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三者三様のコンプレックス
義兄の友人
しおりを挟む杉野と何度かメールのやり取りをして、金曜の夜ではなく、土曜日に待ち合わせをすることになった。
先週の週末は、杉野に恋人ができたという噂を聞いて鬱々と過ごしたのに、その一週間後にプライベートで逢えるようになるなんて、思いもしなかった。
どこに行きたいか二人で話し合って、たくさん話をしたかったから、ドライブに行くことにした。
車は私のを使ってもいいと思ったのだけど、杉野が実家から借りてくるらしい。
杉野は一人暮らしをしているけれど、実家も近いので、月に2~3回は帰っていると前に聞いたことがあった。
ドライブに行くならお弁当を作ろうと、会社の帰りに駅ビルの中にある大型のスーパーに立ち寄った。
ここは0時まで営業しているので、残業で遅くなった時も買い物ができて、とても助かっている。
何を作ろうかと迷いながら、カートを押して食材を買い込む。
今日はほぼ残業することなく帰れたし、明日は10時に迎えに来てくれることになっているから、料理をする時間は十分にあった。
和食もいいけれど、以前にみんなで出かけた時に、杉野がローストビーフのサンドイッチを気に入っていたことを思い出して、数種類のサンドイッチと軽く摘まめるおかずを作ることにした。
今回はパン屋さんでパンを買うことにして、デザート用のフルーツも買い足したりしていたら、荷物がかなり重くなってしまった。
家まではタクシーに乗るほどの距離じゃないしと、重たいエコバッグとスーパーのビニール袋、それから、パン屋さんの紙袋を持って歩き出す。
「優美花さん。今帰り? 重そうだから、持つよ」
背後から声を掛けられて振り返ると、義兄の古くからの友人である和成さんがスーツ姿で立っていた。
和成さんは私の勤める会社の人事部の部長代理で、マンションでは隣の部屋に住んでいる。
もちろん、これが偶然の訳はなくて、義兄の楓に頼まれた和成さんが、義兄から隣の部屋を借りているのだった。
私が困った時に頼れるようにと、ブラコンが炸裂した結果なのだけど、『格安で会社の近くに駐車場付きの部屋を確保できて、優美花さんにはとても感謝している』と、とても喜んでくれたので、義兄を咎めないことにした。
初めての一人暮らしで、すぐ近くによく知った人がいるというのはとても心強くて、実際に頼ることはあまりなくても、和成さんがいるというだけで安心感を覚えている。
「今日は車で通勤しなかったんですか?」
さり気なく重い方の荷物を受け取ってくれる和成さんに素直に荷物を預けながら、普段は車通勤をしていることを思い出して尋ねてみると、何やら気まずげに視線をそらした。
話し辛い理由が何かあるらしい。
「優美花さんには、話しておいた方がいいかな……」
車道側を歩く和成さんと一緒にマンションに向かいながら、少し照れくさそうにぽつぽつと話す言葉を聞いてみると、どうやら和成さんには恋人ができたらしい。
同じ会社の新入社員の子で、年が離れているし、まだ付き合い始めたばかりだから話すのが相当照れくさいみたいで、和成さんの頬が赤い。
義兄と比べると童顔で、35歳にはとても見えない和成さんは、既に部長代理という地位にいるのが当然なほどに優秀な人で、社内では優良な結婚相手として狙われていたはずだ。
義兄達のような派手さはないけれど、穏やかで優しそうな雰囲気の人で、昔からよく知っているから、私は3人目の兄のように思っていた。
その和成さんがとても幸せそうに見えて、私も嬉しくなってしまう。
甘党の和成さんのために、特大のお祝いケーキを焼きたいほどだ。
「今度、紹介してくださいね。……あ、でも、うちの会社に勤めてる子だから、私にはあまりいいイメージがないかもしれないですね」
和成さんの恋人なら、できれば仲良くなりたいと思うけど、でも、総務部の人らしいから、きっと私の悪い噂を山ほど聞かされているに違いない。
そう考えると、紹介してもらわない方がいいような気がしてきて、落ち込んでしまう。
「彼女は、噂で人を判断するような子じゃないよ。だから、紹介させてほしい。優美花さんは僕にとって、妹のように大切な人だから。彼女にもちゃんと理解してほしいんだ」
空いた手で力づけるように優しく頭を撫でられて、撫でられるなんてことは滅多にないから、くすぐったいような気持ちになる。
私をこんな風に子ども扱いするのは、家族の他では和成さんだけだ。
そんな和成さんの大切な人だから、仲良く出来たらと思う。
「ありがとう、和成さん。きっと、和成さんの選んだ人だから、大丈夫ですね。和成さんから話したいだろうから、楓義兄さんには、恋人ができたこと、まだ内緒にしておきますね」
からかうように微笑みかけると、どちらかというと色の白い和成さんの頬が赤く色づく。
親しい人の幸せって、自分のことのように嬉しい。
「年上をからかうものじゃないよ。優美花さんこそ、最近、妙に杉野君と仲がいいらしいね。僕も君に倣って、楓に話すのはやめておくよ」
からかい返されて、和成さんのいる人事部まで噂が届いているのかと、恥ずかしくなってしまう。
私が片思いをしているのは、何となくばれていたような気がしていたけど、相手も知られていたみたいだ。
義兄にお目付け役を頼まれてるとはいえ、和成さんの洞察力がすご過ぎる。
それとも、私って結構わかりやすいのかな?
「和成さんの意地悪。ばれちゃうとうるさいから、義兄さん達にはまだ内緒にしててね?」
拗ねながらも、しっかり口止めをしておく。
義兄達はブラコンを拗らせているので、今の微妙な状態で杉野のことを知られたくない。
久しぶりに楽しくおしゃべりをしながら、部屋に帰った。
近々、彼女を部屋に招いた時に紹介してもらう約束をして、玄関先で和成さんと別れた。
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