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四章 人魚とおはぎ
人魚とおはぎ-1
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「追い落としだ! 誰か!」
背中のほうから叫び声が聞こえて、誠吾は振り向いた。
追い落としとは、道行く人を脅したり追いかけたりして、怯え驚かせ、落とした財布などを奪い取る盗人だ。
鱗文様の手ぬぐいを被った青年が、風呂敷を抱えて走ってくる。
その後ろでは、若い丁稚が砂まみれになり転んでいた。
「誰か! あいつを捕まえてくれ!」
誠吾は咄嗟に足を出した。
鱗文様の手ぬぐいを被った青年が、誠吾の足につまづきよろめく。青年はひょろひょろとした体つきで、明らかに喧嘩なれしていなかった。
青年は思わず風呂敷を持つ手を弱めた。
誠吾はそのすきに風呂敷を奪い取る。
「なにしやがんで!」
「うるせぇ!」
誠吾が男の背中を打つと、青年はそのまま地面に転がった。
誠吾は青年の背に膝をのせ押さえ込む。
着流しの裾から、太ももが露わになる。
そこへ丁稚が誠吾のもとにやってきた。
追い落としに合い、転ばされたからだろう。腕をすりむいている。
「お侍様、ありがとうございます。主人から預かった大事なものだったんです。本当に助かりました」
ペコリと丁稚が頭を下げる。
「そりゃ良かった。大事なものなら早く届けな。コイツの始末は俺がしておくからよ」
誠吾は青年から奪い返した風呂敷を丁稚に手渡した。
丁稚は誠吾に何度もお辞儀をしながら、使いに戻った。
誠吾は一件落着とホッと息を吐いた。
その瞬間、押さえ込んでいた青年がギリと歯を食いしばった。
「余計な真似を……!」
そう言うと、砂を掴み誠吾に投げつけた。
誠吾は思わず怯む。
押さえ込む力が弱まったすきに、青年は誠吾を払いのけた。
そして懐から小刀を取り出すとめちゃくちゃに振り回す。汚れてさび付いた小刀だった。
その一筋が、誠吾の腕をかすめた。
筋肉質の腕に、薄く血がにじんだ。
誠吾はヒラリと身をかわすと、青年の小手を打ち小刀を落とす。
誠吾はその小刀を蹴り、遠くへ飛ばす。
青年は必死な顔をして誠吾に組み付いてきた。
「ったく、ちっともなっちゃいねぇ」
誠吾はやれやれとでも言うように、肩をすくめた。
追い落としの青年が喧嘩なれしてない様子がありありとわかったからだ。
誠吾は青年の首を両手で抱え、左足を一歩引く。青年の首を両手で押さえ込みながら押したおす。
青年は地面に仰向けに転がった。
誠吾は青年の腕を後ろに回し、横向きにして体に乗った。
ハラリと鱗文様の手ぬぐいが落ちた。
現れた顔立ちは気の弱そうな優男で、誠吾は眉を顰めた。
(追い落としをやるようには見えねぇ)
ふと、地面に落ちた手ぬぐいに目をやる。
(……鱗文様……か。よくある柄だが、最近目についてしかたねぇ。ニラ売りの娘も鱗文様の手ぬぐいだった。そういや、お鈴の親父も付け火のときには鱗文様の手ぬぐいを被ってたって言ってたっけな)
誠吾は思い出す。
「おい、この手ぬぐいはお前のもんかい?」
誠吾の問いに、青年はそっぽを向いた。
どうやら答える気はないらしい。
そうこうしているうちに、岡っ引きがやってきた。
「誠吾さん!」
「ああ、ちょうど良いとこにきた。コイツを引っ捕らえてくんねぇ。追い落としだ」
誠吾が言うと、岡っ引きは青年を縄で縛り、引っ立てていく。
ワッと歓声があがる。
「見事だねぇ」
「さすが誠さんだ」
「昔っから喧嘩が強い」
誠吾を褒め称える声が町中に広がる。
誠吾は気恥ずかしくなって、鼻を擦ると逃げるようにしてその場を去った。
向かう先は冲有の家である。
(傷でもこしらえていけば、冲さんも怒らねえだろ?)
誠吾は思い、苦笑いした。
誠吾の友、蘭方医の根古屋冲有はひねくれ者なのだ。
訳なく家を訪ねると、面倒だと追い返されてしまう。
八丁堀に養子に行った誠吾が、あまりに神田に入り浸っていると外聞が悪いと考えているらしい。
誠吾の養父母に気を遣ってのことだろうが、誠吾は少し淋しいのだ。
そんな誠吾は冲有を訪ねる言い訳を見つけては、彼の家を訪れていた。
背中のほうから叫び声が聞こえて、誠吾は振り向いた。
追い落としとは、道行く人を脅したり追いかけたりして、怯え驚かせ、落とした財布などを奪い取る盗人だ。
鱗文様の手ぬぐいを被った青年が、風呂敷を抱えて走ってくる。
その後ろでは、若い丁稚が砂まみれになり転んでいた。
「誰か! あいつを捕まえてくれ!」
誠吾は咄嗟に足を出した。
鱗文様の手ぬぐいを被った青年が、誠吾の足につまづきよろめく。青年はひょろひょろとした体つきで、明らかに喧嘩なれしていなかった。
青年は思わず風呂敷を持つ手を弱めた。
誠吾はそのすきに風呂敷を奪い取る。
「なにしやがんで!」
「うるせぇ!」
誠吾が男の背中を打つと、青年はそのまま地面に転がった。
誠吾は青年の背に膝をのせ押さえ込む。
着流しの裾から、太ももが露わになる。
そこへ丁稚が誠吾のもとにやってきた。
追い落としに合い、転ばされたからだろう。腕をすりむいている。
「お侍様、ありがとうございます。主人から預かった大事なものだったんです。本当に助かりました」
ペコリと丁稚が頭を下げる。
「そりゃ良かった。大事なものなら早く届けな。コイツの始末は俺がしておくからよ」
誠吾は青年から奪い返した風呂敷を丁稚に手渡した。
丁稚は誠吾に何度もお辞儀をしながら、使いに戻った。
誠吾は一件落着とホッと息を吐いた。
その瞬間、押さえ込んでいた青年がギリと歯を食いしばった。
「余計な真似を……!」
そう言うと、砂を掴み誠吾に投げつけた。
誠吾は思わず怯む。
押さえ込む力が弱まったすきに、青年は誠吾を払いのけた。
そして懐から小刀を取り出すとめちゃくちゃに振り回す。汚れてさび付いた小刀だった。
その一筋が、誠吾の腕をかすめた。
筋肉質の腕に、薄く血がにじんだ。
誠吾はヒラリと身をかわすと、青年の小手を打ち小刀を落とす。
誠吾はその小刀を蹴り、遠くへ飛ばす。
青年は必死な顔をして誠吾に組み付いてきた。
「ったく、ちっともなっちゃいねぇ」
誠吾はやれやれとでも言うように、肩をすくめた。
追い落としの青年が喧嘩なれしてない様子がありありとわかったからだ。
誠吾は青年の首を両手で抱え、左足を一歩引く。青年の首を両手で押さえ込みながら押したおす。
青年は地面に仰向けに転がった。
誠吾は青年の腕を後ろに回し、横向きにして体に乗った。
ハラリと鱗文様の手ぬぐいが落ちた。
現れた顔立ちは気の弱そうな優男で、誠吾は眉を顰めた。
(追い落としをやるようには見えねぇ)
ふと、地面に落ちた手ぬぐいに目をやる。
(……鱗文様……か。よくある柄だが、最近目についてしかたねぇ。ニラ売りの娘も鱗文様の手ぬぐいだった。そういや、お鈴の親父も付け火のときには鱗文様の手ぬぐいを被ってたって言ってたっけな)
誠吾は思い出す。
「おい、この手ぬぐいはお前のもんかい?」
誠吾の問いに、青年はそっぽを向いた。
どうやら答える気はないらしい。
そうこうしているうちに、岡っ引きがやってきた。
「誠吾さん!」
「ああ、ちょうど良いとこにきた。コイツを引っ捕らえてくんねぇ。追い落としだ」
誠吾が言うと、岡っ引きは青年を縄で縛り、引っ立てていく。
ワッと歓声があがる。
「見事だねぇ」
「さすが誠さんだ」
「昔っから喧嘩が強い」
誠吾を褒め称える声が町中に広がる。
誠吾は気恥ずかしくなって、鼻を擦ると逃げるようにしてその場を去った。
向かう先は冲有の家である。
(傷でもこしらえていけば、冲さんも怒らねえだろ?)
誠吾は思い、苦笑いした。
誠吾の友、蘭方医の根古屋冲有はひねくれ者なのだ。
訳なく家を訪ねると、面倒だと追い返されてしまう。
八丁堀に養子に行った誠吾が、あまりに神田に入り浸っていると外聞が悪いと考えているらしい。
誠吾の養父母に気を遣ってのことだろうが、誠吾は少し淋しいのだ。
そんな誠吾は冲有を訪ねる言い訳を見つけては、彼の家を訪れていた。
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