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17 獣人の村で保育士をします
しおりを挟む「リーゼ! こっちであそぼ!」
「だーめー! リーゼはわたしとあそぶのー!」
ふわふわの耳を持った小さな子どもたちが、リーゼの腕をそれぞれ引っ張る。頑張って力を入れているのか、腕を肉球で押されるたびに尻尾がゆらゆらと揺れていて、リーゼは見ているだけで癒される気持ちになった。
しかし、そろそろ止めないと喧嘩になってしまうので、リーゼは引っ張ってくる二人の前にしゃがみ、視線を合わせてから声をかける。
「最初にミンクルーたちと人形遊びをしてから、次にドギーたちとボール遊びをする。順番に遊ぼう。それで良いか?」
微笑んだリーゼが問いかけるように頭を傾けると、犬獣人のドギーと鼬獣人のミンクルーは照れたように頷いた。
「リーゼだいすきー!」
「リーゼお花のにおいするー!」
そう言って抱きついてきた子どもたちに、リーゼはくすりと笑みを溢した。喧嘩しなかったことを褒めるように二人の小さい頭を撫でる。
嬉しそうに動くふわふわとした耳が可愛かった。
「じゃあ先に人形遊びをしようか」
「うん!」
そう言って膝に手をついて立ち上がりミンクルーと手を繋ぐと、ボールを抱えたドギーは「リーゼ! そとでまってるから、はやくきてね!」と念を押すように言い、外へと駆けていった。
リーゼは今、獣人の暮らす村──シャトン村にいた。
砂漠の町イスワンを離れたリーゼは、砂漠を越えたあと馬車に乗りこみ、森へと入った。
獣人は様々な理由から警戒心が非常に強い。生い茂った森の中でひっそりと集団で暮らしている獣人たちの元へ、以前の旅をなぞっているリーゼは、今回ふたたび訪れていた。
この獣人村シャトンでは、リーゼは正体を隠すことをやめた。
彼らは嗅覚や聴覚が発達しているので、おそらくリーゼが変装してもバレてしまうのと、この村は閉鎖的なので他の町から人が集まってしまう等のことを心配する必要がない。
以前に足を踏み入れた時と同じように仲間意識の強い彼らに馴染むため、途中でバッグの中から獣人変身薬の瓶を取り出して飲んだ。
獣人変身薬とは十日ほど獣人になる薬だ。しかし本物の全身が毛に覆われた獣人達とは違い、獣の耳と尻尾が生える程度で獣人というよりは半獣人になる薬だった。
この薬は飲むと、その人の身体に合った獣の耳と尻尾が生えてくる。
前の時と同じようにリーゼには今回も真っ白な猫の耳と尻尾が生えてきた。手を頭までもっていき耳に触れ、ふわふわな手触りを楽しむ。ちゃんと動かせて、触っている感覚があるから不思議だった。
リーゼは初めてこれを使った時に『なんで俺は犬なんだ』と憤っていた男のことを思い出した。
シャトン村へと向かう馬車の中で足をイラついたように揺すりながら『もっとあんだろ、獅子とか狼とか熊とか強そうなもんが』と憤る金髪の男──騎士カインに、こちらも不満そうに頬を膨らませた召喚士ハンスが『良いじゃん犬。 僕リスだよ? なんで小動物なの?』と納得いかないという感じで言った。
『おれ身長小さいからかなー』と落ち込みはじめたハンスを無視したカインは勇者であるナイルの方を見ると『お前は熊か』と、チッと舌打ちをした。
ナイルは余裕の表情を浮かべて、腕を組んで背もたれへと寄りかかった。
『リーゼは何だろうね?楽しみだなぁ』とハンスに言われ、飲む決心が付いていなかった神官リーゼは、その急かすような言葉に意を決して瓶の中身を煽った。
『……わ』
体が一瞬だけ熱くなったと思ったら、ポンっと弾むような軽い音がした。その音と同時にリーゼには猫のような白い耳と尻尾が生えた。
『わぁ、リーゼは猫だ! 似合ってる! かわいい~!』
手を合わせて嬉しそうなハンスの言葉に、リーゼは自分の頭へと手をのばして猫の耳を触ってみた。ちゃんと感覚があってしかもふわふわとした触り心地に思わず微笑んでしまう。
『……っ!』
ふと前を見ると向かい側の席に座っていたカインと目が合ったが、すぐに顔を逸らされてしまった。何かしてしまったか?と訝しげにリーゼはカインを眺めたが、座席の上でぱたぱたと暴れる犬の尻尾が目に入り、目を奪われる。
リーゼはどうにか触らせてもらえないだろうかと密かに企んだ。
◇◇◇
鼬獣人のミンクルーや他の獣人の女の子たちと一緒に人形遊びをし終えたリーゼは、今度は約束していたボール遊びに参加するために外に出た。
人形遊びをし終えたと言っても、人形を一つ渡され、自由に役を作って会話に入れと女の子たちに言われたリーゼは、人形を両手で握ったまま入る機会を伺い過ぎて「ぜんぜんだめね、リーゼ」、「れんしゅーしてきて」と課題を出され追い出されてしまった。
リーゼは園庭で楽しそうにボールを投げ合っている犬獣人のドギーたちの姿を見つけて傍へ行こうとしたが、視線を少し動かすと、奥で一人で座り込んでいる獅子獣人の子どもを発見した。
「あー! リーゼきたー! こっちだよー!」
「少し待っていてくれ」
リーゼはドギー達に声をかけて待つように伝えた。先に奥で座り込んでいる子どもの元へ行き、様子を伺おうと思ったのだ。
「レオ、どうしたんだ?」
獅子獣人の子ども──レオは地面に膝を抱えて座っていて、リーゼが声をかけると小さな体をぴくりと震わせた。
「一緒に遊ばないか?」
そう言ってリーゼは屈むと白い祭服が汚れるのもお構いなしに、レオの横に腰掛けた。そんなリーゼのことをレオはちらりと一瞬だけ見ると、うつむいて首を振った。
「何か悩みでもあるのか?」
また首を振って否定される。それどころかその小さな手でリーゼを押しやりながら、レオは「あっちいって」と言ってきた。
リーゼはその取り付く島のなさに一旦時間を置こうと後ろ髪を引かれる思いをしながらも立ち上がった。
「リーゼやっときたー」
「おそいよー」
ボールで遊ぶドギーたちのところまで戻ると、獣人の男の子たちはリーゼに抱きついてきて遅れたことを咎めた。
眉を下げながら「申し訳ない」と言ったリーゼは、謝罪の意を込めて群がる小さな頭を一つ一つ撫でていく。
しばしそうして戯れていたリーゼと獣人の男の子たちであったが、くんくんと長い鼻を鳴らしたドギーが「リーゼのにおいすきー」とリーゼの腹の部分に顔を埋めてきた。
リーゼは少しだけ驚いたが好きにさせてやろうと思い、そしてそれが徒になるとは思わなかった。
考えるように眉を寄せたドギーは「でもすこしべつのオスのにおいがする」と不思議そうに顔を顰めた。
その瞬間リーゼの白い尻尾は焦ったように地面を叩き、耳はぴくぴくと落ち着きがなくなった。
「リーゼさん、ありがとうございました。みんなリーゼさんが来てから嬉しそうで、嬉しそうで。明日もよろしくお願いします」
眼鏡をかけた山羊獣人のカプラにお礼を言われて、リーゼは「私も楽しいので、感謝は必要ないです」と首を振った。
カプラはこのシャトン村にある保育園の保母だった。
既に老婦といった歳なので、元気盛りの子ども獣人の遊び相手にはなることが出来ないと以前から嘆いていたらしく、リーゼはここに来てからお礼を言われていた。
「ではまた明日」
「はい、よろしくお願いします」
カプラに頭を下げ、リーゼは保育園を出る。入り口で待っていた獅子獣人の子どもに「おまたせ、レオ」と声をかけると、そのままその小さな手を引いて歩き出した。
リーゼはこのシャトン村に三日前に訪れてから、勇者一行の一人、獣人ジノ・ガルグの家にお世話になっている。レオはジノの息子で、ガルグ家の長男だった。
リーゼは困っていたジノに頼まれて、最近はレオと一緒に保育園に登園している。
ジノはここ最近レオに元気がないことにとても悩んでいた。
「レオ、どうしたんだ」
とぼとぼと俯いて歩くレオに、リーゼは声をかける。
毎日この調子で思い詰めていて、リーゼはそろそろ可哀相になってきていた。
「レオ、話してくれたら力になれるかもしれない。私に話してみる気はないか」
リーゼの問いかけにやはりレオは俯いたまま首を振った。このやりとりももう十数回目で、リーゼは心が重くなった。
(こんな小さな子が悩むことって何だろうか)
リーゼには子どもの悩みが分からない。リーゼは物心ついた時には既に教会にいて、言われたことだけをして生きてきた。
毎日規則正しく自分を律しながら生活をしていたものだから、悩むなんて感情は旅をしてから初めて知った。
隣を歩くレオの細長い尻尾は内側へと丸まっている。耳も垂れていて本当に悩んでいることが知れる分、リーゼも辛かった。
ガルグ家は二階建てのレンガ造りの一軒家で、家の中は家庭的な雰囲気がただよい温かった。
リーゼとレオはガルグ家へと帰ると、いつものように軽く身支度をしてから家族の待つリビングルームにやってきた。
キッチンではジノが赤茶色の長いたてがみを一纏めに縛り、毛が落ちないようにしてから得意の料理をしていた。
ジノの番でレオの母親のニナは、その大きなお腹を労わるように椅子に座り、新しく生まれてくる子へと編み物をしている。
リーゼも滞在三日目になると見慣れてきてその家庭の温かい様子に自然と口角が上がった。
「レオ、リーゼさんおかえりなさい」
「おう、二人ともおかえり」
二人の帰宅に気づいたジノとニナが口々に言う。リーゼはそれに頭を軽く下げ目礼で返したが、レオは返事もせずに無言で食卓へとついた。
ジノが作った料理が並べられる。テーブルには肉料理がメインでスペアリブや肉野菜炒め、チキンソテーなど獅子が好むであろうメニューでいっぱいになった。
旅の途中、よくジノが作ってくれていたリーゼの好きなビーフスープも用意されていて、リーゼは心が温まる思いになった。
白い髪を耳にかけて、匙ですくって一口飲み「ジノのスープはやはり美味しいな」と変わらない味に大満足する。
ジノは「そりゃよかった!」と口を大きく開けて笑った。
「レオ、今日保育園どうだった?」
ニナがその長いまつ毛を瞬かせながら問う。レオはいつものように無視をして、黙々と肉に食らいついていた。
「レオ、聞こえてるだろう」
ジノが困ったように問いかけてもやはりレオはそっぽ向いて、粗方食べ終わると席を立ち、食器を片付けた後、リビングルームから出て行ってしまった。
リーゼは滞在三日目にしてこの光景も既に見慣れてしまっていた。
(どうにかならないだろうか)
ため息をつき、互いに肩を寄せ合う獅子夫婦を前にしてリーゼは思う。
風呂を借りたリーゼは、現在寝起きさせてもらっているゲストルームへと戻り、明日に備えてベッドに入ろうとしていた。
その時、コンコン、と扉の低い位置から小さくノックされる音が部屋の中に聞こえてきて慌てて扉へと向かう。
「レオ、どうしたんだ?」
扉を開けるとやはりそこに立っていたのはレオで、リーゼは背を屈ませて安心させるように微笑み、レオを部屋の中へと通した。
枕を持っていたので、ベッドへと一緒に上がると寝転んだ小さな体と一緒に布団にこもる。カイン以外とは今まで寝床を共にしたことがないリーゼだったが、毛で覆われた小さい体は温かく、一緒に寝ていて心地よかった。
「リーゼ、あのね、きーてくれる?」
暗い部屋の中で、話の腰を折らないように「いいよ」とリーゼは優しく囁く。
「ぼくね、もーすぐおにいちゃんになるの」
「うん」
「とうちゃもかあちゃもみんなも、よかったねっていうけど、ぼくはうれしくない」
「どうして?」
「だっておにいちゃんになったら、おにいちゃんになったら……」
ぐすぐすと泣き出してしまった小さな獅子に、リーゼは安心させるようによしよし、と布団の上からその震える肩をさすってあげた。
「お兄ちゃんになったら?」
「おにいちゃんになったら、みんなぼくのこときらいになっちゃう」
「なんでそう思うんだ?」
出来るだけ優しく、ずっと言えずに秘密にしていた小さな心の中に問いかけるようにリーゼは聞いた。
「とうちゃもかあちゃも、あかちゃんのはなしばっかして、ぼくのことしらないふりする」
「うん」
「ともだちもみんなぼくのことじゃなくて、あかちゃんのこときいてくる」
「うん」
「ぼくのこと、もういらないみたい」
ついにガウガウと大きく泣き出してしまったレオを慰めるように、リーゼはトントンと彼の胸の辺りを優しく叩いた。
徐々に息を落ち着かせていくレオにリーゼは「私の話を聞いてくれるか?」と柔らかく言う。
「私には親も兄弟も昔からの友達も、誰一人いないんだ」
「……え、そーなの?」
「うん。だから家族や友達のことはよく分からない。けど、これだけは言える」
「なに?」
「みんなレオのことが大事で大好きだ。いらないなんて思わないで」
「ほんと?」と、また目元を涙で滲ませたレオに、それを袖で拭いてあげながらリーゼは「見ていたら分かる」と微笑んだ。
「レオのお父さんとお母さんもレオのこと心配していた」
「うん」
「保育園の友達だってレオと早く遊びたいって」
「……うん」
「それに生まれてくる赤ちゃんだって、きっとレオがお兄ちゃんだったら嬉しい」
「…………うん」
ふたたびガウガウと泣き出したレオは、それでも自分の袖で涙を拭うと「ぼく、おにいちゃんになる」と力強く言った。
そんなレオの頭を褒めるように撫でながら「ゆっくりでいい。焦らずゆっくりお兄ちゃんになっていけばいい」とリーゼは優しく言った。
暗く夜を迎えた部屋の中、「ねむれない」と甘えてきたレオに、リーゼは魔力文字を応用して赤く光る獅子の絵を描いてみせた。しかし、リーゼはあまり絵が上手くなく、レオはリーゼの人差し指を掴むと「こーかくんだよ」と代わりに描いて教えてくれた。
ようやく眠りについた小さな獅子に、リーゼは「大丈夫、レオはいいお兄ちゃんになれる」とまだたてがみの生えていない頭を撫でながらそう言った。
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