ただ一つだけ

レクフル

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新婚旅行

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 ジルは別荘地に行くまでの間、食事をしては眠り、俺に起こされて目覚めてを繰り返した。

 放っておいたらすぐに眠る。だからなるべく何かをさせようと試みる。体力はあり余っているようだ。魔力も使うことがないのでは、と思っていたが、常に無意識に瘴気を浄化しているようで、魔力はそれに使われているらしかった。

 なら、かなり魔力を使っている事になるし、お腹もすごく空くのでは? と思ったのだが、そう言えば寝ている時のジルは食事をしなくても問題なさそうだったのも不思議に感じていた。
 ジルにそれを聞くと、瘴気はジルの魔力に合わさって循環するようにして浄化されているらしい。どういう事かと言うと、ジルから勝手に出て行った魔力は瘴気と合わさり、それがまたジルに戻ってくるのだそうだ。それがジルの体内で浄化されて、それからまた吐き出されて行くと言うことらしい。

 ジルの体でろ過されたように、清浄な空気となって排出されているそうだが、じゃあ体内に貯まった瘴気はジルの体を蝕むのでは? との疑問に、ジルは笑って
「そんな事にはならないよ。体の中で勝手になんかされてるけど、それがきっと食べなくても問題ないって事になっていると思うよ」
と言っていた。
 
 そう言えば俺と一緒に旅をしていた頃は、魔物を狩るとき等に魔力を使った後、ジルの食欲は凄かったのを思い出す。しかし、ジルの首飾りが弾けとんで聖女としての力を全て引き出してからは、そんなに食欲はなくなったように感じる。

 ジル曰く、多分食べなくても大丈夫だそうだが、食べるのが好きだし、普通にお腹は空くんだそうだ。なんとも不思議な感じだ。

 ジルには起きている間に時々、俺の魔法の練習に付き合って貰うようにしている。何故なら寝かせたくないからだ。やっぱり起きてジルと話したいし、笑い合いたいからな。
 
 ジルに加護を与えられてから、俺の力は格段に上がった。ジルは、俺の根底にある力を引き出したと言っていたが、これが本当に俺自身の力なのかと困惑してしまう程だった。
 それでも増えた魔力にすぐには対応できなくて、魔法を教えて貰っているのだ。
 
 とは言え、ジルは感覚で魔法を使う。聞けば誰にも教わった事がないんだそうだ。あの神官共に無理矢理魔物と戦わせられていたらしく、殺されないように、傷つかないようにガムシャラに戦っていたら、いつの間にか魔法が思うように使えていたと言っていた。
 本当に、なんて酷いことを平気でしてきたのかと、聞けば聞くほどに呆れと怒りが湧いてしまったのは言うまでもない。

 だからジルは教えるのが正直言って凄く下手だ。通常、魔法は魔法陣を構築する事から始まる。もちろん、その魔法陣もちゃんと勉強しておかなくてはならない。一つでも術式を間違えれば発動しないのだ。魔力を込めて魔法陣を構築し、詠唱によりそれを発動させる、といった具合で魔法は放たれる。 
 
 しかし、ジルはそんな工程など必要としなくても魔法が使える。本当に凄い。俺も練習して魔法陣を構築するのも速くなったし、詠唱も構築と同時に行えるようになって、それも言葉に出さなくても思考だけで出来るようになったから、それにはかなり他の魔術師達から驚かれたけれど、ジルとは次元が違う。あっという間に魔法はジルから放たれていく。

 だが、見ているだけでも勉強になる。僅かな間だが、ジルにも魔法を放つ時は魔法陣が表れる。これを肉眼で見られる者は少ないらしい。かなり一瞬だからだ。俺はそれを確認して、魔法陣がどのように構築されているのかを分析する事ができた。
 それに倣って魔法を使うと、ジルと同じように魔法が使える事ができたのだ。
 だからジルは俺にとっては魔法の先生なのだ。

 そうやって日々、俺はジルと共に穏やかに過ごしていた。
 その間に、俺はジルと婚姻を結んだ。それは誓約書にサインをするだけとなってしまったが、これで俺とジルは夫婦となったのだ。

 婚約してから日が経っていないから大々的には知らせなかった。王族ともなれば、通常は制約にのっとっていかなければならないが、シルヴェストル陛下は快く承諾してくれたのだ。
 それはジルと俺を思っての事だった。

 一年程の期間が過ぎた頃に婚姻式を挙げる事となり、今は内々でささやかな祝いをするにとどめた。

 それでもジルは嬉しかったようで、
「これで私とリーンは家族なんだよね?」
と、嬉しそうに何度も何度も聞いてきた。
 その度に俺も
「そうだよ。家族だよ」
と微笑んだ。そうだ。俺たちは家族になったのだ。

 そんな日々を過ごしながら、別荘地へと赴く日を迎えた。シルヴェストル陛下は、
「新婚旅行だな」
と笑って言っていたが、普通新婚旅行は夫婦だけで行くものでは……と言いそうなのを何とか飲み込んだ。
 まぁ、案内されないと場所は分からないし、従者や侍女、料理人等も連れて行かなければならないから、結局二人きりというのは土台無理な話だったのだが。

 別荘地までは3日程馬車に乗って行く。日が暮れる前に街に立ち寄り宿屋で宿泊する。
 宿泊する宿屋はいつも使っている所らしく、シルヴェストル陛下が行くといつも歓迎されるそうなのだが、今回は聖女もいるから、街全体が賑わう事となった。
 事前に宿泊する事は知らされていたから、俺達が街に着いた途端に街中で歓迎され、お祭り状態となったのだ。

 その様子にジルは驚いていたが、自分が歓迎されているのを知ってとても喜んでいた。
 
 街の人々はジルの姿を見て、その神秘的な美しさに迂闊に近寄る事も出来ないようだったし、微笑んだのを間近で見た者は、何人も卒倒すると言うことにもなっていた。

 何処に行っても歓迎されたジルは、いつも恥ずかしそうにしながらも喜んでいた。

 それでもやはりすぐに眠ってしまう。そして時々魘される。魘される頻度は少なくなったが、それでもやっぱり目が離せない。だから俺は変わらず常にジルの傍にいる。

 そんな道中を楽しみながら3日後、俺達は別荘地にたどり着いた。

 そこは美しく高い山が近くにあり、湖もあり、そして森も広がっていた。
 暑い季節には避暑地として利用されていて、登山者も多いし、森では狩りをしたりもする。
 湖で釣りをしたり、ボートに乗ったりして楽しむ者も多い。
 
 別荘には管理人が常駐していて、室内は常に綺麗な状態となっていた。

 思ったよりも大きく立派な別荘で、けれどこの場所に馴染むように佇む外観が素晴らしいと思えた。もちろん内装も素晴らしく、嫌味のない調度品に絵画、控えめでも高級感のある家具に、センスの良さを感じた。

 ジルは終始ご機嫌だった。嬉しそうに
「釣りがしたいね!」
と笑い、
「ボートにも乗りたい!」
と言いながら、ワクワクしているようだった。

 近くにある畑には葡萄と言う果実が実っていて、それが収穫時期だから葡萄狩りも出来るらしく、それにもジルは行きたがっていた。
 ジルが喜んでくれているのが、俺もシルヴェストル陛下も嬉しかった。

 しかしここに来てジルは、メイヴィスとシルヴェストル陛下が初めて会った場所に行きたいとは言わなくなっていたのだ。

 何か思うことがあるのだろうか。

 それでも、ジルの様子は変わりなく機嫌が良さそうなのであまり心配はしていないのだが。

 ジルが行きたがらないのであれば、行かなくても何も問題はない。

 そんなジルの様子をしっかり見ながら、俺もこの新婚旅行を楽しむ事にするのだった。



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