ただ一つだけ

レクフル

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行きたい場所

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 ジルがやっと目を覚ましてくれた。

 それはもちろん嬉しかった。良かったと思った。だが、まだこれで終わった訳じゃない。ジルはまだ闇に囚われた状態なのだ。

 体に優しい、消化の良いスープを少し口にして、絞りたてのジュースを飲んで、ジルはまたうつらうつらとしだした。
 眠いけれど眠りたくない、といった感じで、頭をフラフラさせながらも眠い目を擦りながら眠気と戦っていた。
 
 俺もジルに起きていて欲しいから、シルヴェストル陛下と共に色んな事を話し掛けて答えてもらうようにした。ジルも何とかそれに答えようとするけれど、それでもやっぱり耐えられなかったようで、俺の肩にコテンと頭をつけて眠ってしまった。

 またこのまま起きなかったらどうしよう。そんな気持ちが胸に湧いて不安になったが、一番不安なのはジルなのだ。俺が狼狽えてばかりではいけない。

 仕方なくジルを抱き上げてベッドに寝かせる。さっきと同じように、ジルは寝息をたててぐっすり眠ってしまった。
 
 俺とシルヴェストル陛下は、ジルがまた眠ってしまって残念な気持ちにはなったが、それでも一度目を覚ましてくれた事に安堵した。これが打開策になるのか、と思える事もある。
 とりあえず今は夜なので、ジルをこのまま寝かせる事にする。シルヴェストル陛下も名残惜しそうに自室へと戻っていった。

 もう深夜だ。俺も一緒に眠ることにする。いつものようにジルを抱きしめて眠りについた。

 翌朝目覚めた俺は、ジルに口づけをした。昨夜と同じようにすると、ジルは目を覚ましてくれた。良かった、これでジルがちゃんと起きられる事が分かった。

 今日は寝室でなく、外に出て朝食を摂ろうと提案した。体を動かした方が、ずっと起きていられるように思ったからだ。それに、長い間部屋で眠ったままだったからな。外に出るのが好きなジルだから、そう言ったら嬉しそうに頷いた。

 久しぶりに歩くから足に上手く力が入らなかったみたいで、俺が支えるようにして一緒に歩いた。ゆっくり感覚を取り戻すようにして、一歩一歩踏みしめるようにして進んでいく。
 出たすぐ近くの庭にテーブルをセッティングしてくれたアデラ達は、俺たちが来る頃には全て準備を整えてくれていた。
 そこには既にシルヴェストル陛下もいた。

 朝の清々しい空気が気持ちいい。俺も外に出るのは久しぶりだ。陽の光を浴びながらの食事はやっぱり良いものだな。それはジルも感じたようで、ずっとニコニコ笑っていた。それだけで俺はこの上なく満足だ。


「外はやっぱり気持ちいいね」

「あぁ、本当に。ジルは外が好きだものな」

「うん。小さい頃はずっと外に出して貰えなかったから。初めて見た空が明るくて、ビックリしたのを今でも覚えてるの」

「そうだったんだな……」

「うん。薄暗い部屋の中では色もくすんじゃってて。だから、陽の光を浴びた外の世界は、なんて鮮やかなんだろうって、感動したの」

「なんて不憫な……」

「ん? 父上はどうして泣いているんですか?」

「いや、泣いてはおらぬ。苦労したのだな……それも余の不徳の致すところだ……」

「泣いてるよ?」

「ジル、あまりそれは言わないようしよう。な?」

「あ、うん、分かった」

「ジュディスよ。何処か行きたい所はないか? 余が何処でも連れていくぞ? 見たい物や場所、欲しい物等はないか?」

「行きたい所……えっとね、お母さんがいた場所に行ってみたいって、ずっと思ってたんです」

「うん? メイヴィスがいた所?」

「はい、父上とお母さんが初めて会った場所です」

「メイヴィスと初めて会った場所……別荘地の近くにある森の中、か?」

「はい」

「ジル、どうしてそこに行きたいんだ?」

「そこにお母さんがいたって事は、すぐ近くにお母さんが住んでいた所があるって事かなって思ったの」

「メイヴィスが住んでいた所……神聖なる村の事か?」

「そう、かな? なんか、そこに行ってみたいなって思ったの」

「しかし、メイヴィスの故郷を探す事は幾度としたのだ。勝手に連れ去ってしまったが、やはり気が引けたと言うのもあってな。かなり広範囲に捜索させたのだが、子供の足で行ける範囲には村等なかったのだぞ?」

「そうかも知れないけど、行きたいんです」

「そうか……そうだな、行きたい所には何処でも連れていってやると言ったばかりだ。あそこは自然も豊かだし、湖も近くにあってな。良い場所なのだ。ここから少し遠いから、休みの調整をせねばならぬ故、出立まで暫く時間は貰うが、必ず連れていくと約束しよう」

「ありがとうございます! 父上!」

「う、うむ! このくらいなんて事はない!」


 シルヴェストル陛下、凄く嬉しそうだ。しかし、どうしてジルはそこに行きたいって言うんだろうか。神聖なる村はジルの故郷となる場所だ。聖女が本来いるべき場所とされている。そこに行きたいというのは、帰巣本能とでも言うのだろうか。

 ジルは昨夜よりも少し多めに食事を摂ってから、またうつらうつらとしだしてその場で眠ってしまった。
 
 アデラにここで眠る事が出来るようにとシルヴェストル陛下が言い、すぐに大きなゆったりとした揺り椅子のようなベッドが用意された。
 使用人たちはテキパキと動き、敷物を敷き、そこにベッドを置き、日差しを遮る天幕を張り、ソファーも設置された。

 すごいな。瞬時にこんなふうに出来るとは。

 外が好きなジルには、ここでひとときの間眠るのも良いかも知れないな。

 それからジルは俺の口づけで目を覚まし、食事をして少ししたら眠りにつく、という事を繰り返した。少しずつ起きている時間が長くなっていってるようで、それも俺は嬉しかった。
 
 シルヴェストル陛下は休暇の調整に悪戦苦闘されていたようで、あまり頻繁にジルの元へ来る事が出来ないようだったが、朝食だけは必ず一緒に摂れるようにしていた。

 俺も自分の出来る範囲で執務を頑張った。

 ジルが、シルヴェストル陛下とメイヴィスが初めて出会った場所に行きたいと言ってから10日後、俺たちはその場所の近くの別荘地へ赴く事になったのだった。





 
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