134 / 141
お伽噺のように
しおりを挟む
夜はジルと一緒に眠る。
ベッドで眠っているジルを眺めながら髪を撫で、頬に触れる。柔らかくて温かい。
俺はそっと横になり、ジルを抱き寄せる。寝息が耳に届く。良かった。生きてる。それが分かるだけでも安心する。
ジルは暗闇の中に一人でいる状態なのかも知れない。
あの時……
ヒルデブラントの闇に飲み込まれそうになった時、俺は深い沼の中に落ちていくような感覚でいたのを、今でもハッキリと思い出せる。
もうここから抜け出せないのか、二度と光に触れられないのかと感じるほどの闇だった。
ヒルデブラントからジルを解放したくて、ジルに会いたくて、もがくように手を伸ばしたんだ。
ジルを思うだけであの時は力が湧いた。それはジルが俺に加護を与えたからだと思っていたが、ここから助けてくれていたんだよな。
だから俺もジルを助けたい。闇の中で苦しんでいるのなら、俺がそこから救いだしたい。
「ジル……そこは寂しくないか? 俺はここにいるよ。ずっとジルの傍にいる。だから早く目を覚ましてくれないか?」
そう告げても、ジルは眠ったままだ。その寝顔は美しく、いつまでも見ていられる程だが、やはりジルは笑顔が似合う。またあの笑顔を見せて欲しいのに……
指を絡めるように握って、眠るジルの頬に優しく口づける。それから唇にも軽く触れるだけのキスをした。
眠っている状態で、こんな事をするなんてと思って今までは出来なかったが、可愛らしく眠るジルの顔を見ていたら思わずそうしてしまった。
いや……幾日もジルが起きない事が怖くなって、考えれば考えるほどに自分は無力で情けなくて、求めるようにすがるように口づけてしまったのだ。
無抵抗で許可もない状態のジルにこんな事をしてしまうなんて、俺は本当に情けない……
「ん……」
小さな声と共に、絡めた指がピクリと動いた。
「ジル……? ジル! 俺だ! 分かるか?! リーンハルトだ! ジル! 頼む、目を覚ましてくれ!」
「リー……」
唇が何か言いたげで微かに動くけれど、それが言葉としてはなかなか発しなかった。それでも反応があった事が嬉しくて、俺はジルを呼び続ける。
「ジル! お願いだ! 一人で暗闇の中にいないでくれ! ジル!」
「リーン……」
「あぁ、そうだ! 俺だ、ジル! ここにいる!」
一言俺を呼んで、またジルは何も言わなくなった。だが俺を認識してくれた。名前を読んでくれた。なぜだ? 今まで何度もジルを呼んで起こそうとしたが、こんな反応はなかった。なんで今日は反応してくれたんだ? 何かいつもと違うことは……
俺はさっきジルにキスをした。もしかしたらそれに反応したのか?
ジルは愛情を求めるようにキスをせがむ事がよくあった。だからか? だからなのか?
俺はまたジルに口づけた。今度は何度も。優しく啄むように。そうするとジルの指がピクリピクリと動く。頼むジル。俺を求めてくれ。そう思いながら口づけを続ける。
腰に手をまわし抱き寄せながら、何度も何度も口づけを繰り返す。
するとジルの指が俺の手をしっかり握りだした。それに驚いて唇を離す。
「ジル……」
「リーン……」
ゆっくりとジルは目を開ける。その目からは涙が滲んでいた。
「ジル! ジル! 良かった!」
「リーン……会いた、かった……」
「あぁ、俺もだ! 会いたかった!」
「ん……」
「ジル、どこか痛い所はないか? 辛い所はないか? 具合はどうだ?」
「リーン……あの、ね……」
「どうした? ん?」
「おなか、すいた……」
「そう、か……そうだな、うん、すぐに用意して貰おう! アデラ! アデラ!」
大声でアデラを呼ぶと、すぐに駆け付けてくれた。目覚めたジルを見て、驚いて、そして嬉しそうな顔をしながら涙ぐんだ。
食事の用意を頼むと、急いでこの場を去った。アデラもずっと心配してくれていた。だからきっと嬉しかったんだろうな。
「ジル、大丈夫か? 起き上がれるか?」
「ん……」
背中に手をやり、ゆっくりと抱き起こす。それからギュッと抱きしめる。ジルも俺を抱きしめてくれる。あぁ、良かった……良かった……
アデラはすぐにここに食事の用意をしてくれた。俺はジルを抱き上げてテーブルまで行き、椅子に座らせる。
ジルのすぐ横に椅子を置いて俺はそこに座った。
まずは飲み物を、と、水を渡すと、ゆっくりゆっくり飲んでいた。ついジッと見つめてしまう。どんな仕草も見逃したくなかったからだ。
目が合うと、ニッコリ笑ってくれた。良かった……本当に良かった……
スープを口にして、ジュースを飲んでいるところで、シルヴェストル陛下が駆け付けて来た。
ジルが起きているのを見て、ハラハラと涙を溢しながらジルに抱きついた。それには流石にジルはビックしていた。
「ジュディス! ジュディス! あぁ、良かった! 良かったぁ!」
「あの、父上、苦しい、です」
「あ、あぁ、すまぬ!」
「お気持ち、分かります」
「リーンハルト殿! ジュディスはどうして目覚めてくれたのだ?! 何かしたのか?!」
「え……それは……」
「えっと、ね……ずっとリーンの声は、聞こえてたの……でも、どこにいるのか分からなかったの……」
「そうだったのか?」
「ん……真っ暗闇の中に一人でね、怖くて……時々ヒルデブラント陛下とか、神官とかが追いかけてくるの……なぜかそれだけはハッキリ見えて……」
「そうか……怖かったな……」
「うん……でもリーンの声が聞こえたら、いなくなっちゃうの……だからずっとリーンを探してたの」
「そうだったんだな……」
「それで、リーンハルト殿の声を辿ったのか?」
「えっとね、温かくなったの。リーン、私にキス……」
「ジル、それはっ!」
「そうなのか?」
「うん、リーンがキスしてくれたんだよね?」
「そ、そう、だ、けど……」
「お伽噺のようだな。王子の口づけで姫が目覚める、か……」
「リーンを近くに感じられたの。手を伸ばしたらリーンがいたの」
「ジル……」
「でも……」
「どうした? ジュディス?」
「ジル?」
「私……悪いの……嫌なことばかり……考えちゃうの……」
「ジル、それは誰にでもある感情なんだ。ジルは悪くなんかない」
「そうだ。ジュディスは聖女である前に、一人の人間なのだ。悪しき感情があるのは当然なのだ」
「でも……怖いの……また闇の中に引き摺り込まれそうで……怖い……」
「ジル……」
俺はジルの手を握る。俺だって怖い。また目覚めなくなってしまったらと思うと、ジルが眠ってしまうのが怖くなる。
どうしたらジルから闇を取り払ってやってあげられるのか……その闇をなくさなければ、ジルはずっと恐怖を感じたままなのだろう。
しかしどうすれば……
ベッドで眠っているジルを眺めながら髪を撫で、頬に触れる。柔らかくて温かい。
俺はそっと横になり、ジルを抱き寄せる。寝息が耳に届く。良かった。生きてる。それが分かるだけでも安心する。
ジルは暗闇の中に一人でいる状態なのかも知れない。
あの時……
ヒルデブラントの闇に飲み込まれそうになった時、俺は深い沼の中に落ちていくような感覚でいたのを、今でもハッキリと思い出せる。
もうここから抜け出せないのか、二度と光に触れられないのかと感じるほどの闇だった。
ヒルデブラントからジルを解放したくて、ジルに会いたくて、もがくように手を伸ばしたんだ。
ジルを思うだけであの時は力が湧いた。それはジルが俺に加護を与えたからだと思っていたが、ここから助けてくれていたんだよな。
だから俺もジルを助けたい。闇の中で苦しんでいるのなら、俺がそこから救いだしたい。
「ジル……そこは寂しくないか? 俺はここにいるよ。ずっとジルの傍にいる。だから早く目を覚ましてくれないか?」
そう告げても、ジルは眠ったままだ。その寝顔は美しく、いつまでも見ていられる程だが、やはりジルは笑顔が似合う。またあの笑顔を見せて欲しいのに……
指を絡めるように握って、眠るジルの頬に優しく口づける。それから唇にも軽く触れるだけのキスをした。
眠っている状態で、こんな事をするなんてと思って今までは出来なかったが、可愛らしく眠るジルの顔を見ていたら思わずそうしてしまった。
いや……幾日もジルが起きない事が怖くなって、考えれば考えるほどに自分は無力で情けなくて、求めるようにすがるように口づけてしまったのだ。
無抵抗で許可もない状態のジルにこんな事をしてしまうなんて、俺は本当に情けない……
「ん……」
小さな声と共に、絡めた指がピクリと動いた。
「ジル……? ジル! 俺だ! 分かるか?! リーンハルトだ! ジル! 頼む、目を覚ましてくれ!」
「リー……」
唇が何か言いたげで微かに動くけれど、それが言葉としてはなかなか発しなかった。それでも反応があった事が嬉しくて、俺はジルを呼び続ける。
「ジル! お願いだ! 一人で暗闇の中にいないでくれ! ジル!」
「リーン……」
「あぁ、そうだ! 俺だ、ジル! ここにいる!」
一言俺を呼んで、またジルは何も言わなくなった。だが俺を認識してくれた。名前を読んでくれた。なぜだ? 今まで何度もジルを呼んで起こそうとしたが、こんな反応はなかった。なんで今日は反応してくれたんだ? 何かいつもと違うことは……
俺はさっきジルにキスをした。もしかしたらそれに反応したのか?
ジルは愛情を求めるようにキスをせがむ事がよくあった。だからか? だからなのか?
俺はまたジルに口づけた。今度は何度も。優しく啄むように。そうするとジルの指がピクリピクリと動く。頼むジル。俺を求めてくれ。そう思いながら口づけを続ける。
腰に手をまわし抱き寄せながら、何度も何度も口づけを繰り返す。
するとジルの指が俺の手をしっかり握りだした。それに驚いて唇を離す。
「ジル……」
「リーン……」
ゆっくりとジルは目を開ける。その目からは涙が滲んでいた。
「ジル! ジル! 良かった!」
「リーン……会いた、かった……」
「あぁ、俺もだ! 会いたかった!」
「ん……」
「ジル、どこか痛い所はないか? 辛い所はないか? 具合はどうだ?」
「リーン……あの、ね……」
「どうした? ん?」
「おなか、すいた……」
「そう、か……そうだな、うん、すぐに用意して貰おう! アデラ! アデラ!」
大声でアデラを呼ぶと、すぐに駆け付けてくれた。目覚めたジルを見て、驚いて、そして嬉しそうな顔をしながら涙ぐんだ。
食事の用意を頼むと、急いでこの場を去った。アデラもずっと心配してくれていた。だからきっと嬉しかったんだろうな。
「ジル、大丈夫か? 起き上がれるか?」
「ん……」
背中に手をやり、ゆっくりと抱き起こす。それからギュッと抱きしめる。ジルも俺を抱きしめてくれる。あぁ、良かった……良かった……
アデラはすぐにここに食事の用意をしてくれた。俺はジルを抱き上げてテーブルまで行き、椅子に座らせる。
ジルのすぐ横に椅子を置いて俺はそこに座った。
まずは飲み物を、と、水を渡すと、ゆっくりゆっくり飲んでいた。ついジッと見つめてしまう。どんな仕草も見逃したくなかったからだ。
目が合うと、ニッコリ笑ってくれた。良かった……本当に良かった……
スープを口にして、ジュースを飲んでいるところで、シルヴェストル陛下が駆け付けて来た。
ジルが起きているのを見て、ハラハラと涙を溢しながらジルに抱きついた。それには流石にジルはビックしていた。
「ジュディス! ジュディス! あぁ、良かった! 良かったぁ!」
「あの、父上、苦しい、です」
「あ、あぁ、すまぬ!」
「お気持ち、分かります」
「リーンハルト殿! ジュディスはどうして目覚めてくれたのだ?! 何かしたのか?!」
「え……それは……」
「えっと、ね……ずっとリーンの声は、聞こえてたの……でも、どこにいるのか分からなかったの……」
「そうだったのか?」
「ん……真っ暗闇の中に一人でね、怖くて……時々ヒルデブラント陛下とか、神官とかが追いかけてくるの……なぜかそれだけはハッキリ見えて……」
「そうか……怖かったな……」
「うん……でもリーンの声が聞こえたら、いなくなっちゃうの……だからずっとリーンを探してたの」
「そうだったんだな……」
「それで、リーンハルト殿の声を辿ったのか?」
「えっとね、温かくなったの。リーン、私にキス……」
「ジル、それはっ!」
「そうなのか?」
「うん、リーンがキスしてくれたんだよね?」
「そ、そう、だ、けど……」
「お伽噺のようだな。王子の口づけで姫が目覚める、か……」
「リーンを近くに感じられたの。手を伸ばしたらリーンがいたの」
「ジル……」
「でも……」
「どうした? ジュディス?」
「ジル?」
「私……悪いの……嫌なことばかり……考えちゃうの……」
「ジル、それは誰にでもある感情なんだ。ジルは悪くなんかない」
「そうだ。ジュディスは聖女である前に、一人の人間なのだ。悪しき感情があるのは当然なのだ」
「でも……怖いの……また闇の中に引き摺り込まれそうで……怖い……」
「ジル……」
俺はジルの手を握る。俺だって怖い。また目覚めなくなってしまったらと思うと、ジルが眠ってしまうのが怖くなる。
どうしたらジルから闇を取り払ってやってあげられるのか……その闇をなくさなければ、ジルはずっと恐怖を感じたままなのだろう。
しかしどうすれば……
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる