ただ一つだけ

レクフル

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お伽噺のように

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 夜はジルと一緒に眠る。

 ベッドで眠っているジルを眺めながら髪を撫で、頬に触れる。柔らかくて温かい。

 俺はそっと横になり、ジルを抱き寄せる。寝息が耳に届く。良かった。生きてる。それが分かるだけでも安心する。

 ジルは暗闇の中に一人でいる状態なのかも知れない。
 
 あの時……

 ヒルデブラントの闇に飲み込まれそうになった時、俺は深い沼の中に落ちていくような感覚でいたのを、今でもハッキリと思い出せる。
 もうここから抜け出せないのか、二度と光に触れられないのかと感じるほどの闇だった。
 ヒルデブラントからジルを解放したくて、ジルに会いたくて、もがくように手を伸ばしたんだ。

 ジルを思うだけであの時は力が湧いた。それはジルが俺に加護を与えたからだと思っていたが、ここから助けてくれていたんだよな。

 だから俺もジルを助けたい。闇の中で苦しんでいるのなら、俺がそこから救いだしたい。


「ジル……そこは寂しくないか? 俺はここにいるよ。ずっとジルの傍にいる。だから早く目を覚ましてくれないか?」


 そう告げても、ジルは眠ったままだ。その寝顔は美しく、いつまでも見ていられる程だが、やはりジルは笑顔が似合う。またあの笑顔を見せて欲しいのに……

 指を絡めるように握って、眠るジルの頬に優しく口づける。それから唇にも軽く触れるだけのキスをした。

 眠っている状態で、こんな事をするなんてと思って今までは出来なかったが、可愛らしく眠るジルの顔を見ていたら思わずそうしてしまった。
 いや……幾日もジルが起きない事が怖くなって、考えれば考えるほどに自分は無力で情けなくて、求めるようにすがるように口づけてしまったのだ。

 無抵抗で許可もない状態のジルにこんな事をしてしまうなんて、俺は本当に情けない……


「ん……」


 小さな声と共に、絡めた指がピクリと動いた。

 
「ジル……? ジル! 俺だ! 分かるか?! リーンハルトだ! ジル! 頼む、目を覚ましてくれ!」

「リー……」


 唇が何か言いたげで微かに動くけれど、それが言葉としてはなかなか発しなかった。それでも反応があった事が嬉しくて、俺はジルを呼び続ける。

 
「ジル! お願いだ! 一人で暗闇の中にいないでくれ! ジル!」

「リーン……」

「あぁ、そうだ! 俺だ、ジル! ここにいる!」

 
 一言俺を呼んで、またジルは何も言わなくなった。だが俺を認識してくれた。名前を読んでくれた。なぜだ? 今まで何度もジルを呼んで起こそうとしたが、こんな反応はなかった。なんで今日は反応してくれたんだ? 何かいつもと違うことは……

 俺はさっきジルにキスをした。もしかしたらそれに反応したのか?
 ジルは愛情を求めるようにキスをせがむ事がよくあった。だからか? だからなのか?

 俺はまたジルに口づけた。今度は何度も。優しく啄むように。そうするとジルの指がピクリピクリと動く。頼むジル。俺を求めてくれ。そう思いながら口づけを続ける。

 腰に手をまわし抱き寄せながら、何度も何度も口づけを繰り返す。
 するとジルの指が俺の手をしっかり握りだした。それに驚いて唇を離す。


「ジル……」

「リーン……」


 ゆっくりとジルは目を開ける。その目からは涙が滲んでいた。


「ジル! ジル! 良かった!」

「リーン……会いた、かった……」

「あぁ、俺もだ! 会いたかった!」

「ん……」

「ジル、どこか痛い所はないか? 辛い所はないか? 具合はどうだ?」

「リーン……あの、ね……」

「どうした? ん?」

「おなか、すいた……」

「そう、か……そうだな、うん、すぐに用意して貰おう! アデラ! アデラ!」


 大声でアデラを呼ぶと、すぐに駆け付けてくれた。目覚めたジルを見て、驚いて、そして嬉しそうな顔をしながら涙ぐんだ。
 食事の用意を頼むと、急いでこの場を去った。アデラもずっと心配してくれていた。だからきっと嬉しかったんだろうな。


「ジル、大丈夫か? 起き上がれるか?」

「ん……」


  背中に手をやり、ゆっくりと抱き起こす。それからギュッと抱きしめる。ジルも俺を抱きしめてくれる。あぁ、良かった……良かった……

 アデラはすぐにここに食事の用意をしてくれた。俺はジルを抱き上げてテーブルまで行き、椅子に座らせる。
 ジルのすぐ横に椅子を置いて俺はそこに座った。

 まずは飲み物を、と、水を渡すと、ゆっくりゆっくり飲んでいた。ついジッと見つめてしまう。どんな仕草も見逃したくなかったからだ。
 目が合うと、ニッコリ笑ってくれた。良かった……本当に良かった……

 スープを口にして、ジュースを飲んでいるところで、シルヴェストル陛下が駆け付けて来た。

 ジルが起きているのを見て、ハラハラと涙を溢しながらジルに抱きついた。それには流石にジルはビックしていた。


「ジュディス! ジュディス! あぁ、良かった! 良かったぁ!」

「あの、父上、苦しい、です」

「あ、あぁ、すまぬ!」

「お気持ち、分かります」

「リーンハルト殿! ジュディスはどうして目覚めてくれたのだ?! 何かしたのか?!」

「え……それは……」

「えっと、ね……ずっとリーンの声は、聞こえてたの……でも、どこにいるのか分からなかったの……」

「そうだったのか?」

「ん……真っ暗闇の中に一人でね、怖くて……時々ヒルデブラント陛下とか、神官とかが追いかけてくるの……なぜかそれだけはハッキリ見えて……」

「そうか……怖かったな……」

「うん……でもリーンの声が聞こえたら、いなくなっちゃうの……だからずっとリーンを探してたの」

「そうだったんだな……」

「それで、リーンハルト殿の声を辿ったのか?」

「えっとね、温かくなったの。リーン、私にキス……」

「ジル、それはっ!」

「そうなのか?」

「うん、リーンがキスしてくれたんだよね?」

「そ、そう、だ、けど……」

「お伽噺のようだな。王子の口づけで姫が目覚める、か……」

「リーンを近くに感じられたの。手を伸ばしたらリーンがいたの」

「ジル……」

「でも……」

「どうした? ジュディス?」

「ジル?」

「私……悪いの……嫌なことばかり……考えちゃうの……」

「ジル、それは誰にでもある感情なんだ。ジルは悪くなんかない」

「そうだ。ジュディスは聖女である前に、一人の人間なのだ。悪しき感情があるのは当然なのだ」

「でも……怖いの……また闇の中に引き摺り込まれそうで……怖い……」

「ジル……」


 俺はジルの手を握る。俺だって怖い。また目覚めなくなってしまったらと思うと、ジルが眠ってしまうのが怖くなる。
 
 どうしたらジルから闇を取り払ってやってあげられるのか……その闇をなくさなければ、ジルはずっと恐怖を感じたままなのだろう。

 しかしどうすれば……



 
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