296 / 363
第七章
ヒュドラだった
しおりを挟む暗くなった海の状況が分かり辛かったので、目を最大に見えるように解放する。
暗い海から、いくつもの頭が見えだした。
あれは……
「ヒュドラ……」
「えっ?!なんやて!?」
「ヒュドラがいる!この船が襲われる……!」
「姉ちゃ!に、逃げよう!ヒュドラはめっちゃ強い水蛇の魔物や!」
「うん。ちょっと行ってくる。」
「なんで?!姉ちゃ!」
「大丈夫。ウルは部屋に帰ってて?船が揺れたら危ないから。」
「姉ちゃも危ないやん!一緒に……!」
「こう見えて、私は結構強いんだ。ほら、エリアスは既に船頭にいるだろ?やっつけるつもりでいるんだ。手伝ってくる。」
「いやや!行かんといて!姉ちゃ!」
「ウル……大丈夫だから。じゃあ、後ろの方でどこかに掴まってて!必ず倒して戻って来るから!」
「姉ちゃ……」
ウルにニッコリ笑って、それから船頭へと走っていく。
私が走る方向とは逆方向に、乗客達が逃げ惑っている。
少しずつヒュドラの姿が確認できたのか、船員達は腰を抜かして逃げる事も出来なくなっていた。
他の冒険者と思われる者も集まってくる。
しかしヒュドラを見た途端、皆逃げ出して行った。
「エリアス!」
「アシュレイ!ウルはどうした?!」
「部屋に戻るように行ったけど、私を心配して後ろの方で見守ってくれている!」
「じゃあ早くやっつけねぇとな!しかし、こんな大物がここら辺にはいるんだな!」
「アンタ達、冒険者か?!アイツの討伐を頼む!」
「分かったぜ!船長、俺達が必ずやっつけるから、船の操縦だけ頼めるか!」
「わ、分かった……!」
「アシュレイ、ヒュドラは毒を持っている。俺達には耐性があるけど、油断しねぇでくれ。それと、首を切り落としてもすぐに生えてくる。それも多くなってな。」
「そうだな。まだ立てない人もいる。毒を放たれる前に動きを止めたい!」
船が大きく揺れだして、立っているのもやっとな状態で、ヒュドラがこちらに近づいてくるのが分かる。
船長は震える手で、なんとか操縦に徹しようとしている。
「アシュレイ!一緒に雷魔法で体内を感電できるか?!」
「あぁ!やってみる!」
エリアスと私はヒュドラに向かって雷魔法を放つ。
しかし頭がいくつもあるからか、体は止まったものの、頭は蠢いたままだった。
「やっぱそう簡単には倒れてくんねぇな。腐食させっか?!」
「やってみよう!」
エリアスと二人で闇魔法でヒュドラの内部を腐食させていく。
ジワジワと腐食が効いていってるのか、首が一つずつバタンバタンと倒れていく。
けれど一つの首だけは何事もなかった様に、こちらを捉えていた。
ヒュドラが口を大きく開ける。
毒が放たれそうになったところで、すぐに広めにエリアスと合わせて結界を張る。
毒の矢がヒュドラの口からいくつも放たれる。
それは結界に阻まれていく。
その毒矢を浄化魔法で無効化にする。
そうしないと、海自体が毒に犯されるからだ。
「流石に強ぇな……」
「そうだな……腐食でも生き残る首……やっぱりあれは不死身の首なのか……」
「噂通りって訳か……!厄介だな……」
「けどあまり長引かせたくない……」
「だな……アシュレイ、結界は維持してて貰えっか?」
「分かった!」
エリアスが黙って立ち尽くしている。
そうやって魔力を高めているのが分かる。
エリアスの身体中から、魔力が弾け飛びそうな程になった状態で、自分の身体中の魔力を手に集めて、それを一気に放出させた。
それは、とても大きく強い炎だった。
こんな大きく強く、高火力の炎の魔法は見たことがなくって、エリアスが炎を操っているのも初めてみた感じで、その場にいた誰もがその状況に見入っていた。
炎はヒュドラを捕らえると、首を包み込む様に炎が纏わり付いて、悶え苦しむヒュドラを消し炭にするべく燃え盛る。
それが身体中に広がっていき、海の中だと言うのにヒュドラは全身炎に包まれていく。
その様子を、私もそうだけど、船長も、立てなくなった船員達も冒険者達も、逃げ遅れた乗客達も、何も言えずにただ呆然と燃え盛るヒュドラを見続けていた。
ヒュドラは炎に包まれなら、少しずつ海へと沈んでいく。
エリアスが崩れる様に片膝をつく。
私はすぐにエリアスの元へ走っていった。
「エリアス、大丈夫?!」
「あぁ……ちょっと魔力使い過ぎちまったな……」
「凄い強力な炎だった……!」
「俺の一番の強力魔法なんだ……あの炎は命が燃え尽きるまでは消えねぇ……やっぱり腕輪がねぇと魔力も上がんだな……けど……威力が強すぎてよ……火魔法はあんまり使いたくなかったんだ……」
「姉ちゃ!」
「ウル!」
ウルが走って私達の元までやって来た。
「エリアス!凄い!姉ちゃも凄い!」
「ウル……なんともねぇか?」
「うん!あっ!……うん……」
ちょっとバツが悪そうな顔になって、ウルがエリアスから目を反らす。
その時、炎に包まれているヒュドラの口から、一つの毒矢が放たれた……!
それは最後の悪足掻きのようで、さっき放たれた物より小さくて細い毒矢が炎を纏って、勢いよくそれは私達の元まで飛んで来た……!
咄嗟に結界を張るけれど、勢いが凄くて高火力になった毒矢は、結界を貫いてウルに向かって飛んで来た!
びっくりして動けなくなっているウルを咄嗟に抱き締めて、それからもう一度結界を張る!
矢は届かない……
良かった……どうにか結界が間に合ったようだ……
「姉ちゃ……エリアスが……!」
「え……?」
振り向くと、エリアスはその矢を右手で受け止めていて、腕が燃え盛っていた。
「エリアスっ!」
「アシュレイ……ヒュドラに……氷魔法で……」
言われてすぐに氷魔法、絶対零度の氷結をヒュドラに放つ。
ヒュドラは炎に燃やされながら、氷に覆われて身動き一つ取れずに海深くへと沈んで行った。
これでヒュドラは息絶えるまで炎で焼かれ、焼かれながら生きていたとしても、氷漬けにされているから動く事はできずにいる。
火魔法だけなら、ヒュドラが生き続ける限り燃えているから、海に何らかの被害が及ぶだろうし、氷魔法だけでは、ヒュドラを止める事は出来なかった筈だ。
二つの相反する魔法だけれど、共存するようにヒュドラを捕らえている。
これでヒュドラは死なずとも、完全に封じる事は出来た……!
船が大きく揺れて、船長は舵を切るのが精一杯だったようだけれど、何とか持ち越した様で、少しずつ揺れが収まっていった。
船上にいる皆も、なんとか掴まったりして耐えていて、誰も落ちたりせずにすんだ。
「エリアス!」
すぐにエリアスの元へ行って、腕の状態を確認する。
矢は炎を纏って燃え盛り、エリアスの右腕はまだ燃え続けていた。
左手に残り少ない魔力を込めて、エリアスは自分の腕をそっと撫で付けると、炎はゆっくり鎮火していって、矢はポロポロと崩れ落ちた。
「エリアス……腕っ!どうなったんだ?!」
「大丈夫だ……俺の作り出した炎だ……俺が抑えられねぇでどうするよ……けど、炎と毒が合わさって……体に侵食してきてやがる……」
「浄化させて回復を……!」
「アシュレイっ!……まだ……ここでは……ダメだ……」
「でも……!」
エリアスが首を横に降って、回復させるなって訴える。
足元がふらついているエリアスを支える様に抱き締める。
船上は、ヒュドラを討伐出来た事に、一斉に歓声を上げる。
私に支えられる様にしてエリアスが立ち上がって、皆に笑って答えた。
それを見て、皆が安心して私達を讃えた。
腕は焼かれた痕と、毒が内側から侵していってるようで、エリアスの腕はどす黒く染まっていく。
それを外套で隠して、集まってきた人々にエリアスは、疲れたから後でな、と微笑みながら言ってその場を後にする。
足元が覚束無いエリアスを支えながら、私達三人は急いで部屋に戻って、ベッドに座ったエリアスに、すぐに回復魔法と光魔法で浄化して、腕を治癒させる。
すると、その傷は瞬く間に治っていった。
その様子をウルは、キラキラした目で見続けていた。
「ありがとな。アシュレイ。もう痛くなくなった。」
「エリアス、毒は?体の中は問題ない?!」
「あぁ。もうすっかり無くなった。流石だな。」
「……ごめん……私……油断した……」
「俺も油断してたからな。アシュレイが謝る必要ねぇって。」
「もう治ったし、ええやん!けど、助けてくれてありがとうって言うとくわ。」
「ハハ……無事で良かった……」
「エリアス……もう無理しないで……」
「何泣いてんだよ?大丈夫だから。アシュレイが治してくれたろ?」
「でも……!もうエリアスに傷をつけたくない!エリアスが傷つくのは嫌だ!……なんでエリアスばっかり辛い思いをする事になるの……っ!」
「アシュレイ……」
思わずエリアスに抱きつくと、エリアスは私の頬に伝う涙を手で拭ってくれる。
「もう!イチャイチャすなや!まぁ……エリアスが悪い奴やないかもって……ちょっとだけ思ったるわ……」
「ウル……ありがとな。」
「れ、礼とか、そんなんいらんわ!それに、それはこっちの台詞や!」
「アシュレイ、心配してくれてありがとな。今はもう平気だから。な?」
「うん……ごめん、泣いて……エリアス、魔力切れなんだろ?ゆっくり休んでて……?」
「あぁ……そうさせて貰うな。流石に疲れたからな……」
ベッドに横たわったエリアスに布団をかけて、そっと頬を撫でると、エリアスは微笑んだ。
それからゆっくり目を閉じる。
その姿を見て、漸く安心できた……
そう言えば、ウルと食事に行く途中だった……
それに気づいてウルに聞くと、スッゴくお腹がすいたって言った。
眠っているエリアスの側をそっと離れて、部屋を出る。
それから二人で食堂に向かうと、そこでは人が多く集まっていて、何やら宴会的な事が始まっていた。
私達に気づくと皆が一斉に立ち上がって、私達に向かって拍手をした。
ビックリして立ち竦む私達に、皆がありがとう!助かった!凄かった!等と声をかけてくれる。
それから奢りだからと言って、ドンドン食べ物や飲み物が運びこまれた。
ドキドキしながらウルとひっつく様に座って、慣れない状況に困惑しつつ、笑顔でやって来る人達に、こちらも何とか笑顔を返す。
こんな時はいつもエリアスが対応してくれていて、エリアスがいない時はどうしたらいいか分からなくって、ただ笑う事しか出来なかった。
私の横でウルはそんな事は気にならないのか、普通にガツガツ食事を摂っていた。
ウルが食べ終わってからすぐに席を立って、引き留めようとする皆に疲れたから、と言ってその場を離れた。
私はいつもエリアスに守られてたんだな……
こんな事にも、いつもエリアスが守ってくれていた事に気づく。
離れるなんて、出来る筈がない……
私がエリアスを求めているのに、離れる事なんて出来ない……
きっと、ディルクに会っても、その気持ちは変わらない筈だ。
きっと……きっとそうなんだ……
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜
駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。
しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった───
そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。
前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける!
完結まで毎日投稿!
【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~
みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】
事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。
神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。
作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。
「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。
※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる