテーブルに黙って座る光にロニエが声をかける。
「ヒカル様、床に行きましょう。今日はもうゆっくり休みましょう」
「うん。そだね、また明日沢山しないといけないしね。寝ようか」
これが、ここ二年間の天野家は一日だ。少しずつ違うところもあるが基本的には大体同じだ。
朝起きて、昼間は別々に過ごし、夜は皆で寝る。
ただこの日は少し違った。
「ヒカル様、アレス君達はもうすぐ七歳になります」
「うん」
「そろそろ、ひとり寝をさせるべきです。出来れば一人部屋......いえ。子供部屋を作ってあげるべきです」
ロニエが光にこう言い出したからだ。
アレスが少し息を弾ませたがすぐに抑える。アレスは理解している。ここで光が許さなければ何も変わらないことが分かっているから。
その家では天野光の言葉は絶対だ。
だがその天野光は何もしない......いや、してはいるが何もできていない。アレスが物心付いたときから光の感情を見たことが無かった。
父親だと知っているが正直苦手で、早く一人立ちしたいと思っていた。
だから、ロニエお母さんの提案はとても嬉しい事だった。でもそれを表にだして余計な事が起きないようにする。
子供達が息を飲む中、光より先にセレナが口を開いた。
「あら? 別にこのままで良いじゃない! このまま家族全員で寝ても良いと思うわよ」
アレスにとっては重大な事だったが、セレナお母さんには小さい事に過ぎないようで軽く長そうとする。このままでは本当に流れてしまいそうなのでアレスは発言することにした。
「セレナお母さん。俺もそろそろそうしたいと思っていたんだ。それにあの約束もあるし」
「ん? そうね。そうだったわ。ダーリンどうするのかしら?」
セレナは朝のアレスとの約束を思い出して意見を変えて静かに黙考している。光に最後の決定権を託した。
そして、光はセレナの胸に寄り掛かった。
「あら? 久しぶりね。良いわよ......って寝てるわね」
スヤスヤと寝息を発てる光の事を包むようにセレナは抱き上げて、布団に運ぶ。
その光景に、アレスはガクリとうなだれる。
光の決定が無い以上、この件は先に進まない。ここまでだ。
「明日、ヒカル様にもう一度話しましょう。疲れていたようですから、今日は何時も通り一緒に寝ますよ」
「ふふん。ダーリンの隣は私ね」
「駄目ですよ。シズクとアレスの場所です、起きたときにヒカル様が悲しみますよ」
「そうね。それは駄目ね。仕方ないわ。役目を変わってあげるわよ」
セレナの言葉に、シズクとアレスは変わらないで良いよと言いたかったが、おとなしく光の隣で睡眠をとった。
そうして、また朝が明ける。
ロニエとセレナ、そして、アレスとシズクを連れて天野王国から逃亡してから、既に二年。
山奥での生活にも大分馴染んできた。
腕の中で眠る、セレナとロニエ。更にシズクとアレスを見ながら平和な時を満喫していた。
眠る、アレスの髪を撫でてホッコリしているとアレスが目覚め眠そうに目を擦りながら、
「お父さん。もう朝?」
「うん。朝だよ。アレス」
「もうちょっと.......寝てていい?」
「良いよ。好きなだけ寝てな。でも今日はパパと魚でも釣りに行こうよ。ロニエ達を置いて」
自分の息子と二人だけで川釣り、そんな楽しい事を想像していると、アレスが嫌そうに首を振った。
「えー? 嫌だよお父さんと二人なんて、それに今日はセレナお母さんと魔物狩りに行くんだ!」
「え? セレナと? 俺と魚釣りしようよ! 魚釣り!」
このグルン山に人が寄り付かないのは、魔物の群生地になっているからだ、だが、セレナが結界を張り、自前で経てた木造のホーム付近には近付けないようにしてある。
更に魔物を狩ってその日の食料にしているので、逃亡生活にはうってつけだった。
セレナを倒せる魔物なんてそうそう存在しないので、俺達にとっては安全な場所だった。
毎日楽しく過ごしている。世界の情報は入ってこないがそれもそれで良いだろう。また世界に顔を出すつもりは無いのだから。
「なら、ヒカル様はシズクを連れて行くのはどうですか?」
「おはよう。ロニエ。.......そうするか、シズクが起きたらお魚釣って来るね」
俺とアレスの会話に目を覚ました、ロニエの提案を受け入れる。
アレスと行きたかったのだが、狩りに行きたいのなら仕方が無い。
「ロニエもお供しますよ」
「いや.......良いよ。ロニエは待ってて」
「そうですか.......わかりました。では朝食を作りますね」
「うん。ロニエのご飯は美味しいから大好きだよ」
「ロニエのご飯だけですか?」
「もちろん.......ロニエもだよ」
別に釣り場は遠くない、セレナの結界の中だ。一人でも行ける距離だ、わざわざロニエに付いてきて貰う必要も無い.......
そうこう考えていると急激に罪悪感が込み上げて来る。
「ロニエ。ごめんね.......セレナ、ごめんね。もっと俺が頼りになったら.......もっとロニエ達を幸せに.......ロニエ達の事を元に戻せたのに.......」
この二年間一度たりとも罪悪感が抜けた事が無かった。ロニエとセレナを元に戻すことを諦めた.......その罪悪感が、胸の奥底にべっとりと張り付いて剥がれない。
ここに居ないヒムート達すら捨ててしまった罪悪感。共に生きると誓のに俺は全てを捨てたのだ。
セレナ達と幸せな新生活になると思っていたけど割りきれない物だ。
それでもヒムートは俺との繋がりを全て断たれてヒムート自身が決断しアルランの元に下った。今のヒムートの幸せはアルランと共に居ることだ。
顔を見ることの無かった。ヒムートの子を俺は見たかった。
俺の為に頑張ったヒムート.......その努力を俺は無駄にした。
「ヒムートはアルランの子を産めたかな? 好きな人の子を産むのがヒムートの願だったから、早く埋まれると.......ヒムート」
「ヒカル様.......」
一見、俺の記憶で補強した様に見えるロニエだけど、それは俺の記憶であってロニエでは無い。
経験の伴って無い記憶は別人の物だ、だから天野ロニエと今のロニエは明らかに違う存在だ。
似て非なる存在.......
そこでは、俺の中に居るノロニエの事を思い出した。
縋る思いで心の中の奥底で眠るノロニエに話しかける。
ーーーノロニエ! ノロニエ! お願いだよ! 返事して
だが、ノロニエの存在を感じることは無かった。
天野ロニエが無かったことになった以上、俺と一つになった呪いのロニエも俺の中には居ないことになっているのか.......
存在を全く感じないという事は、多分正しいのだろう。
そうこう、している間に時は流れ、ロニエの美味しい朝食を食した後、セレナとアレスが魔物狩りに出掛けたのをみて、食器の片付けを手伝っているシズクに声をかける。
「シズク。パパと.......」
「遠慮致します」
「うん。そう。分かったよ」
言い切る前に断れるという哀しい娘の返事に少し萎えながら、壁にかけてある、釣竿を持ってヨロヨロ外に出る。
振り返ると、朝日が昇ったばかりで青白い空が広がって居る。
その下に、木製の一階建てOneLDKのログハウスが俺の愛の巣.......改め、天野家でも無いか.......俺達の同棲場所だ。
近くに流れる小川に、釣り針を垂らして静かに待つ。この二年間毎日同じ事を繰り返してきた。
小川のせせらぎを聞きながら朝から番までただ糸を垂らす。そうすることで、心を無に出来る。
ただひたすら一つのことに集中するのだ。
余計なことを考えない。煩悩すら川の流れに流れて貰う。
ここに居ない。俺が捨てた少女達を思い出す事もしない。
そんな天野光の背を見ている、ロニエにシズクは声をかける。
「ロニエお母様! あの人は駄目です! 毎日毎日何もしていません。ロニエお母様や、セレナお母様に全てを押し付けて! 今ではアレスでさえセレナお母様と共に狩りに行くというのに.......」
不満感を隠しもせず腹に据えた事をシズクは、ロニエに伝える。
そんなシズクの頭をロニエは優しく撫でた。
「シズク。私はヒカル様と共に過ごしたいのです。押し付けられている訳では有りませんよ。私が望んでこうして居るのです」
「でも! ロニエお母様! ロニエお母様は.......」
シズクは唇を噛んで親の敵の様に、光を睨んでいた。
一方、アレスは、豚の魔物、『トーントン』という、鼻から超音波を出して攻撃する魔物を鉄製の剣で倒していた。
そこに、トーントンの群れのボス、『ギングトーントン』を仕留めて戻って来たセレナにボソリと言葉を零した。
「セレナお母さん。お父さんとこのままここにずっと居るつもりじゃないよね?」
アレスの言葉にセレナは軽く応える。
「そうね。私はこのままここに居る気は無いわよ」
「そうだよね! セレナお母さん。なら僕がもう少し大きくなったら.......」
セレナはアレスに皆まで言わせずに言った。
「ふふん。良いわよ。私は貴方達が五歳の時から覚悟はしていたもの好きにしなさい。ダーリン.......パパとロニエママの説得は私がするわ」
「ほんと!? やった。絶対だよ?」
「任せなさい。だからその時は言うのよ?」
こうして、セレナとアレスは秘密の約束をしてその日の狩りを終えた。そのまま、ログハウスに戻ると、日が随分沈んで暗くなっている中、一人で川に釣り糸を垂らしている光を見つけて、セレナは鼻を鳴らした。
「ふふん。今日はきっと大量ね。アレス、私はパパと一緒に戻るわ。貴方は?」
「俺は良いよ。それにどうせ.......何でもない。先に戻るね。セレナお母さん」
「そうしなさい。手は洗うのよ」
「分かってるよ!」
しっかりと、家に入る前に、川の静水を利用した手荒い用の水溜まりでアレスが手を洗うのを確認してから、独り座る、光の元にふあふあ浮きながら近づいていく。
セレナが近づいても光は気付く事無くただ流れる小川を見つめている。
そんな光に声をかける。
「ダーリン、沢山釣れたかしら?」
「ん? セレナ.......もう帰ってきたの?」
光は本当に驚いて、セレナを振り返る。
セレナはそんな光に何も言わずに、光の隣に置いてある、バケツを確認する。
その中には魚一匹入っては居なかった。
それをみてまた鼻を鳴らす。
「ふふん。もう夜よ。ダーリン。全くおっちょこちょいね。隣良いかしら?」
「.......夜なら帰ろうか、また明日釣れば良いよ」
光はセレナの提案を軽く受け流して、川から糸を引き上げて立ち上がる。
きっと時間の感覚すら忘れていたのだろうとセレナは結論する。
「そうね。ダーリン、明日は私と.......」
「セレナは明日も狩りに行くんだよね? 明日こそ沢山釣るよ」
「.......そうね。そうするわ。ダーリンなら明日は大量ね。楽しみだわ」
セレナは光の隣に並びロニエの待つログハウスへと足を進めた。
光と共に手を洗い、魔法で乾かして部屋の中に入り、最近寒くなってきたので暖炉に火を燈す。
セレナは光に気付かれないようにロニエに顔を振る。
今日も光の獲物は無いという合図だ。それにロニエは顔を縦に振ってから夕食の献立を考える。
豚肉のシチューにすることを決めて、バケツを取り出して、水を汲みに外に出ようとする。
そこで光がロニエの手を握り引き止める。
軽く談笑していた、シズクとアレスが面倒臭そうに立ち上がり部屋の奥に向かう。
「ロニエ。どこ行くの?」
「水を汲みに行くだけですよ?」
「ロニエ! ごめん。行かないで! ロニエ! 行かないで!」
涙を流し必死にロニエの手を引く光の手をロニエは哀しそうに重ねて包む。
「ロニエは何処にも行きませんよ」
その言葉にアレスとシズクが僅かに反応したがそれだけで、ロニエの言葉は最後まで続いた。
「ヒカル様、心配ならロニエと一緒に行きませんか?」
「..............いや.......ごめん引き止めて。ロニエ。そうだ! 俺が行くよ」
「そうですね。わかりました。なら、お願いしますね」
ヒカルはロニエに手渡されたバケツを持って外に向かう。その背が消えきってからシズクが言う。
「ロニエお母さん。お父さん一人で良いのですか?」
「そうですね。ならシズク様子を見てきてください」
「ふふん。私が行くわ。シズクはアレスと準備を進めていなさい」
「......セレナお母様ありがとうございます」
ロニエの言葉にセレナがすぐさま反応して、シズクが言いにくそうにお礼を言う。
そんなシズクにセレナは鼻を鳴らして言う。
「ふふん。私が行きたいのよ。あの人の隣は私の特等席だわ。シズクにお礼を言われる事でもないわ」
「ごめんなさい」
「謝る事でもないわよ、まあ良いわ、行ってくるわね」
鼻歌を歌いながら出ていくセレナの背中を見届けた、ロニエはアレスを軽く見つめる。
アレスはビクリと震え、シズクの背に隠れる。
「お母様......アレスをイジメないでください」
「シズク。アレス。ヒカル様......お父様を避けて居ませんか?」
「気のせいですよ。それよりお母様達こそ、お父様に避けれて居ませんか?」
「それこそ気のせいですよ。さあご飯を作りますよ。片付けをしておいてくださいね」
返事する、アレスとシズクは広げていた、おもちゃを片していく。
一方、外に出たセレナは水汲み場で星を眺めている、光を発見する。
手にバケツは無く、ただ無心に空を見つめている。
「何か見えたりするのかしら?」
「ん? 俺なんでこんなとこに居るんだ?」
「ふふん。水を汲みに来たのよ」
セレナは落ちていた、バケツを洗って水を容れる。
それを浮かして光に渡す。
「ほらダーリン、自分でやるのよね? それとも私が運んで行っても良いわよ」
「ん......俺が運ぶよ、でもセレナ、こんな夜中に外に出て何処かに行くの? 狩り? それとも......それとも!! セレナもアルランの」
「ダーリン!! 戻るわよ、私達の家に私とダーリンの二人で戻るわよ」
「うん......そうだよね。戻ろうか」
光はバケツを持って再びログハウスへ向かった。
そのまま、調理をしている、ロニエに手渡して部屋のテーブルに腰を落とす。
そのまま、ただぼーっとアレスとシズクを眺めていた。
料理が出来てテーブルに食器を並べても光は一口たりとも、口にはしなかった。
賑やかな食卓に光の声が響くことは無かった。
そうして、食器を片して、布団を敷いてそこでテーブルに黙って座る光にロニエが声をかける。
「ヒカル様、床に行きましょう。今日はもうゆっくり休みましょう」
「うん。そだね、また明日沢山しないといけないしね。寝ようか」
これが、ここ二年間の天野家は一日だ。少しずつ違うところもあるが基本的には大体同じだ。
朝起きて、昼間は別々に過ごし、夜は皆で寝る。
ただこの日は少し違った。
「ヒカル様、アレス君達はもうすぐ七歳になります」
「うん」
「そろそろ、ひとり寝をさせるべきです。出来れば一人部屋......いえ。子供部屋を作ってあげるべきです」
ロニエが光にこう言い出したからだ。
アレスが少し息を弾ませたがすぐに抑える。アレスは理解している。ここで光が許さなければ何も変わらないことが分かっているから。
その家では天野光の言葉は絶対だ。
だがその天野光は何もしない......いや、してはいるが何もできていない。アレスが物心付いたときから光の感情を見たことが無かった。
父親だと知っているが正直苦手で、早く一人立ちしたいと思っていた。
だから、ロニエお母さんの提案はとても嬉しい事だった。でもそれを表にだして余計な事が起きないようにする。
子供達が息を飲む中、光より先にセレナが口を開いた。
「あら? 別にこのままで良いじゃない! このまま家族全員で寝ても良いと思うわよ」
アレスにとっては重大な事だったが、セレナお母さんには小さい事に過ぎないようで軽く長そうとする。このままでは本当に流れてしまいそうなのでアレスは発言することにした。
「セレナお母さん。俺もそろそろそうしたいと思っていたんだ。それにあの約束もあるし」
「ん? そうね。そうだったわ。ダーリンどうするのかしら?」
セレナは朝のアレスとの約束を思い出して意見を変えて静かに黙考している。光に最後の決定権を託した。
そして、光はセレナの胸に寄り掛かった。
「あら? 久しぶりね。良いわよ......って寝てるわね」
スヤスヤと寝息を発てる光の事を包むようにセレナは抱き上げて、布団に運ぶ。
その光景に、アレスはガクリとうなだれる。
光の決定が無い以上、この件は先に進まない。ここまでだ。
「明日、ヒカル様にもう一度話しましょう。疲れていたようですから、今日は何時も通り一緒に寝ますよ」
「ふふん。ダーリンの隣は私ね」
「駄目ですよ。シズクとアレスの場所です、起きたときにヒカル様が悲しみますよ」
「そうね。それは駄目ね。仕方ないわ。役目を変わってあげるわよ」
セレナの言葉に、シズクとアレスは変わらないで良いよと言いたかったが、おとなしく光の隣で睡眠をとった。
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