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6 始まりの村で診療所を任されました
しおりを挟む本日、凱旋祝賀式典が行われているであろう王都ラークからトル村までは馬車を利用しても半日かかる距離にある。
祝福のファンファーレや人々の喜ぶ声なんて到底届くはずもないのに、リーゼの心はどこか重く苦しかった。
今日はトル村でも勇者が生まれた村として、王都よりだいぶ規模は小さいが祝いの祭りがあるらしい。昨日の夜から村人以外の観光客や旅人が小さな村に集まってきていて、広場にはいつもより多くの人がいた。
◇◇◇
リーゼは昨日で教会の診療室で行っていた治癒術師としての仕事を終わりにしてもらっていた。
『セーラさんがずっとこの村にいてくれると嬉しいんですけど』と、寂しそうに言った神父様に、リーゼは巡礼の途中なので次の街に移動することを伝えた。
『短い間ですが、お世話になりました』と、リーゼが両手を合わせると、神父様は微笑んで『こちらこそ助かりました』と、リーゼの食生活を心配してか、餞別にドライフルーツが入った瓶をいくつか持たせてくれた。
勇者ナイルが凱旋祝賀式典後の翌日にこの村に帰ってくるのであれば、リーゼは鉢合わせしないようにその前にこの村から出ていかなくてはならない。
本当は今日中に出立したかったリーゼだが、村の祭りの関係上、馬車の席が埋まってしまっており、仕方なく明日の朝一番の便の予約を取った。
なので神父様のご厚意に甘えて、七日目となれば慣れ親しんだ診療室に今夜も泊まらせてもらうことにした。
祭りといっても田舎の村には王都のように吹奏楽団や金管楽器隊なんてものは存在しない。
しかし、広場では吟遊詩人が唄をうたっていたり、大道芸人が芸を披露していたり、子供が勇者ナイルの格好をして遊んでいたりと、どこか楽しそうでリーゼも形の良い唇をわずかに上げて小さく微笑んだ。
祭りに参加する気はさらさらなかったリーゼだが、腕輪にしていた錫杖を元の長さまで引き伸ばすと、教会の窓からこっそり右手を伸ばした。
そして、軽く錫杖を振り上げ、広場に向けて花弁を散らした。
「お母さん、見て!お花が降ってきた!」
「きれ~」
「どこからこんな量の花を持ってきたんだ!」
「この花びら、触ると消えちゃう……」
広場にいる人々は、突然舞ってきた花弁に驚いたり、喜んだり、触ってみたりさまざまで皆忙しそうにしていた。
幻想術を応用した花びらは触れると消えてしまうが、香りは残る。
「お花のいい匂いがする~」と、手の匂いを一生懸命に嗅いで興奮した様子の女の子に、リーゼは思わずくすっと笑ってしまった。
夕方になり、リーゼはお祭りに浮かれた人々の流れに逆らうように一人歩き、トル村の裏にある山へと向かった。
三年前にもナイルを説得するために、魔獣狩りに行った彼を追いかけてこの山に入ったことがあった。
リーゼは今でこそ舗装された道をゆっくり歩いているが、当時は道があるなしに関係がなく山道を踏み抜いて登っていったナイルに、リーゼは途方に暮れた。
神殿から出たばかりのリーゼは当然のごとく山道なんてものを歩いたことがない。
『はいはい、お姫様はここで待ってろよ』と、呆れたカインの金髪の後ろ姿が離れていき、置いていかれそうになったところでリーゼは、慌てて男の服の裾を掴んだ。
白い革靴は山の中の木の根のせいで盛り上がった土の道や、ゴツゴツと不安定な砂利道に向いていなかった。途中、何度もずり落ちたり転びそうになり、その都度カインに腕を引っ張って支えてもらった。
『だから待ってろって言っただろ』
結局一人山道を軽々と登って行ったナイルにも会えずに、山を下りた時にはリーゼはぼろぼろだった。裾の長い真っ白な祭服はところどころ破れたり汚れたりしていて、もうこの一着は捨てなければいけないだろうなと思った。
やっと舗装された道に辿り着き、カインの後ろをとぼとぼと歩いたリーゼは『……申し訳ない』と、素直に謝った。
『何が?』
『……足手まといになってしまって申し訳なかった』
『あー気にすんな。人には得意不得意がある』
カインは歩みを遅くしてリーゼの隣に並んだ。
そのまま肩を組まれて『お姫様にはちょっときつかったな!』と、揶揄われたところで、リーゼは我慢の限界がきて、カインの足を思い切り踏みつけた。
葉擦れの音にリーゼは意識を呼び戻した。辺りはもう薄暗くなっている。
この記憶はこの山に置いていこうとリーゼは瞼を伏せた。
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