西伊豆の廃屋から東京のタワマンへ。美しき食人鬼たちは、人間を喰らって愛を成す

秦江湖

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番外編 血塗られた舞台

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 サントリーホールの客席の最後列、影に溶け込むように私は座っていた。

  ステージ中央、スポットライトを浴びて座るのは、私の愛娘・美咲だ。  彼女の指が鍵盤を踊るたび、ホール全体が天上の旋律に包まれる。


「……素晴らしい」


 隣の席で、音楽評論家を気取った中年の男が、感嘆の声を漏らしていた。

  この男。美咲がウィーンで賞を獲った際、不当な低評価をつけて彼女のキャリアを汚そうとした「不純物」だ。それだけではない。楽屋裏では言葉巧みに彼女を呼び出し、卑劣な要求を突きつけていたという情報を、静様から頂いていた。



 演奏が終わり、割れんばかりの拍手の中、私は静かに席を立った。 

 美咲。お前はそのまま、光の当たる場所だけを歩きなさい。

  お前の歩む道の先、その足元を汚す泥や塵は、すべて父さんが片付けてやる。



 終演後の地下駐車場。

  自分の車に乗り込もうとした例の評論家の前に、私は音もなく姿を現した。



「な、なんだお前は。……警備員か?」

「いえ。……ただの『掃除人』でございます」


 私は男の首を、かつての現役時代よりも遥かに鋭い動きで締め上げた。 

 抵抗は虚しい。今の私には、静様から分け与えられた「泥の加護」がある。



「美咲の音を汚した罪、その身を以て償っていただきます。……幸い、主人たちが今夜のデザートを求めておられましてね」


 男の顔が驚愕に染まる。

  私は手慣れた手つきで彼を車のトランクに押し込み、タワマンへと向かう。

  バックミラー越しに見える東京タワーは、美咲が弾いていたスタインウェイの音色のように冷たく輝いていた。



 私はもう、人間には戻れない。

  だが、娘が奏でる「光」を守るためなら、私は喜んでこの地獄の番犬であり続けよう。


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