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本編

25 ブロディside

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 深夜、伯爵家の別邸、ブロディの寝室にて――――。

 そうっと入ってくる者がいた。ブロディは気配を察し、寝台から起き上がる。
 ひた、ひた、と近付いてきた子供の足音。――予想通り、グロリアスと言う、10歳前後に見える少年だった。

「こんばんは。ブロディさん。お話がしたくて、つい、来ちゃった」
「こんばんは。良い子は寝る時間だと思いますよ?」
「ふふ」

 グロリアスの周囲には、きらきらと乱反射する鱗が浮かび上がった。それはシュッ!と次々にブロディへ襲い掛かり、ーーーー眼前で止まる。

「ねぇ、何が目的?シオンに近付いて、君は何がしたいの?」
「……私は元々、シオン様に憧れていたのです。会う機会など無いと思っていましたが、そのチャンスが目の前にあれば、必死で掴み取るしかないでしょう」
「そうかな。必死というより、計画的に見えるけど。……アペルとの会話を聞かせたのも、わざとでしょう?」
「……さぁ」

 グロリアスの瞳は透明な水底のように、ブロディの魂胆を見透かそうとしている。ブロディは、今にも刺されようとしているのに怯えながらも、落ち着きを取り戻すので必死。シオンの側に侍るためには、この少年によるを通過しなければならないと、本能で察知する。

「シオンの味方で、かつ、それなりに使える人材だとアピールしたね。アペルとの上下関係も示して。そこまでして得たいの?シオンを」
「得るのは、シオン様です。私があの方を手に入れるなど、烏滸がましい。あの方が、私という駒を手に入れるのです」

「ふうん?謙虚なことだ」

 ぺた、ぺた、と歩くグロリアスはブロディの後ろに回り込む。ブロディは全力で自分自身に鍵をかけ、結界のように保護をしているが、グロリアスの前では薄皮一枚のような気がしていた。故に、動けない。

「シオンに一度でも、性的な目を向ければ、どうなるか知ってる?」

 ヒヤリとした鋭利なものが、ブロディの首筋に当たった。

「猫神の祝福を受けた者同士、分かっているよね?それは関係ないって」
「ええ、勿論、猫耳付きでも、あの方は安心なさらない方が良い。ですが私は、あの方のお心が傷付いているのを理解しています。絶対に、そのようなよこしまなことは……」
「うん。その気持ちを抱いた時点で、シオンの周囲から音もなく消してあげる。蝋燭の火を消すくらい、簡単なことだからね」

 ふ、と耳に息を吹きかけられ、ブロディは悪寒が這い上がるのを感じた。少年の影が、先ほどより伸びているのだ。
 心拍数の上がったブロディは、ついぺらぺらと、余計なことまで話してしまう。

「私は、ただ、あの方のお側に侍りたいだけなんです。あの綺麗な銀髪に手を差し込み、たっぷりの泡で洗い、ぬるめの湯で濯いで、優しく乾かすのです。そらから上品な香油を塗りこんで、就寝前には一つに纏めさせていただいて、起きたのならきつくなりすぎない程度に編み上げたい。髪飾りは小さくてもよろしいでしょう、あの方自身が特大の真珠のような方なので」

「…………」

「確かにあの方のお肌に触れて私は絶頂するかもしれませんが、それは別にあの方とどうこうなりたいという訳ではないのです。私はあの方に相応しくないですし、横にいるなんてドキドキのあまり心臓発作の危険があります。そっと、そう、後方10歩くらいの距離でそうっとお見守りさせて頂き、困っていらっしゃることがあれば風のようにお助けして透明になる、そのくらいがいいのです」




 たっぷりの間が開く。

 ややあって、グロリアスが口を開いた。




「……君、変わっていると言われない?有能なのに変態なのが玉に瑕だけど……本当に性的には見ていないんだよね?」
「シオン様に関しては、もはや信仰です。あなたも気がついたでしょう、この部屋に」

 月明かりに照らされたブロディの部屋は、シオンを描いた絵でいっぱいだった。様々な絵師から購入したのだろう、画風も色も統一感はまるでないが、そこに描かれたシオンの姿は、凛として冷たくこちらを見つめていた。

 グロリアスが呆れたようにため息を吐くのがわかった。
 空気が緩んだところで、ブロディは問いかける。

「……しかしこの先、あなたは全てを排除するのですか?シオン様を性的な目で見る者は星の数より多いでしょう?シオン様のお心は、脆くなってしまうのでは?」
「分かってないなぁ、ブロディ」

 低い成人男性の声に変わった。ブロディは気を確かに持つのに精一杯で、気付けない。

「シオンは、強い。スキルを得たことで、もう身体的に彼をどうにかすることは出来ないでしょう。心も強いけれど、疲弊してもうぼろぼろだ。そうしたら人々は、何を狙うと思う?……シオンの心に開いた大きな傷を、わざわざいじくり返して塩を塗り込み、いたぶることで、隙を作ろうとするよ」

 トン、トン、と指が腕から上り、首元へ向かう。

「俺はシオンを守るよ。未来永劫、どんな卑劣な奴らからもね。彼の心がこれ以上、小指の爪の先ほどだって傷付けられないように守って、何が悪い?甘やかして依存させて、離れられないようにする。それが俺の望み」

 人のものではない、冷たく硬い指先が、ブロディの首に回った。

「君は、精々便利に働き、彼が快適に過ごせるようにして。決してシオンに近付きすぎないでね。俺は寛大な方だけど、うっかりするかもしれないから」

 何をうっかりするのか?と聞く前に、ふ、とグロリアスの気配がかき消えた。
 その部屋には、立ち尽くすブロディだけが残る。

「ふー……」

 ドッ、ドッ、と、今更動き出したような心臓を押さえた。あの威圧は、尋常ではなかった。冷や汗で背中が濡れている。

「…………気をつけないと消えるな…………」







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