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本編
26 エリオットside
しおりを挟むアペルがシオンに暴言を吐き、自室に軟禁されたらしい。
二人が顔を合わせれば、良くないことなど分かりきっていた。だからエリオットはアペルを自由にさせないよう、領地の孤児院への見舞いや難民の移動などの、足を使う仕事を任せたというのに、それも放り出して行ってしまったらしい。
「エリオット。悲しい知らせだ」
「……はい」
「お前を嫡男から外す。私の可愛い息子だが、やはりその甘さが領主として相応しいとは言えない」
「……っ!そんな!俺は、アペルをシオンに合わせないようにしました!勝手に会いに行ったのはアペルです!」
「そうだな。しかし、一日中監視をしていた訳ではないだろう?妻一人制御出来ない男だということだ。領地の端の、湖の近くに別邸があるから、そちらで暮らすように」
「そうしたら、次期当主は……」
「ブロディには断られてしまったからな。別の者を遠縁から養子にもらう。はは、ブロディの推薦なら、お前よりよほど安心だろう」
「父上……っ!」
「はぁ……アペル殿も、アペル殿だ。シオン殿に、耳にするのも恐ろしい暴言を吐いた、と。領地ごと吹き飛ばなかったのは、シオン殿の温情だ。謝罪の文を書くように」
「……直接、会ってきます」
「だめだ!それは向こうが望んでおられない。絶対に、会いに行くなよ。お前の顔も見たくないそうだ……お前、一体何をしたんだ?」
「え、い、い、いえ、何も」
伯爵の言葉は、エリオットに衝撃を与えた。
幼い頃から優しく、仲良くしてきたシオンだ。
にわかには信じがたい。いや、信じたくなかった。
無闇にもウィンストン領城まで出向く。
当然のように門前払いされたことによって、エリオットは理解せざるを得なかった。
(シオンに、嫌われた?……まさか。嘘だ)
最後に会った時はどんな表情だったか?
シオンは既に以前のような、親しい者に向ける瞳はしていなかったのに、自分語りに一生懸命だったエリオットは気付いていなかった。
「君が、エリオット?」
そう話しかける、可愛らしい猫耳の少年がいた。確かシオンの下男かなにかをしている少年————エリオットは正式に紹介されていないため、知らない————だったと、エリオットはほっとする。
「君は……!シオンに、伝えてくれないだろうか。話がしたいと」
「それなら、おれに言ってみたら?シオンに話さないといけない内容なら、伝えてあげるよ」
「……大人の話だから、君にはちょっと……」
「それなら、シオンには伝えなくていいね?じゃあ」
「まっ、待ってくれ!頼む、聞いてくれ!」
グロリアスはエリオットを近くの切り株に座らせ、話を聞く体勢を取った。取ったが、肘をつき手に顎を乗せた不遜なポーズ。しかし、今のエリオットにはシオンへ辿り着く唯一。
少年の態度には目を瞑り、声に熱を籠らせる。
「俺は、シオンを愛しているんだ。物心ついた時から、ずっとだ。もう俺たちの間に障害は無い。だから安心して、嫁いできてくれと、そう、伝えて欲しい」
目をしぱしぱと瞬かせたグロリアスは、一拍考えていた。
(こいつは、何を、言っているんだ?)
予想の斜め上をぶち抜けた言葉に、目が虚になる。とりあえず一番分からないのが、“障害はない“の言葉だろう。
「……?ええと、『障害』って、何だったの?」
「シオンは王子の婚約者だったけど、もうそうじゃ無くなった。それに、俺たちが愛し合った時は、まだ王子に目をつけられると良くない時期だった。でも今は違う!同じ領民を同じ立場で救おうとしている。だから、結婚に支障はない」
「あれ、エリオット、君、奥さんいたよね?」
少年らしからぬ言葉だが、エリオットは気付かない。感情は昂り、伝えたい言葉が濁流のように溢れる。この少年に、いかにシオンが安心出来る状況だということを分かってもらわなくてはならない。
「いるにはいるが、シオンの足元にも及ばない、ただ、俺のことを好いていて、子供を産むというから娶っただけの妻だ」
「じゃあなんで、離縁してからここに来なかったの?」
「離縁には、父上の許可がいる。シオンを連れていかないと、父上は納得しないだろう。一緒に父上に会ってくれれば、すぐにでも離縁できる」
「そうとは思えないけど……」
「子供には分からないさ。けど、シオンに伝えてくれ。待ってる、と」
「ふうん。まず、お父君に聞いてみようね」
グロリアスはにこりと微笑むと、エリオットを引っ掴み伯爵家へ転移した。
目を白黒させたエリオットはぽいと放って、伯爵に話を通す。
「伯爵、君のご子息はウィンストン城に来て、シオンに会いたいと数時間騒いでいたよ。それに妻と離縁してシオンを娶るとか。……躾不足なんじゃないかな?」
「……っ!なんと!申し訳ありません!これ!エリオット!何故行った!」
「だ、だって……!」
「子供でもあるまいに、『だって』じゃない!この、愚か者!」
「シオンは!俺に突き放されて傷付いているんだ!謝らないと!俺だって辛かったんだ!」
「は……?お前、何を……」
「失礼」
グロリアスはエリオットの後頭部を峰打ちして昏倒させた。これ以上、余計なことしか言わない口を開かせないように。グエ、と鳴いたエリオットは床へ伸びる。
「伯爵。分かっているとは思いますが……」
「ええ、ええ。勿論です。エリオットはアペル殿と共に、別邸に閉じ込めます。出られないように監視もつけますから、どうか……」
「信じましょう。今は」
その翌日には、エリオットはアペルと共に、押し込められるようにして別邸へと移動させられた。
別邸というだけあり、住むのには困らない。家事なども使用人がついている。ただし、伯爵邸にいた時よりもグレードは格段に下がり、ちょっと裕福な平民と同じ程度の生活となった。
アペルは、与えられた内職をやりながらぶつぶつと文句を垂れる。
「なんでボクがこんな所に……!予算ってなにさ!」
「贅沢をしたければ自分で稼げ、と……父上が」
「エリオット、パパがパパがっていつまで言うの!?乗っ取ってやる、くらいの気位を持ってさぁ、早く跡を継げるようにアピールのひとつでもしてきたらどうなの!?」
民芸品の小物に延々と紐を括り付ける、地味に根気と器用さの求められる仕事だ。エリオットは黙りこくり、淡々と作業をする。アペルの愚痴は、口を挟むほどに悪化すると、分かっているから。
そうなると考えてしまうのは、シオンのこと。
エリオットは、シオンが自分に抱かれたのは愛があった訳ではないと知っていた。
あの状況では幼馴染に縋りたくもなるだろう、と。
それでもエリオットの方はシオンを愛したかった。この上ないチャンスだった。そうして優しく抱き、シオンに求められているうちに、エリオットは勘違いをした。
シオンは、自分を愛するようになったのだと。
エリオットはシオンを手に入れた。そう安心すると同時に達成感に満たされ、日に日にシオンにかける時間は減っていった。結婚式前になると、エリオットに依存してくるシオンに少し、煩わしさを感じていた。
手に入れたかったのは『誰からも敬われるシオン』。しかし手に入ったのは、『誰からも便利に扱っていいとされるシオン』、『自分にすら縋るシオン』。あれだけ切望していたシオンが、あまり輝いて見えなくなってしまった。
もう身体も心も手に入った。政略的にも旨味のあるアペルと別れてまで、手に入れるほどではないと判断したのだ。
けれど、今は違う。救世主となったシオンは、やはり以前の……いや、以前以上に美しく輝いていた。
領民も、領主ではなくシオンを崇める。それはその筈で、スキルによって難民諸共引き受け、平和を齎したからだ。
「シオン……」
何故、自分の元に来ないのだろう?
愛してもいないアペルと、一生ここで暮らしていかなければならないなんて、
(そんなはずはない、……よな?)
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