マトリョーシカ少女

天海 時雨

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思わぬ関わり

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「……怪我の手当ては終わりました。頬は腫れているだけなので冷やせば大丈夫ですが、肩の打撲や左足首の怪我は比べるとひどいです。一応病院に行って検査して下さい」

 白衣をまとっている女医が言った。奏より一回りほどは年が下なのだろう──まだ二十歳だ。

「分かったわ……ありがとう、凛」
「いえ……久しぶり、と言っていいのでしょうか?」
「えぇ、凛を呼ばずして会いたかったけれど……医者を呼んで幸せなことはないわ」
「はい」

 奏の側に座る黒髪の長髪、そして名の通りとした目をした女性。彼女は、藍咲組専属の医者、瀬戸 凛せと りん

「……では、私は失礼します」
「えぇ、ありがとう」



「……それで、なぜ母上は紗凪を?」
「……静月、覚えていないのね。紗凪は昔から、藍咲と関わりがあったわ」
「え!?」

 紗凪達と初めて会った時、不意に静月の脳裏を掠めた記憶。それが纏っていた濃い霞が、今消えようとしていた。

「悠月もそうね……よく貴方達とも遊んでたわ」

 遠くを見るような感傷的な瞳だ。

「え……俺は全く覚えてません……」

 頭に手をつけ、信じられないと言わんばかりな静月。

「それも仕方ないような気がするわ。なにせあなたが最後に会ったのは……小学校四年生の終わりだから」
「なぜそんなに中途半端なんですか?」
「あの子達が出て行ったからよ。小さい頃から、無駄に頭と要領は良かったし……人一倍責任感もあったわ」

 瞳の感傷の色を深め、奏は溜め息をついた。

「なんでそんな……」
「これは悠月も関わってくるわ。弦が帰ってから話すわね。それよりも、私の娘とも言っていい存在にこんな事をした奴の名前は?」
「驚かないでほしいですが、佐奈田です」
「脅された可能性が高いわね。とりあえず悠月と話す事も必要だけど……推測はできるわ」
「そうですか。では弦を待ちましょう」
「えぇ、そうね」



「──ん、いった……」

 ぱちりと目を開けた紗凪がゆっくりと起き上がる。

「あら、気がついた? 良かった。頭痛はする?」
「しないです。……お久しぶりです、奏さん」
「えぇ、久しぶりね。相変わらず綺麗なグレー……色素は沈着しなかった?」
「年齢的に、色素が沈着する可能性は低いそうで、多分目の色ももう変わりません。医者が言っていました」
「あぁ、カラコンは外してね。貴女を覚えている組員が怪しんでしまうから」
「まだいるんですか?」
「若かった者はね。凛もまだいるわよ?」

 起き上がった紗凪のすぐ横に控えた。

「あ、凛さん……ひょっとして手当ても?」
「えぇ、そう。少ししたら病院へ行くわよ。貴女左足首と右肩がひどいんだから」
「大して痛くないですが」

 首を回し自身の右肩を見つめる。はだけた浴衣の向こうには包帯の巻かれた痛々しい肩があるのだろう。

「足首はヒビが入ってるわ。右肩は脱臼しかけ」
「あー……入院ですか?」
「それはさせないわ。誰かが入りかねない……それに貴女も悠月を探したいでしょう?」
「はい」
「足首も肩も、治るのにそう時間はかからないそうよ。でも無理は禁物ね」
「えぇ……ありがとうございます」
「さて、そろそろうちの子になる覚悟は?」

 ふふんと笑い、奏は重い空気など忘れ去ったようにいたずらっぽく笑った。

「ふふっ……私は葵と裕翔の子ですよ」
「……母上、お忘れですか?」

 静月はどこか不満げに言った。

「ぷっ、くすくす……そうだったわね静月。もうこの話は無しにしましょう。貴女は永遠にアオとヒロの子供なのだから」
「はい。……あの、静月に何の関係が?」
「な、なんでもない! いいから寝ろ!」
「え、だって病院……」
「運ぶから心配すんな!」
「物みたいに言わないでよ……もー。まぁ、眠いけど、ふぁあ……」
「寝ても構わないわ。あぁ、私はコウに説明してくるわね」
「申し訳ありません、あとで挨拶させていただけますか……?」
「そんなに畏まらなくていいの。ほら、眠たいなら寝ていいわ。コンタクトは外しなさいね」
「はい、ありがとうございます」

 始終ゆったりとした話し方、そして人を落ち着かせる笑みを浮かべていた奏。その効果のようなものは、紗凪をも落ち着かせた。

「……ん、眠ぃ」
「ほんとに寝て大丈夫だぞ? 無理する事ねぇし……」
「んぅー……いい」
「答えになってないぞ。……ほら、寝とけ」
「ん、身長でかいからって頭撫でるな……」
「なんかさらさらそうだなっと」
「変態……」
「はっ、男はみんな狼だろ」

 静月の身長が180cmほど。紗凪が寝転んで体だけを起こし、静月がそのまま立った状態であれば、1mあるかないかぐらいまで差が生まれる。
 紗凪たちとはまた違った笑みを浮かべている静月。
そしてその笑みの意味は、嘲笑というよりも自慢のような笑みだった。

「……ごめん、落ちる」
「え!? ちょっ紗凪っ!」
「ん……ぅ」
「っ、ったく!」

 がくりと落ちた頭を支え、起こさないようゆっくりと布団に寝かせた。

「ふふふっ、天然の破壊力かしら?」
「っ、母さん!?」
「あら、素が出たわね。ダメよ、誰に見られているかも分からないのだから。姐様と呼びなさい」
「あぁ……はい」
「ふふ、紗凪は可愛いからね。仕方ないけど……静月は少し違うようね?」

 紗凪の髪をゆっくりと撫で、言った。

「…………」
「ふふ、父に相談するぐらいなら、ガンガンアタックすればいいのに」
「それは弦にも言ってください」
「そうね? 弦は悠月か……悠月と静月がもしくっついてたら、月月ペアになってたわね」
「それはあり得ません」
「こーら、断言しないの。悠月に失礼よ?」
「……俺は、その──」
「ふふふっ、紗凪しかいない? 大胆ねぇ。起きてるかもしれないわよ?」

 いたずらっぽい笑みをさらにさらに深める。

「っ!」
「冗談よ。その子は眠りが深いわ」
「びっくりさせないでください」
「あら、いいじゃない。息子の恋の相手が知ってる子だったんだから?」
「……なんで、出て行ったんですか?」
「さぁね、知らないわ。聞いてみるのも悪くないかもね。その推測を私が話すにしても、病院に行った後よ」
「……じゃあ、これだけ教えてくれませんか?」
「いいわよ、なぁに?」
「紗凪は、キツい思いをしましたか?」
「……そう、ね。したと思うわ」

 奏は、その言葉の続きを放つ。

「……でもその苦労は」

 途切れているか、分からないわよ、と。
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