123 / 141
フェルテナヴァル国へ
しおりを挟む現れたシルヴェストル陛下に、集まった者達が皆、緊張の面持ちで見つめる。
通常、国王であるシルヴェストル陛下は戦場には赴かない。全体の戦況を知りならが指示を出す立場であるからだ。現場では隊を纏める優秀な隊長を据え、状況に合わせて攻撃の仕方等を変えていくのだが、その全体像を把握し最終的に決定を下すのは国王だ。
だが今回に限り、シルヴェストル陛下はフェルテナヴァル国に行くと言って聞かなかった。
余程ジルにしてきた仕打ちに怒りが収まらなかったからだろう。気持ちは分かる。だけど国王が自ら戦場に赴くなど、通常は有り得ない。
だから周りの皆が必死に止めたのだが、この件に関しては一歩も譲らなかった。
そして、もしシルヴェストル陛下に何かあれば、王位継承権は従兄弟にあたる人物にと書面に記したそうだ。
ジルに王位継承権をと言わなかった事には、シルヴェストル陛下の親心が伺えた。
ジルは決して女王等になりたくはないだろう。そんな事は一度も考えたことが無いはずだ。それはジルを思っての事なのだ。全く、本当に頭の下がる思いだ。
「これより、フェルテナヴァル国に侵入し、戦いに挑む。皆はこれまでに叩き込まれた計画通りに行動すれば良い。しかし、状況により戦況が変わることもあるだろう。その場合は己で判断し、より良い選択をとって貰って構わぬ。一番肝に銘じておいて欲しいのは……」
皆が真剣にシルヴェストル陛下の言葉に聞き入る。尊敬する威厳ある君主の言葉を何一つ聞き逃さないようにと、ゴクリと息を飲み緊張の面持ちで見つめる。
「己自身の命を一番に考えよ! 戦場で死ぬ事を誇りと思うな! 必ず生きてこの国まで帰って来るのだ!」
その言葉を聞いた者達皆が、
「「「うおぉぉぉぉぉーーーーっっ!!!」」」
と熱狂し声を上げ、拳を突き上げた。
誰よりも何よりも、自国民の命を重んじる国王に、皆が心酔したように声を上げる。
これが王たる者なのだろう。シルヴェストル陛下は、まさに王者として相応しい人物だ。
士気が上がった騎士や兵士達はすぐに動き出す。俺のそばに5人の騎士が駆け寄ってきた。
転移石を握り魔力を込めると、俺と5人の騎士はフェルテナヴァル国内の、ジルが捕らえられていたあの塔の近くまで瞬間移動した。
ここで一旦騎士には待機してもらい、俺はもう一度ヴァルカテノ国まで戻り、また騎士を5人そばに置いて転移石で移動する。
これを何度も繰り返す。
事前に王城への道のりや入口と裏口、内部構造等知りうる限りを教えてある。転移場所には護衛の者を数人置き、50人揃ったところで第一軍が王城へと向かう。
俺はそうやって何度も騎士と兵士を転移石で人員を移動させていくが、通常はかなり魔力を使うはずなのに今日は一向に疲れない。
無限に力が湧いてくるような感じで、魔力も尽きる事なく溢れてくる。
きっとこれがジルの加護なのだろう。
心なしか、移動するために俺の傍に来た騎士や兵士達も、いつもより力が溢れているように感じる。ジルの恩恵が俺から伝わっているようだ。本当に凄いとしか言いようがない。
何度もそうやって騎士や兵士達を送り出す。事前に打ち合わせた通りに皆が機敏に動いていく。連携が取れていて行動に無駄がない。流石だ。
最後に兵士に連れられたヴィヴィとシルヴェストル陛下がやって来た。
ヴィヴィは辺りをキョロキョロ見渡して、ここがかつて自分が住んでいた塔であると悟ったのだろう。塔を見つめたまま、何も言わずに動かなくなった。
この塔にヴィヴィは一旦据え置かれる事になっている。この頃には既に塔は制圧されていた。兵士はヴィヴィを連れて塔へと向かって行く。ヴィヴィはまだ俺に助けを求めるような目を向けているが、目を合わせずにヴィヴィがここからいなくなるのを待った。
やるせない思いが胸に残るが、これは仕方ない事だと自分に言い聞かす。
ヴィヴィから得た情報だが、ヴィヴィはこの塔で暮らしていた頃、地下通路から様々な所に出掛けていたと言っていた。一番によく行った場所は王都だったそうだが、たまにヒルデブラント陛下に呼び出されて王城まで赴いていたのだそうだ。
それを聞いて俺は呆れてものが言えなくなった。地下通路は敵に侵略された時に、王族が逃げる為に作られた隠し通路の筈だ。だから一般に知られてはいないし、知られてはいけないのだ。
それをヴィヴィごときが使う事ができた等、しかも王城へ行く通路まで教えられていた事が驚きだった。
一体何を考えていたのか。いや、何も考えていなかったのだろうな。
ジルがいることによって、政治的に有利になって過信したか。なんと愚かなのだろう。
その通路は王城から様々な場所へと繋がっている。勿論、全てヴィヴィが把握はしていないだろうが、この件に関して調査をしていたのが暗部のイザイアだ。
密かにシルヴォと連絡を取り合い、地下通路を調べていたそうだ。
正々堂々と王城へ向かう部隊、そして通路出口で逃げ出した者達を蹂躙する部隊と、地下通路から侵入して内部へ向かう部隊と大まかに分けられていて、俺たちは地下通路から侵入する事になっていた。
そして、この計画を進めていくうちに調べて分かった事だが、自国に反発を持っていた者達も多くいて、反乱軍が存在していた事が判明したのだ。
そこにもイザイアが動いてくれた。反乱軍リーダーと掛け合い、一緒に戦う事を承諾させたのだ。
これは罠かも知れないとの懸念があったが、決して裏切らない為にと、互いに契約書を交わしたのだ。契約書には関わる全ての者達の血液が一滴落としこまれてあり、契約を破った者がいるとその時点で、血液をしたためた者の命が尽きる、というものだった。
そうやってヴァルカテノ国と近隣国だけでなく、自国の反乱軍にも追い詰められたフェルテナヴァル国は、もはや勝ち目はないと考えられている。
反乱軍ができると言うことは、自国に対して不平不満を持つ者が多いからだ。古来より続く王族至上主義のこの国において、平民が反旗を翻す事は並大抵の事ではない。
それでもこうやって密かに力を付け、この国を変えようと立ち上がっている者達がいた事に、俺は感動すら覚えたものだ。
地下通路から王城へと向かう。
シルヴェストル陛下自身もかなり武力と魔術に長けていると聞いたことがある。実際に戦っている所を見たことはないが、かなり強いらしい。
それでも国王に何かあってはいけないから、この部隊は今回で一番の強者が集まる部隊となった。
それでも油断はできない。
必ずシルヴェストル陛下を守らなければ。
周囲に気を張りながら、俺たちは慎重に地下通路を進んで行くのだった。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜
福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。
彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。
だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。
「お義姉さま!」 . .
「姉などと呼ばないでください、メリルさん」
しかし、今はまだ辛抱のとき。
セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。
──これは、20年前の断罪劇の続き。
喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。
※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。
旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』
※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。
※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
押し付けられた仕事は致しません。
章槻雅希
ファンタジー
婚約者に自分の仕事を押し付けて遊びまくる王太子。王太子の婚約破棄茶番によって新たな婚約者となった大公令嬢はそれをきっぱり拒否する。『わたくしの仕事ではありませんので、お断りいたします』と。
書きたいことを書いたら、まとまりのない文章になってしまいました。勿体ない精神で投稿します。
『小説家になろう』『Pixiv』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる