慟哭の時

レクフル

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第七章

ヒュドラだった

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暗くなった海の状況が分かり辛かったので、目を最大に見えるように解放する。

暗い海から、いくつもの頭が見えだした。

あれは……


「ヒュドラ……」

「えっ?!なんやて!?」

「ヒュドラがいる!この船が襲われる……!」

「姉ちゃ!に、逃げよう!ヒュドラはめっちゃ強い水蛇の魔物や!」

「うん。ちょっと行ってくる。」

「なんで?!姉ちゃ!」

「大丈夫。ウルは部屋に帰ってて?船が揺れたら危ないから。」

「姉ちゃも危ないやん!一緒に……!」

「こう見えて、私は結構強いんだ。ほら、エリアスは既に船頭にいるだろ?やっつけるつもりでいるんだ。手伝ってくる。」

「いやや!行かんといて!姉ちゃ!」

「ウル……大丈夫だから。じゃあ、後ろの方でどこかに掴まってて!必ず倒して戻って来るから!」

「姉ちゃ……」


ウルにニッコリ笑って、それから船頭へと走っていく。
私が走る方向とは逆方向に、乗客達が逃げ惑っている。
少しずつヒュドラの姿が確認できたのか、船員達は腰を抜かして逃げる事も出来なくなっていた。
他の冒険者と思われる者も集まってくる。
しかしヒュドラを見た途端、皆逃げ出して行った。


「エリアス!」

「アシュレイ!ウルはどうした?!」

「部屋に戻るように行ったけど、私を心配して後ろの方で見守ってくれている!」

「じゃあ早くやっつけねぇとな!しかし、こんな大物がここら辺にはいるんだな!」

「アンタ達、冒険者か?!アイツの討伐を頼む!」

「分かったぜ!船長、俺達が必ずやっつけるから、船の操縦だけ頼めるか!」

「わ、分かった……!」

「アシュレイ、ヒュドラは毒を持っている。俺達には耐性があるけど、油断しねぇでくれ。それと、首を切り落としてもすぐに生えてくる。それも多くなってな。」

「そうだな。まだ立てない人もいる。毒を放たれる前に動きを止めたい!」


船が大きく揺れだして、立っているのもやっとな状態で、ヒュドラがこちらに近づいてくるのが分かる。
船長は震える手で、なんとか操縦に徹しようとしている。


「アシュレイ!一緒に雷魔法で体内を感電できるか?!」

「あぁ!やってみる!」


エリアスと私はヒュドラに向かって雷魔法を放つ。
しかし頭がいくつもあるからか、体は止まったものの、頭はうごめいたままだった。


「やっぱそう簡単には倒れてくんねぇな。腐食させっか?!」

「やってみよう!」


エリアスと二人で闇魔法でヒュドラの内部を腐食させていく。
ジワジワと腐食が効いていってるのか、首が一つずつバタンバタンと倒れていく。
けれど一つの首だけは何事もなかった様に、こちらを捉えていた。
ヒュドラが口を大きく開ける。
毒が放たれそうになったところで、すぐに広めにエリアスと合わせて結界を張る。
毒の矢がヒュドラの口からいくつも放たれる。
それは結界に阻まれていく。
その毒矢を浄化魔法で無効化にする。
そうしないと、海自体が毒に犯されるからだ。


「流石に強ぇな……」

「そうだな……腐食でも生き残る首……やっぱりあれは不死身の首なのか……」

「噂通りって訳か……!厄介だな……」

「けどあまり長引かせたくない……」

「だな……アシュレイ、結界は維持してて貰えっか?」

「分かった!」


エリアスが黙って立ち尽くしている。
そうやって魔力を高めているのが分かる。
エリアスの身体中から、魔力が弾け飛びそうな程になった状態で、自分の身体中の魔力を手に集めて、それを一気に放出させた。
それは、とても大きく強い炎だった。

こんな大きく強く、高火力の炎の魔法は見たことがなくって、エリアスが炎を操っているのも初めてみた感じで、その場にいた誰もがその状況に見入っていた。

炎はヒュドラを捕らえると、首を包み込む様に炎が纏わり付いて、悶え苦しむヒュドラを消し炭にするべく燃え盛る。
それが身体中に広がっていき、海の中だと言うのにヒュドラは全身炎に包まれていく。

その様子を、私もそうだけど、船長も、立てなくなった船員達も冒険者達も、逃げ遅れた乗客達も、何も言えずにただ呆然と燃え盛るヒュドラを見続けていた。

ヒュドラは炎に包まれなら、少しずつ海へと沈んでいく。

エリアスが崩れる様に片膝をつく。
私はすぐにエリアスの元へ走っていった。


「エリアス、大丈夫?!」

「あぁ……ちょっと魔力使い過ぎちまったな……」

「凄い強力な炎だった……!」

「俺の一番の強力魔法なんだ……あの炎は命が燃え尽きるまでは消えねぇ……やっぱり腕輪がねぇと魔力も上がんだな……けど……威力が強すぎてよ……火魔法はあんまり使いたくなかったんだ……」

「姉ちゃ!」

「ウル!」


ウルが走って私達の元までやって来た。


「エリアス!凄い!姉ちゃも凄い!」

「ウル……なんともねぇか?」

「うん!あっ!……うん……」


ちょっとバツが悪そうな顔になって、ウルがエリアスから目を反らす。

その時、炎に包まれているヒュドラの口から、一つの毒矢が放たれた……!
それは最後の悪足掻きのようで、さっき放たれた物より小さくて細い毒矢が炎を纏って、勢いよくそれは私達の元まで飛んで来た……!
咄嗟に結界を張るけれど、勢いが凄くて高火力になった毒矢は、結界を貫いてウルに向かって飛んで来た!

びっくりして動けなくなっているウルを咄嗟に抱き締めて、それからもう一度結界を張る!

矢は届かない……

良かった……どうにか結界が間に合ったようだ……


「姉ちゃ……エリアスが……!」

「え……?」


振り向くと、エリアスはその矢を右手で受け止めていて、腕が燃え盛っていた。


「エリアスっ!」

「アシュレイ……ヒュドラに……氷魔法で……」


言われてすぐに氷魔法、絶対零度の氷結をヒュドラに放つ。
ヒュドラは炎に燃やされながら、氷に覆われて身動き一つ取れずに海深くへと沈んで行った。
これでヒュドラは息絶えるまで炎で焼かれ、焼かれながら生きていたとしても、氷漬けにされているから動く事はできずにいる。
火魔法だけなら、ヒュドラが生き続ける限り燃えているから、海に何らかの被害が及ぶだろうし、氷魔法だけでは、ヒュドラを止める事は出来なかった筈だ。
二つの相反する魔法だけれど、共存するようにヒュドラを捕らえている。
これでヒュドラは死なずとも、完全に封じる事は出来た……!

船が大きく揺れて、船長は舵を切るのが精一杯だったようだけれど、何とか持ち越した様で、少しずつ揺れが収まっていった。
船上にいる皆も、なんとか掴まったりして耐えていて、誰も落ちたりせずにすんだ。


「エリアス!」


すぐにエリアスの元へ行って、腕の状態を確認する。
矢は炎を纏って燃え盛り、エリアスの右腕はまだ燃え続けていた。
左手に残り少ない魔力を込めて、エリアスは自分の腕をそっと撫で付けると、炎はゆっくり鎮火していって、矢はポロポロと崩れ落ちた。


「エリアス……腕っ!どうなったんだ?!」

「大丈夫だ……俺の作り出した炎だ……俺が抑えられねぇでどうするよ……けど、炎と毒が合わさって……体に侵食してきてやがる……」

「浄化させて回復を……!」

「アシュレイっ!……まだ……ここでは……ダメだ……」

「でも……!」


エリアスが首を横に降って、回復させるなって訴える。
足元がふらついているエリアスを支える様に抱き締める。

船上は、ヒュドラを討伐出来た事に、一斉に歓声を上げる。
私に支えられる様にしてエリアスが立ち上がって、皆に笑って答えた。
それを見て、皆が安心して私達を讃えた。

腕は焼かれた痕と、毒が内側から侵していってるようで、エリアスの腕はどす黒く染まっていく。
それを外套で隠して、集まってきた人々にエリアスは、疲れたから後でな、と微笑みながら言ってその場を後にする。
足元が覚束無おぼつかないエリアスを支えながら、私達三人は急いで部屋に戻って、ベッドに座ったエリアスに、すぐに回復魔法と光魔法で浄化して、腕を治癒させる。
すると、その傷は瞬く間に治っていった。
その様子をウルは、キラキラした目で見続けていた。


「ありがとな。アシュレイ。もう痛くなくなった。」

「エリアス、毒は?体の中は問題ない?!」

「あぁ。もうすっかり無くなった。流石だな。」

「……ごめん……私……油断した……」

「俺も油断してたからな。アシュレイが謝る必要ねぇって。」

「もう治ったし、ええやん!けど、助けてくれてありがとうって言うとくわ。」

「ハハ……無事で良かった……」

「エリアス……もう無理しないで……」

「何泣いてんだよ?大丈夫だから。アシュレイが治してくれたろ?」

「でも……!もうエリアスに傷をつけたくない!エリアスが傷つくのは嫌だ!……なんでエリアスばっかり辛い思いをする事になるの……っ!」

「アシュレイ……」


思わずエリアスに抱きつくと、エリアスは私の頬に伝う涙を手で拭ってくれる。


「もう!イチャイチャすなや!まぁ……エリアスが悪い奴やないかもって……ちょっとだけ思ったるわ……」

「ウル……ありがとな。」

「れ、礼とか、そんなんいらんわ!それに、それはこっちの台詞や!」

「アシュレイ、心配してくれてありがとな。今はもう平気だから。な?」

「うん……ごめん、泣いて……エリアス、魔力切れなんだろ?ゆっくり休んでて……?」

「あぁ……そうさせて貰うな。流石に疲れたからな……」


ベッドに横たわったエリアスに布団をかけて、そっと頬を撫でると、エリアスは微笑んだ。
それからゆっくり目を閉じる。
その姿を見て、漸く安心できた……

そう言えば、ウルと食事に行く途中だった……
それに気づいてウルに聞くと、スッゴくお腹がすいたって言った。
眠っているエリアスの側をそっと離れて、部屋を出る。
それから二人で食堂に向かうと、そこでは人が多く集まっていて、何やら宴会的な事が始まっていた。
私達に気づくと皆が一斉に立ち上がって、私達に向かって拍手をした。

ビックリして立ち竦む私達に、皆がありがとう!助かった!凄かった!等と声をかけてくれる。
それから奢りだからと言って、ドンドン食べ物や飲み物が運びこまれた。

ドキドキしながらウルとひっつく様に座って、慣れない状況に困惑しつつ、笑顔でやって来る人達に、こちらも何とか笑顔を返す。
こんな時はいつもエリアスが対応してくれていて、エリアスがいない時はどうしたらいいか分からなくって、ただ笑う事しか出来なかった。

私の横でウルはそんな事は気にならないのか、普通にガツガツ食事を摂っていた。
ウルが食べ終わってからすぐに席を立って、引き留めようとする皆に疲れたから、と言ってその場を離れた。

私はいつもエリアスに守られてたんだな……

こんな事にも、いつもエリアスが守ってくれていた事に気づく。

離れるなんて、出来る筈がない……

私がエリアスを求めているのに、離れる事なんて出来ない……

きっと、ディルクに会っても、その気持ちは変わらない筈だ。

きっと……きっとそうなんだ……







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