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4:サキュバスと触手
しおりを挟むローパーの一つ目から視線をそらさないように、ゆっくり後ろに下がっていく。
背を向けると獲物だと思われて危ないから、は熊の対策だったっけ。
何も確かじゃない情報にすがるぐらい、不安で怖くてしょうがない。
無数の触手がゆらゆら揺れて、じっとこっちを見ている。
動きはゆっくり。これならむしろ、思い切り逃げた方が良いかも。そう思って背を向けようとしたその瞬間。
「早っ────!?」
矢のように飛び出した触手が腕に絡んで、身体が思い切り引っ張られていく。
触手の細さに見合わない力強さで、ちょっと踏ん張ることも出来ない。
またたく間に触手の束の中心に張り付けになって。煽る様に触手が目の前で揺れる。
触手が吐き出すねばついた液体が、微かな陽を映して滑る。
内臓の様な淡い朱色が気持ち悪い。
「やめ、触るな、って!……」
数本の触手がローブの裾、襟から入り込んで体をまさぐる。粘液の感触は冷たく、ナメクジが這うみたいで。
粘液でローブがぴっちりと張り付いて、くすぐったくて声が漏れる。
「あぐっ!?……ぐる、じ……」
その漏れる声を抑えたいのか、一本の触手が口の中に入り込む。
それだけで口の中はいっぱいなのに、さらに膨らんで、ビクビク脈打ち始める。触手の底から何かが込み上げてきて、吐き出されようとしてる。
もう悲鳴すら出ない。震えるだけで何もできない自分の口腔に、ローパーの体液がぶちまけられた。
何度も、何度も触手は脈打ち、呼吸も許さず体液を奥へ喉へ押し込んでいく。
「えがっ……げ……」
ようやく触手が引き抜かれて、白濁した体液を吐き出した。
苦くいし喉に張り付くし、最悪。なのに、何故か、どうして、気持ち悪さは無くて。
体が、熱くなっていく。どんどん熱く、心臓の音も大きく、呼吸も荒くなって。全身の熱が、下腹部の一か所に集まっていく。
熱を帯びて疼く体は異常に敏感で、風が吹くだけで全身をくすぐられるみたい。
(ローパーは、他の種族に卵を産み付けるって、聞いたことがある。
もしかして、そんな……)
触手がまた全身をまさぐりだす。ただ気持ち悪いだけだったのに、今は気持ちよさすら感じてる。
「───ひあっ!?」
這い回る先端が胸に触れた、それだけで前に自分でした何倍もの快感が走る。
背筋から脳まで電流が走るみたいで、視界がちかちかして、信じられないぐらい甘い声が飛び出した。
嘘だ。こんなの自分の声じゃない。だって男なんだ。触手相手にこんな声、出すわけない。
「ひぐっ、んっ、あうっ……」
声が止まらない。情けない喘ぎを止められない。
やっぱり、この身体は自分の物じゃない。全身に走る快感は、全部サキュバスなんてふざけた体のせいだ。こんなのが気持ちいい訳ないのに!
一度は胸まで昇った触手が、今度は下へ下へ動き出す。
ローパーの目的が卵を産み付ける事で、全身をまさぐるのはその場所を探しているのだとしたら、次に向かう場所は一つだけ。
下へ、下へ這う、触手がついに下着に触れて。
「……いやだ!!」
叫んだ、その瞬間。右手の平、魔法因子を移植したそこが光を放つ。これって、確かレベルアップの合図だったっけ。
同時に触手の力が緩んでいく。あれだけ力強かった拘束だけど、今の力なら抜け出せるかもしれない。
ローパーは卵を産み付けようとしてた。触手はずっと自分に触れてた。
もしかして、レベルドレインが発動した!?
自分のレベルが上がった代わりに、ローパーのレベルが下がって力が弱まったのだろう。
ともかく今がチャンスなのは確か。でも飲み込んでしまった体液のせいで上手く力が入らない。
もう少しで抜け出せそうのに。ほんの少し踏ん張れるだけでいいのに。後、少しだけなのに。
約束を無視して、そのせいで襲われて、このまま死ぬのか。
そう思うとあんまりにも情けなくて、愚かで、馬鹿で。どうしようもなく涙が零れた。
「誰か、助け────」
突然、右腕を拘束していた触手が切れて落ちる。放り出された手が引かれて、触手の拘束から抜け出した。
濡れた頬に触れる、冷えた鉄の温度。自分を救い抱き止めてくれた、その胸は鉄の鎧に、頭は鉄の兜に覆われていて。
触手から救い出してくれたのは、鉄の騎士様だった。
「ここから、助けを呼ぶ声がしたのでね。」
あれ、なんだか聞き覚えがある声。と言うかどう考えても──
「──お待たせ。夏希ちゃんの騎士がやってきましたよってな!!」
騎士様の正体は、あいつだった。
自分を優しく置いて、剣を構え駆けだしたあいつはローパーの目を一閃、切り裂き。
抵抗できずに目を真っ二つにされたローパーはそのまま魔力となって散っていく。
「夏希ちゃん大丈夫?
どうよ、こんな大物まで仕留めちゃう先輩探索者の俺は!」
「夏希ちゃんって言うなぁ!!
でも……ごめん、ありがと。」
相変わらず台詞はクサくて、鎧は全然似合ってないけど。
手を引いてくれた時、その声が聞こえた時、心の底から安心した。ヒーローがやってきたんだって、想っちゃったぐらい。
「まー、アレだな。まずは。
べっとべっとで透けてるから、服ちゃんと着ね?」
そう言って視線を逸らす猛。
粘液浸しのローブは、べっとりと体に張り付いて裸よりも惨めで。
それを隠そうと自分の肩を抱く仕草が、女の子みたいで余計に恥ずかしくて、顔が熱い。
あの体液の影響はもう、随分落ち着いたはずなのに。
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