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竜の恩讐編
怒りの先……
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湧き起こった怒りのままに、リズベルはシャワー室の壁に拳を叩きつけた。
媛寿が伝えてきた結城からの伝言は、それほどにリズベルの復讐心を逆撫でした。
考えうる最大の苦痛を与えてさえ、結城はリズベルを嘲笑するような言葉を届けてきたのだ。
リズベルの心には、もはや憤怒や憎悪をも超越した、名前すら付けられない感情が蟠っている。
責め苦の果てに辿りつく死でもまだ生温い。小林結城に与えるべきは、完全な滅殺しかありえないと。
(あの男に確実な死を与えるためには、もう一度―――)
リズベルが今後のことを考えようとした矢先、シャワーカーテンが勢いよく開かれた。
「あたしに何か頼みたいことがあるんじゃないの?」
カーテンを開けたのは、左手にバスタオルだけを持った千春だった。
「千春……」
シャワーノズルからの水滴に打たれるリズベルの姿を、千春はしばらく観賞すると、バスタオルを後ろに放り投げ、リズベルとの距離を詰めていった。
ゆっくりと接近する千春に壁際まで追い込まれるリズベル。
千春はリズベルが逃げられないよう、両手を壁について退路を断った。
「で? どうなの?」
壁に背をつけたリズベルに、千春は口角を上げて再度聞く。
「聞いてたの?」
「盗み聞きしようとしたわけじゃないわ。偶々よ。偶々忘れ物を取りに来たら、話が耳に入ってきただけ。本当に偶々、ね?」
にやつきながらそう嘯く千春を、リズベルは怒りを以って睨み返した。
「……三度目の依頼、できるの?」
それでも千春の力が必要であるため、リズベルは怒りを抑えて問い質す。
「あたしは別に受けてもいいけど、あとの三人はどう言うかな? それに、あなたの方はどうなの? 三度目の依頼で、いったい何を差し出す?」
リズベルがどんな答えを返してくるのか、千春は箱の中身を楽しみにしている子どものような愉快さで待つ。
そんな千春の態度を不愉快に感じつつも、リズベルは差し出せる依頼料について口にした。
「――――――――――それ、いいわね」
答えを聞いた千春は一瞬だけ驚いたが、すぐに提示された依頼料に納得した様子だった。
「他の三人にも話をつけておくわ。でも、その前に」
壁についていた手を離した千春は、そのままゆっくりと、リズベルの腰に手を持っていった。
「シャワーが終わったらもう一度ベッドに行きましょ。今度はもっとすごいことしてあげる」
吐息程度の声量で、リズベルの耳元にそう囁く千春。
二人がいるシャワールームの中には、雨音に似たシャワーの音だけが無情に響いていた。
私立皆本学園を囲う壁にもたれ、クロランは雨の上がった夜空を眺めていた。
切れた雲の間から月明かりが差し込んでくるが、いつもなら本能的な興奮が湧いてくるところ、今のクロランは違っていた。
壁を越えた学園の校舎にいるであろう相手を、八つ裂きにしてやりたい衝動に駆られ、それをぎりぎりの一線で抑えていた。
(媛寿が戻ってくるまでガマン……媛寿が戻ってくるまでガマン……)
頭の中でそう繰り返していると、クロランのいた壁のすぐ横から媛寿が現れた。
「あっ! 媛寿!」
帰還した媛寿を確認したクロランは、ほとんど反射的に抱きついた。
「媛寿! おかえり! おかえり!」
媛寿が無事に戻ってきた嬉しさのあまり、何度も頬擦りするクロラン。
「ただいま、くろらん。ちゃんとまっててえらいえらい」
「えへへ~」
媛寿に頭を撫でられ、クロランは嬉し泣きしながら笑顔を浮かべた。
「媛寿は? 大丈夫だった?」
「うん。ちゃんとゆうきがいったこと、つたえてきた。くろらんがにおいたどってくれたおかげ。ありがと」
「……あいつ、結城にケガさせた……クロラン、あいつを……あいつを……」
クロランの爪がまた獣のそれへと変化しようとしたところ、
「くろらん、めっ」
媛寿の鶴の一声で、クロランは噴出しそうになった殺意を収めた。
「うぅ……」
「ごめんね、くろらん……」
今度は媛寿が、クロランの体をそっと抱きしめた。
「ほんとにごめん……あのこだけはだめ……だめだの……」
クロランの後頭部を優しい手つきで撫でながら、媛寿の目にはまたも三年前の光景が浮かんでいた。
血に塗れた白い指が、媛寿の前に差し出される光景が。
媛寿が伝えてきた結城からの伝言は、それほどにリズベルの復讐心を逆撫でした。
考えうる最大の苦痛を与えてさえ、結城はリズベルを嘲笑するような言葉を届けてきたのだ。
リズベルの心には、もはや憤怒や憎悪をも超越した、名前すら付けられない感情が蟠っている。
責め苦の果てに辿りつく死でもまだ生温い。小林結城に与えるべきは、完全な滅殺しかありえないと。
(あの男に確実な死を与えるためには、もう一度―――)
リズベルが今後のことを考えようとした矢先、シャワーカーテンが勢いよく開かれた。
「あたしに何か頼みたいことがあるんじゃないの?」
カーテンを開けたのは、左手にバスタオルだけを持った千春だった。
「千春……」
シャワーノズルからの水滴に打たれるリズベルの姿を、千春はしばらく観賞すると、バスタオルを後ろに放り投げ、リズベルとの距離を詰めていった。
ゆっくりと接近する千春に壁際まで追い込まれるリズベル。
千春はリズベルが逃げられないよう、両手を壁について退路を断った。
「で? どうなの?」
壁に背をつけたリズベルに、千春は口角を上げて再度聞く。
「聞いてたの?」
「盗み聞きしようとしたわけじゃないわ。偶々よ。偶々忘れ物を取りに来たら、話が耳に入ってきただけ。本当に偶々、ね?」
にやつきながらそう嘯く千春を、リズベルは怒りを以って睨み返した。
「……三度目の依頼、できるの?」
それでも千春の力が必要であるため、リズベルは怒りを抑えて問い質す。
「あたしは別に受けてもいいけど、あとの三人はどう言うかな? それに、あなたの方はどうなの? 三度目の依頼で、いったい何を差し出す?」
リズベルがどんな答えを返してくるのか、千春は箱の中身を楽しみにしている子どものような愉快さで待つ。
そんな千春の態度を不愉快に感じつつも、リズベルは差し出せる依頼料について口にした。
「――――――――――それ、いいわね」
答えを聞いた千春は一瞬だけ驚いたが、すぐに提示された依頼料に納得した様子だった。
「他の三人にも話をつけておくわ。でも、その前に」
壁についていた手を離した千春は、そのままゆっくりと、リズベルの腰に手を持っていった。
「シャワーが終わったらもう一度ベッドに行きましょ。今度はもっとすごいことしてあげる」
吐息程度の声量で、リズベルの耳元にそう囁く千春。
二人がいるシャワールームの中には、雨音に似たシャワーの音だけが無情に響いていた。
私立皆本学園を囲う壁にもたれ、クロランは雨の上がった夜空を眺めていた。
切れた雲の間から月明かりが差し込んでくるが、いつもなら本能的な興奮が湧いてくるところ、今のクロランは違っていた。
壁を越えた学園の校舎にいるであろう相手を、八つ裂きにしてやりたい衝動に駆られ、それをぎりぎりの一線で抑えていた。
(媛寿が戻ってくるまでガマン……媛寿が戻ってくるまでガマン……)
頭の中でそう繰り返していると、クロランのいた壁のすぐ横から媛寿が現れた。
「あっ! 媛寿!」
帰還した媛寿を確認したクロランは、ほとんど反射的に抱きついた。
「媛寿! おかえり! おかえり!」
媛寿が無事に戻ってきた嬉しさのあまり、何度も頬擦りするクロラン。
「ただいま、くろらん。ちゃんとまっててえらいえらい」
「えへへ~」
媛寿に頭を撫でられ、クロランは嬉し泣きしながら笑顔を浮かべた。
「媛寿は? 大丈夫だった?」
「うん。ちゃんとゆうきがいったこと、つたえてきた。くろらんがにおいたどってくれたおかげ。ありがと」
「……あいつ、結城にケガさせた……クロラン、あいつを……あいつを……」
クロランの爪がまた獣のそれへと変化しようとしたところ、
「くろらん、めっ」
媛寿の鶴の一声で、クロランは噴出しそうになった殺意を収めた。
「うぅ……」
「ごめんね、くろらん……」
今度は媛寿が、クロランの体をそっと抱きしめた。
「ほんとにごめん……あのこだけはだめ……だめだの……」
クロランの後頭部を優しい手つきで撫でながら、媛寿の目にはまたも三年前の光景が浮かんでいた。
血に塗れた白い指が、媛寿の前に差し出される光景が。
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