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地下通路
しおりを挟む等間隔に置かれた魔道具の照明は、人が通ると察知して明かりがつく。だから地下通路に入ったばかりの時は真っ暗だった。
進んで行くと、少しして人がいないのが分かるのか明かりは消えてしまう。その時間は大体で3分程と言ったところか。
と言うことは、ここには3分以内に人がいた事がない、と言う事だ。
それだけを頼りにしてはいけないが、隠れる場所が殆どないこの場所では、概ねそうだろうと考えられる。
様々な場所に設置されてある出入口から地下通路に潜り込み、王城へと向かう部隊は進行する道順が決められている。
ヴィヴィの証言とイザイアの調査により、ある程度明らかにされたこの地下通路で、なるべく同じ通路を使わないようにと考えている。
それでも状況により、どうしても予定とは違う通路を使う事もあるだろう。その時は部隊別に決められた色を壁に残す事になっている。
それは大きな判子のような物で、想定外の通路を使った場合は壁にその判子を押していくのだ。
間違えたり通路が通れなかったりした場合は一つ、罠等で通らない方がいいと判断した場合は二つ、と言った具合に、そうすることで何処の部隊がどんな理由でこの通路を通ったのかが分かるようにしていた。
俺は魔力を飛ばし、人の気配を察知できるようにして慎重に進んでいく。とは言え、ゆっくりしている場合じゃない。遠くで戦っている声や音が通路の壁に反響して聴こえてくるのだ。
やはりこの通路は様々な者達に使われていたのだな。通常は王家や一部の高位貴族にしか知らされない筈なのに。
そんな時、バタバタと此方に走ってくる足音が聴こえてきた。俺はシルヴェストル陛下の前に立ち剣を抜く。
姿を現したのは近衛隊だ。服装でそれと分かった。
近衛隊は王族の守りを要とする部隊だが、それが何故こんな所に……
こちらに王族共々逃げて来た、と言う事なのか? しかし、そのような人物は近衛隊の中には見当たらない。
近衛隊の中に見覚えのある顔があった。何度か言葉を交わした事がある程度だが。
「貴様……っ! 騎士団所属の者ではないか! なぜ敵側に付いているのだ?!」
「この国を見限ったのでね」
「裏切り者が!」
「それより、近衛隊は王族を守る盾だろう? なぜこんな所にいる?」
「……この国はもうダメだ……」
「ハッ! 貴様もこの国を見限っているじゃないか! 裏切り者はお互い様だ!」
「お前と一緒にするなぁぁっ!」
叫びながらその男は斬りかかってきた。それがやけにスローに見える。
この男は決して弱くはない。剣術大会ではいつも上位に上がる奴だ。そいつの剣が、まるで子供がノロノロと剣を振る程度にしか見えない。
それを避けるのは容易い。剣が振り下ろされる前に瞬時に距離をつめ、横凪ぎに剣を振るうと、一瞬にしてその男の腹と首から大量の血が吹き出した。
この一瞬で俺は、腹と首に太刀をあびせたのだ。恐らく剣筋は見えていなかったのかも知れない。振りかぶったと思ったら、斬られてたといった感じだったか。
ズシャリと音を立てて男は崩れ落ちる。そんなにいっぱい武器や防具を身に付けているから動きが鈍かったんじゃないのか?
そんなふうに思いながらソイツを見下ろしていると視線を感じた。他の近衛隊やこちら側の騎士達でさえも俺を凝視している。
なんだ? 何かあったのか?
ガタガタと震えた近衛隊が
「うわぁぁぁっ!!」
と叫びながら剣を振り上げて何人もこちらに向かってくる。
そんな大振りでどうしたのかと思いながらも剣を振るっていく。もちろん俺だけがそうしている訳ではない。皆が向かってくる近衛隊に対応しているのだ。
何だか皆の行動がゆっくりに見える。しかしそんな筈はない。ここにいるのはヴァルカテノ国でも一番の剣術士に魔術師、そして魔法剣士だ。俺よりも強い人達ばかりだ。
なのにその行動一つ一つが遅く見える。もしかしてこれもジルの恩恵か? やはり凄いな。ジル。そしてありがとう、ジル!
向かってくる奴等を斬り伏せていく。話し合える時間さえあれば、もしかしたら仲間になれたかも知れない。しかしそんな間もなく攻撃を仕掛けて来たのなら対抗するしかない。
そうして俺たちは、向かってきた近衛隊を難なく倒すことができた。
戦闘が起きた場合は壁に判子を三つ残していく。これで何処の部隊が戦闘したのかが分かる。
そんな事を繰り返して通路を進んでいく。
此方に逃げてきたであろう者達と対峙するが、向こうに戦闘意欲がない場合は、拘束だけしてその場を離れる。その場合は判子を四つ。後で引き取りに来るとして次へと急ぐ。
階段があったので上がっていく。ここも慎重に。シルヴェストル陛下の守りを固めながら、通路から抜け出る。そこは王族の部屋と思われる場所だった。
辺りを見渡すと、侍女や従者と思われる人達が血を流し横たわっているのが見えた。
既にヴァルカテノ国の部隊が来ていたのか? と思いつつも様子を見る。しかし、味方の気配はない。
注意深く気配を辿っていると、弱々しい気配を感じた。剣を構えて進んでいくと、部屋の片隅、暖炉の横の方に手足を拘束され猿轡を噛まされた女性と子供の姿を発見した。
これは……王妃と王子か……?
俺たちを見て恐れおののいていて、王妃と思われる女性は子供を守るように、拘束されて動きにくいだろうに、体を蠢かして子供の前に出ようとしていた。
自分の身より、我が子を守ろうとした事に何だか安堵する。
騎士の一人が女性の猿轡を外す。女性は震えながらも、此方に言わねばならないとばかりに告げてきた。
「どうか! どうかこの子だけでも助けてくださいませんか?! お願いしますっ! どうか……っ!」
涙をボロボロ流し、懇願するように頭を下げる。後ろで子供が
「う"ーっ! う"ぅ"ーっ!!」
と声を発するようにして、首を横に振っている。
シルヴェストル陛下が前に出て、膝をつき女性に話しかける。
「大人しくしておれば命までは取らぬ。そなたはこの国の王妃か?」
「わ、わたくしはヒルデブラント様の側室のエミリアでございます……!」
「側室……それがなぜそのように拘束されておったのだ? 我が部隊が拘束したようには思えぬが……」
「お、囮にされたのでございます……! その間に逃げる為に……っ!」
「なんと卑怯な! 女、子供を囮にするなど考えられぬ! 誰がそのような事を?!」
「第一王子のミロスラフ様……いえ……ミロスラフ陛下でございます……」
「ヒルデブラントが生きる屍となった故に即位した王子か。父親と同じく、腐りきった奴なのだな」
「ミロスラフ陛下は冷徹非情な方でございます……わたくし達を守ろうとした侍女や執事までも手にかけられて……っ! 侍女の中にはミロスラフ陛下の乳母もおりましたのにっ!」
「つくづく最低な男なのだな。安心せよ。そなた達に危害は加えぬ。そしてそのミロスラフとやらを必ずや討ち取ってみせようぞ」
涙を流しながらエミリアは頭を下げた。
やはり親子なのだな。そんな奴が上に立つ国に未来はない。
必ずミロスラフを討ち取らなければ……!
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