雷霆使いの欠陥魔術師 ─「強化」以外ロクに魔術が使えない身体なので、自滅覚悟で神の力を振るいたいと思います─

樹木

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第一章 開幕編

10話『奢られてしまおう』

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 変わらぬ日々。普段通り、エリュシオンの外れの森で一対一の鍛錬を行っていた。
 息一つ乱れていないカレンに対し、アウラの方は肩で息をしている。頭に包帯を巻いているのは、彼女に着けられた傷を塞ぐものだろう。
 だが、日に日に傷は増える一方だ。

「──、はっ────!」

 身を引くくし、低姿勢のまま相手との間合いを詰める。
 魔術によって強化を施された身体能力であれば、その差を縮めるのには数歩で事足りる。膂力より、即で凌駕する事で、相手に考える時間を与えないというメリットがそこにはある。
 だが、それもあくまで「凌駕出来る相手」に限定される。
 身構えてこそいるが、真紅の瞳で彼を捉える少女──カレンには、その道理は通用しない。

「……まだ、遅いわね」

 黒い刀身の剣を携え、カレンはアウラが接近する寸前になって、ようやく動き出した。
 スタートが遅いのではなく、それだけの距離でもアウラに対応できるという事の裏返しだ。斜め下からの斬り上げに、彼女はただ一歩だけ退いてやり過ごす。
 躱されたアウラもそれだけでは終わらず、即座に次の動作に移る。その状態から踏み込み、刃を振り下ろすが──、

「ッ────!」

 僅かな息遣いと共に、カレンが薙ぎ払うように剣を振るう。振り下ろされる一撃に対し──ヴァジュラを弾き飛ばす程の膂力を以て、迎え撃った。
 一瞬、理解が遅れる。
 突き詰めれば、今のは純粋な力負け。
 全身の骨に伝う程の衝撃を感じた瞬間、持っていた筈のヴァジュラは遥か後方に吹き飛ばされ、空中で何度も回転して地面に突き刺さった。

 ただ、それで終わりではない。

「あ、ヤバ────」

 冷汗が伝う。
 ノーガードの状態のアウラの懐に、低姿勢のカレンが迫っていた。
 もう見慣れた、紅い瞳が。

「そおいッ────!」

 掛け声と共に、体重を十分に乗せた蹴りが入る。
 無防備な横腹に直撃し、受け身を取る暇すら与えず、アウラは側方へと大きく蹴り飛ばされた。半ば叩きつけられるように地面と接触しながら、数メートルは転がる。

「痛ってぇ……完っ全にやられた」

 仰向けになりながらそう零す。
 まだまだ、彼女との差は大きい。鍛錬を始めてから数日が経つが、彼女に一本取れるビジョンが全く見えないのだ。
 いくら力で押そうとも、頭を使おうとも、常に彼女はその数手先を行く。

「──今日はこれぐらいにしときましょうか。アウラも限界でしょう?」

 そう問いながら、アウラに歩み寄る。
 鍛錬と言っても、ただやれば良いというものではない。辞め時を見つけてしっかり休息を取るのも必要だ。

「流石にもう無理、体力も魔力オドもカツカツだよ……」

「でも、魔術の使い方には慣れてきたんじゃない?」

「まぁね、感覚的なものはだいぶ掴めて来たとは思う。ただ、カレンのスピードには全く付いて行けてないし、反応するだけで精一杯だよ」

 上半身を起こしながら、そう答える。
 扱う魔術を一つに絞っているという事もあるだろうが、「強化」の行使に関しては非常にスムーズになっていた。内側を巡る魔力に意識を向ける為、己の魔力の残量なども多少は把握できるようになっていた。
 だが、実戦となると話は別。カレンの「型」の無い剣技と獣のような速度には付いていく事すら困難だ。

「最初にも言ったけど、戦い方に関しては数をこなして身体に覚えさせるしかないからね。それに加えて、相手の次の一手を予想して立ち回る事が出来れば文句ナシなんだけど」

「もっと頭を使いながら戦えって事だろ。分かっちゃいるんだけど、やっぱり難しいよ」

 カレンは完全に己のスタイルを確立しており、意識せずとも行っている。
 剣を振るうという行為よりも、常に相手の動きを見る事を重視し、確実に仕留める為の一手を繰り出す。基本的にはこれの繰り返しだ。
 一瞬の隙があれば、すかさずその一点に一撃を叩き込む。

「カレンの方は、もう自然に出来てるみたいだけど」

「私の場合は鍛錬を積んだというより、実戦の中で培っていった感じかな。ほら、別に騎士とかって訳じゃないから剣の扱いは特に気にしてないし、獲物を仕留められれば十分だから」

「誇りとか矜持は一切無い、と」

「……矜持って程でも無いけど、民間人を魔獣とかの危険から護るのが仕事って意識はある。魔獣や危険な集団がいたとして、それを放置して被害が出た時に咎を向けられるのは私達な訳だしね」

 カレンの口から語られたのは、冒険者としての責任だった。
 ただ身銭を稼ぐ為だけでなく、戦う力を持たない無辜の人々の為に力を振るう。結果として人々の安全に貢献しているのだろうが、彼女はそれこそが自らの役目であると定義していた。
 やや意外そうな反応を見せるアウラに、カレンは続ける。

「前に、同じ人間相手に刃を振るうかもしれないって話をしたでしょう? アウラにその辺りの覚悟もしておいて欲しいって言ったのはそういうこと」

「つまり、戦う力があるなら自分だけじゃなく、人の為にも使えって言いたいんだろ。一応重々承知してるつもりだけどさ」

 頭では理解しているが、それを躊躇いなく実行に移せるかとなると話は別だ。
 魔獣を相手にするのとは訳が違うが、彼女はその辺りの分別は自分の中でつけているのだろう。
 悪か正義かの話をするのなら、カレンのような者は恐らく後者に属する。危険から人々を護る為に刃を振るうというのは間違っている事ではない。
 誰かがやらなければならない役目を、彼女は背負っている。
 至極真剣な話だったが、その雰囲気を破るように

「────あ……」

 ぎゅるるる、と、アウラの身体が空腹を告げる。
 下腹部に手を当て、自分が今朝パンを食べてから水以外口にしていない事を思い出した様子だった。

「そんなにお腹空いてたの?」

「残念ながらそうみたい……」

「はぁ……貴方、ちゃんと食べてるの?」

「食べてはいるよ、一応だけど……」

 ナルから借りた支援金……という名目の借金のお陰で、一応の生活は出来ている。といっても、出来る限り切り詰めたものになってしまうが。
 それとなく誤魔化すアウラだが、カレンが溜め息を吐いている辺り、全て見透かされているのは明白だった。
 
「もう日が沈む頃だし、ご飯食べに行くわよ」

「別に良いけど、俺今持ち合わせが無いぞ?」

 基本的に、必要最低限の分しか持ち歩いていない為、街に繰り出せる程の金銭は手元にない。
 
「構わないわよ、今日は奢るから」

「え、いや大丈夫だって! 俺は俺で夕飯なら済ませるし──」

「行、く、わ、よ」

 申し訳無さから断ろうとするアウラの言葉を遮り、一層圧を強くする。
 強い語気と言い真剣な面持ちと言い、断わろうものなら何をされるか分からないという恐怖すら感じさせるものだった。

「……はい」

 完全に気圧され、大人しく従うアウラ。
 半ば無理矢理連れていかれる形で、二人は森を後にし、エリュシオンの市街地へと向かった。

※※

「──もう夜だってのに、凄い人だな」

 街へ戻る頃にはすっかり日が沈んでしまっていたが、その光景は昼と錯覚しそうになる程に明るく、眩しかった。
 夜に出歩く事はあまり多くなく、今の家が比較的街の中心から離れている事もあり、新鮮にも感じられた。
 二人が訪れたのは、エリュシオンの中でも飲食店が多い区画。
 依頼を終えて戻ってきたであろう冒険者達や、外食しに来た民間人で賑わっている。
 この都市では、人々の声が絶えないというのは「常」であり、この街の象徴でもあった。
 昼間は商人や外部からの観光客で溢れ、太陽が沈めど、今度は人々が酒を酌み交わし、朝まで語り明かす。
 
「他の国の人からは「眠らない街」なんて呼ばれる事もあるらしいわね」

「眠らない街?」

「エリュシオンは都市神として、昔から暁の女神を祀っているの。暁は夜が明ける時間帯だし、基本的にいつでもこの辺りは騒がしいから、そう呼ばれてるみたい」

「へぇ……道理でこっちの方角はいつも明るい訳だ」

 アウラの家は市街地の外れのやや高い場所に位置している為、窓からの見晴らしはかなり良い。その為、いつもエリュシオンの中でも一際明るい区画があるというのは記憶に残っていた。
 
「──それにしても、何処の店もすっかり満員みたいだな」

 周囲に目をやっても、既に店内は満席であり、外のテーブルも埋まり切っている。
 料理の良い香りが鼻腔を擽り、アウラの空腹を更に加速させる。

「心配しないでも大丈夫よ、アテならあるから」

 カレンは自信あり気に言うと、通りの一角にある古びた建物に向かった。
 築十数年はあろうかと思わせる木造建築だが、カレンはそんな事を気にする素振りはなく、年季の入ったドアノブに手を掛けた。
 
「いらっしゃーい!」

 来店した二人に向けられた、威勢の良い声。店内は建物の外観に反して綺麗で、カウンター席とテーブル席が複数配置された至ってシンプルな内装だった。
 既に席は幾つか埋まっており、丁度カウンター席が二つ程空いている。
 
「お、誰かと思えばアウラとカレンじゃないか」

 出迎える声の主は、二人を見つけると嬉しそうに近づいていく。
 人懐っこそうな雰囲気はそのままに、可愛らしいウェイトレスの制服に身を包む人狼の少女。彼ら二人も見知った人物だった。
 
「ナル、お前仕事掛け持ちしてたのか?」

「まぁね。ここ、人手が足りてないらしくて、店主さんに頼まれたからこうしてヘルプで入ってるんだ。それよりどうしたんだい、二人揃ってご飯かい?」

「たまには誰かと一緒ってのも良いかと思ってね。……あと、アウラが最近ちゃんと食べて無さそうだったから、奢るって事で無理矢理連れてきたのよ」

「奢ってくれるなんて、アウラの兄さんも良い師匠を持ったねぇ。……よし分かった。今日はアタシが腕によりをかけた料理をご馳走してあげるから、二人共掛けて待っててよ」

 言うと、ナルは張り切った様子でカウンターの奥へと向かって行った。
 昼間でさえギルドで忙しなく働いているというのに、夜もこうして仕事をしている姿には逞しさを感じてしまう。
 ナルに言われた通り、二人揃ってカウンター席に腰かける。

「隠れた穴場ってヤツか」

「かもね。建物自体も古くはあるし、少し分かり辛い場所にあるから。でも安い割に料理も酒も美味しいから個人的に気に入ってるの」

 指を立て、得意げに語るカレン。ナルがここで働いているというのも既に知っている様子だったので、よく通っているのだろう。

「料理はナルのチョイスに任せるとして、アウラは何か飲む?」

「俺? あぁ、俺は水で大丈夫だよ。どうして?」

「いや、酒は飲むのかなって」

「酒ってお前、俺と同い年なら飲酒はだめじゃないか?」

 大学の付き合いで多少飲む事はあれど、アウラはギリギリ未成年。同い年であるカレンも飲酒はアウトな筈だった。
 
「同い年って、貴方19でしょ? 一応ここじゃあ15歳以上なら飲めるからセーフよ、セーフ」

(そうだった、ここは日本じゃないんだった……)

 酒に関する規定も、アウラの知るソレとは違う。
 日本でこそ基本的に20歳以上だが、英国などでは親同伴という条件こそあれど、15歳から可能だ。こちらでも飲酒に関する法律は独自に存在しているらしい。

(こうして誰かと飯食うのも、結構久々だな)

 今は一人で生活しているというのもあるが、最近は夜に誰かと会うという事自体少なかったので不思議な新鮮さを感じる。
 この場において、アウラとカレンは師と弟子という関係ではなく、一組の対等な友人。
 鍛錬中は常に真剣な面持ちの彼女だが、気を抜いて話している時はその限りではなく、時折表情を綻ばせる。
 相変わらずオンオフの差が激しいなと感じつつ、料理が運ばれて来るのを待つ。
 すると厨房の方から、ナルが戻って来た。だが────、

「へいお待ちィ!」

 異様に高いテンションで、料理が盛られた皿をテーブルに置いていく。
 野菜の盛り合わせに肉の煮込み、それから焼き立てのパン。ラインナップとしてはバランスが良く、レストランで見る事も多い面子だ。
 見た目だけでも十分に食欲をそそる絵面だが、アウラは硬直していた。
 その理由は明確、何故なら、

「────デカくないか……?」

 彼とて普段から食べる量は多く、友人と食事に行く時に大盛りにする事も少なくなかった。だが、今眼前に配膳された料理の数々は、「大盛り」などという域をゆうに超えている。
 例えるなら、料理一つ一つが某ラーメン店の野菜マシマシに凌駕するレベル。アニメや漫画でしか見ないような盛られ方をしていた。
 空腹ならいけると思い上がった客の胃を、容赦なく真正面から叩き潰すものだ。

「いやー、ちょっと張り切り過ぎちゃったよ。ほら、冷めないうちに!」

「張り切り過ぎだっての!」

 満面の笑みで、フォークをアウラに手渡す。カレンはそっぽを向いているが、肩を震わせている辺り、アウラの反応に笑いを堪えているのだろう。

(こいつ、こうなる事を分かった上で連れて来たのか……!? でも流石に残すなんて真似は出来ないし、こうなったら片っ端から胃袋に詰め込んでいくしか……!)

 退路はない。
 出された料理を残すのは日本人としてのプライドに反する行いであり、覚悟を決めて立ち向かう他ない。
 唾を飲みこみ、腹を括る。

「いただきます……!」

 この合掌を以て、己の胃袋との戦いが幕を開けた。




※※




「帰り道に気を付けてな~!」

 笑顔で手を振るナル。その相手は店から家路に付くアウラとカレンに向けてのものだ。
 反応を見る限り、アウラは見事に完食してみせたらしい。だが、当のアウラと言うと────

「……カレン、お前こうなる事見越してただろ……っぷ」

 その一歩は、いつになく重い。精神的なものではなく、物理的に、だ。
 彼の胃は、許容量ギリギリの瀬戸際だった。少しでも激しく動こうものなら全て逆流するのは容易に想像できる。
 
「ええ、料理を見た時の反応はバッチリだったわ」

「悪意無しか!」

「でも美味しかったでしょう? 私の奢りであれだけ食べれたんだし、良かったじゃない」

「そりゃ美味しかったけどさ……多いなら多いって言って欲しかったよ」

「あれ、言ってなかった?」

「言ってないよ!」

 激闘を制した胃の辺りをさすりながら、精一杯の声でツッコむ。
 次来る時はちゃんと量を聞こう、そう心の底から思うアウラであった。
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