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第19章 聖夜の猛攻
本心
しおりを挟む「思い出したのか……あの時のこと……っ」
まるで走馬灯のように駆け巡った記憶が、冬弥の思考を混濁させる。顔は色白くなり、焦りから血が逆流するような感覚さえ覚えた。
もう、8年も前のことだ。だから、この先、思い出すことはないと思っていた。
それなのに──
「冬弥さん」
「……っ」
結月の声に、冬弥が身を強ばらせた。
状況は明らかに、こちらが勝っている。それなのに、冷静な面持ちで見据える結月の態度が、冬弥の心中を掻き乱す。
結月は、どういうつもりで、ここに来たんだ?
思い出しているなら、こんな所には来ないはずだ。自分を突き落とした、男の元になんて──
「……ふふ、ははは」
すると、状況に錯乱し、冬弥がクツクツと笑い出した。
思い出したのなら、今更、言い逃れなんてしても無駄だろう。それに、あちらが、どんなつもりで来ていたとしても、こちらの目的は一つしかない。
なら──
「動かないでください」
「……!」
だが、ソファーに手をつき、冬弥が立ち上がろうとした瞬間、結月がまた声を発した。
張り詰めた空気は、一度たりとて緩むことはなく、一髪千鈞を引くこの状況下でも、結月は怯まず、冬弥を静止させた。
「それ以上、近づかないでください。私は、あなたに、指一本触れさせるつもりはありません」
「は?」
その言葉に、冬弥が低めの声を発した。指一本触れさせるつもりはない。それは、明らかな拒絶だった。だが
「お前、状況わかってるのか? 今、この屋敷の中に、アンタの味方は誰もいない。前に助けてくれたあの執事だって、今は屋敷の中で、大人しく待ってるんだろ。なら、今のアンタは、猛獣の檻の中にいれたれたウサギも同然だ。大人しく俺に食われるしかないんだよ!」
目を血走らせながら、乱暴に投げかける冬弥の言葉に、結月は無意識に息を詰めた。今にも取って食わんばかりの態度は、女として恐怖を覚える。
だが、ここで怯むわけにはいかない。
「私を乱暴するつもりですか?」
「ああ、するさ。俺は、家のためにも絶対に結婚しなきゃならない。それに、もともと子供ができてから結婚しろなんてイカれた条件を出してきたのは、そっちだろ。なら、無理矢理にでも、あんたを俺のモノにする」
「…………」
冬弥の鋭い眼光は、さらに結月を追いつめた。距離にして、3メートルほど。逃げ場のないこの状況で襲われれば、結月はひとたまりもない。
それでも結月は、臆することなく、冬弥を見つめると
「お前なんかと結婚したくない」
「は?」
「あの日、あなたが、私に言った言葉です。忘れてしまったのですか?」
「……っ」
柄にもなく乱暴な結月の言葉使いに驚いた瞬間、また、あの日のことを思い出した。
確かに、あの日、冬弥は、そう口にした。
『お前なんかと結婚したくない』と――
「……それは」
「あの言葉が、あなたの本心なら、私たちの気持ちは一致してるはずです。なら、もうやめませんか、同じ境遇のもの同士で争うのは。あなただって、早く自由になりたいでしょう?」
「……っ」
結月の言葉が、尚も冬弥の胸を突き刺した。
そんなの何度、思ったかしれない。
もう親の言いなりにはなりたくない。
こんな生活、早くやめてしまいたい。
だけど……
「なれるわけ……ないだろ……自由になんて」
「なれますよ。あなたに、その覚悟があれば。冬弥さん。私は今日、あなたにお願いがあって来たんです」
「お願い?」
「はい。でも、このから先の話は、誰にも話さないと約束してからでないと、お話できません」
すると、結月はバイオリンを片付けた後、自分の荷物から書面を一枚取り出した。
それは、立派な契約書だった。今日、見聞きしたことを、決して口外しないと約束させるもの。
「口約束では、信用できません。これに直筆のサインと印鑑、あと、割印も忘れずにお願いします」
「っ……こんなのまで用意してたのかよ! でも、だからって、易々とサインなんて」
「しないなら、これまでのことを全て警察に話して、あなたを刑事告訴します」
「な!?」
瞬間、冬弥は慄いた。
「まさか、俺を訴えるつもりか!? でも、あれば子供の頃の話だ、罪には問われない! それに、もう、とっくに時効だろ。8年も前の話なんだから!」
「そうですね。確かに民事は、とっくに時効を迎えています。でも、刑事事件としてなら、まだ2年あります」
「っ……それでも、事件発生から半年以内の訴えじゃなければ、立件は厳しいはずだ」
「あら、ちゃんと調べてらっしゃるみたいですね。そうですよ。今更、訴えても、あなたを罪に問うのは難しいかもしれない。でも、私が、この件の記憶を思い出したのは、一ヶ月ほど前の話です。その点は、多少考慮して頂けるかと。それに、証人もいます」
「証人?」
「はい。あの日、私を突き落としたところを目撃していたメイドが、一人いたでしょう?」
「……っ」
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