境界戦記

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第1章 雨の回廊

デンキドリ

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 回廊に入る前日に滞在した村は、国の山間部とのぎりぎり淵に引っかかっているような辺鄙な村で、これから起ころうとしている戦のことや、都の情勢などもほとんど行き届いていないという様子の村だった。

 そんな村で、デンキドリという聞きなれない名詞を耳にした。

 村人の説明は何とも舌ったらずで、電気を食うとも、電気が通っているともとれるふうな説明をした。その二つの説明のどちらが正しいのかで全然違うが、電気が通っているならば、小さな動物といえ機械の生き残りと言えるものがこんな国内の端っこに残っていた、ということになる。そのときは、実際に目で確かめることはできなかった。デンキドリは通常、山のどこかにいて、時々下りてくることがある程度だという。わざわざ確かめに行ったりしては、それこそ旅の出発を挫かれる思いがして無論、行くこともなかった。

 ミシンは、これから未知の新たな敵を討ちに行こうというときに、千年も前に過ぎ去った戦いの名残のようなものの名を聞いたことに、どことなく出発の縁起を損われた気がしたのだ。が、それだけではなかった。

 翌日の朝ミシンが起きたときに、外で羽音が聞こえ、出てみるとマホーウカがミルメコレヨンの持ち物の弓をつがえている。問い質すと、デンキドリを射殺した、と言う。

 ミシンは、少々の苛立ちを覚えた。射殺した、というが死骸らしきものは見あたらない。マホーウカは消えたと説明したが、それからすぐにミルメコレヨンが部下のもう一人を連れて来た。するとマホーウカは、デンキドリは飛び去ったが、致命傷を与えたので必ずどこかに落ちて死んでいる。だから、射殺したことになるのだ、とミシンのいる前で発言の内容を修正して彼に報告した。それ以上は問い質さなかった。ミルメコレヨンは「殺したのなら手柄だな」とだけ言い、弓を受け取ると歩き去っていった。

 しかし、旅に出て最初の戦果が、旧い戦としか縁のなさそうなデンキドリであり、しかもそれを射たのが、三人いる騎士の誰でもなく、使いの者だということに、ミシンは心を折られる思いがした。これなら何かに出くわして戦い、一敗地にまみれた、という方がずっとましな気がした。

 早めの昼食をとり、村を出る。この日のうちには雨の回廊入りすることになる。山あいを歩いたが、デンキドリは結局ミシンの目で見ることはなかった。

 ミルメコレヨンら三人は、回廊に入る前の不安からなのか別の相談でもあるのか、何がしかの聞き取れないやり取りを後方でひそひそと話すことが多い。

 回廊に着く前、ミジーソが口を開き、
「このミジーソ。雨の回廊に入るのは、久しぶりですぞ」
 そうはっきりした口調で、ミシンに向かって言い放った。
「ミシン殿はお若い。初めてじゃろう?」

 その顔は、かつての自身の冒険行を思い出してでもいるのか、明るい。
 そこには、若い者への自慢のような、自らの経験を伝授してあげようとでもいうような、他意のない年寄りの無邪気が見て取れた。少しミジーソという老騎士がわかった気がする。

 ミジーソはその一言だけで完結してしまったように、笑顔の名残を残したまま前を向く。会話は続かなかった。後方では相変わらず三人が聞き取れない囁きを時折、交わしている。

 歴戦の騎士からの語りかけと、雨の回廊を経験として知っている者がいたということで、それまでのミシンの暗い心持ちは随分と晴れることになった。このタイミングでのこの一言にミシンは打ち解け、以降ミジーソはミシンの良き話し相手となるのだった。
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