雷霆使いの欠陥魔術師 ─「強化」以外ロクに魔術が使えない身体なので、自滅覚悟で神の力を振るいたいと思います─

樹木

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第二章 エクレシア動乱篇

32話『二人の使徒』

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「やっと終わった……うぇ、まだ気持ち悪い……」

 二日間の船旅を終え、クロノはアウラの肩を借りながら船から降りていた。
 一日目は薬を飲んだので彼女の船酔いは多少抑えられたが、二日目は天気が荒れており、船の揺れも激しかった事からまたしても悲惨な目に遭っていた。
 顔色もまだ万全とは言えず、足取りも重いままだった。

「もう二度と船になんて乗りません……」

 そう言うクロノは半泣きである。どうやらトラウマになってしまったらしい。
 尤も、エリュシオンに戻る時、もう一度乗る事になるのだが、肩を貸しているアウラは

(今それ言ったら本気で泣きそうだし、言わないでおこう……)

 と、心の中に留めておく。
 同時に、彼は眼前に広がる風景を目にして、

「にしても、綺麗な街だな~……」

 心の底から感嘆していた。
 彼らが降り立った臨海都市リノスは、エクレシアの隣国のノド王国に属する、東大陸を代表する港町だ。下手な国の都市に匹敵する面積を誇り、数多くの物資がこの地を中心に輸送される、東西の往来の中心地でもある。
 少し奥の方は高台のように段差が生じており、そこに民間人の住む、レンガ造りの住宅が密集しているような外観だ。
 港や市街地にいる人々の密度はロウエンの比ではなく、船乗りや商人たちが忙しなく働いているのが見て取れる。無論、アウラらの同業者の数も多い。

「ちょっとアウラ~! 大丈夫~!?」

 先に降り、市場の方で待っているカレンが声を呼ぶ。
 クロノがダウンしたままな以上は仕方のない事ではあるのだが、これから合流予定の教会の人々にも迷惑をかけてしまうかもしれない。

「アウラさん、私一人で歩けますから……どうか先に」

「いやいやいや、まだフラフラだし、流石に無理だろ……しゃーない、落ち着くまでは背負ってくから、ほら」

 相当ダメージを負っているのか、クロノの声には普段のようなハキハキとした調子は無い。
 その場で少ししゃがみ込むアウラ。完全におんぶの体勢に入っている。

「……えっ!? いや、おんぶなんて、そんな」

「いいから、無理に動いて悪化させても駄目だし、眩暈が酷いだけなんだろ?」

「じゃあ……すみません、失礼します」

 一言入れて、アウラの背中から手を回し、体重を預ける。アウラはそのまま膝の裏を持ち、彼女を軽々と持ち上げた。彼とて一人の男子。同世代の女子一人を背負う程度は出来る。
 その様子を目にしたカレンは頭を掻きながら、

「すっかりダウンしちゃったわね……」

「あぁ、だから症状が落ち着くまでは俺が背負ってくよ。別にこれぐらいなら大して疲れる訳でもないしな──それより、教会の使者は? こっちで待ってるって話だったけど」

 アウラがキョロキョロと周囲を見渡す。
 カレンの方も額に手を当て、人混みの中でそれらしき人物を探しているらしいが──ふと、一つの青年がやや駆け足で、三人の前に姿を現した。

「──お待たせして申し訳ない! エリュシオンからの冒険者で間違いない……かな?」

 紺色に染められた法衣で身を覆った、端正な顔立ちの青年だった。
 清潔感を感じさせる黒髪の短髪を携えた彼は、両手を膝に付いて呼吸を整える。ある程度の距離を走って来たのか、ゼェゼェと肩で息をしていた。
 困惑しながらも、アウラはクロノを背負ったまま、

「そうだけど、もしかして……教会から派遣されたのって」

「ええ、私たちですよ。異教の方々」

 アウラの問いに、もう一つの声が答えた。
 青年の少し後ろに、ウィンプルから白髪を覗かせた少女の姿があった。まだあどけなさの残る顔立ちに、病的を思わせる白い肌、そして同じく紺色の教会の修道服を纏っている。 
 感情が希薄、という表現が正しいのだろうか。非常に淡々とした物言いで、彼女は続ける。

「すみません。この者は中々仕事が遅いもので、何卒御容赦を」

「教会査定の報告書を丸々全部書かせたのはお前でしょうが……!」

 よくよく見れば、男の眼下には隈が少し出来かかっていた。
 ペコリと頭を下げる少女に対し、男は憎らし気に零した後、軽く咳払いをして。

「全く……申し遅れた、俺達はソテル教会巡礼局所属の使徒。君達三人をエクレシアの王都まで案内する役を任された者だ」

「使徒……? 教えを広めるとかいう、あの?」

「概ねその理解で問題ないです。神の教え……己の罪を悔い改め、人が為に献身する事の意味を多くの人に伝えるのが、我ら使徒の役目ですから」

 青年の傍らに立つ少々が、淡々と返した。
 彼らは各地の教会に常駐する司祭などとは違い、布教や教化を専門とした聖職者だった。
 成程、と関心するアウラだったが、傍らのカレンはやや眉を顰めている。

「……ん? どうしたんだよカレン、そんな怪訝そうな顔して」

「……いえ、何でもないわ」

 極めて簡潔な説明だったが、彼女の反応は要領を得ないものだった。
 そんな二人のやり取りを気に留める事無く、修道服の少女は話を進める

「貴方がたは、言わば我らが教皇ヴァレンティノスが招いた客人。なので案内とは言いますが、護衛の方もさせて頂きます」

「護衛だなんて、俺らは一応冒険者なんだし、必要無いんじゃ?」

「それがそうはいかないんだ。こちらからすれば、君たちはエリュシオンからわざわざやって来た使者……正直、俺も大丈夫だとは思っているんだけど、念の為に護衛をしろって上からも言われてるんだ」

 腕を組み、悩ましそうに青年が言う。
 彼らとて、三人がグランドマスターが直々に派遣した人材である事は承知している。しかしそれとは別に、与えられた仕事として護衛も兼ねているのだ。
 アウラ達が理解したのを察すると、彼は

「……という訳だから、エクレシアまでの間、宜しく頼むよ。俺はロギア、んで、こっちは」

「セシリア・ゼグラディオです。以後お見知りおきを」

  自己紹介を済ませて、彼らは早速エクレシアに向けて出発するのだった。





 ※※※※





 リノスの街を歩き、エクレシア生きの地竜車の乗り場へ向かう一行。
 聖職者二人に冒険者三人組という少し奇妙な組み合わせだ。
 歓談しつつ街の外へと歩いていく中、一つ気付いたように、

「そういえばさっきから静かよね、クロノ」

「言われてみれば確かに……」

 カレンがアウラの方に視線を向けて、思い出したように言う。
 ロギアとセシリアの二人と合流してから、すっかり彼女の声を聞いていない。
 クロノを落とさないように気を付けながら少し後方を向くと──、

「すぅ……んっ……すぅ……」

「寝てる……」

 スヤスヤと、気持ち良さそうに寝息を立てていた。
 船旅の疲れが一気に来たのだろう。夜もハンモックがあったとはいえ、疲労は取れていない。下手をすれば、船での二日間が彼女にとって最も辛い山場だったかもしれない。
 無理に起こすのも申し訳ないので、アウラはそのままそっとしておく事にした。
 ただ、

(吐息がくすぐったい。我慢だ、我慢しろ──)

 彼女の体温、そして寝息が防ぐ物の無いうなじに直に当たっていた。
 その事を必死に意識しないように抗いながら、アウラは彼らに付いていくのだった。
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