マトリョーシカ少女

天海 時雨

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ろうそく

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「……体調は大丈夫か?」
「うん、少し疲れてたみたいだけど、結構寝たから。それに、ここ眩しくないし」

 くるりとあたりを見回す悠月。凛が診療していたときはろうそくが置かれていたが、今は更に薄布が被せられている。

「あぁ、きつくないか?」
「んー、大丈夫。そこまでじゃないかな。あ、スマホ取ってくれる?」

 暗がりで目にあまり強い刺激はないといえど、暗くては見えづらい。スマホは悠月から少し遠いところにあった。

「あぁ、これか」
「ん、ありがと」

 スマホを起動し、悠月が最初にやったことは──色の反転だ。白地の画面が黒地に切り替わる。

「……見にくくないのか?」
「こっちの方が、見にくくはならないかな。目にもそんなに負担がない」
「羞明、だったか?」
「お、よく知ってるね。そうだよ」
「……悪かった」
「え?」

 暗がりで顔は見えず、ましてや先天性白皮症の悠月は視力が弱い。つまり、今の弦の苦々しげな顔は一切見えない。

「……カラコン、外せなんて言って」
「え、別にいいよ?」
「でも──」
「そんな罪悪感、感じなくていいんだよ? 私にとってはよくあることだし、慣れてるから」
「……いい、のか?」
「…………」

 突然、黙りこくった悠月。

「……悠月?」
「──じゃあ、交換条件、する?」
「え?」
「弦が私にしてほしいこと、私が弦にしてほしいこと、それぞれ言うの」
「……俺がしてほしいこと?」

 まああるにはあるけどさ。
 そう言って弦は姿勢を楽に──若頭らしい正座から、あぐらをかく。

「ちょうど良かった、私もあるんだ。どっちから言う?」
「俺からでいいか?」
「うん。……あ。罪滅ぼしとか考えないでいいからね?」
「あぁ、考えるつもりはない」
「ん、ならいいよ。どうぞ?」

 少しの間、ろうそくで照らされた薄暗い部屋が静寂に包まれた。隙間風が吹いたのだろうか、一本のろうそくの炎がふるりと身を震わせる。

「……心変わりも、絶対、しないから。俺と──」

 俺と、付き合ってくれないか。

「え……?」
「会った時から、好きだったんだろうと思うけど。その……ケンカした時に、自覚して。俺のせいかなって思ったら」
「っ弦のせいじゃないっ! あれは」
「知ってる。あれは俺のせいでも悠月のせいでもない」
「……う、ん」
「……俺のせいかなって思ったら、絶対助けなきゃ、って思って。あ、あともう一つ」
「ん、何……?」
「あの時、急に明るくして悪かった」

 『あれは本当に自己嫌悪した』、そう言った弦。彼があのビルで悠月と会話した時、彼は照明をつけてしまっていた。

「あー……それは、否定しないで受け取っとくね。でももういいよ」
「ほんとに悪かった……それで? 悠月の条件は?」

 そして悠月の表情も、弦には見えない。

「……あーぁ、先に言いたかったな」
「なんで?」
「──同じだよ」

 また、ろうそくの炎がゆらりとはためく。

「──私と、付き合って欲しかった。でもね」

 それは出来ない。
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