31 / 34
番外編 風が吹く 2.
しおりを挟む
「若様、そろそろ」
「あぁ……分かってる」
──少し、ぼんやりとしてしまった。自分らしくもなく。
紗凪の様子が、少しおかしかった。
「…………」
疲れていたんだろうと、納得させる──納得させたいのだと気づいてもいるくせに。
「姐様にお土産は」
「……空港で買う」
「失礼いたしました」
「構わない」
あの日の仕事場は、俺が大嫌いな所──キャバクラ。あの匂いがついていたのかもしれない──どちらにせよ、不快な思いをさせてしまったんだろう。
「……姐様ですか」
「あぁ……あ?」
「くくっ、珍しく考え込んでいらっしゃるなぁと」
「……まあ、な」
疲れたように──それを掻き消すようなあの笑いは、させたくない笑いで。
「……出発しよう」
「かしこまりました」
──何かあったのなら、すぐ癒してやりたい。
──なんで、出張なんか。
「──重症、だな」
「──あ、おかえり……」
「ただい──どうした」
色白の肌だからこそ目立つ、目の下の隈。
「……なんか、寝れなくて。変な夢見ちゃった」
「ずっとか?」
「ううん……睡眠薬、少し飲んだから。でも、やっぱり駄目だね、薬じゃ」
──なんで、そんな風に笑うんだよ。
「…………」
「し、静月?」
唇を戒めるように噛んでから、荷物もそのままに玄関から部屋へ向かった。
組員が苦笑しながら片付けているのが、ちらりと見えた。
「い、痛──」
「いつからだ? ……いつから、寝られない?」
「……静月が行ってから、二日後」
「どこかへ行ったか」
「……どこにも」
「嘘だ」
「……お墓、参り」
「この間、行ってなかったか」
「──行きたかったから」
ばつが悪そうに、視線を合わせず言う紗凪──薄暗いからか、肌が映えている。
「……なんで行きたかったんだ」
「……会いたいって思った。会えないとは分かってるんだけどね」
「……俺の所為か」
「何言ってるの? 静月のせいなんかじゃ……」
「言っておくが、仕事だぞ」
心配することは何もないと、暗に言う。
「……そう、だね。静月の、仕事だもんね。ごめん」
「おい、紗凪」
──あぁ、やっと分かった。
「……不安か」
「っ!」
「俺にそういう跡があっても何も言われなくて、言う時間もないまま俺がいなくなったから、抱え込んだままだったか」
「…………」
──本当に、本当に、意地っ張りだ。
「……仕事だって、分かってるんだけどね。変だね、重いよね、ごめんね」
「構わない……いや、嬉しいかもな」
「え? だって、仕事に嫉妬するんだよ? 重くないの……?」
「いや、愛されてるって実感する」
「ばかっ」
──まだ、紗凪は泣きそうに笑う。
「……好きだよ。揺らいでも引き戻すから」
「…………」
ことん、と倒れ込んだ小さな頭。後頭部を支えながら撫でると、抱きついてくる──たまに、甘え癖が出る。
「……ありがとう」
「こちらこそ」
涼しげな風が吹くような、笑い。
君にはその笑いを、ずっと見せていてほしいから。
──きっと、それが一番似合うから。
「あぁ……分かってる」
──少し、ぼんやりとしてしまった。自分らしくもなく。
紗凪の様子が、少しおかしかった。
「…………」
疲れていたんだろうと、納得させる──納得させたいのだと気づいてもいるくせに。
「姐様にお土産は」
「……空港で買う」
「失礼いたしました」
「構わない」
あの日の仕事場は、俺が大嫌いな所──キャバクラ。あの匂いがついていたのかもしれない──どちらにせよ、不快な思いをさせてしまったんだろう。
「……姐様ですか」
「あぁ……あ?」
「くくっ、珍しく考え込んでいらっしゃるなぁと」
「……まあ、な」
疲れたように──それを掻き消すようなあの笑いは、させたくない笑いで。
「……出発しよう」
「かしこまりました」
──何かあったのなら、すぐ癒してやりたい。
──なんで、出張なんか。
「──重症、だな」
「──あ、おかえり……」
「ただい──どうした」
色白の肌だからこそ目立つ、目の下の隈。
「……なんか、寝れなくて。変な夢見ちゃった」
「ずっとか?」
「ううん……睡眠薬、少し飲んだから。でも、やっぱり駄目だね、薬じゃ」
──なんで、そんな風に笑うんだよ。
「…………」
「し、静月?」
唇を戒めるように噛んでから、荷物もそのままに玄関から部屋へ向かった。
組員が苦笑しながら片付けているのが、ちらりと見えた。
「い、痛──」
「いつからだ? ……いつから、寝られない?」
「……静月が行ってから、二日後」
「どこかへ行ったか」
「……どこにも」
「嘘だ」
「……お墓、参り」
「この間、行ってなかったか」
「──行きたかったから」
ばつが悪そうに、視線を合わせず言う紗凪──薄暗いからか、肌が映えている。
「……なんで行きたかったんだ」
「……会いたいって思った。会えないとは分かってるんだけどね」
「……俺の所為か」
「何言ってるの? 静月のせいなんかじゃ……」
「言っておくが、仕事だぞ」
心配することは何もないと、暗に言う。
「……そう、だね。静月の、仕事だもんね。ごめん」
「おい、紗凪」
──あぁ、やっと分かった。
「……不安か」
「っ!」
「俺にそういう跡があっても何も言われなくて、言う時間もないまま俺がいなくなったから、抱え込んだままだったか」
「…………」
──本当に、本当に、意地っ張りだ。
「……仕事だって、分かってるんだけどね。変だね、重いよね、ごめんね」
「構わない……いや、嬉しいかもな」
「え? だって、仕事に嫉妬するんだよ? 重くないの……?」
「いや、愛されてるって実感する」
「ばかっ」
──まだ、紗凪は泣きそうに笑う。
「……好きだよ。揺らいでも引き戻すから」
「…………」
ことん、と倒れ込んだ小さな頭。後頭部を支えながら撫でると、抱きついてくる──たまに、甘え癖が出る。
「……ありがとう」
「こちらこそ」
涼しげな風が吹くような、笑い。
君にはその笑いを、ずっと見せていてほしいから。
──きっと、それが一番似合うから。
0
あなたにおすすめの小説
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
籠の鳥〜見えない鎖に囚われて✿❦二人の愛から…逃れられない。
クラゲ散歩
恋愛
私。ユリアナ=オリーブ(17)は、自然豊かなオータム国にあるグローパー学院に在籍している。
3年生になって一ヶ月が経ったある日。学院長に呼ばれた。技術と魔術の発展しているフォール国にある。姉妹校のカイト学院に。同じクラスで3年生の男子3名と女子3名(私を含め)。計6名で、半年の交換留学をする事になった。
ユリアナは、気楽な気持ちで留学をしたのだが…まさか学院で…あの二人に会うなんて。これは…仕組まれていたの?幼い頃の記憶。
「早く。早く。逃げなきゃ。誰か〜私を…ここから…。」
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
お隣さんはヤのつくご職業
古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。
残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。
元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。
……え、ちゃんとしたもん食え?
ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!!
ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ
建築基準法と物理法則なんて知りません
登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。
2020/5/26 完結
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
貴方だけが私に優しくしてくれた
バンブー竹田
恋愛
人質として隣国の皇帝に嫁がされた王女フィリアは宮殿の端っこの部屋をあてがわれ、お飾りの側妃として空虚な日々をやり過ごすことになった。
そんなフィリアを気遣い、優しくしてくれたのは年下の少年騎士アベルだけだった。
いつの間にかアベルに想いを寄せるようになっていくフィリア。
しかし、ある時、皇帝とアベルの会話を漏れ聞いたフィリアはアベルの優しさの裏の真実を知ってしまってーーー
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる