慟哭の時

レクフル

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第八章

無くさない

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少し緊張した面持ちで、母は私の目をしっかり見る。


「話しておくことって……?」

「私とディルクは……元は一つの命なんだ。」

「え?それはどういう事……?」


不思議そうにしている母とウルに、今のディルクの状況と、さっきセームルグと話した内容を伝える。
それを聞いた母とウルは、信じられない、と言いたげな顔をしていた。


「本当なの?本当にアシュリーとリディは……一つの命だったの……?」

「本当かどうかは分からない……けど、そう言われて、だから私はディルクを求めてしまうのかって……妙に納得したのも事実なんだ……会いたくて……会いたくて仕方がなくて……会ったらその存在に安心して……一緒にいることが当然のような感覚になっていくんだ……」

「そうだったの……」

「お母さんに記憶を消されて、エリアスに会った時、エリアスの事はなかなか思い出せなかったんだけど……でも、ディルクに触れた途端にディルクの事は全て思い出せたんだ。それはディルクも同じだったと思う。」

「え?!ほなどうすんの?!姉ちゃ、ディルクって人と一つになったりせぇへんやんな?」

「……うん……」

「ホンマに?!ホンマやんな?!絶対やで!アタシ……姉ちゃと会えなくなるとか、そんなん嫌やからな!」

「ウル、それは俺もだ。アシュリーは残ってくれる。そうだよな?」

「うん……」

「アシュリー……ごめんなさいね……そんな事って分からなくて……私は貴女達に……」

「お母さん、それはもう良いから……だから、もしまた忘却魔法を使われても、私とディルクには意味がないんだ。だって私は……私たちは一人なんだから……」

「アシュリー……んな悲しそうな顔しねぇでくれよ……頼むよ……」

「うん……ごめん、エリアス……」


エリアスが私を抱き締めて離さない。
どこにも行かせないようにしているみたいだ……


「お母さんが私達を忘れるように、自分に忘却魔法をかけたのは……なぜ?」

「リディは心が読めるから、私とアシュリーの思い出を辿れない様にしたのよ。私は……私には双子で兄妹の貴女達が愛し合うなんて事、絶対に許せなくて……考えられなくて……ごめんなさい……」

「じゃあどうして、お母さんを拐って……そのせいで人生を変えられたのにどうして……あの人の世話をするの……?」

「そうね……村から拐われて私はここに来て……嫌だったわ。怖かったわ。恨んだし、憎んだわ。けれど……貴女達を授けてくれたのは事実で……私にかけがえのない存在を与えてくれた人である事に変わりないの……」

「でも……!お母さん!それでも……!」


言って母の顔を見た時に気づいた……
母は……ベルンバルトを……父を愛してるんだ……
それは私なんかじゃ分からない感情なのかも知れない……
色んな状況が重なって、そうして行き着いた感情だったのかも知れない……

それからは何も言えなくなってしまった……

そんな時、隣の部屋から大声が聞こえてきた。
その声に思わず体を強張らせてしまう……!


「あぁぁぁーーっ!ラリサァァー!どこだ!……ラリサァァァー!!」

「あ、呼んでいるわ。すぐに行かないと……」

「あ、その前に、腕輪がどうか知りてぇんだけど!」

「え?あぁ、ごめんなさいね……これは後でちゃんと調べさせて貰えるかしら?またここに来てね。では……」


そう言って、母は急いで部屋に戻った。
続いて私達も別室から出る。
部屋にいる母を見ると、父が子供の様に母に抱きついてる姿があった。
その姿は、私を襲った時の父とは違うように見えた。
母は、まるで子供をあやす母親のような表情でいる。
それはとても優しく、慈愛に満ちた表情だった。

それから私達は部屋へと戻って行った。

ソファーに座るとウルは私の横に来て、私の腕をぎゅってかかえてくる。
その横にエリアスが座ると、ウルと一緒に私達を優しく抱き包む。

しばらくそうやっていると、ミーシャがやって来た。


「皆さん、お食事の用意ができました!どちらで召し上がられます?こちらになさいますか?」

「え……あぁ、うん、ここに持ってきて貰ってもいいかな……」

「承知致しました!ではお待ち下さいね!」


なぜか楽しそうにミーシャが出て行って、そういえばお腹空いてたかな、って顔を見合せて、三人でふふって笑いあった。

ミーシャと給仕係の人達が食事の用意をしてくれる。
ウルは豪華な食事に驚いていた。


「なぁ、これ、ミーシャが作ったんちゃうやんなぁ?」

「違いますよ!シェフが腕によりをかけて作った物です!スッゴく美味しいんですからね!」

「ほな安心して食べられるわ。」

「もぅ!ウルちゃんは厳しいなぁ!でも、もっと頑張って美味しい料理が作れるようになりますからね!」

「メイドやったら、料理せんでもええやん?」

「えっと……その……旦那様には手料理を食べて貰いたいって言うか……だから……ですかね……」

「え?!ミーシャ結婚してんのん?!」

「あ、いえ、まだですが!今リディ様があんな状態で、そんな事は不謹慎ですから……!」

「それはディルクは気にしねぇだろうけど……まぁ、こう言うことはゾラン自身が自粛するだろうしな。」

「え?!」

「エリアスっ!その、ミーシャの相手って……」

「え、あの……はい、その……ゾラン様なんです……」

「えぇーーっ!!嘘やぁー!!なんでなんーっ!!なんでミーシャなんーーっ!!」

「ウル……!」

「そ、そうですよね、なんで私はなんでしょう?私もまだ信じられないんですよ!本当の事なんですかね?!」

「って、知らんわ!そんな事!!嘘やん!マジでショックやわー!!イヤやぁーーっ!!」

「なんで嫌なんだよ?」

「え?エリアス……気づいてなかったの……?」

「何がだ?」

「本当に?!……鈍感すぎる……!」

「え?!何がだ?!なんだよ、鈍感って、どういう事なんだよ?!」

「え、もしかしてウルちゃん、ゾラン様の事……」

「だって……ゾランさんってむっちゃ格好良いやん!優しいし、紳士的やし、物腰柔らかいし、凄い素敵やんーっ!!」

「ですよねーっ!私もそう思います!もう、凄く素敵ですよねーっ!!」

「そうなのか……」

「そうやで!兄ちゃみたいにガサツな男とちゃうねんで!」

「それが俺の良いところでもある。」

「そうなのか……?」

「アシュリーまでそんな目で俺を見るなよ!」

「マジかぁー……あぁーもぅ、やってられへんわー……なんでミーシャやねーん……」

「ですよねー。私なんて、元気だけが取り柄なのに……」

「そこが良いんじゃねぇか?芯が強いのもあるしな。」


扉がノックされて、ゾランが入ってきた。
一瞬にして、ウルが緊張した面持ちになる。


「凄く賑やかですね!外まで声が聞こえてましたよ!僕もご一緒させて頂いてもいいですか?」

「あ、うん、もちろん!……いいよね?ウル?」

「あ、はい……」

「なんだ?ウル、急に元気がなくなったな?」

「もぅ!エリアスっ!」

「え?」


本当にエリアスは鈍感だった。
ここまで鈍感だとは思わなかった。
だからヴェーラの気持ちにも全く気づかなかったんだろうけど……

けど、そんな事があったから、さっきの重い空気じゃなくて、楽しく食事をする事ができたんだ。
そんな風に、重い空気を一変していったミーシャの明るいところとかが、ゾランは好きになったのかも知れないな。

ミーシャを見るゾランの目は凄く優しくて、それを嬉しそうに見ているミーシャがいて、その姿がさっき見た母と父の姿と被って見える……

母は今、幸せなんだろうか……
もう私と旅をする事はないんだろうな。
ウルと暮らすこともないと思う。
おそらく母はここで、父と添い遂げるつもりでいるんだろう。

じゃあ、これからどうする?

私は旅の目的を無くしてしまったんだ。

生まれて間もなく母と二人で旅をしていて、定住することなく、色んな街や村へ行って……
母には旅をする意味があった。
けれど、元より私には旅をする理由が無かった。
母がそうしていたから、自分もそうしていただけだ。
母がいなくなって、それからは母を探す旅をして……
記憶が無くなってからは、私の魅了に侵された者達から逃げる為に旅をするようにあちこちへ行って……

エリアスが私を探しだしてくれてから、腕輪を直してくれる錬金術師を探す旅をして、それからオルギアン帝国まで……

じゃあ、次は?

次はどうする?

ふとエリアスを見ると、私の視線に気づいたエリアスも私を見て、それからニッて笑った。
口の横にソースがついてる……


「エリアス、口のとこにソースがついてる……」

「え?どこだ?」

「ここだって……」


エリアスの口の横についたソースを拭う。


「そう言うアシュリーも、ほら、パンがついてる。」

「え?!」


エリアスは私の頬についたパンくずを取って、自分の口に入れる。
ちょっと恥ずかしくなって、思わず顔を見合せて笑ってしまう。


「またイチャイチャする……」

「お二人は仲が良いんですね……その……アシュリーさんは……リディ様とは……」

「ミーシャ!余計な事を聞く必要はない!慎みなさい!」

「あ!はい、すみません!出過ぎた真似を……!」

「ここはもう良いから、他の仕事をしてなさい!」

「はい……失礼しました……」


肩を落としたミーシャが部屋から出ていく。
その姿をウルが心配そうに見る。


「ゾラン、そんな怒ってやんなよ。ずっとディルクのそばにいて色々見てきてて、ミーシャは心配してたんだろ?」

「分かっています。ですが、それでもメイドが口を出す事ではありません。ミーシャはリドディルク様をお慕いしているので、偏った考えを持ってしまっています。気持ちは分からなくはありませんが、この事は私達が踏み込む問題ではありません。」

「そうだけどよ……」

「ですが……一つだけ言わせて頂いてもよろしいでしょうか?アシュリーさん。」

「え?な、なに?」

「失礼を承知で申し上げます。……リドディルク様を……無くさないでください……!」

「ゾラン……」

「あのお方は、この帝国にとって、ひいては属国を含める国々にとって必要な方なんです!いえ、それだけではなく……僕もそうですが……リドディルク様につかせて頂いている者達皆が、リドディルク様をお慕いしているんです!あの方がいなくなるなんて事は……考えられないんです……!」

「ったく……幸せな野郎だな……ディルクはよ……」

「ですから……どうか!どうかお願い申し上げますっ!」

「うん……うん、ゾラン……ありがとう……分かってる……私もディルクは大切だよ……いなくなるなんて……やっぱり考えられないんだ……」

「アシュリー……」

「ごめ……エリアス……」

「なんで謝んだよ?それで良いんだよ……」


涙ぐんだ私を見て、エリアスが頭を撫でながら優しく笑う。

やっぱり……

どんなに寂しく思っても、やっぱりディルクにはいて欲しい……
ディルクの笑顔が……優しく話すその声が……私を抱き締めてくれたその腕が……私の胸にしっかり焼き付いて、それを無くす事なんてやっぱり出来ないんだ……
そう思っている事がエリアスに申し訳なく思えてしまって……

微笑むエリアスに私はどう答えていいか、分からなくなってしまうんだ……





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