悪役令嬢は、もう推しません

カシナシ

文字の大きさ
2 / 42
本編

2

しおりを挟む


 ダリアローズ・シャルドネ侯爵令嬢は、ほんの5才のとき、自分の正体を知る。


「え……転生……てこと?」


 転生者だと気付いたのは何か衝撃的なことがあった訳でも、何かの事故があった訳でもなく、5歳の誕生日の朝、まるで元々知っていたかのように自然に、すとんと落ちてきた。

金色こんじきの聖鳥の乙女】という乙女ゲームに登場する、悪役令嬢。それがダリアローズに与えられた役割だった。悪役令嬢らしく、真っ赤な髪と、勝気そうな琥珀色の瞳を持っていた。名前すら悪役に相応しい、派手なもの。

『聖歌』を歌うことで大飢饉から国を救う聖女が主人公であり、攻略対象を誰に選んだとして何故かダリアローズが虐め抜く。結果、聖女を虐げたとして毒杯を賜ることとなるのだ。


 
 ダリアローズは父、母、兄に溺愛されている美幼女だった。政略結婚だが両親仲はすこぶる良く、5つ年上の兄もダリアローズの全肯定マンと化している。

 それなのになぜゲームでは、我儘放題の短慮な娘になってしまったのか?


(多分、あの子のせいね)


 アラサーの精神を手に入れたダリアローズはふむ、と腕を組んだ。腕は短いが、考えは冷静なもの。毎日、常に一緒にいる少女について。


 ダリアローズの乳姉妹の少女が、ダリアローズの遊び相手として屋敷にいた。コゼットは控えめで、大人しく、悪く言ってしまえば気弱で臆病。

 外を駆け回る、活発なダリアローズとは全く違うタイプ。その違いのせいか、母親は良く『あらあら、どちらが淑女か分からないわねぇ』『ダリアローズ、彼女を少しは見習ったら』と言った。

 母親に悪気はない。娘に発破をかけようとしただけのことなのだが……。


(大好きな母様に言われて、多分それで……本来のダリアローズの性格が歪んだのと思うわ。ダリアローズも悪くないのに……)


 淑女としてはコゼットが正しいのかもしれないが、まだ5歳。十分な運動が必要な身体なのに、コゼットを気にして控えたり……など、しない。


 アラサーの今、コゼットと上手くやっていく選択肢もあったのだが。ダリアローズが転生を自覚して初めて成し得たことは、この乳姉妹の少女を追い出すことだった。



「パパ。わたし、コゼットと合わないの。もう遊びたくないわ」

「なん……なんだって?」

「パパだって、合う人と合わない人がいるでしょ?ほら、おタバコ吸う人とか、女の人が好きな人とか……」

「だっ、ダリアローズ、どこでそんなことを……!?」

「えへ。わたしも、そうなの。もっと元気な子がいいの」

「ダリアローズ……いつのまに、そんなにも賢くなったんだいっ!?パパは嬉しいっ!」


 父親の懐柔はとても簡単だった。ダリアローズを抱き上げてスリスリ……しようとするのを防ぐ。お髭が痛い。

 が、同じく聞いていた母親は、困ったように頬へ手をやった。


「ダリアローズ。もう一度、よくお話ししてみたら?あなた、コゼットを引っ張って、お外に行って走っているだけで、あの子のこと、よく知らないでしょう?」


 母親はなんとか残らせようとしているようだ。というのは、ダリアローズの乳母と母親も、乳姉妹。生まれた時からずっと側にいて、よくそんなに話の種があるなと思う程ずっと話し続けているくらい、とんでもない仲良しなのだ。

 前世の記憶のある今は、なんとなく気持ちが分かる。子供はいなかったが、同じような年齢の子供のいるママたちは子供たちを一緒に遊ばせたがるのだ。そうすることで、自分たちの絆も深まっていくような気にでもなるのだろうか。

 しかし、そんな母親の弱点は、調査済みだった。


「ママ。コゼットがいたら、わたし、お外でいっぱい遊べない。お外でいっぱい遊べないと、身体が弱くなるのよ。わたし、ママたちよりもはやくヨボヨボになっちゃうかもしれないのよ」

「えぇぇ……!?それは……それは良くないわ……!それならコゼットも一緒に運動するように言いましょうか?」

「コゼットは、運動が本当に嫌いなの。付き合わせるのも可哀想なのよ?だからお願い。他の子がいいの。できればすごく元気な子」

 
 運動は子供の健やかな成長を促す。しっかりした体幹を鍛えればダンスも踊りやすくなり、良い睡眠にも繋がる。そういった言葉を並べ立てると、健康思考の母親には、随分と効果があったらしい。







 翌日、いつも通りに来たコゼットに、母親が説明した。
 今日で遊び相手は不要だから、明日からは来なくて良いということ。

 乳母は驚いてはいたものの、『承知しました』と受け入れてくれる。だが、まだ5歳のコゼットはそうもいかなかった。


「どうして……ですか……っ?ダリアしゃま、あたしのこと、お嫌いになったの……?ふえっ、うっ、うぅぅううう~っ」


 ぐずぐずと泣き出すコゼット。ダリアローズは可哀想かなと思いながらも、口を開いた。


「だってコゼット、一緒に走るのは最初だけで、後は休んでるでしょ?そんなの、遊ぶって言わないもの。お部屋に来たら、わたしの宝石をきれいきれい、ってずっと言ってるだけで、絵本も離さないし」

「こ、こ、コゼット……!お前、そんなことをしていたのかい!?」

「ち、ちがうもん!見ていいよって言われました……!絵本も、あたし、読むの遅いから……っ」

「見るのはいいけど、一日中ずっと見てるとは思わなかったもの」


 乳母は大慌てだった。侯爵夫人も目つきが鋭くなる。『宝石をずっと見ている』というのは、『卑しく欲しがっている』と見做されてもおかしくない。

 5歳のダリアローズが無邪気さを装って告げ口をしたおかげで、コゼットの性質を母親は正しく把握したらしい。ダリアローズの遊び相手として不足しているということを理解して、ハァとため息を付いていた。

 それでも、仲良しの乳母の子供。諭す言葉は、優しかった。


「コゼットちゃん。ごめんなさいね。ダリアローズはお外で遊びたい子だから、コゼットちゃんとは合わないと思うの。だから、もういいのよ。コゼットちゃんにはコゼットちゃんに合うお友達がきっと出来るわ」

「そ、それなら、あたし、がんばりますから!がんばって、お外も走りますから……!」

「そうじゃないのよ……、はぁ、後はお任せしても良いかしら?」


 母親は説得を乳母へ任せるようだった。ぐすぐすと泣き喚くコゼットを連れていく乳母の後ろ姿を見ながら、ほんの少し胸が痛むような気がした。


 その胸の痛みが無駄なものだと知るのは、すぐのこと。コゼットは許可もなくシャルドネ侯爵家へと突撃し、捕まえられては送り返されるようになった。気弱だと思っていたのに、侯爵令嬢の乳姉妹という地位にしがみ付きたいという根性を感じる。

 乳母ママの仕事さえも危うくなるぞ、という警告をしてようやく、コゼットの姿は消えたのだった。



 コゼットが来なくなった後、母親は活発な女の子を探してくれたが、まさか、王女の遊び相手に選ばれるとは思っていなかった。


(王女が味方なら、断罪される可能性は少しは低くなるかしら……?)








しおりを挟む
感想 141

あなたにおすすめの小説

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

【片思いの5年間】婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。

五月ふう
恋愛
「君を愛するつもりも婚約者として扱うつもりもないーー。」 婚約者であるアレックス王子が婚約初日に私にいった言葉だ。 愛されず、婚約者として扱われない。つまり自由ってことですかーー? それって最高じゃないですか。 ずっとそう思っていた私が、王子様に溺愛されるまでの物語。 この作品は 「婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。」のスピンオフ作品となっています。 どちらの作品から読んでも楽しめるようになっています。気になる方は是非上記の作品も手にとってみてください。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。

パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、 クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。 「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。 完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、 “何も持たずに”去ったその先にあったものとは。 これは誰かのために生きることをやめ、 「私自身の幸せ」を選びなおした、 ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。

処理中です...