慟哭の時

レクフル

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第八章

エリザベート

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食事が終わって、三人でお茶を飲んでいた。

ゾランは、用があったらまた呼んで下さいって言って、食事が終わるとすぐに出ていった。
色々忙しそうだ。

お茶は香りの良いカモミールティーで、ここに来てから体力は使ってなかったけれど、気持ちが沈んでしまう事が色々あって……このお茶は気持ちを癒してくれる効果があるんだと、給仕の人が教えてくれた。
きっとゾランがそう手配してくれたんだろう、って、エリアスが言ってた。
ゾランって気が利く人なんだな。


「ここの食事、美味しかったなぁ。さすがお城の料理やな。あ、でも、姉ちゃの作るのも美味しいで!また違う感じで。アタシ、最近舌が肥えてきたかも知れへんわー。」

「俺はアシュリーの作る料理の方が舌に合うかな。アシュリーは良い奥さんになるんだろうな。」

「な、何言って……!それはそうと、ウル……どうするんだ?その……ウルのお母さんの事は……」

「……うん……アタシ、お母さんにも、リサにも捨てられた訳じゃないって分かって、それはむっちゃ嬉しかってん。それまでは、アタシっていらない子なんかなって……そんな事考えたりしてて、ずっと不安で……」

「うん……分かる。私も記憶を無くした時はそんな気持ちだったから……」

「そうだったんだな……」

「けど、そうとちゃうって……帰りたくても帰って来れなかったって分かって、そんな悲しい思いをしてたって分かって、なんかお母さんが可哀想に思えてもうて……リサにも色々事情があって、アタシは何も知らんと自分の事ばっかり可哀想に思ってて……なんか、そんな自分が恥ずかしいねん……」

「そんな事ないよ!仕方がないよ!だって、一人が寂しいの、すごく分かるから……!私もずっと……ずっと寂しくて……」

「アシュリー……」

「うん、ありがとう姉ちゃ……」

「だから……そんな風に思わなくて良いと思う。そんな事、気にしないで……」

「そうだぞ、ウル。ウルの母ちゃんも、きっとそんな事で悩んで欲しくねぇと思うぞ?」

「うん、分かった。もう気にせぇへんことにする。……けど、お母さんは……今心の病気って……アタシと会って……ちゃんとアタシの事分かってくれるのかな……?」

「ウル……」

「会ってみねぇとだな……どうする?まだ踏ん切りはつかねぇか?」

「……ううん……会う……会いたい……!」

「そっか。じゃあゾランに言って、案内して貰うか。」

「あ……うん……」


少し顔を赤くしたウルを不思議そうに見ながら、エリアスは給仕の人に頼んでゾランを呼んできて貰った。
ウルは私達も一緒に来てって言うので、ゾランとウルと共にウルのお母さんの元へと案内して貰った。

そこは城の外れの一角で、日がよく当たり、廊下の窓からも木々が生い茂っているのが分かって、森に住むエルフにとって過ごしやすそうな場所なんだろうと思われる所だった。

扉の前にいる護衛の者とゾランが話をして、それから扉をノックする。
けれど返事はない。
何度かそうするけれど返事はなく、仕方なくゾランは返事を待たずに扉を開けた。

礼をして部屋に入り、少ししてから私達も入るように促される。
ウルは緊張していて、なかなか思うように足が進まないようだ。
エリアスと私でウルと手を繋いで、ゆっくり部屋まで三人で進んでいく。

扉の向こう側に行くと、一人の女性が窓から生い茂る木々を眺めていた。

髪が淡い金色に輝いていて、その姿は凄く痩せていて頬も痩けていて、今にも折れそうな程に儚げな感じがした。
長く、結われてもいないその髪から覗くように、長く尖った耳が見える。
彼女がウルの母親のエリザベートなのか……

ウルはしばらくその様子を見ていて、私達から手を離し、少しずつ少しずつゆっくりとエリザベートに近づいて行く。
それでもエリザベートはこちらを見ようともしない。


「お……かあ……さ……」


かすれる声で、ウルがエリザベートに向かってそう言った。
けれど、まだこちらを向こうとしない。


「お母さん……」


ウルが勇気を振り絞って言ったその言葉は、それでも微かな響きで、彼女の元まで届いたかどうかは分からない。


「お母……さ……うぅ……おか……うっく……」


ウルの声は涙で上手く言葉にならなくて、その思いだけが溢れている感じだった。
それからは声にならずに、ただウルの押し殺した泣き声だけが部屋に響く……


「ウル……一旦戻ろう?またいつでも来れるから……」

「そうだな、そうしよう。ゾラン、すまねぇ。」

「分かりました。では……」


ウルと手を繋いで、涙でいっぱいで動けなくなったウルを支えるようにして部屋を出ようとした。


「ウ……ル……」


それは細く頼りなくて、私にしか聞き取れないようなとても小さく呟くような声で……
勢いよく私が振り返ると、こちらを見ているエリザベートの姿があった。


「ウル!ウルっ!お母さんがっ!」

「え"……?」


涙で上手く話せないウルが、ゆっくりと振り返る。
ウルが両手で涙を拭いながら見ると、こちらを向いたエリザベートがいた。


「おが……さ……うぅ……おかぁさ……!うぁぁぁぁーん!!」

「ウル……」


たまらずに大声で泣き出したウルは、ゆっくりエリザベートの元へ行って、それから恐る恐る震える手でエリザベートのドレスのスカートのを掴む。
エリザベートはウルのフードを取って、それからしっかりウルの顔を確認してから、何度もウルの顔を撫でて、それからエリザベートも涙を流して、ウルを抱き締めた。

二人は抱き合いながら泣いていた。
その様子を見てから、そっと私達は部屋から出ていった。


「良かったな……」

「うん……えっ……!エリアスっ!すごい泣いてるっ!」

「泣いてねぇよ!ってか、アシュリーも泣いてるじゃねぇか!」

「エリアス程じゃないからっ!ちょっと涙ぐんだだけだし!」

「やっぱりエリアスさんはそうですよね!」

「何がだよ!ったく、普通感動すんだろ、こう言うの!」

「僕だって感動してますよ!泣きませんけど。」

「冷てぇ男だな、ゾランはよ……ったく……こんなののどこが良いんだ?ミーシャは……」

「えぇ?それは……どこでしょうか……仕事以外特に何の取り柄もない僕なのに……なんで僕なんでしょうか……」

「ふふ……ミーシャと同じ事を言ってる……」

「えっ?!何ですか?アシュリーさん!ミーシャがなんて?!なんて言ってたんですか?!僕の事を何か言ってたんですか?!」

「……必死だな……」

「だってそうでしょう?!可愛くていつも元気で、皆を癒してくれる魅力を持っていて……そんなミーシャがなんで僕なんかと結婚してくれるのか、正直分からないんですよ!」

「……どっちもどっちだな……お似合いじゃねぇの?」

「えっ?!えっ?!そうですかね?!そう思いますか?!本当ですか?!」

「ゾランのこんな姿は……ウルに見せない方がいいな……」

「え?なんですか?アシュリーさん?」

「ううん、何でもない。」


そんな風に三人で笑い合って、部屋まで戻っていった。

良かった。
本当に良かった……!
ここに来て……オルギアン帝国に来て良かった。
まだ解決出来ていないこともあるけれど、少しずつ前に進めてる気がする。

日が落ちても、ウルは帰って来なかった。
会えなかった時間を埋めるように、親子二人きりで過ごしているんだろうな……

夜の食事が終わって入浴を済ませて寝る時間になっても、やっぱりウルは帰って来なかった。
ミーシャがやって来て、この部屋とは別にもう一室あるから、と言ってきたが、エリアスはそれを断って一緒の部屋でいいと言う。
ミーシャは戸惑いながら、多く口出す事をせずに、着替え等を置いて出ていった。


「そろそろ寝るか。」

「あ、うん……」

「大丈夫だ。今日はなんもしねぇよ。」

「え……うん……」

「けど、俺と一緒に寝てくれな?今はアシュリーを離したくねぇんだ……」

「うん……分かった。」


一緒にベッドに入ってエリアスの腕の中で眠りにつくけれど、なかなか眠れなくて……
暫くそうしていると、エリアスの痛みがまた襲ってきたようだった。
いつもの様に体を冷やして、体温を調整する。
しばらくの間そんな風にしていると、少しずつエリアスの力が無くなっていって、眠りについたようだった。

目を閉じて眠ろうとするけれど、今日あった色んな事が頭の中を駆け巡る。
お母さんに会えた。
やっと会えた。
知りたかった事を教えて貰う事も出来た。
それから、ウルのお母さんがここにいたことも分かって、ウルは母親と会う事が出来た。

それから……

ディルクに会えた。

会いたくて会いたくて……
やっと会えたのにあんな姿で……
それは私がそうしてしまったんだけど、それでも会えた事が嬉しくて……

私のもう一つの命であるディルク……

だから求めてしまう?
あんなに安心してしまうの?

またそんな事を考えて……

考えて……

考えて……

気づくと目の前が歪んでいて、その歪みが形を正していったら、そこはディルクがいる部屋だった。




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