西伊豆の廃屋から東京のタワマンへ。美しき食人鬼たちは、人間を喰らって愛を成す

秦江湖

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雨の夜の収穫祭

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 犬飼という新しい「番犬」の調教を終えた、嵐の夜。  あたしは、お兄様が熱を出して寝静まったのを確認してから、一人で屋敷を抜け出した。

 どうしても、欲しいものがあったからだ。


 雨脚は強まるばかりで、西伊豆の山道は川のようになっていた。  

 あたしは傘もささず、白いパジャマを泥で汚しながら、森の中を歩いた。

  冷たい雨が心地いい。人間の体温を持たないあたしにとって、この湿気と冷気は、最高の活動環境だ。
 鼻をひくつかせる。  ……いた。  


 数日前から、この辺りをうろついている、腐った魂の臭い。

 国道沿いの雑木林。  そこに、黒いレインコートを着た男が潜んでいた。  最近、ニュースで騒がれている「連続通り魔」だ。

  ランニング中の女性や、下校中の学生ばかりを狙い、ナイフで切りつけては、驚異的な脚力で逃走を繰り返している男。


 男は、雨の中で獲物を待ち伏せしていた。  息を殺し、筋肉を緊張させている。  その太腿やふくらはぎの筋肉は、服の上からでもわかるほど隆起し、バネのようにしなやかだった。


 ――いい足だわ。


  あたしはうっとりと、その足を見つめた。  あの筋肉があれば。あの強靭な腱があれば。  お兄様の、あの萎縮してしまった左足を、完璧に治せるかもしれない。


 あたしは、わざと足音を立てて近づいた。

 パシャッ、パシャッ。

 男が反応した。  レインコートのフードの下で、ギラギラした目が光る。  こんな嵐の夜に、傘もささずに歩いている少女。  彼にとっては、飛んで火に入る夏の虫に見えただろう。


「……ヒヒッ」


 男が、下卑た笑い声を漏らして飛び出した。  速い。  瞬発力が違う。泥だらけの地面をものともせず、一瞬で距離を詰めてくる。  右手に握られたサバイバルナイフが、あたしの脇腹を狙って突き出された。

「いただきッ!」

 男が叫ぶ。  あたしは、ニッコリと笑って立ち止まった。


「――あたしも、いただき」


 ガシッ。  あたしは、突き出された男の手首を、素手で掴んだ。

「あ?」

 男の動きが止まる。  少女の細腕とは思えない、万力のような力。  男がどんなに力を込めても、腕はピクリとも動かない。


「ねえ、おじさん。  その足、とっても素敵ね」

 あたしは小首を傾げて、男の顔を覗き込んだ。

「毎日たくさん走って、人を傷つけて、鍛えてきたんでしょう?  血管も太いし、神経も生きがいい。  ……お兄様にぴったりだわ」

「な、なんだお前……離せ! 気持ち悪い!」

 男が逆の手で殴りかかろうとする。  遅い。あくびが出るほど遅い。  あたしは掴んでいた男の手首を、軽く捻った。

 ボキボキッ!

 尺骨と橈が同時に折れる、景気のいい音がした。


「ぎゃああああああッ!?」

 男が泥の中に転げ回る。  あたしは、その上に馬乗りになった。  男が恐怖で顔を引きつらせ、後ずさろうと足をバタつかせる。


「だめよ、暴れちゃ。  筋肉が傷ついたら、使い物にならなくなっちゃう」


 あたしは、男の左太腿に手を置いた。  素晴らしい弾力。皮膚の下で、ドクドクと脈打つ大腿動脈の音が聞こえる。  新鮮なパーツ。  お兄様が、この足で再び大地を踏みしめる姿が目に浮かぶ。


「……もらっていくね」


 あたしは、爪を立てた。  人間の皮膚なんて、濡れた紙のように簡単に裂ける。

 ブチブチブチッ……!

 筋肉繊維を引きちぎり、骨と関節を強引に外していく。  男の絶叫が、雷鳴にかき消されていく。  痛いよね。ごめんね。  でも、光栄に思いなさい。あなたの薄汚い人生で培った唯一の才能が、あんなに美しい人の一部になれるんだから。




 数分後。  あたしは、根本から綺麗に切断した「左足」を、赤ちゃんを抱くように大切に抱えていた。  まだ温かい。切断面からポタポタと血が滴っている。


「ありがとう、おじさん。  残りは……森の動物さんたちにあげるね」


 あたしは、泥の中でピクピクと痙攣している、片足のない男の残骸を一瞥もしないまま、屋敷へと急いだ。 

 早く帰らなきゃ。

  お兄様が目を覚ます前に、この素敵なプレゼントを加工して、保存しておかないと。
 雨は、まだ激しく降り続いていた
    
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