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第1章 雨の回廊
ミジーソ
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いつの時代のものかもわからない、錆ついた巨大ないくつもの風車が立ち並び、過ぎていく。山あいを半日近くも歩き、日は暮れかけていた。
風車の連なりが後方に遠ざかると、なだらかに聳える丘のような大きな山が視界前方に現れてきた。すでに辺りは暗く、山は影絵のように見える。
ここへ来るまでの道は申し訳程度の舗装はされ、ところどころの木の枝に無造作に灯かりがかけられていた。そういった灯かりに小虫が飛んでいる程度で、動物の気配も少なく、危険な様子は感じられなかった。山に連なる木々の奥から、ギー、ギーと油のきれた音のような声で何かが啼くのを二、三度聞いたが、正体はわからなかった。
「あの前方の山の頂を見なされ」
ミジーソが指差して言い、その方向を全員が見た。ミジーソは言いながら、馬を下りている。頂には、灯かりらしきものが見える。ここからだと遠く小さな灯かりだが、山の高さを考えると大きな建て物なのか、今ひとつ判別はつきがたかった。
「あの明かりはなんじゃ」
ミルメコレヨンが目を細めている。
「ミジーソ、なぜ馬を下りるのです? 馬では行けないのですか」
ミシンが問いかける間にミジーソは大きな老体を、木にもたげかける。
「あれが、雨の回廊の入り口になる。あそこまではまだ遠い。ここで一休み入れていかぬと、途中でばてるわい」
ミジーソは懐から取り出した水筒を馬の口につける。
「ふん……」
ミルメコレヨンは意図のわからないぼやきを出して馬を下りる。二人の部下も無言でそれに従う。
前方に、その頂が雨の回廊の入口になっているという山を見ながら、その丘陵へ差しかかろうというここで、ミジーソの言を入れ一時の休息となった。
幾分、ゆったりと開けた場所だ。周囲を囲む木々には、確認できるだけで四つ、灯かりがかかっていて、夜になっても魔が近づくことはない明るさは確保できていると思えた。
一つ、いちばん離れてある灯かりのところにミルメコレヨンらは馬をつないでいる。一人、姿が見えない。すでに辺りは暗いので、離れているとよくわからないがおそらくマホーウカか。一人でいるのを好む男だ。それにしてもあまりに規律がなく、勝手な行動をされるようでは困るが、とミシンは思った。だけど彼らにそう言いつけられなくても仕方はないとも思った。聖騎士といえ同行の者らよりずっと年若いのだし、まだ何の戦功もないのだ。ウサギを狩るのが上手いくらいで。
優秀な新しい騎士には、その教育や旅の同行に優秀な老騎士や城仕えの者が付けられる。自分はどういう判断をされたのだろう、とミシンは思った。
灯かりのかかっている二つの木の間の木を背に、ミジーソは目を閉じている。眠ってはいないようだ。ミシンも馬に水を与え、食糧も分けておいた。国から与えられた馬は利口で、おとなしかった。馬に関しては五頭のどれもがそうだ。
ミシンはミジーソの隣、灯かりの木の下に腰を下ろした。小さな缶を荷から取り出して、ビスケットをかじる。
「ひとつ」
気づくと、ミジーソが大きな手を伸ばしてきている。
「よいかな?」
「ええ。どうぞ」
一欠けら、ビスケットを渡す。ミジーソは早速それをかじる。
「この味はわしは知らんな」
「学院で売られているお菓子です。最近は毎年、味を変えているそうです。僕は、昨年のものが好きだった」
「フム。学院は今年、何人の騎士を出した?」
「今年は、僕一人です。昨年が四人。この四人は皆、優秀だったと聞きます。その一昨年が三人。境界へ赴く任は、この一昨年までの八名の騎士が受けていると聞きました。皆それぞれ、違う別の方角の雨の回廊を目指しました。それぞれがそれぞれの境界の地で、何らかの任務を負っているはずです。その内容を計り知ることはできませんが……
ミジーソ、雨の回廊とは? あなたがあの入り口に行ったのはいつのこと?」
「フム。さあて、いつくらいの昔か、わかるか?」
ミジーソはそう言ってミシンに問い返してくる。そんなふうに返されても、見当もつかない――ミシンは首を降った。
「厳密には、」ミジーソはそう言って、山の頂きの明かりの方を見る。「あそこにはわしは行ったことはない」
「えっ? だけどあなたは……」
「雨の回廊は、この都を囲う世界の四方八方にあることは知っているな。わしが昔行ったことがあるのは、南にあるその一つじゃった。が、雨の回廊はどこでも同じじゃ。この都を囲う世界と、境界とをつないでいる、それが雨の回廊……じゃ」
ミジーソは、最後にあくび一つして言い終えた。
「そうでしたか」
境界に行ったことがあるには変わりない。ならば、心強い。
「ミジーソ。あなたはでは境界の敵を斬ったことも」
「フム。ある……」
ミジーソはその手をただ静かに見つめた。それからまた一つ、あくびをした。
風車の連なりが後方に遠ざかると、なだらかに聳える丘のような大きな山が視界前方に現れてきた。すでに辺りは暗く、山は影絵のように見える。
ここへ来るまでの道は申し訳程度の舗装はされ、ところどころの木の枝に無造作に灯かりがかけられていた。そういった灯かりに小虫が飛んでいる程度で、動物の気配も少なく、危険な様子は感じられなかった。山に連なる木々の奥から、ギー、ギーと油のきれた音のような声で何かが啼くのを二、三度聞いたが、正体はわからなかった。
「あの前方の山の頂を見なされ」
ミジーソが指差して言い、その方向を全員が見た。ミジーソは言いながら、馬を下りている。頂には、灯かりらしきものが見える。ここからだと遠く小さな灯かりだが、山の高さを考えると大きな建て物なのか、今ひとつ判別はつきがたかった。
「あの明かりはなんじゃ」
ミルメコレヨンが目を細めている。
「ミジーソ、なぜ馬を下りるのです? 馬では行けないのですか」
ミシンが問いかける間にミジーソは大きな老体を、木にもたげかける。
「あれが、雨の回廊の入り口になる。あそこまではまだ遠い。ここで一休み入れていかぬと、途中でばてるわい」
ミジーソは懐から取り出した水筒を馬の口につける。
「ふん……」
ミルメコレヨンは意図のわからないぼやきを出して馬を下りる。二人の部下も無言でそれに従う。
前方に、その頂が雨の回廊の入口になっているという山を見ながら、その丘陵へ差しかかろうというここで、ミジーソの言を入れ一時の休息となった。
幾分、ゆったりと開けた場所だ。周囲を囲む木々には、確認できるだけで四つ、灯かりがかかっていて、夜になっても魔が近づくことはない明るさは確保できていると思えた。
一つ、いちばん離れてある灯かりのところにミルメコレヨンらは馬をつないでいる。一人、姿が見えない。すでに辺りは暗いので、離れているとよくわからないがおそらくマホーウカか。一人でいるのを好む男だ。それにしてもあまりに規律がなく、勝手な行動をされるようでは困るが、とミシンは思った。だけど彼らにそう言いつけられなくても仕方はないとも思った。聖騎士といえ同行の者らよりずっと年若いのだし、まだ何の戦功もないのだ。ウサギを狩るのが上手いくらいで。
優秀な新しい騎士には、その教育や旅の同行に優秀な老騎士や城仕えの者が付けられる。自分はどういう判断をされたのだろう、とミシンは思った。
灯かりのかかっている二つの木の間の木を背に、ミジーソは目を閉じている。眠ってはいないようだ。ミシンも馬に水を与え、食糧も分けておいた。国から与えられた馬は利口で、おとなしかった。馬に関しては五頭のどれもがそうだ。
ミシンはミジーソの隣、灯かりの木の下に腰を下ろした。小さな缶を荷から取り出して、ビスケットをかじる。
「ひとつ」
気づくと、ミジーソが大きな手を伸ばしてきている。
「よいかな?」
「ええ。どうぞ」
一欠けら、ビスケットを渡す。ミジーソは早速それをかじる。
「この味はわしは知らんな」
「学院で売られているお菓子です。最近は毎年、味を変えているそうです。僕は、昨年のものが好きだった」
「フム。学院は今年、何人の騎士を出した?」
「今年は、僕一人です。昨年が四人。この四人は皆、優秀だったと聞きます。その一昨年が三人。境界へ赴く任は、この一昨年までの八名の騎士が受けていると聞きました。皆それぞれ、違う別の方角の雨の回廊を目指しました。それぞれがそれぞれの境界の地で、何らかの任務を負っているはずです。その内容を計り知ることはできませんが……
ミジーソ、雨の回廊とは? あなたがあの入り口に行ったのはいつのこと?」
「フム。さあて、いつくらいの昔か、わかるか?」
ミジーソはそう言ってミシンに問い返してくる。そんなふうに返されても、見当もつかない――ミシンは首を降った。
「厳密には、」ミジーソはそう言って、山の頂きの明かりの方を見る。「あそこにはわしは行ったことはない」
「えっ? だけどあなたは……」
「雨の回廊は、この都を囲う世界の四方八方にあることは知っているな。わしが昔行ったことがあるのは、南にあるその一つじゃった。が、雨の回廊はどこでも同じじゃ。この都を囲う世界と、境界とをつないでいる、それが雨の回廊……じゃ」
ミジーソは、最後にあくび一つして言い終えた。
「そうでしたか」
境界に行ったことがあるには変わりない。ならば、心強い。
「ミジーソ。あなたはでは境界の敵を斬ったことも」
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