マトリョーシカ少女

天海 時雨

文字の大きさ
12 / 34

思わぬ関わり

しおりを挟む
「……怪我の手当ては終わりました。頬は腫れているだけなので冷やせば大丈夫ですが、肩の打撲や左足首の怪我は比べるとひどいです。一応病院に行って検査して下さい」

 白衣をまとっている女医が言った。奏より一回りほどは年が下なのだろう──まだ二十歳だ。

「分かったわ……ありがとう、凛」
「いえ……久しぶり、と言っていいのでしょうか?」
「えぇ、凛を呼ばずして会いたかったけれど……医者を呼んで幸せなことはないわ」
「はい」

 奏の側に座る黒髪の長髪、そして名の通りとした目をした女性。彼女は、藍咲組専属の医者、瀬戸 凛せと りん

「……では、私は失礼します」
「えぇ、ありがとう」



「……それで、なぜ母上は紗凪を?」
「……静月、覚えていないのね。紗凪は昔から、藍咲と関わりがあったわ」
「え!?」

 紗凪達と初めて会った時、不意に静月の脳裏を掠めた記憶。それが纏っていた濃い霞が、今消えようとしていた。

「悠月もそうね……よく貴方達とも遊んでたわ」

 遠くを見るような感傷的な瞳だ。

「え……俺は全く覚えてません……」

 頭に手をつけ、信じられないと言わんばかりな静月。

「それも仕方ないような気がするわ。なにせあなたが最後に会ったのは……小学校四年生の終わりだから」
「なぜそんなに中途半端なんですか?」
「あの子達が出て行ったからよ。小さい頃から、無駄に頭と要領は良かったし……人一倍責任感もあったわ」

 瞳の感傷の色を深め、奏は溜め息をついた。

「なんでそんな……」
「これは悠月も関わってくるわ。弦が帰ってから話すわね。それよりも、私の娘とも言っていい存在にこんな事をした奴の名前は?」
「驚かないでほしいですが、佐奈田です」
「脅された可能性が高いわね。とりあえず悠月と話す事も必要だけど……推測はできるわ」
「そうですか。では弦を待ちましょう」
「えぇ、そうね」



「──ん、いった……」

 ぱちりと目を開けた紗凪がゆっくりと起き上がる。

「あら、気がついた? 良かった。頭痛はする?」
「しないです。……お久しぶりです、奏さん」
「えぇ、久しぶりね。相変わらず綺麗なグレー……色素は沈着しなかった?」
「年齢的に、色素が沈着する可能性は低いそうで、多分目の色ももう変わりません。医者が言っていました」
「あぁ、カラコンは外してね。貴女を覚えている組員が怪しんでしまうから」
「まだいるんですか?」
「若かった者はね。凛もまだいるわよ?」

 起き上がった紗凪のすぐ横に控えた。

「あ、凛さん……ひょっとして手当ても?」
「えぇ、そう。少ししたら病院へ行くわよ。貴女左足首と右肩がひどいんだから」
「大して痛くないですが」

 首を回し自身の右肩を見つめる。はだけた浴衣の向こうには包帯の巻かれた痛々しい肩があるのだろう。

「足首はヒビが入ってるわ。右肩は脱臼しかけ」
「あー……入院ですか?」
「それはさせないわ。誰かが入りかねない……それに貴女も悠月を探したいでしょう?」
「はい」
「足首も肩も、治るのにそう時間はかからないそうよ。でも無理は禁物ね」
「えぇ……ありがとうございます」
「さて、そろそろうちの子になる覚悟は?」

 ふふんと笑い、奏は重い空気など忘れ去ったようにいたずらっぽく笑った。

「ふふっ……私は葵と裕翔の子ですよ」
「……母上、お忘れですか?」

 静月はどこか不満げに言った。

「ぷっ、くすくす……そうだったわね静月。もうこの話は無しにしましょう。貴女は永遠にアオとヒロの子供なのだから」
「はい。……あの、静月に何の関係が?」
「な、なんでもない! いいから寝ろ!」
「え、だって病院……」
「運ぶから心配すんな!」
「物みたいに言わないでよ……もー。まぁ、眠いけど、ふぁあ……」
「寝ても構わないわ。あぁ、私はコウに説明してくるわね」
「申し訳ありません、あとで挨拶させていただけますか……?」
「そんなに畏まらなくていいの。ほら、眠たいなら寝ていいわ。コンタクトは外しなさいね」
「はい、ありがとうございます」

 始終ゆったりとした話し方、そして人を落ち着かせる笑みを浮かべていた奏。その効果のようなものは、紗凪をも落ち着かせた。

「……ん、眠ぃ」
「ほんとに寝て大丈夫だぞ? 無理する事ねぇし……」
「んぅー……いい」
「答えになってないぞ。……ほら、寝とけ」
「ん、身長でかいからって頭撫でるな……」
「なんかさらさらそうだなっと」
「変態……」
「はっ、男はみんな狼だろ」

 静月の身長が180cmほど。紗凪が寝転んで体だけを起こし、静月がそのまま立った状態であれば、1mあるかないかぐらいまで差が生まれる。
 紗凪たちとはまた違った笑みを浮かべている静月。
そしてその笑みの意味は、嘲笑というよりも自慢のような笑みだった。

「……ごめん、落ちる」
「え!? ちょっ紗凪っ!」
「ん……ぅ」
「っ、ったく!」

 がくりと落ちた頭を支え、起こさないようゆっくりと布団に寝かせた。

「ふふふっ、天然の破壊力かしら?」
「っ、母さん!?」
「あら、素が出たわね。ダメよ、誰に見られているかも分からないのだから。姐様と呼びなさい」
「あぁ……はい」
「ふふ、紗凪は可愛いからね。仕方ないけど……静月は少し違うようね?」

 紗凪の髪をゆっくりと撫で、言った。

「…………」
「ふふ、父に相談するぐらいなら、ガンガンアタックすればいいのに」
「それは弦にも言ってください」
「そうね? 弦は悠月か……悠月と静月がもしくっついてたら、月月ペアになってたわね」
「それはあり得ません」
「こーら、断言しないの。悠月に失礼よ?」
「……俺は、その──」
「ふふふっ、紗凪しかいない? 大胆ねぇ。起きてるかもしれないわよ?」

 いたずらっぽい笑みをさらにさらに深める。

「っ!」
「冗談よ。その子は眠りが深いわ」
「びっくりさせないでください」
「あら、いいじゃない。息子の恋の相手が知ってる子だったんだから?」
「……なんで、出て行ったんですか?」
「さぁね、知らないわ。聞いてみるのも悪くないかもね。その推測を私が話すにしても、病院に行った後よ」
「……じゃあ、これだけ教えてくれませんか?」
「いいわよ、なぁに?」
「紗凪は、キツい思いをしましたか?」
「……そう、ね。したと思うわ」

 奏は、その言葉の続きを放つ。

「……でもその苦労は」

 途切れているか、分からないわよ、と。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。 婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」 静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。 夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。 「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」 彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

処理中です...